85 予選開始 2
「それじゃ強くなったことについて聞こうか。なにかこの町に危険でも迫っているのかな」
フェムについての話が終わり、気になったことについてニルが聞いてくる。
「俺の知るかぎりで、そういったことはない。偶然大物に遭遇して倒したからいっきに強くなったんだ」
「ここらで強いモンスターが出たという報告は入ってないけど」
「いたのは洞窟の底。宝探し専門の冒険者たちに付き合って目的地に到着したら、そこをねぐらにしていた奴と戦うことになったんだ」
「宝探しとはまた珍しいことをしたものだね。なにがいたんだ。そこまで強くなるってことはかなりのモンスターだったはずだ」
「あー、その、えっと」
言いよどんだ俺をニルたちは不思議そうに見てくる。
それっぽいモンスターをでっちあげてもいいけど、もしそうするなら言いよどむことなくさらっと言うべきだったなぁ。
「かなり弱体化した魔物だったよ」
「なんだって?」
聞き間違いかとニルが聞き返してくる。オルドさんたちも目を丸くしていた。ペクテア様は呆けた様子だ。
「魔物。なんであんなところにいたのかさっぱりだ。普通の攻撃じゃ倒せなかったから、洞窟を崩落させて倒したんだよ」
「……なにを馬鹿なことをと言いたいんだけど、実際短期間で強くなっているし、それくらいの大物を倒したって言われた方が納得できる」
「よく生きて帰れましたね」
サロートが驚き半分呆れ半分といった表情で言う。
「運が良かったんでしょうね」
「運だけでどうにかなる存在じゃないと思うのだけど。魔物を倒したのなら魔晶の塊が残ると思うけど、それはどうしたんだい」
ニルはあれが気になるのか。
「同行者が売ると言って持っていった。分け前はあとで送ってくれるそうです」
「どこの町で売られるのかわかるかい」
ジケイルさんたちが帰った町の名前を告げるとニルはメモに残す。
「もうそれなりに時間が経過しているし手放していると思う」
「だったら売った相手に交渉して手に入れるよ」
「そこまでほしいものなんだ?」
「高品質の武具や道具製作に使ったり、緊急時に町を守る結界を張ったりと使い道はいろいろとあるからね」
「兄様! 落ち着いて話していますが、デビルスレイヤーが誕生したということではありませんか!?」
我に返ったペクテア様がニルへと言う。
ゲームだと魔物を倒したら得られる称号だったよな。魔王を倒すまで何体も倒すことになるし、いつでも取れる称号で珍しいものじゃなかった。特殊な効果もなかったしな。
ニルはペクテア様の言葉を肯定するように頷く。
「手段はどうあれ魔物を倒せば、そう名乗っていいのだろう。でも彼らは名乗ることをしていない。そのつもりがないということなのだろうさ」
なのだろうとニルに意見を求められる。
いや別に難しいことは考えてなかったんだけどね。称号が特別なものじゃないから、意識することもなかった。ファルマジスを倒して生き残って、レベルアップして、お金も入った。そこで終わりだった。あとはリューミアイオールからの課題とかやることがあったから、広めなかったんだ。
ジケイルさんたちがどう考えているのかはわからん。向こうで話しているかもしれない。
「うん、そのつもりがなかったんだよ」
そういうことにしておこう。
「もしかして特に考えてなかったか?」
ばれた。心を読む魔法でも使っているのかと思ったけど、もしそうなら秘の一族といった嘘はすぐばれる。どうでもよいことだと顔に出ていたんだろうなぁ。
「正直、深くは考えてなかったよ。生き残った感動の方が大きかったし」
「今後公表するつもりは?」
「俺はないね。同行していた人たちはどうするかわからない」
「どうして公表しないのですか? 己の成したことを誇るのは当然のことではないのでしょうか」
ペクテア様が不思議そうに聞いてくる。
「公表すれば注目が集まります。そのせいで自由に動けなくなるのは嫌です。それにまた魔物を倒せと言われても無理なのですよ。洞窟を壊してそれに巻き込むことでなんとかできた、真正面から戦ったわけではない」
「実力以上のことを求められることを厭うのですね。納得しました」
「君は強くなることが目的と言っていたし、それを邪魔されるのは困るのだろうね。どういった魔物と戦ったのかは聞いてもいいのかな」
「見た目スケルトンだったよ。最初あそこで死んだ冒険者がモンスターになったと思ったんだ」
「スケルトン……英雄の時代にもいたとされるね。かなり強かったそうだ。デッサは昔いたそのスケルトンについてなにか知っているか」
「武具を身に着け、しっかりとした技術を用いて戦い、魔王の護衛をしていたと聞いているよ。並の冒険者や兵では相手にならず、英雄たちと互角に渡り合ったとか。グーネル家ならなんらかの情報を持っているかもしれない」
