82 近づく予選 6
「あの、フェムの家族を連れてきたんですが」
そう言いながら近づくと、医者が振り返る。
「ああ、君か。戻ってきたらこんなことになって驚いたろう」
「はい。なにがあったんですか」
「あの患者がさらわれた。君が言っていた男らしき人物が仲間を連れて押し入ってきたんだ」
「さらわれた!?」
デーレンさんが俺を押しのけて医者にずいっと近づく。
「彼がご家族を呼びに行って少しして、男たちが来てね。さっき運び込まれた患者はどこだと聞いていた。教えられないと返すといきなりナイフを振ってきて、屋内を探し回り連れ出したんだよ」
「誘拐犯の顔などは見たのですか?」
イファルムさんが聞く。それに医者は頷く。
特徴を聞いていると、あのときの男と同一人物ではないかと思えた。それをその場にいる者たちに伝える。
「似顔絵を作って、兵や自警団に配りましょう」
兵の一人がそう言い、その場から離れる。
「息子はなぜ誘拐されたのだろうか。家の問題に巻き込まれたとしても、これまで犯人から要求などなかったのだが」
「家の問題ですか?」
イファルムさんたちが何者か知らない兵は首を傾げる。
イファルムさんたちは自分の身分を名乗り、それで兵は名家なのだと理解した。
「なにかしらの要求を通したくて誘拐したのなら、この数日で連絡の一つでも寄越しそうなものですね。しっかりと監禁して逃がすようなこともしないでしょうし」
「別の事件に巻き込まれたのだろうか」
「もしかするとあれかもしれません」
思わず発言した俺に視線が集まり続きを促される。
「若い冒険者に力はいらないかと声をかけていた不審人物がいますよね。本選出場のため、その誘いにのってしまったとか」
そういった人物がいると噂で聞いたことがあると兵も頷いた。
イファルムさんたちは初耳のようだった。
「どうしてそう思ったんだ」
「ただの勘ですよ。それでもあえて理由をつけるなら、武器ですかね」
「フェムの武器は槍だが、その槍がなにかおかしかったのか?」
「俺が今日見たときには、槍じゃなくて剣を持っていたんですよ。お医者さんも見ているはずです」
確認するように聞くと、医者は同意した。診察するときに邪魔なので近くのテーブルに置いた覚えがあると言う。
「その剣が与えられる力に関係しているのかなとなんとなく思ったわけですね」
本選に出場したいのに使い慣れた槍を手放すのなら、なにかしらの理由があるはずと思うのだ。
「その剣は今ここにあるのだろうか?」
デーレンさんが医者に聞く。
「確かめてみる。診察後も患者のそばに剣を置いたままにしていた。だから患者だけを連れ去ったのなら寝かせていた部屋にあるはずだ」
皆で病室に移動する。誘拐されたときの状況を保存するためか、ちらかったままだ。
そこを探してみる。フェムの靴はあったが、剣はどこにもない。
フェムが目的なら、剣は置いていくはず。今回の誘拐に剣が関係しているという考えは、大きく外れていないのかもしれない。
そうなると家の問題に端を発したというわけではなさそうだ。
「声をかけられたという若い冒険者たちに話を聞いてみたいところですね」
兵は声をかけられた冒険者を探すことにしたようだ。もしかするとほかにも被害者がいるかもしれないと考えたそうだ。
「なにか情報が入ってくれば報告しますので、宿を教えていただけますか」
兵の頼みにイファルムさんは頷き、使っている宿を教える。
自分たちで探したいという気持ちはあるのだろうけど、土地勘のない場所ではどうしようもないと我慢したのだろう。
「アジトがわかれば同行するがよいかな」
「わかりました」
子供を助けたいという気持ちを察したのだろう、兵は頷く。
兵たちは調査と情報収集を終えて、去っていく。今後は似顔絵をもとにした人探しと診療所から逃げていった犯人たちの目撃者探しだそうだ。
イファルムさんは医者に迷惑をかけたと、診療所の修理費用を請求してくれと言っている。そしてフェムの診察結果についても尋ねている。
「過労と聞いているが」
