80 王族
ロックリザード退治を続けているうちに、大会予選開始まであと五日という時期になる。
そろそろ狩りを止めてまたバフマンに挑もうかと思いながら転送屋に向かう。
大通りを歩いていると兵たちの大きな声が聞こえてきた。
『昼に王族の馬車が大通りを通る。進行の邪魔をしないように』
何度も繰り返しながら兵たちは通り過ぎていった。
周囲から、いよいよ祭りだなとわくわくとした反応が聞こえてくる。
王族来訪に大興奮した様子がないから、王族が見物に来るのは毎年のことなんだろう。
昼ならダンジョンの中だし、邪魔をするようなことはないから安心だな。
大通りではパレードみたいなことをするんだろうか? そういった話は周囲から聞こえてこないし、ただ馬車で通るだけかな。
◇
日が暮れた王都。
王城の王族のプライベートスペースにニルドーフがいる。
ミストーレでひとまず旅を終えて、報告のため王都に戻ってきたのだ。
父である王への報告を終えて、付き合いのある貴族への挨拶も終えてどかっとソファに座る。堅苦しい雰囲気に肩がこりそうだと思いつつ、肩をぐるぐると動かす。家族でとる食事までもう少し時間があり、それまで一時の休憩をここでしていくつもりだった。
そこに執務を終えた王がやってきた。王は四十代前半であり、まだまだ働き盛りといった雰囲気だ。王の背後にはメイドが尽き従っている。
「ニルドーフ、お前も今日の仕事は終わったのか」
「ええ。父上も終わったようで」
「うむ」
頷きながら王もソファに座る。
メイドがすぐにお茶を準備する。
王はニルドーフの報告で気になった部分を尋ね、ニルドーフはそれに答えていく。
「ミストーレで一つ報告できないことがあるということだが、それは本当にふせて大丈夫なものか?」
ニルドーフはデッサに関して話せないと報告したのだ。
秘密にするという約束を守ったのだ。
「俺個人では大丈夫と思う。話さないことで国に不利益を与えることではないし。いつかなにかの役に立つとも思う」
「ふむ」
「何度かミストーレに顔を出して、様子を見るつもり。それで駄目そうなら俺が処分に動く。それは約束する」
よほどのことがなければ処分などしなくていいと予想できているので、気軽に約束すると口に出すことができた。
「そうか。信じるとしよう」
腹芸がそう得意ではない息子が嘘を言っていないと察して、これ以上は聞かないことにした。
「ミストーレの話題ついでに、一つ頼みをしたい」
「頼み?」
「今度の祭りでお前が王族代表として顔出しに行くだろう? それにペクテアを連れていってやってほしい」
「あの子を? どうしてまた」
ニルドーフにとってペクテアは腹違いの妹で、今年で十三歳になる。特別仲が良いわけではないが、嫌っているわけでもなく普通の家族関係を築けている。
王には三人の妻がいて、ニルドーフとペクテアは側室の子になる。
正室は長男と長女と三女を生んでいて、次期国王は長男だと宣言されている。長女は他国の王族へと嫁いでいる。三女は王城で暮らしていて、数年のうちに国内の貴族に降嫁する予定だ。
ニルドーフを生んだ側室は次男と四男であるニルドーフと次女を生んでいる。次男は長男のスペアとして教育を受けていて、問題ない結果を残している。このままいけば長男の補佐としてやっていくことになるだろう。次女も国内の貴族に嫁ぐことが決定している。
もう一人の側室は三男と四女であるペクテアと五女を生んでいる。三男は領地経営に関心をもっているようで、長男次男の手伝いをしながらその部分を勉強している。時期がくれば王の持つ領地を分け与えて貴族として独り立ちするときがくるかもしれない。五女は婚約も決まっておらず、王城で教育を受けて日々を過ごしている。
正室とニルドーフの母は国内の貴族で、もう一人は他国から嫁いできた王族だ。
「そろそろ王族として仕事を任されてもいい年齢だ。そこで他国からも人が集まるミストーレで顔を売るついでに経験を積ませようと思ってな。メインで働くには早いが、お前の補佐ならちょうどいいと思ったのだよ」
「俺も交流は得意じゃないから、ペクテアのフォローまでは気が回りそうにないけど」