魔王に挑んだのなら必ずぶつかる相手だし、初代の日記とかにファルマジスについて書かれていそうだ。初代が日記を書いていたかは知らんが。
「フェムが救出できたら聞いてみるのもいいかもしれないな。強くなった理由も聞いたし、ほかは……ザラノックや子供の誘拐以降、なにをしてきたのか、なにか変わったことはあったか聞かせてほしい」
「えっと、あれ以降は大ダンジョンに挑んで、中ダンジョンに行って、その帰りにトラブルがあった」
「トラブルとは」
「当事者がばらすことを望まないかもしれないので、名前とかは伏せるよ。魔法薬による被害を受けた少女とその祖父が襲われた」
それを聞いてニルは小さく頷いた。
「ああ、それはギデスに聞いたよ。兵が犯人を尋問したそうだね。実は似たような事件が以前から各地で起きているんだ」
「被害者は多い?」
「そこまで多くはない。ただしこの国だけではなく、他国でも被害報告が出ている。医学書とかに記されている薬による被害ではないせいで、治療が困難なんだよ。君はその被害者に使われた薬に心当たりはあるかい」
「ないよ。知っていたら被害者に伝えているし」
「治療できそうな手段については?」
「それもないね。ぱっと思いつくのは伝説に名を残すエール万能薬か、あらゆる怪我病気を治したとされる癒しの泉くらい」
エール万能薬はゲームでも製法はわからなかった。宝探しイベントで手に入ったり、ダンジョンの九十階以降のモンスターのレアドロップだった。ゲームの解説だと草人の一部に伝わる秘密の製法で長年かけて作られると書かれていた。この世界でレアドロップというものがあるのかわからないから、草人から手に入れるしかないのかな。
癒しの泉は世界各地で発見されている。ただし数日で枯れてしまうため、探すのにとても苦労する。人知れず湧いて、そのまま枯れていく泉がいくつもありそうだ。泉の効果を受けるには、湧いた場所で浸かる必要があり、水を汲んで使おうとしても意味はない。水と場所がそろって、恩恵を受けられるそうだ。汲んだ水は薬の品質を上げてくれるようで、高値で取引される。
「現実的ではないね」
「うん、そう思う。犯人からどうやって作ったのか聞き出すのが一番だと思う」
「強情らしく、情報を吐かないようだよ」
「そっか。ちなみに俺が知っているのは獣人化なんだけど、ほかにどんな被害があったんだ」
「視力が弱い子に薬を与えて、視力が強くなりすぎて光に痛みを感じるようになって目を開けなくさせた。虚弱体質の子には体を強くする薬を与え、日常生活を送れるようにした」
「副作用は?」
「今のところはないね。ただ同年代に比べて成長が早いような気がするという報告は入っている」
「それは早死にする可能性があるってことなんじゃ」
発育がいいだけなら問題ない。成長が早くなっているのなら、老いも人より早いということかもしれない。
その可能性はあるとニルが頷く。
「ほかに犠牲者はいるの?」
「一番まともといえるもので、失った腕のかわりに熊の手が生えたというものだろう。見た目以外に不都合はない。ほかにも何人かいるが、そういった情報の中で気になるものがあるんだ。魔法薬などを与えられた者が消えたという報告だ」
「それって俺が会った人たちと似た状況だ。あの人たちはさらわれる前に逃げたけど」
「そうらしいね。消えた者たちがどうなったのか皆目見当つかないが、まともな扱いをされているかどうかも怪しい」
「それらの事件も今回フェムたちに起きたことも似ているよね。同じ人たちがやっている可能性はあるのかな」
「ありえる。だから今回フェム救出で犯人を捕まえ、そこらへんの情報を得たい」
犯人確保のため、ローガスさんとディフェリアの周囲も私服の兵が警備しているとニルは言う。ほかの仕事もあるため常にやっているわけではないようだ。
「あの二人の警備は念のためだな。この町に来ていると知られているかどうかもわからないから」
「来ていても探すのが大変だろうしね」
扉がノックされる。
サロートが対応に出ると、扉の向こうに兵とウェイターがいた。一緒に歩いているときにはいなかった兵だ。離れて護衛していたのだろう。
「ニルドーフ様、夕食はいかがいたしましょう?」
ここで食べていくのか聞きに来たんだな。
「ここで食べていってもいいが、デッサはどうする?」
「自腹は無理」
そう言うと笑いながらこっちで出すと返してくる。
「それならごちそうになります」
「この場にいる全員分を準備してもらってくれ」
わかりましたとサロートは返事して、ウェイターと話すため部屋を出る。ニルたちの好みとか伝えるそうだ。
「とりあえず俺から聞きたいことは聞いたな。ペクテアはなにか聞いてみたいことはあるか」
「私からですか?」
「さっき質問しただろう? ほかに聞いてみたいこととかあるかもなと思ってさ」
