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81 近づく予選 5

 ハスファが俺の顔を覗き込む。


「今日も大丈夫ですね。ここ最近は疲れ気味なのが少し心配です」

「強いモンスターと戦っているから。でも無謀なことはしてないよ」

「だといいんですが」


 少しだけ疑わしそうにしながら離れてベッドに腰掛ける。


「あと三日で予選開始というだけあって、冒険者の数が多くなった」


 話をそらすように、町で多く見かけるようになった冒険者について口に出す。

 それにハスファは頷いた。


「ええ、ポーションの販売額も上昇傾向にあると聞いてます」


 一番購入するのは冒険者だろうしね。数が増えれば売り上げも自然と上がるわな。


「ポーションの数は大丈夫なのか?」

「毎年のことですから、そこらへんは慣れたものですよ」


 そりゃそうか。もう何度も大会が行われているらしいから、この町の人は慣れるわな。

 それでも冒険者同士の揉め事が多くなっているようで、兵や自警団が忙しそうにしている。自警団と一緒にいるセンドルさんたちの姿もあった。祭りの間、手伝いを頼まれたのだろう。

 そんな情勢なんで日暮れに一人で歩かせるのは危なかろうと、今日から祭りが終わるまではハスファに訪問中止を提案する。

 少し渋る様子を見せるけど、万一のことがあっては家族や同僚が悲しむだろうと説得したところ納得したように頷いた。

 

「それじゃ今日は教会まで送っていくよ」

「ありがとうございます」


 今日は外で夕飯にしようと思いつつ財布を持って宿を出る。

 教会の入口でハスファと別れて、教会近くにある紹介してもらったことのある店へと足を向ける。

 パスタの店で、特にフェットチーネが美味い店だ。以前はクリームパスタだったので、今日はキノコパスタを頼む。もっちりとしたフェットチーネとは違ったキノコの食感の歯ざわりがよく、キノコの旨味とニンニクと胡椒が上手く合わさっていた。

 これもまた美味で、大盛りを頼んで良かったと満足した夕食になった。

 その帰り道、大通りを歩いていると誰かを心配する声が聞こえてくる。

 声のした方向を見ると、路地裏へと繋がる道のそばで座り込んでいる人がいて、その人に老人が声をかけているようだった。

 夕方になる前から酒でも飲んで酔っぱらったのかなと思っていると、座り込んだ者の横顔がちらりと見える。


(フェム?)


 デーレンさんの弟、以前一度だけ話したあいつだ。

 本選出場ができないと悟り、やけ酒でも飲んだのか?

 知らない人でもないし、様子を見てみようと近づく。


「こんばんは。そいつどうしたんですか?」


 声をかけていた老人は首を横に振る。


「わからないんだ。ふらふらとそっちから出てきたと思うと座り込んで、苦しそうにしている」

「近づく祭りにうかれて酔っぱらったとかではなく?」

「酒の匂いはしないな」


 しゃがんでフェムの様子を確認する。たしかに酒の匂いはしない。

 フェムは強く目を閉じて、浅い呼吸を繰り返している。

 痛みや苦しみはあるのかと声をかけてみる。


「だ、大丈夫だ。少し休めば、よくなる」


 俺には気づいていないようで、弱々しく返してくる。

 大丈夫なようには見えず、近所の医者のところにでも放り込もうかと老人と相談する。

 そんなとき路地裏から三十歳手前の男が歩いてきた。くたびれた感じの冒険者だ。


「ああ、いたいた。探したんだぞ」

「あんたは?」


 老人が聞く。


「そいつの仲間だ。体調を崩したってのにいなくなって探していたんだ」

「ああ、よかった。動けないようなんでな。連れていってあげてくれ」

「そうするよ、迷惑をかけたな」


 言いながらフェムに近づこうとした男を止める。

 少しばかり怪しく思えた。以前話したときは仲間がいるとは言っていなかったし、デーレンさんたちも地元から同行してきた知人がいるようなことは言ってなかった。

 この数日で知り合った可能性はあるけど、祭りで悪人が町に入り込むという話も聞いたし確認はしておこう。

 

