87 予選開始 4
デッサに声をかけた男は、フェムを誘拐した者たちの家へとやってきて中に入る。
「戻ったよ」
「おかえり。今日も勧誘できた者はゼロか」
男が一人で入って来たのを見て、家主はそう言う。
「一人声をかけたのだが断わられてしまった」
「あんたが誘う相手に逃げられるのは珍しいな。条件に合った人間を選ぶのが得意なのに」
「俺も少し驚いている。勘は確かにあの少年も力を欲していると示していたんだが」
「俺たちのことが噂になっているみたいだから、そのせいで警戒されたんだろうな」
「かもしれない。あと俺をつけていた兵がいた」
「それは真っ先に言うべきことじゃないか!?」
家主が慌てて立ち上がる。玄関に向かおうとしたのだが、男に止められた。
「大丈夫だ。しっかりとまいてきた」
「一応確認する」
玄関の覗き穴から外を見て、こちらを気にしている者がいないことを確認して席に戻る。
「尾行されるまでになったか。声かけはもうやめた方がいいかもしれないな」
「そうだな。これ以上は誘うことはできそうにないと思う」
「少ないとはいえ、高く適合する者を確保できた。それで良しとしようか」
「適合する者は運び出して、適合率が低い者は予定通り使い捨てでいいのかな」
男の確認に家主は頷く。
「与えた道具と結びつけたまま動かして、町のあちこちで騒動を起こして、この国の評価を落とす」
「俺は情報収集とスカウト担当だから、研究のことはそこまで知らないが、道具と離して動かせるのか?」
「俺も情報収集組だから詳しくはないが、適合が低くてもなんとかなるらしい。ただし時間経過で道具との結びつきは最低限になる」
「結びつきが減少したら、もとに戻って捕まったときのことを思い出して、こういった拠点がばれてしまわないか」
「そこは大丈夫と聞いた。道具との距離が離れなければ、結びつきは最低限のまま解消されることはなく、命じたことを守り続けるようだ。使い捨てる奴らに命じるのは暴れたあと、眠り続けろというものだから、そのまま眠り続けて最終的に衰弱死だろう」
「眠り続ける原因を探るため王都に送るとかありそうだが」
「可能性としてはありそうだ。しかしこの町も大きいところで、医者もそろっている。まずはここで原因を探ろうとするだろう。その後王都に送ろうとしても手遅れだと思うぞ」
「まあ、そうなるか」
男は納得したように頷いた。
「俺が今後やることは適合者運搬くらいか?」
「使い捨てる奴らの誘導を手伝ってほしい。変装できるだろう?」
「できる。今もしているしな」
男はウィッグをつけていて、軽く化粧もしている。ほかには目つきを意識して変えていた。人当たりが良い印象を与える変装にして、勧誘のマイナス印象を減らしている。
「動くまでは暇になるし、町をうろつくとするよ。なにか掘り出し物があるかもしれないしな」
「ばれないようにするなら自由にするといいさ」
「町を歩いていたら、彼にまた会えないかな」
楽しみだという雰囲気を漂わせた男に家主は誰だと聞く。
「今日勧誘した少年さ。どうも気になるんだよ」
「気になるねぇ。どんなふうに気になるんだ?」
「うーん、難しいね。信頼できる味方になるとかそういった感じではない」
「敵対するってことか?」
「敵対と言われるとそれもまたどうかと思う。そこまではっきりとしたものじゃない。ただ注目しておいた方がいいと思えたんだ」
「なにか大きなことをするんだろうか。それがうちにも影響を与えるとかそんな流れがありたりするのかもしれない」
そんな感じだろうと男は頷いた。
「しかし今は名前も知られていない冒険者の一人なのだろうし、探すことすら難しいのではないか?」
ディフェリアのように組織に役立つ人物ならば探すのに協力を惜しまないが、ただ気になるという勘でしかないので協力はできない。
男も家主たちに協力してもらうつもりはなかった。
「縁があることを祈ってぶらついてみるさ」
「そうか」
男は別の変装の準備をすると言って、地下へと向かおうとして足を止める。気になることがもう一つあったことを思い出したのだ。
「そういや殺人が起きているのは知っているかな」
「殺人……ああ、妻から聞いたような気がする」
「そんな反応ってことはうちの仕業じゃないのか」
男はどこかほっとしたように言う。
「やれと言われればやるが、今はそういった命令を受けていないぞ」
