79 近づく予選 4
子供たちの護衛依頼を終えた翌朝、しっかりと疲れがとれたのを確認しダンジョンに挑む。
今日もホワイトドッグども相手に頑張るぞと四十階に転移してもらう。
三日ほど四十階に滞在すると、ホワイトドッグの動きにも慣れてきて、倒す時間が早くなってくる。
慣れただけでここが適正の階になったかというとまだそんな気はしない。もうちょっとかなと思いつつ今日もホワイトドッグを倒していく。
そんな鍛錬の日々で意外な再会があった。
「あ」「あ」
四十階に行こうと転送屋の職員に近づいたとき、互いの顔を見て思わず声が漏れる。
俺はあまりいい顔をしていないだろうし、向こうも似たようなものだ。
「どうしたベルン」
ハスファに惚れていた冒険者だ。以前の浮かれたような雰囲気はない。なんなら一端の冒険者の雰囲気を感じさせる。
「あ、いや、ちょっと前に模擬戦した奴が」
「模擬戦ってーとあれか、シスターに振られたときのか」
仲間の指摘にベルンは小さく呻いた。
ベルンの仲間は三人いて、ニヤニヤとからかうように笑っている。
「もういいだろ! 終わったことだ」
「まあな。うちのが迷惑をかけたな」
仲間たちが詫びてくる。
「正直、迷惑でしたけどあの経験のおかげで助かった部分もあるので、もう気にしてません」
俺の返答に苦笑する。
「たしかに話を聞いた俺たちも迷惑だろうなと思ったしな。今は気にしていないならよかったよ。お前も四十階に行くのか?」
「はい。ホワイトドッグを相手してますよ」
「一人で?」
「ええ、ずっと一人です」
「以前ベルンに負けたってことは挑む階は俺たちよりももっと前、それで一人……名前はたしかデッサだったな。ちらほらと噂を聞いていた奴か。同じ名前の別人と思っていた。俺たちもダンジョンを進む速度は速いと思っていたが、お前さん速すぎないか?」
「依頼を受けずに、ダンジョンだけに集中していればこうもなりますよ」
そんなものだろうかと首を傾げる。
ファルマジスのことがあるから疑問に思うのは当然なんだけど、それを話すつもりはないし、そのまま納得してもらおう。
「いつまで話してんだ、さっさと行こうぜ」
「ああ、そうだな。四十階に頼む」
言いながら職員にお金を渡す。
俺も同じ行き先なんで職員に渡した。
職員はほかに行く人がいないか、周囲に声をかける。さらに人が集まって、定員に達して転移が行われた。
四十階に移動し、ホワイトドッグを探そうと思っているとベルンから声をかけられる。
「その、以前は悪かったな。詫びというわけじゃないが教えておいてやる。噂だがおかしな連中がいるらしい」
「おかしな連中? それだけじゃよくわからないんですが」
「俺たちも詳しいことは知らん。駆け出しや浅い階にいる冒険者に、強くなれる道具はいらないか声をかけてくるらしい」
「怪しい。詐欺じゃないのそれ」
祭りが近くていろんな人が集まっているから、そういった連中を相手に詐欺師とかが動き回っているんじゃないか?
「普通はそう思うだろうよ。声をかけられた連中も怪しいと思って断って、話のネタにするくらいだそうだ。声をかけられたのは若い連中だけだそうだから、お前も声をかけられるようなことがあるかもしれん。誘いになんかのるなよ。ろくでもないことにしかならんだろうからな」
それだけ言ってベルンは歩き出す。
ベルンの仲間が俺に手を振ったあと、ベルンに追いつきからかうような仕草を見せていた。
わいわいと楽しそうに話ながら彼らは去っていく。
「楽しそうな雰囲気で、少し羨ましいな」
現状を選んだのは俺自身だから、仲間を探しにいこうとは思わない。でも少し羨むくらいは許してほしい。
ベルンたちが見えなくなって、頬を叩いて気分を入れ替える。
「ホワイトドッグはどこかいなっと」
少数でいるホワイトドッグを求めて歩き出す。
探しながらベルンの言っていたことを思い返す。
おかしな連中ねぇ、連想するのはディフェリアに薬を与えた連中だ。ディフェリアを探してミストーレに来ていてもおかしくない。そのついでにディフェリアのように駆け出したちに薬とかを与えている可能性もあるかな。
フェムなんか危なさそうだ。本選出場のためには怪しい話でものってしまいそうなイメージがある。
見かけたらこの話を伝えるのもありかもしれない。
そんなことを考えていたけど、ホワイトドッグを見つけたんで頭の隅に追いやって戦い始める。
翌日もホワイトドッグ相手に戦って、もう少しすれば次に進むのもありかなと思って宿に帰ると、食事に誘うためケイスドが待っていた。
