84 予選開始 1
フェムのことがあってから少し時間が流れて、予選が開始される日になった。
フェムが見つかったという話は入ってきておらず、このまま見つからないなら、本選出場どころか予選に参加すらできずに終わる。
冒険者たちの多くは予選開始でテンションを上げているが、俺には関係ないので転送屋に向かう。
いつもは俺と同じように転送屋やダンジョンに向かう冒険者が多いけど、今日は違った。ほとんどの冒険者は町の外へと歩いていた。予選会場が外にあるから、そっちに向かっているとわかる。
今日の転送屋はガラガラかもな。
そんなことを考えつつ昼食を買って、転送屋に入る。予想は当たり、人が少なかった。それでもダンジョンが閉鎖されたときよりは多い。
従業員に四十階行きを頼んで転移し、四十二階を目指す。バフマンに再度挑むのだ。
三体でいるバフマンを探して、強化された彼らに攻撃していく。以前よりは攻撃が通っている感じがある。しっかりと経験値が積まれている証拠だ。
これなら護符や魔力活性ありでやっていける。ここで余裕が生まれるまで経験値を稼ぐことにして、次のバフマンたちを探していく。
護符がなくなり、魔力も体感で残り三割といった感じになったから帰ることにする。
時間は午後三時くらいかな。強めのモンスターとの戦いで疲れているし、宿でゆっくりしよう。
モンスターを避けながら四十階まで戻り、転送屋と一緒に地上に帰る。そして魔晶の欠片を売るためギルドに入る。
ギルドでは今日の予選の結果を話す冒険者たちが多かった。勝った負けたと楽しそうだったり悔しそうだったりと様々な表情で話している。参加する人数が多いからか、今日一日で本選出場を決めた人はいないようだった。
どこの誰が強かったという話を聞きつつ、まだ時間はあるしがんばれーと心の中で気楽に応援しながらギルドを出る。
そのあとは護符とポーションを買って、宿に帰る。
武具を外し、買ってきたものをテーブルに置いて、汗をふこうとタオルを持って部屋を出る。
「あ、デッサさん。ちょうどよかった」
階段を降りようとしたところで従業員がそんなことを言いつつ近寄ってきた。
「なにか用事ですか」
「お客さんが入口で待っていますよ」
「客というとケイスドかな」
ハスファは部屋の前で待つのが当たり前になっていて、呼びに来るのはケイスドくらいだ。でもこの時間に来るのは珍しい。
「いえいつものあの人ではなく、見かけない人たちですね。着ているものが良いものだったから、お金持ちかもしれません」
「たちってことは複数……心当たりがないな」
会ってみようと従業員と一緒に階段を降りる。
宿の入口にはニルたちがいた。町長の屋敷で見たような質の良い服を着ている。あー、たしかに金持ちっぽいな。でもなんで会いに来たんだか。
ニルのほかにはオルドさん、サロートという見たことのある人物のほかに十代前半の少女もいる。
ニルたち三人は俺を見て、驚いたような顔をしていて、少女は宿の中をきょろきょろと見渡している。
「こんにちは」
「こんにちは。いきなりで悪いね。少し話をしたいのだけど、君の部屋で話せるかな」
「五人は無理だよ。狭い」
入るだけなら可能だけど、立ちっぱなしで話すことになる。さすがにそれはどうかと思う。
「そうか。そこの君、大部屋を一室借りたいのだが、空いているかい」
ニルはカウンターにいた従業員に尋ねる。
話しかけられた従業員はすぐに首を横に振った。
「どの部屋も埋まっていまして」
「そりゃそうだね。無理を言った、すまない」
どうしようかとニルは悩む様子を見せる。
「デッサ、どこか話せるようなところに心当たりはないかな」
「重要じゃない内容なら外でと思うんだけど」
「誰かの耳に入るような場所は無理だね」
「防音がしっかりしたところとなると、俺には心当たりは……」
ないと言おうとして一つ思い当たった。でもあそこに俺の伝手はない。
「どこかあるのかい」