「この件もなにか気になるんだよな。あえて言うならこっちは危ない気がする」
「殺人は珍しいことだが、一年に何件かは起きていると聞く。そのうちの一つだろ。それが危険に思えたのか?」
「ああ、この件には触れない方がいいと思う」
「最初から関わる気はないから触れることはないだろうけど、少し気になるな」
「もう一度言うが関わらない方がいいと思う」
そう言って男は地下へと向かう。
念を押された家主は流れてくる噂を取り入れるくらいが、詳細を探るのはやめておこうと決めた。
家主はもう一度監視がいないか確かめるため、ちょっとした用事の振りをして家を出る。
◇
声をかけられた翌朝、財布と魔晶の欠片と剣を持って宿を出る。
ガルビオに念入りにマッサージをやってもらい、こびりついた疲れをとってもらう。
いつものようにマッサージを受けながら雑談していく。
祭りが近づくにつれて、客が増えたそうだ。師匠の店から症状の軽い冒険者が回されてきたらしい。
収入が増えるし、ここにも店があると宣伝にもなるのはありがたいことだが、女性客がいなかったのは残念だったと悔しそうに言っていた。
師匠か先輩にマッサージの技術を得た目的がばれていたんだろうなぁ。
今のうちに稼いでおけと話して、ガルビオと別れた。
次はギルドに行くかなと足をそちらに向ける。この時間ならほとんど予選会場だろうし、人も少なくて用事はさっさと終わるはず。そのあとはちょろっと予選を見に行くのもいいかな。
ゴーアヘッドの建物に入ると予想通り、人は少なかった。
「いらっしゃいませ。どのような用事でしょうか」
「魔晶の欠片の買取を。あとそのお金は貯金でおねがい」
言いながら魔晶の欠片をカウンターに置くと、受付の職員はそれをいくらかになる調べて、貯金手続きをする。
「手続き完了です。ほかになにかご用事はありますか」
「いや、これでおわり。ああ、ちょっと聞きたいことがあるけど時間は大丈夫?」
大丈夫とは思うけど、別の仕事で忙しいかもしれないし確認しておく。
「大丈夫ですよ。予選で人が少ないので」
「その予選なんだけど、もう本選出場を決めた人はいる?」
「ちらほらと出ているみたいですね。有名どころだと頂点会の面々とか。有力とされている人たちは昨日の時点で出場を決めているのではないでしょうか」
「大番狂わせが起きたという話はあるのかな」
「聞きませんね。予選でそういったことは滅多に起きませんから」
「じゃあ事前情報ではいなかった強い人がいるという噂なんかは聞いてる?」
「有名な人が突然参加してきたという噂は聞いていませんね。かわりにというわけではないのですが、やりすぎな格闘家や変わった武器を使う冒険者がいたという噂は聞こえてきましたね」
「やりすぎ? 大怪我させたという感じかな」
「そうです。怪我は当たり前のものですが、それでも骨を複数折ったりするとやりすぎとみなされます」
「そうなる前に止められそうなものだけど」
「早い展開の試合だったようで、あっというまに対戦相手がぼろぼろになったようです。ほかの試合でも対戦相手に大きめな怪我を負わせたようで、要注意人物と考えられていると思います」
「そういったやりすぎな場合は出場停止にならないの?」
「殺すようなことがあればさすがに停止になります。でも大怪我ならば停止にはならないようです。もっとも故意に苦しめるような言動であれば停止になるかと」
骨折でもポーションでなんとかなるから、そういった判断になるのかな。
実力差からわざとではなく大怪我させてしまう場合もあるんだろうし、大怪我させたら出場停止では窮屈な大会になるのかもしれない。
「ああ、大怪我といえば予選とは関係ない話なんですが」
なんだろうかと先を促す。
「死体が路地裏とかに転がっていると情報が入ってきています」
「死体が? 殺人事件が起きたってことですか。なにか揉め事でも起きたんだろうか」
「それが人間の仕業か怪しいらしくて。頭部や胴体の一部が粉々になっていたという話です」
思わず死体の状況を想像してしまった。職員も同じようで顔をしかめている。
「被害者が一般人なら強い冒険者でも同じことがやれそうじゃないか?」
「被害者は冒険者のようです。駆け出しでもないようです」
「だとすると熟練の冒険者でも同じことはやれそうにないな。またモンスターが町中に現れたとしても、強い奴じゃないと粉々にするのは無理。犠牲者が一人前の冒険者とすると、五十階以上のモンスターなら不意を突けば粉々にできそうだ」