ペクテア様は少し考え込む様子を見せる。
「デッサ様との会話の際は席を外してもらうことになると言っていましたが、そんなことはありませんでした。聞いて問題ない会話だったということでしょうか」
「ああ、問題のある内容ではなかったよ」
「デビルスレイヤーについてもお父様に話しても大丈夫なのですよね。デッサ様に名乗りでるつもりがないということでしたが」
「口止めしてこなかったし大丈夫だとは思う。どうなんだい?」
ニルが俺を見てくる。
「別にいいとは思うけど、それ関連でどうこう言われても俺は対応しないよ?」
「会いたいと呼ばれることがあったとしてもですか?」
「はい。俺にとってその時間は無駄でしかないですし」
「無駄、ですか」
ペクテア様がなんともいえない表情になった。敬意を持っているであろう父親との話を無駄と言い切ったのは言い過ぎだったか。
でも移動時間とかでダンジョンに入る時間を削られるのは困る。
ニルたちもペクテア様と似たような表情だった。
「兄様、今の会話を伝えても大丈夫なのでしょうか」
「話すときには俺たちの身分を知らないと前置きしておいてくれ。そうすれば父上も知らないが故の言葉と思うだろうから」
「そうします。あとこれ以上質問はやめておきます。やはり怖いという印象は間違いではなかったと思いますし」
「たしかにああいう答えが返ってくるのは心臓に悪いな」
もしかして二人は大貴族の子女だったりする? その父親を軽視するような発言をしたことで怖いもの知らずっていう印象を抱かれた?
偉い人が怖くないわけじゃないんだけどな。勘違いは解きたい。
「貴族がいらないとか、どうでもいいとか思っているわけじゃないですからね? そこは誤解しないでください。国内の正常な経済活動や治安維持に必要なことをしているとちゃんとわかっていますから」
不思議そうな顔をしたペクテア様はすぐに理解した顔つきになる。
「そういうことですか。いえでも……」
そう言ってまた考え込む。
「理解してもらえたんだろうか?」
「まああとで俺からまた言っておくさ。あの子の見聞を広めてもらいたくて、デッサと話してもらおうと思っていたんだが、少々刺激が強かったみたいだ」
「俺と話すことで見聞なんて広まるものなのか?」
「一般人と話したことはないからね。これまでにはない考え方を知れる良い機会だと思ったんだよ」
なるほど? でも俺はリューミアイオールからの課題最優先で動いているからまともな返答は期待できないと思うんだよな。
そもそも秘の一族とか言ってるんだし、一般人から外れていると思った方がよかったんでないかな。もっとほかの人を選んだ方が目的を果たせただろうね。
「一般人の考え方での会話。一般人目線での町運営について語ればいいんだろうか」
できないもしないことを言ってみる。
「語れるのかい?」
「無理だね。運営なんてどうやればいいのかさっぱり。税が安ければ嬉しいけど、安すぎると万が一があったとき国からフォローがされなくなるといったことくらいしかわからないよ」
「税をなんのためにとっているのかわかっているのは、それなりに知識がある証拠だよ。ほとんどの人は国が欲しているから渡していると思っているんじゃないかな」
「渡した税がどう使われるかよりも、日々の生活とか仕事の方が関心あるだろうしね」
そんな日々の生活とか仕事について話せば、参考になったのかな。無理だろうな。ひたすらダンジョンに挑む日々は、一般人とズレがあるだろうし。やっぱり人選を間違えてる。
「思ったんだけど、ニルが旅をして見聞きしたものを伝えた方が一般人の考えについて参考になったんじゃない?」
「俺が見聞きしたものは、あれだ。俺の立場を踏まえた意見になると思う。だから一般人の考えとはかけ離れたものになりそうだ」
「ニルが見て受け入れたものだから、どうしても変質というか自身の考えで語る部分があるということか」
ニルというフィルターを通したものだと意味がないと思ったんだな。
「そうだね」
「そこらへんで遊んでいる同年代と話せたらいいんだろうけど、立場上そうもいかないか」
「俺は慣れているからいいけど、この子はそうもいかないからね。荒事にも対応できないし」
貴族とかが一般人と交流するとなるとローマの休日が思い出される。あれみたいに抜け出してとも思ったけど、実際にやると護衛の首が飛んでいきそうだな。
俺とニルがわかる範囲で、一般人の生活を話していると料理が運ばれてくる。
料理に手を付けてなかなかだと頷いているニルたちを見ると、食生活の差がよくわかる。これらをなかなかだと評することができる身分ってどれほどのものだろうか。
そんな疑問を抱きつつ夕食を終えて、店の前で解散になった。
感想と誤字指摘ありがとうございます