「二回ほど行った高級料理店なら音が漏れないようになっていそうだなと。この人数でも入れる広さもあった。でもいきなり行って使わせてくれるかどうか、それに物凄く値段が高いと思うし」
「高級料理店か、それならたしかに急な客のために部屋の確保はされていそうだ。そこに行こう。お金はこちらで出すから問題ない」
「あそこを使う必要があるほどの話をするのか?」
なにを話すつもりだ。
やや引いた表情が顔に出たんだろう、それを見てニルは違う違うと手を振った。
「聞かれたくないということもあるけど、落ち着いた場所がほしいんだよ」
「一応案内するけど、無理なら町長の屋敷を使わせてもらうのもありじゃないか」
町長はニルに対して臣従に近い態度だったし、頼めば使わせてくれるんじゃないかと思う。
「今あそこは警備が厳重だし、貴族の出入りもある。そういった者とは近づくつもりはないのだろう?」
「……ああ、そうだね」
一瞬なにを言っているのかと思ったけど、秘の一族の設定をそんなふうにしてたね。すっかり忘れてたわ。
勢いで話すと駄目だな、こんな日常の一瞬まで戸惑うことになるとは。
「案内する前に少し時間をもらっていい? ダンジョンから帰ってきたばかりで汗をふこうと思っていたんだ」
「わかったよ」
急いですませると言い残して駆け足で宿の裏手に回る。そこにある井戸を使ってささっと汗を拭き、部屋に戻って財布を持ってニルたちに合流する。剣は置いている。財布も必要ないだろうけど、念のためだ。
宿を出て、以前行った料理店まで移動する。
「ちょいと気になったんだけど、その子は妹さん?」
「ああ、そうだ。ペクテアというんだ。挨拶なさい」
ニルに促され、ペクテアは俺の前に移動し、カーテシーのようなきちんとした作法で挨拶してくる。
「初めまして。ニルドーフ兄様の腹違いの妹、名前をペクテアと申します」
「これはご丁寧に。ただの冒険者でデッサと言います。お兄さんとは友達のようなものです」
できるだけ丁寧に返すと、ペクテアは意外といった表情を浮かべた。
「兄様の話では丁寧な対応は見込めないと思っていましたが、そうではありませんのね」
「完璧な作法は無理だけど、丁寧にやろうとは思えますよ。といってもペクテアさんが丁寧に挨拶してきたからそれにつられたみたいなものだけど」
「兄様の話を聞いて怖いと思っていたのに、案外普通」
「なんて言ったのさ」
どんなおかしな紹介をしたのかと思いつつニルにそう言うと、誤解だと言ってくる。
「俺と君の関係を話して、ただの冒険者として付き合っているという話をしたんだ。その流れでペクテアもそこらいる少女と同じような接し方をされるだろうと話したら、庶民として扱われることが理解できなかった。そこらへんの説明が難しくてね。ペクテアにとって未知の体験になるから怖いという受け取られ方をされたという流れだよ」
「わかるような、わからないような」
「俺と君の付き合いは冒険者としてのものだ。だからペクテアの立場も冒険者の妹ということになる」
「あー、ペクテアさんは冒険者の妹じゃないのに、そういった感じで扱われることが不安というか理解不能とかそんな感じ?」
ペクテアは金持ちや貴族としての扱いしかされたことがないということなんだろう。それ以外の扱いをされると言われても、想像できず不安を抱いた。
だいたい合っているとニルは頷いた。
「一応俺もニルがすごく偉い立場なんだろうなってのは想像できているし、その妹相手に粗雑な扱いはできないよ。ニルにこういった感じなのは、ニルがそう求めたからだし。ペクテアさん相手にはできる範囲で丁寧にやっていく」
それでどうだろうとニルに視線を向ける。
「いいと思うぞ」
「了承を得てすぐにあれだけど、様付けの方がいいのかな」
「そっちの方が慣れているだろうし、それでいってくれ」
「わかった」
会うのは今日だけだろうし、気にしすぎる必要はないだろうけどな。
