83 町長の仕事
「こう毎日夜会というのは勘弁願いたいものだ」
夜道をゆっくりと進む馬車の中でギデスが溜息を吐いた。背もたれによりかかり緊張を解いて脱力している。肩のこりをほぐすように自身の手で肩を揉む。
部下が同意しつつも、仕方ないことだと苦笑する。
「この町の代表であるギデス様に挨拶を望むのは自然なことですから」
「毎年のことだからわかってはいるんだが、それでも疲れるよ」
「あと一ヶ月もせずに落ち着きます。そのあとゆっくり休めるように我ら一同仕事を進めていますので」
がんばってくださいと部下に励まされて、ギデスは力なく頷く。
自分だけではなく部下たちも大変ということもわかってはいるし、彼らの努力に感謝もしている。それでも他国の貴族とつつがなく接し続けることの気疲れで、たまには愚痴も漏らしたくなる。うっかりミスでなにかしら不利になる言質をとられないようにするだけでも神経をすり減らす。
「やりがいのある仕事とは思うし、無事に祭りが終わったときの達成感も嫌いではない」
「そうですね。祭りが盛り上がり、そして無事終わると我らも達成感を感じます」
「疲れるけどな。それに人が集まり、金が大きく動くことを羨む者もいる。儲かって羨ましいですなと嫌味を込めて言ってくる奴らには、お前たちがやってみろと言いたくなる」
もっともそのような発言をする者であれば自身の利益を追求しすぎて、各国との関係を悪化させかねないだろうと内心嘲笑する。
「ただ儲かるだけではありませんからね。他国からのお客様もいらしている祭りで失態をおかすことのまずさを理解できていないのでしょう」
ミストーレで行われるこの祭は、セルフッド国を代表する祭りの一つなのだ。
そこでの失敗は国の顔に泥を塗ることにも繋がる。そこを思えば、儲けて羨ましいとなどと気軽に言えないのだ。
大変さをわかってくれる貴族はフォローしてくれるのでありがたい。
祭りのあとの休暇を楽しみにすることにして、ギデスは祭りが無事終わるように気を引き締め続ける。
馬車から降りて屋敷に入り、ネクタイを緩めながら執務室に向かう。
急ぎの仕事や連絡事項があれば、執務室にメモが置かれているのだ。
「何事もなければよいのだがな」
無理だろうなと思いつつ執務室に入る。祭りが近づくにつれて細々としたトラブル報告が入ってきているのだ。
スリや置き引きなどは当たり前、あらかじめ決めていたのに出店場所について文句がでたり、宿が取れないからと空き家で勝手に寝泊まりする者がいたりする。
「毎日よくここまで問題が起きるものだ」
今年はルガーダといった裏側の人間が頑張ってくれているのか、被害報告が少ない方だ。来年以降もこの調子でやってほしいと思いつつ、机に置かれているメモを手に取り、内容を確かめる。
「喧嘩、詐欺、詐欺、いつもどおりだな。ん? 誘拐が起きた?」
どういうことかと別のメモを探す。そこに詳しく書かれていないかと思ったのだ。
見つけたメモを眺めて表情が歪む。
「グーネル家の次男が誘拐だと」
最近ダンジョンで若者に声をかける者がいるとは聞いていたが、それがフェム誘拐に繋がるとは思っていなかった。
部下に注意するようにとは言っていたが、本格的に調査するように言っておいた方がよかったと悔いる。
「そう思っても遅いか。幸いグーネル家はこちらを責める気はないようだし、協力して早期解決に動こう」
グーネル家がギデスを責めるつもりならば、出身国の貴族と一緒に文句を書き連ねた書状が送りつけられているはずだ。それがないということは、ギデス側に責任があるとは思っていないのだろうと推測できた。フェム救助に協力すれば、この件を広めることなく収めてくれるだろう。
メモを隅から隅まで読んでいき、呟きが漏れる。
「また彼か」
目が止まったのはデッサの名前を発見したからだ。
ここ最近は目立つことはなかったが、また事件で名前が出てきて一瞬騒ぎを起こす側の人間かと疑う。
しかし今回のデッサの行動から、また偶然遭遇しただけなのだろうと考えなおした。
「トラブルに巻き込まれる性質なのだろうか? そうだとすると難儀な人生だな。確かニルドーフ様が一度会いに行くとか言っていたはず。そのときにこの件を聞いてもらえるよう頼んでみるか」
そうしようと頷いたギデスは椅子に座り、紙を準備してささっと書類を作っていく。
兵たちも忙しいとはわかっているが、なんとか捜査人数を捻出してもらう。
インクが乾いたことを確認し、廊下に出て使用人を呼ぶベルを鳴らす。
それを聞いた使用人が姿を見せる。
「なにか御用でしょうか」
「これをロレンスかニガトムに渡してほしい。仕事を増やしたことを詫びていたとも伝えてくれ」
ロレンスは兵のトップで、ニガトムはその補佐をしている者だ。
承知いたしましたと言って書類を受け取った使用人は去っていく。
「次はニルドーフ様のところだな」
緩めたネクタイを締め直し、客室へと向かう。
部屋の前に立つ兵に話したいと用件を伝えると、兵は中に入っていく。
「どうぞ」
許可を得た兵に促され部屋に入る。
ニルドーフはペクテアと一緒にくつろいだ雰囲気だった。
「なにか話があるそうだな」