「あそこでは重要な取り決めをするわけじゃないから、そう気を張ることもないだろ。挨拶するついでに連れ回してくれればいいだけだ。相手も初対面のペクテアには軽く挨拶してどういった人物か探るだけですませるだろうしな」
「大きなミスをした場合はどうすればいい。ないとは思うけど、他国の王侯貴族相手に尊大な態度を取った場合はさすがにフォローしきれない」
「そんな子じゃないから大丈夫だ。だが万が一そんなことになれば、帰ってくるまで監禁だな」
帰ってきたら再教育もすると付け加えた。
「多少のミスはフォローを頼む」
「わかっている。俺だって初めての挨拶のときは兄貴たちにフォローしてもらったから」
フォローしてもらっているのは今もだけどと苦笑した。
「実は今回の話はあの子から頼まれたんだ」
「仕事をしたいって? そりゃまた熱心な。腹の探り合いが珍しくない場へと自ら飛び込んでいく気持ちはわからないな」
「子供から大人へと変わっていく年齢だからな。大人びたことをしたいのだろうと、ファンレアたちが言っていた」
「母さんたちがそう言っていたのか。母さんたちが反対しないのなら、礼儀作法の練習とかも上手くいっているということなのかな」
「そうだろうな。駄目なら駄目だとはっきり言ってくるはずだ」
母親たちから認められているなら、大きなミスはしないだろうとニルドーフは安堵する。
「あの子に関しては食事のときにでも話題にしよう。そうだな、あとは……旅先で嫁候補を見つけることはできたか? お前も十八歳だ。婚約者がいてもおかしくない年齢だ」
「いないけど、旅先で見つけるようなものでもないだろ」
「そうは言ってもこちらで探すような気配すら見せないではないか」
「誰も彼も下心満載で近づいてくるから、その気になれなくて」
「王子という立場に生まれたのだから、そこについては妥協する必要もあるぞ」
「わかっているさ。レベスはどうなんだ? あいつも俺と同じ年だし、婚約していてもおかしくない。でもそういった話は聞かないぞ」
レベスは三男の王子だ。ニルドーフの五ヶ月先の生まれで、年が離れていないため兄という感じがしていない。
「レベスは探しているぞ。候補を絞っているという話も聞いている」
「そうだったのか」
兄という立場のレべスがまだなのだから大丈夫という言い訳が使えなくなると、ニルドーフは心の中で舌打ちする。
「このまま決めないようなら、こちらで話を進めるからな」
「悪い話にはならないんだろうけど……」
悩ましいとニルドーフが思っていると、メイドが夕食の時間だと知らせる。
婚約者については後回しにすることしてニルドーフは王と一緒に食堂へと向かう。
食堂に家族が集まる。既に国を出ている長女と仕事でいない次男以外はそろっていた。
王が食べようと声をかけて、食事が始まる。
ある程度食べ進めて、食事が終わる頃に王がペクテアに話しかける。
「ペクテア。ミストーレの件だがニルドーフに伝えておいた。一緒に行ってくるといい」
「本当ですか!? お父様!」
王が頷くと、ペクテアは嬉しそうであり誇らしそうな表情になった。
「お姉様?」
話を知らなかった五女の王女が不思議そうにしている。
妹にミストーレの祭りに王族として参加することを嬉しそうに言う。
「お父様、私も行きたい!」
「お前はまだだ。来年行けるように礼儀作法を頑張りなさい。ペクテアも勉強を頑張っていけるようになったのだから」
「えー」
不満を表した五女の王女に、母親から叱責の言葉が飛ぶ。それに肩をすくめて諦めた。
「挨拶が多く、遊ぶ暇はそう多くはないだろう。行ってもつまらないかもしれないよ」
妹に長男が声をかける。
「そうなの?」
「私も行ったことがあるが、祭りの見物をする暇はなかった」
長男がそこまで忙しかったのは、次期国王に挨拶したいと人が集まったからだ。ニルドーフ相手ならば軽い挨拶ばかりで、長男ほど時間がかかることもないだろう。それを長男も理解しているが、今は諦めさせるために伏せている。
祭りを見られないくらい忙しいと聞いて、五女の王女は関心が薄れたようだった。
ニルドーフとペクテアが兄に視線で感謝を表すと、微笑みを返される。
王都での会話から数日経過し、王都からミストーレへと三台の馬車と何人もの騎兵が移動をしている。