「なあ、そいつは俺が近くの医者に連れていくから、家族に知らせてやってくれないか。家族も心配するだろうし」

「医者に診せたあとに知らせにいくよ。そこまで世話をかけるわけにはいかない」

「でもな見た感じ弱々しくて、軽い症状とは思えないんだ。万が一手遅れになると、家族が悲しむだろう」

「大袈裟な。たしかに気分悪そうではあるが、死ぬような症状じゃないと思うぞ」


 老人も同意する。まあ俺としても今すぐ死ぬようには見えていない。


「じゃあ、このままここで俺が見ているから急いで家族に連絡をとるというのは? なんらかの持病でかかりつけの医者がいるかもしれないし」

「こいつとの付き合いはそれなりにあるが、持病なんて聞いたことは一度もないぞ」

「へー、付き合いが長いのか」

「長いってほどじゃないが、一年近くは組んで」


 組んでいると言い終わる前に男を力いっぱい押して、フェムから離す。

 老人は驚き、男もなにをすると怒鳴る。

 その声に反応し、周囲から注目が集まる。揉め事かといった会話が聞こえてきた。


「あんたは何者だ? こいつ、フェムという名前だが地元から仲間を連れてきたとこいつからも家族からも聞いていないぞ」

「っ」


 わずかに表情を歪めた男は小さく舌打ちすると、即座に路地裏へと駆けていく。判断が早いな。

 一瞬追いかけようかと思ったけど、フェムを放置できず諦める。


「な、なんだったんだ」


 老人が意味が分からないといった表情で聞いてくる。


「あの男はフェムの仲間ではなかったということです」

「名前を知っているということは知り合いだったのか?」

「知り合いってほどじゃないんですよ。ほんの少しだけ付き合いがあった。その付き合いの中で、仲間がいるとは聞いたことがなかった。でも俺の知らない間に仲間を作っていた可能性もあったんで確認してみたら、あの結果です」

「仲間を名乗って、連れ去ろうとしたということか」

「ええ、そうなんだと思います」

「この子はどうする?」

「医者に診せたいので、場所を知っていたら教えてください。そのあとは家族に知らせにいきます」


 わかったと頷いた老人がこっちだと先導する。

 俺はフェムを背負って、老人についていく。

 フェムを背負ったときにわかったけど、持っていなかったはずの剣が腰にあった。そのかわりに槍はどこにもない。

 医者のところまで連れていき、診断を頼む。


「見つけたときはどういった状況だったんだい」

「路地裏からふらふらーといった感じで出て来て、座り込んだ。それから動く様子が見えないから大丈夫かと声をかけたんだ」


 老人の説明に医者はふんふんと頷く。そして寝かせたフェムを診断していく。

 脈を測られ、閉じられた目を開けられ、口の中を見られるというそういった触れられることに、フェムは大きく反応は見せずにされるがままだ。


「疲労した状態に似ているな。断定はできないけど。もっと詳しく調べてみることにするよ」

「でしたら俺はこいつの家族に連絡を入れてきます」

「わかった。診断が終わったらベッドに寝かせておくよ」

「俺が戻ってくるまでに、誰かこいつを尋ねてきても会わせないようにしてもらえますか。誘拐しようとした奴がいるんです」

「誘拐?」


 俺と老人であの男について話す。


「そんなことがあったのか。面会謝絶にしておく」


 お願いしますと頭を下げて、老人と一緒に診療所を出る。

 老人は家に帰るようで別れを告げて、俺は頂点会へと小走りで向かう。

 しばらく走り、頂点会に着く。建物には明かりがついているので誰かいるだろう。

 玄関まで移動し、家人を呼ぶ。


「なにかご用事でしょうか。おや、君は」


 以前対応してくれた男だ。


「夜分に申し訳ありません。お聞きしたいことがありまして」

「なんでしょう」

「少し前にここに来ていたイファルムさんやデーレンさんの宿を教えてもらいたいのです。彼らの家族が体調を崩したところを発見し、今診療所に預けていまして、そのことを知らせたいんです」