すぐに武具を置いてくると伝えて、今日も様子を見にきていたハスファと手短に話して二人で部屋を出る。
去っていくハスファを見送って、ケイスドと一緒に歩く。
「今日はどういった料理なんだ?」
「小麦粉やそば粉なんかを使った料理だ」
「粉ものか」
「こなもの?」
「うちの住んでいたところだと、そういった粉メインっていうのかな。粉を使った料理を粉ものって呼んでいたよ」
「ほー」
お好み焼き、たこ焼き、うどんなんかはないだろうな。ありそうなのはパン、パスタ、ガレットあたりか。
ケイスドたちが紹介してくれるところは美味しいところばかりだし、今日の店も楽しみだ。
お持ち帰り可能ならタナトスの人たちにお土産にするのもいいな。
店に入り、注文はケイスドに任せる。
ほかの人が食べているものを見てみると、クレープやチヂミやおやきみたいなものもあった。
「最近はどうだ? 祭りが近づいてきているし、冒険者も活気づいてきているだろ。デッサも忙しくなってきているんじゃないのか」
「いやそんなことはない。俺は大会に出ないからいつも通りに過ごしている。この前は採取に行く子供たちの護衛を引き受けたけど」
「でないのか。冒険者は全員でるもんだと思っていた」
「ギルドとか転送屋で聞こえてくる話だと、でるって人の方が多いよ。でないのは俺みたいに興味がない人とか用事がある人とか駆け出しで負けるのがわかりきっている人じゃないかな」
「興味ないのか、毎年盛り上がっているんだが」
「まあそんな人もいるよ。そっちは祭りでなにかするの?」
「こっちはいくつか屋台を出す。金儲けが目的じゃなくて、貧乏な奴や問題のある奴が祭りで悪さしないように仕事を割り振るんだ。そいつらは金が手に入って、俺たちは問題のある奴を集めて監視できるわけだな」
「放置しているとそういった人たちはやんちゃする?」
「大人しくしている奴が大半だろう。だが外からやってきた奴らに誘われてやんちゃすることがあるのは事実だな」
「裏の状況は今のところどうなんだ。少し前にまとめ役が交代したことの影響とかでていてもおかしくないと思うけど」
「特に問題が出たという話は聞かないな。あの騒ぎのあとでなにか問題を起こせば、さらに評価が下がるから今年はことさら真面目にやっていると思う。俺たちも気を抜かずにやっているんで、なにか問題が起きているという話は聞いていない」
そりゃよかった。どんどん人が増えているから裏側も騒がしくなるだろうし、頑張ってもらいたいもんだ。
あ、そういや若手に声をかけている奴のことは知っているんだろうか。
「冒険者の間に流れているっぽい噂なんだけど、おかしな奴らがいるらしい。知っている?」
「いや、知らん。どんな噂が流れているんだ」
「若手に強くなれる道具はいらないか声をかける奴がいるらしい。声をかけられた若手も怪しいと思って断っているそうだよ」
「怪しいわな。ギルドはどういった動きを見せている?」
「それはわからない。気づいてないということはないと思うけど」
「そうか。対応は町やギルドがしっかりとやると思うが、ルガーダ様とお嬢に伝えておこう」
「怪しい話ではあるんだけど、ああいう道具を使うのはありなんだろうか」
「ええと、大会はたしか武具以外に一つだけ持ち込みが許可されているんだよ。禁止されているものもあるが、その許可の範囲内ならありだ」
禁止されているものはポーションや毒物、強力過ぎる護符といったものらしい。
予選と本選出場時に申請する必要があって、そのときに使う物を点検されるそうだ。
ファードさんの増幅の道具はそれ単体だと意味はないし問題なさそうだ。
話しているうちに料理が届く。いくつもの料理が並び、会話は一度止めて、それらを堪能していく。
「チヂミを作るのもいいな」
「屋台の話?」
「ああ、いつもはジュースとかスープとか肉串とかだが、たまには別の物を作ってみるのもありだな」
「皿はどうする? 食べるときは皿がないと食べにくいと思う」
「あー、皿か。返してもらう形にするか。洗うのが手間なんだが」
「たしかはしまきってのがあったはずだ」
日本の祭りで、屋台で売られていたものを食べたことがある。
「どんなのなんだ?」
わかっているかぎりで説明する。
あれは割りばしにお好み焼きを巻きつけるけど、チヂミでやってもいいだろ。チヂミでやりづらかったらお好み焼きに寄せればいいし。
「木の棒か。それなら準備もそうかからないな。一度作ってみて大丈夫そうなら祭りで出してみようか」
祭りでどんな食べ物がでるのか、大道芸はどんなものがあるのかといったことを話して食事が終わり、ケイスドと別れる。