「ええ、そんな状態でした。ですが疲れているわりには筋肉などの損傷というか傷み具合は軽かった。長時間動き続けたというより、短時間に激しい活動をして傷めたという感じです。もしそうだとしたら別の疑問がでてくるのです。そのような動きをすれば、消耗する体力は過労と呼べるようなものにはならないのです」
「私も体を動かす者なのでわかります。短時間激しく動いて疲れることはあっても、休憩を取ればある程度は回復する。過労と呼べるような状態にはならないでしょう。となるとそんなことが起きた原因は外部、剣が怪しいということになる」
「私も原因は、外部要因と考えます」
「先生から見て、体のどこか特に疲労していたと思われるところはありますかな」
医者は診たときのことを思い返して首を横に振る。
「特にここだといえる部分はなかったかと」
「剣を持っていたのだから腕や肩に大きく負担がかかったと思ったのだが、そうではなかったのか」
「筋を痛めたといったことはありませんでした」
「持つだけで体全体に負担をかけてくるという武器なのだろうか」
体力を多く消耗するかわりに、身体能力を上げてくれる剣だったのかな。それを使いすぎて過労にまでいった。
もしそうだとするとそんな剣を与えていた奴は、なにがしたかったんだろう。
実際に人に使わせてみての性能実験? それならそれで事情を説明すればいい。怒られるだろうが、それだけですむ。誘拐なんてする必要はないはず。
誘拐なんてしたら、ばれたらまずいなにかがあると言っているようなものじゃないかな。
俺が考えているうちに話は終わったようで、解散になる。
診療所から出て、イファルムさんとデーレンさんが頭を下げてくる。
「君のおかげでフェムが危ない状況にあることを知れた。感謝する」
「本当にありがとう。今回の話がなければ、フェムの状況を知らないままだった」
あの老人が声をかけていたから気付けた。だがあの人にも礼を言った方がいいんだろうけど、どこの誰かは聞いてないんだよな。
「フェムに見張りとか世話役とかつけていないんですか?」
「一人で頑張らせるために最低限の金を渡して、世話役はつけていない。見張りもたまに遠くから確認させていただけだ」
「それが今回のようなことになってしまうとは」
「運が悪かったとしか言えませんね」
そうだなと二人は溜息を吐いた。
無事フェムが救助されるといいのだけど、どうなることか。
不安そうな雰囲気の二人は帰っていく。あんな状態で予選や本選は大丈夫だろうか。
「俺もギルドに帰るとするよ」
「ええ、案内ありがとうございました」
グルウさんも帰っていき、俺も宿に帰る。
今日はもう美味しいものを食べて帰るだけと思っていたら、ひと騒ぎあったなぁ。
◇
診療所から逃走した一団は陰から陰へと移動し、とある一軒家に到着する。
カーテンが閉められているが、隙間から明かりが漏れていて、誰かいるかもしれないとわかる。
彼らは周辺の気配を探ってから、ノックすることもなく玄関を開き、屋内に入る。
屋内には人がいて寛いだ様子だったが、驚くことなく入ってきた者たちを受け入れた。
寛いでいた彼らに視線で外を示し、一団は地下室へ移動していく。
家人は窓や玄関に移動して、一団を尾行してきた者がいないか確認し、いないと判断して先ほどまでと同じように普通の家族のように寛ぎ出した。
地下室に移動した一団は、棚で隠された扉を開けて、さらに地下へと移動する。
この地下は家人によって長年かけて掘られたもので、町の役人たちも把握していないものだった。
螺旋階段を降りて、広めの地下空間に到着する。そこには眠ったように見える若者たちがゴザに寝かされている。十人以上いる彼らの腹や胸には指輪や手鏡やワンドが置かれていた。
意識が朦朧としているフェムもゴザに寝かされた。
「こいつを見張っておいてくれ」
デッサに追い払われた男が仲間に頼み、返事を聞いてから来た道を戻る。
地下室から出て、家長に見える男と書斎で話し合うため移動する。
「つけてきた奴はいたか? 俺たちも一応注意はしていたが」