「はい。ゆっくりとしているところに申し訳ありません」
「大事な用事なのだろう。気にしていない。それでどのような用件なのだ」
先を促されギデスは誘拐の件について話す。
ニルドーフは小さく唸る。
「他国の名家の人間が誘拐か。それは一大事だな。救助のための指示は既に出してあるのか?」
「それはやっています。お知らせしたその件で、デッサが関わっているということも伝えたかったのです」
「彼がどのように関わっている」
ニルドーフはわずかに緊張した口調で聞く。
発見し、診療所に連れていったという返答に緊張を解いた。
「なるほど。さすがに犯人の一味ということはないか」
「私も一瞬だけ疑いました」
「騒動があるとそこにいるからな。彼が騒動を起こしているのではと思うのは仕方ないことなのだろう」
デッサがこの場にいたのなら、騒動に関わりたくない、誤解だと強く主張したことだろう。
「彼に会いに行くとおっしゃられていましたよね。そのときに今回の話を聞いていただきたいのです。ニルドーフ様を便利に使うようで申し訳ありませんが、祭りで誰もが忙しく」
「そう申し訳なさそうにせずとも、わかっているさ。だが急いだ方がいいのだろうか」
「彼には誘拐時の状況を確認していただきたいだけなので、重要度はそう高くはありません。ニルドーフ様のスケジュールを優先していただいてかまいません」
「そうか……三日以内に行くとしよう。向こうも予選が始まって忙しいときに訪ねられても困るだろう」
ギデスのようにニルドーフも挨拶で出かけてばかりだが、スケジュールの調整ができないほどではない。
「お兄様、呼び出すのでは駄目なのですか?」
ペクテアが聞く。王族の感覚としては用事があれば自ら向かうのでなく、呼ぶのが普通だった。今回はニルドーフから出向いているが、挨拶する相手が高位貴族なので歓迎しているという意思を示すため出向いているだけだ。
「彼とは普通の冒険者として付き合うと決めてあるからな。それに個人として町の様子を眺めたいという気持ちもある。祭りが始まってしまっては自由に出歩けなくなるだろうし」
だろうとニルドーフに聞かれたギデスは頷く。
祭りが始まって人が溢れかえると護衛が困難になる。そんな状況で出歩いてほしくないのだ。
それをニルドーフもわかっているので、祭りが始まる前にと言っていた。
今も人は増加傾向にあるが、まだ護衛はやりやすい。
「ペクテアも一緒に来るかい? 挨拶ばかりで疲れているだろう、気晴らしに散歩するのもいいと思う」
「大事なお話をするのではないのですか?」
「話のときは少し席を外してもらうことになるかもね。彼には王族として扱われないだろうし、そこを気にするなら留守番の方がいいだろうね」
「王族として扱われない?」
「さっきも言ったが彼とは王族として付き合ってはいない。だから紹介するときもただの妹として彼に伝えるつもりだ。だから向こうも十三歳の少女として扱ってくるだろう」
ペクテアは首を傾げる。これまで王族として扱われることが当たり前だったので、それ以外の扱いと言われてもピンとこないのだ。
「なんと言えばいいんだろうね。父上や母上の接し方とは違うし、俺たち兄姉妹の接し方とも違う。無礼な扱いというのも違うような気がするし。うーん、子供扱いが近いのかな。でも彼と年齢が近いから子供扱いするのかもわからない」
ニルドーフの言葉に、ペクテアはますます疑問顔になった。
「ちょっと怖いかな」
デッサが未知の存在のように思えて、ペクテアは恐怖を感じる。
「怖い存在ではないよ。そこは安心していい。底知れない感じはあるけど乱暴者じゃない。丁寧な話し方をしない少年だね。メイドや兵が雑談しているところを聞いたことがあればわかりやすいかもしれないけど、俺たちの近くでは気を抜いた話をしないからな」
ニルドーフは鍛錬をしているときに、遠くで休憩している兵たちの会話が聞こえてきたことはある。しかしペクテアはそういった場所に近づかないし、使用人たちが井戸端会議するところに行くこともない。
首を傾げるペクテアに、ニルドーフは連れていってみるかと考える。一度くらい市井の人間と接触させた方が考えの幅が広がるかもと思ったのだ。
「彼の宿は把握しているのかな」
ギデスに尋ねると頷きが返ってくる。
「はい。たまに様子を見に行かせていますので。明日の朝食のときに住所のメモを持ってくるようにしておきます」
「頼んだ。ついでに現状この町で今起きていることを聞かせてくれ。誘拐以外に注目している出来事はあるのだろうか」
「細々とした諍い以外はありません。といっても誘拐の件のように小さいと見せかけて大きなことが進行しているかもしれませんが」
「目立って大きなことは起きていないのだな。ギデスをはじめとして皆が頑張っているからなのだろう」
「ありがとうございます」
自分たちの仕事ぶりを褒められ、ギデスは礼を言い、客室から出る。
これで今日の仕事は終わりだと気を緩めて、明日も頑張るかと思いつつ自室へ歩いていった。
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