はしまきが完成したら一度試食することになった。
町は徐々に祭り色に染まっていく。
見られることを意識して花壇の手入れがされ、地面や壁のひび割れ修復や路地裏の掃除も進む。進入禁止といった張り紙もちらほらと壁に貼られているのが見える。
俺は変わらずダンジョンに挑み、ホワイトドッグとの戦いに安定感が出てきたから、次に進むことにした。
四十一階に出てくるのはロックリザードというワニに似たモンスターだ。大きさは口先から尻尾の先まで三メートルに足らないくらい。
岩の名を持つだけあって硬い。硬いのは背中といった俺たちから見えているところだけで、腹なんかは比較的柔らかいそうだ。
鈍器を持った人ならそのまま叩きまくるのもありなんだろう。
弱点は高熱に弱いということだ。硬い表皮は熱を溜め込みやすいのだ。火の魔法使いがロックリザードを炎で炙ると、溜め込まれた熱で皮膚下の肉にダメージを与えるらしい。弱ったところをひっくりかえし、攻撃するというのが通常の戦い方になっているみたいだ。
俺だと護符でやる必要がある。熱を与える護符なんてぴったりのものがあればと思って店で聞いたけど、さすがにそんなものはなかった。
小銀貨一枚と大銅貨五枚出して、三十秒間火炎放射器のように炎を出し続ける護符を買う。
ロックリザードの魔晶の欠片が小銀貨三枚なので利益の半分が飛んでいくけど、お金がかかるのはいつものことだ。
とりあえず十枚買ってから、ダンジョンに入る。
四十一階は四十階と違って、少し気温が高い気がする。魔法使いたちが火の魔法を使いまくっているせいかな。
(動きまくると汗がでそうだ)
そんなことを思いつつロックリザードを探して見つける。
体はワニ、頭部は鋭い牙を持つトカゲといった外見だ。まずは動きの観察だと近づいて、攻撃を避けていく。
意外と素早く近づいてきて、噛みつきや尾の振り回しといった攻撃を仕掛けてくる。速さと機動力はホワイトドッグの方が上なんで、一対一ならば油断せずに戦えばそうそう攻撃を受けることはなさそうだ。
十分動きを観察したところで、護符を使う。
「くらえ!」
まっすぐに伸びた炎がロックリザードを包む。炎で炙られると、それを嫌がってこれまで以上に激しく攻撃してくる。
護符の効果が切れるまで攻撃を回避していく。
護符が塵となって消えて、残ったのは背や頭部が黒くなったロックリザードだ。表皮に肉を焼かれているようで、さっきとはうってかわって動きが弱々しい。
剣で突いてみても、反応はするが鈍い。今のうちに腹辺りを蹴り上げる。重いがこっちも力を込めると、なんとかひっくり返った。
もとに戻ろうと動いているうちに、腹へと剣を突き刺す。十度目に行く前に、ロックリザードは動きを止めて消えていく。
「ここの階は作業になるな」
経験値は貯まるけど、戦いの経験を積むのは無理そうだ。
とりあえず買った護符は使い切ってしまって、四十二階に進むかどうか考えよう。
十枚を使い終わり、ゴーアヘッドで四十二階の情報について聞く。
出てくるモンスターはバフマン。顔無しとも呼ばれる。
身長140センチほどの人型のモンスターで、頭部がなく胸辺りに口と目と鼻がついている。
仲間と一緒に行動が基本で、互いの声を共鳴させて自分たちを強化する。
一体でいるならホワイトドッグよりも弱いけど、三体集まって強化するとホワイトドッグに負けないくらいに強くなる。集まれば集まるほど強化率が上がるので、少数でいるバフマンと戦うことを勧められた。群れに突撃するような自殺願望はないから、頷いておいた。
バフマンについて聞いて、一度戦ってみるかと予定を決める。護符などを使ってもダメージの通りが悪いなら、ロックリザードで経験値稼ぎをすることにした。
翌日四十二階に進み、少数でいるバフマンを探す。
あれらも自身の強みは理解しているようで五体一緒に行動が通常のようだった。
五体は無理かなと避けて、少数のバフマンを探し回り、一時間以上かけて見つけることができた。
その間にほかの冒険者を見かけた。彼らはしっかりと連携をとって強化されたバフマンと渡り合っていた。
少しだけ足を止めて、バフマンの動きや強化されたあとの速さなんかを参考にさせてもらった。
三体でいるバフマンと戦った感想は、力不足というものだった。護符と魔力活性の同時使用でも互角というにはやや足りない感じだった。
これはロックリザードで経験値を貯めてこなければ、四体以上のバフマンと戦闘になったらやばい。
というわけで四十一階に戻って、しばらく経験値貯め作業になる。
感想ありがとうございます