「いないようだ」
「そうか」
ほっとした様子で、瓶からコップへと酒を注ぐ。
「こんな目立つことは勘弁してほしいな」
言いながら男は酒を少量飲む。
家長の男も自身のコップに酒を注ぐ。
「こちらとしても驚いた。聞いていた話だとあの武器や道具は自我を縛ると聞いていたし、実際ほかの奴らは自由に動くことはない」
だから常時見張るということはしていなかった。
フェムは思うように動かせない体を引きずって、見張りがいない隙を突いてここから脱出したのだ。このままでは幼馴染に会えなくなるかもという思いが、強い抵抗力の源となっていた。
あいにくと誰かに助けを求めるほどの余裕まではなく、大通りに出たところで力尽きてしまった。
医者が過労と判断したのは、剣に抗ったことにも原因があった。もともと剣を与えられて、それの性能を確かめるためモンスター相手に暴れて体力が低下したところを、剣の効果に抵抗できず倒れた。目が覚めてから剣に抗い続けて消耗したせいで、過労と判断されたのだ。
「精神的な抵抗力が強かったのだろうな。あれはあれで貴重なサンプルになりそうだ」
フェムの自我を縛っているあの剣は、自由に人を操ることを目指した剣ではなく、もっと別のものを目指したものだ
実験段階にある武器であり、実際に使ってみたデータ収集のついでに、大きく目立たない程度に暴れさせ祭りをかき乱すつもりだった。
他国からの貴族も集まるこの祭りでの失敗はこの国の評価を落とし、各国との連携を鈍らせると考えていた。
「大会に忍び込ませるのは難しそうだし、サンプルとして本拠地に持ち帰ることになりそうだな」
「探し回っているだろうから、しばらくは地下から動かせそうにないけどな」
そう言って誘拐しようとした男はやれやれと首を振る。
「自由に動かせないといえば、あんたもだろ。顔を見られて今後どうするんだ?」
「夜のうちに町から出ていこうかと思ったが、いけるかと思うか?」
入るときは人の多さに紛れることができて簡単だったのだ。壁で囲まれた町ではないし、出ていくのも楽かもしれないと思い聞いてみる。
それに家長は首を横に振る。
「祭りが近づき、おかしな連中が出入りすると役人たちもわかっている。だから警備は通常時よりしっかりとしたものになるから、油断していると捕まる。出ていくなら祭りが終わってからの方が確実だろう。無理矢理出ていくことも可能ではあるが、騒ぎになって人が多く集まり捕まる可能性もある。捕まったせいでここがばれるのは困る。この前の子供誘拐の件で隠れ家の一つが見つかり、ここともう一つだけになってしまった」
「今はまだ派手に動くときではないから、祭りが終わってから出ていくようにしておこうか。俺としても隠れ家がなくなるのは困るしな。しばらくは地下で見張りだな」
「別の任務があるというのに、頼み事をしたせいで動けなくなってすまない」
男は剣の実験とは別の件でミストーレに来ていた。
「俺も簡単に連れ戻せると思っていたからな。まさかあれの知人に遭遇するとは」
運が悪かったと溜息を吐いてもう一口酒を飲む。
「あんたが動けない間、こちらで人を動かして探させてもらう」
「頼んだ。せっかくの適合体を逃がすのはもったいない」
「見つかる可能性はそう高くはないけどな。探しているのは見た目獣人の子供ということだが、祭りで獣人の子供はそれなりに見かけるようになったから」
男の本来の目的はミストーレ方面に向かったというディフェリアの確保だった。
今日も探し回っていたのだが、隠れ家に戻ってくるとフェムが逃げ出したと聞かされ、確保に動いたところデッサに阻止されることになったのだ。
「フードで顔を隠しておけばよかったぜ」
「顔を隠した男が連れて行こうとするのは、それはそれで怪しまれただろうし、同じ結果になったかもしれない」
「そうかもな」
失敗は避けられなかったかと男は溜息を吐いた。
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