「五十階以上のモンスターが出現したら騒ぎになると思うんですが」
「隠密に長けたモンスターが野放しになっている可能性もある。モンスターの仕業とするならだけど」
「どんなモンスターがいるんでしょう」
「思い当たるのはシャドーラドとかスクリーンスライムとかミミックドール」
「ここのダンジョンでは聞かないモンスターたちです」
シャドーラドは影の獣だ。中ダンジョンに行く前に、タナトスの家で注意するモンスターとして思い浮かべたやつの強化版だ。影が獣の姿を取る。ライオンを超える巨体故に小さな影には潜めないが、夜なんかは自由に動き回れて、奇襲を容易く行うだろう。
スクリーンスライムは物に擬態する。そのスライムが過去見たものへと形と色を変えて、近くを通った生き物に奇襲する。たまにその場にあわないものへと変化することもあるので三体の中では安全度は高い。
ミミックドールは生き物に擬態する。弱った動物や怪我をした人間に擬態して、餌とみなして近寄ってきた獣や心配して近寄ってきた人間に襲いかかる。
あまり詳しく言うと、ニルのときみたいに誤魔化す必要がでてくるかもしれないため、大雑把に話す。
「そういったものがいないか調べてみます」
「いないといいんだけど、じゃあなにが原因なのかって話になるわけで」
「なにが原因でも早期解決してほしいものです」
そうだなと返し、そろそろ別のところに行こうと思い、職員に別れを告げてギルドから出る。
「次は予選を見るんだったか」
町の外へと足を向ける。
会場に近づくにつれて歓声と声援が聞こえてくる。
予選会場はロープでしきられた場がいくつもあり、そこで戦っている人たちがいる。
老いも若きも必死な表情で武器を振っていた。血が流れている者も少なくなく、そんな血に浮かされたかぶっそうな声援が聞こえてくることもある。
試合が終わると審判がすぐにポーションを渡して、勝敗を告げる。それに嬉しそうな顔や悔しそうな顔を浮かべて、戦っていた者たちはロープの外へと出ていく。
彼らに、おめでとうといった声や惜しかったぞという声援が送られていた。
会場を見て回ると、いろいろな人がいた。勝ったことで大喜びしている人は本選出場を決めて、心底悔しそうに地面を殴っている人は敗退が決まった人なんだなとわかる。
本選出場か敗退かのどちかがわからないが、気合を入れすぎている人もいたりする。あの様子だと体が強張って負けそうだ。
見ながら歩いていると、人の多いところがあった。
「有名な人でもいるのかなー」
ちょっと覗いていくかとそっちに向かう。
見物客に詫びつつ間を通り抜け、よく見える位置までくる。
戦っている人は二十代の男女だ。人間の男は片手斧を持っていて金属鎧。狐耳の女はツインブレードに、白く染められた革鎧だ。
珍しい武器だな。あれを使いこなせる人なんていたんだな。
女は顔もいいし、武器の珍しさもあって注目が集まったみたいだ。
男は、自在に操られ様々な角度から迫る刃に翻弄され、終始押されっぱなしだ。
このままでは一方的に終わると考えたらしい男は怪我することを承知で前に出る。
刃が皮膚を切り裂いて血が飛ぶ。男は歯を食いしばって痛みに耐えて、女へと斧を振り下ろす。
その斧が女に届くことはなかった。
女は落ち着いた様子で武器を操り、斧の側面を叩いて軌道を変えさせた。軽やかに見えたツインブレードはかなりの力が込められていたようだ。斧は体のギリギリを通り過ぎ、女の目の前には体勢を崩し、隙だらけの男がいる。その男の首へと刃を振り下ろし、寸止めした。
審判がそこまでと止めて、女の勝利を宣言した。
上がった歓声に、女は笑みを浮かべるようなことはないが手を振って応えていく。
戦っていた二人が下がって、審判が新たな対戦者の名前を呼ぶ。このままここでほかの試合も見ていこう。
剣を使う人、槍を使う人、拳で戦う人、魔法を使う人。いろいろと出てきて、勝敗がどんどん決まっていく。
見物している間に、昼を少し過ぎた時間になったようで、審判たちが休憩するため一時間試合が行われないことが知らされる。
それを聞いて見物客たちはどの試合がよかったなどと感想を話しつつ、近くの屋台や町の食堂に向かう。
俺も町に戻る流れにのって歩く。
感想ありがとうございます