「なるほど、わかりました。私は知りませんが、ファード様たちなら知っているでしょう。聞いてきますので、中に入ってお待ちください」


 礼を言い、中に入れさせてもらう。

 椅子に座って待っていると、そう時間をかけずにファードさんたちが姿を見せる。家族一緒にいたのか、グルウさんとミナの姿もある。


「こんばんは。夜分にすみません」

「いや、事情が事情だ。無理もない」


 急いでいるだろうということで、ファードさんは宿の場所を教えてくれる。


「教えた場所はわかるか?」

「いえ、行ったことがない場所なんで」

「だったらグルウ、案内してやれ」

「わかった。行こう」


 ファードさんに礼を言い、走るグルウさんについていく。

 案内してもらったのは俺が泊っているところとはくらべものにならない良い宿だ。一人でここに来ていても門前払いされていたかもと思えた。

 実際はそういったことはなく中に入ることができて、グルウさんが従業員にイファルムさんたちに会いたいと告げる。

 名前と用件を聞かれ、フェムが体調を崩していることを知らせたいと正直に答える。

 従業員はイファルムさんたちのところに向かい、十分ほどでイファルムさんとデーレンさんがやってきた。


「フェムが倒れたというのは本当なのか?」


 心配だとはっきり表情に出してイファルムさんが聞いてくる。


「はい。診療所まで運んで医者に診てもらったところ、過労ではないかと言っていました」

「本選出場のため無茶をしたか」

「かもしれませんが、別の事情があるかもしれないです」

「どういうことだ?」

「地面に座り込んでいたフェムを仲間と名乗って連れていこうとした男がいます。確認なんですが、地元からフェムの知人を同行していませんよね?」

「連れて来てはいない。だが私たちとは別にやってきた可能性もある。どういった男だったんだ」

「三十歳手前の男でした」


 見た目や服装についても説明する。するとイファルムさんたちは首を傾げる。


「その年齢の男と付き合いがあるとは聞いていない。この町で新たにできた知人ならば私たちが知らなくとも無理はないが」

「あいつは一年近い付き合いだと言っていました」

「一年か、それなら嘘を言っていると思う。その男はどうした?」

「嘘がばれたと判断したのか、すぐに逃げていきました。フェムを放置できなかったので、追いかけることはしませんでした」

「そうか。息子を助けてくれてありがとう」

「俺からも礼を言うよ。そこまで付き合いがなかったろうに、怪しい男を追い払って診療所まで連れていってくれてありがとう」


 二人は礼を言い、診療所まで案内してくれと言ってくる。

 それに頷いて、今度は俺が先導して走る。

 診療所の近くまでくると慌ただしい雰囲気が伝わってくる。そして診療所の玄関が壊れているのが見えた。


「なにがあったんだ」


 グルウさんが呟く。

 まさかあの男がやらかしたか、なんて思いつつ診療所に入る。

 そこには服が破れ、血で汚れた医者がいた。明らかにただごとではない。治療済みのようで兵に受け答えしている。

感想と誤字指摘ありがとうございます

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― 新着の感想 ―
[一言] 『予想に応えて期待を裏切る』ってもうね……。フェムがこうならないように課した試練のはずなのに。重度のダメンズ好きとかでない限りは相手の娘も見限るでしょ
[一言] 仲間を装って連れて行こうってのはもう一発でアウトなやつですねえ 今度は何に巻き込まれたのやら
[一言] また楽な方に流されて、怪しい薬に手を出したな。 身をもって一生の後悔してればいいさ。
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