馬車の質はかなり良く、騎兵の武具も同じく質が良い。加えて、騎兵の武具は統一されている。
ミストーレの大会見物の王族一行だ。
馬車の中にはニルドーフがいて、その隣にペクテアが座る。二人の対面には世話役らしき中年のメイドが座っている。
ニルドーフはデッサと出会ったときのようなラフな服装ではなく、王族に相応しい服装だ。
馬車の速度が落ちて止まってから、ドアがノックされる。
「休憩いたします。外に異常はありません。出ても大丈夫です」
「わかった、ありがとう」
今回も同行しているサロートに礼を言い、ドアを開ける。
そこにはほかの騎士と同じようにフルプレートアーマーを身に着けているサロートがいた。
「ずっと座りっぱなしは、それはそれで疲れるね」
ニルドーフは馬車から降りて、体をほぐす。
見渡すと騎士や御者たちが馬の世話をしている様子が見えた。水を飲ませたり、ここまで頑張ったなと体をさすって褒めている。
「ですがこちらとしてはしっかりと守ることができるので安心できます」
サロートが言う。
ニルとしてあちこちに行っているときは、ハラハラさせられることも少なくないのだ。
その言葉にニルドーフは視線をそらす。守られる立場とわかってはいるが、あの旅の気楽さは好きなのだ。
ほかの馬車からも人が降りてくる。
そのうちの一人に六十歳を過ぎた老人がいる。髪は白いが、背筋はまっすぐで、体の線は細め。だが服の上からでも筋力が維持されているとわかる。
ニルドーフが見ていると気づき、近寄ってきた。
「そろそろ到着だな」
「はい。この休憩が最後で昼頃にはミストーレに入っているでしょう。先生はミストーレに行くのは久しぶりでしたか」
先生と呼んだことでわかるように、ニルドーフとオルドに剣を教えたのがこの老人だ。
「うむ。年を取ると遠出が億劫になったな」
「今回同行しようと思ったのには、なにか理由があるのですか?」
「特別な理由などない。今は教えている者もおらんし、たまには今の世の実力者を見てみたいと好奇心で決めただけよ」
「そうでしたか。しかし実力者というなら騎士団でも十分に見ることが可能なのでは?」
「日頃から鍛えているだけあって強いが、あやつらはお行儀がよすぎるわい。大会は様々な技術を持った者が集まっていい刺激になるじゃろ」
「見応えはあるでしょうね」
ニルドーフも鍛えている身としては様々な戦いを見られるのは楽しみなのだ。
「前回はロッデスという者が優勝したそうです。今回ファードは勝てるでしょうかね」
「わしと似たような年齢だ。鍛えているとはいえ衰えは隠しきれん。対してロッデスは三十代で全盛期だろう。普通に考えればますます差が広がっているじゃろうな。その状態でまた優勝するには無理を重ねるしかない」
「彼の年齢で無理をすると優勝はできても、来年から苦しくなるでしょうね」
「だろうな。外法に手を出せば勝てるだろうが、伝え聞く性格ではそんなことはないだろう」
順当に行けばまたロッデスか、別の誰かが優勝だろうなと、有力者について話しているうちに休憩が終わった。
馬車に戻り、一行はミストーレへと移動を始める。
正午くらいに町に到着した一行は一度止まる。
先触れによって、そろそろ到着することが知らされていて人々は道を開けていた。それでも大通りになにか危険物が落ちていないかの確認は必要で、町に入るのを待っているのだ。
そうして点検が終わり、馬車が動き出す。
王族だと示す旗をなびかせ馬車が歓声の響く大通りを進む。
馬車が通り過ぎて、大通りはいつも通りの風景に戻っていった。
馬車は町長の屋敷に入っていき、ニルドーフたちは町長のギデスに出迎えられ、挨拶をかわし屋内に入る。
ニルドーフに紹介されたペクテアは無難に挨拶をこなして、まず一仕事終えたとほっと胸をなでおろす。
それが表情に現れていて、ギデスたちは自分たちの小さい頃を思い出し微笑ましいものを感じていた。
予選開始まであともう少し。それまでに周辺国の貴族や名家が集まってくる。
その対応を考えてニルドーフはテンションが下がり、ペクテアは頑張ろうと張り切っていた。
感想ありがとうございます