そんなことを話していると目的地に到着した。
「ここだよ」
「ニルドーフ様、使えるかどうか私が聞いてきます」
「頼んだ」
サロートはそう言って店の中に入っていく。
五分ほどしてサロートは戻ってきて、中に入れるとニルに報告した。
全員で入ると、店員たち全員が並んで出迎えていた。これまでと全然対応が違うな。それほどまでにニルたちはすごい客ということなんだろうか。ほかの客も珍しそうにこちらを見ている。
店長らしき人が進み出て、ニルに挨拶する。その後、店員に案内を頼む。
二階の一室に案内されて、全員が椅子に入るとすぐにお茶と軽食が運ばれてきた。
優雅な所作でお茶を一口飲んで、ニルが口を開く。
「それじゃ始めようか。さてなにから聞こうか」
「いくつも聞くことがあんの?」
「本来は先日の誘拐の件についてだけ聞こうと思っていたんだ。そのためにスケジュール調整をして本当は昨日か一昨日に訪ねるつもりだったんだよ。予選が始まってから訪ねると迷惑になるだろうって」
ニルも俺が大会に参加すると思っているんだな。
「俺は大会には出ないから予選は関係ないよ」
「……そうなのかい? それだけ実力を上げているのだから大会のために頑張ったんだと思ったんだが」
「強くなったのは大会とは関係のない別件だから」
「そうだったのか。まあ、まずは誘拐について聞こう。どうして短期間でそこまで実力を上げたのかはそのあとに聞くとするよ」
宿で俺を見て驚いたのは強くなったことに気付いたからなんだろうなぁ。
「確認なんだけど、誘拐の件ってグーネル家の次男についてでいいんだよね」
「そうだね。君がフェムを発見したところから話してほしい」
わかったと頷き、老人がフェムに呼びかけていたところから、フェムが診療所から連れ去られたところまで話す。
「報告と一緒か」
「そりゃそうだ。兵に嘘を話していなんだから」
「嘘を言うとは思っていないけど、言い忘れたことやあとになって思い出したことがあるかもと思っていたんだ」
「……うーん、そういったことはないと思うよ」
誘拐されかけたところを見たと言っても長時間誘拐犯と接したわけじゃないからなぁ。言い忘れるほどの情報量を持っていたわけじゃないし。
「どうして誘拐しようとしたのか、そこらへんは聞いてない?」
「聞いてないね。誘拐しようとしていると判明した時点でさっさと逃げていったから」
「そうか。年齢とかどこ出身かとかわかるかい」
「出身はさっぱり。年齢は少なくとも十代じゃない。二十歳から四十歳の間じゃないかな」
出身を示す訛りがあったとしても、俺にはわからない。身に着けていたものも特徴的なものはなかったはずだ。
「似顔絵のとおりか。うん、ありがとう」
「誘拐犯探しになにか進展はあった?」
「似顔絵を元に探しているようで、見たという情報自体は入ってきている。どうやら町中をあちこち出歩いていたようだ。しかし誘拐の日からピタリと目撃情報がなくなった。向こうも探されていると考えたらしく、隠れ潜んだようだ」
「隠れられるようなところを探すのは大変だろうね」
「ミストーレも大きな町だからね、隠れられる場所は多い。協力者がいて、一般家庭に潜り込んでいる可能性もある。そうなると現状探すのは不可能に近い」
「なにか別の手段が必要」
「うん、兵たちもそう考えているようで、囮を使うとか言っていたね。ほかには目撃証言から行動範囲を絞って、拠点を見つけ出す。なにを目的にして町をうろついていたのか探って、求めたものの近くで探すということもやっているそうだね」
こっちから近づけないから、向こうから近づいてもらうしかないか。
「囮を使うにしても、そのまま誘拐される可能性がないかな」
「なにかしら対策はとるだろう」
まあ、そうだわな。
「ほかに聞きたいことがないなら、誘拐に関してはこれくらいだ」
「……ないかな」
首を突っ込むつもりはないし、これ以上は聞かなくていいだろう。
感想と誤字指摘ありがとうございます