77 近づく予選 3
「答えたくなければそれでいいんですけど、弟っています?」
予想外の質問だったのか一瞬キョトンとしたのちデーレンさんは頷いた。
「いるよ。どうしてそんなことを?」
「三日くらい前に同じ紋章が刻まれた鎧の少年と会って少し話したんですよ。彼も槍を持っていたし、兄弟かなと」
髪の色も同じとは言わないけど似ている青系統のものだったし。
「フェムに会ったんだね」
「婚約のために本選出場を目指していると言ってました。でも自信なさげで、あの調子のままだと出場は難しいと思います。協力を頼まれましたけど、俺も予定があるので断りました」
「まだその気になっていないのか」
デーレンさんは悩ましげに眉をしかめる。
「話を聞いて疑問に思ったんですけど、婚約を変更できるなら最初からフェムと婚約ということにしてよかったんじゃ?」
「それは……フェムに秘密してほしいのだけど約束できるかい」
「ええ、秘密にします。というか再会するかもわかりませんよ」
探すつもりはないし、これだけ人が多い町で偶然会う可能性は低いと思う。
「今回の婚約は向こうの家に協力してもらったみせかけのものだ。だから婚約したと話を広めていない。家族だけに話されたものだ」
「そんなことをするということはフェムになにか問題でもあるんですか」
「うん。あの子はやる気がないんだ。良い家に生まれて、そのままなにかをなさず生きていく。成長するにつれて、そんな考えになっていった」
「悪いことではないと思いますけど。家の力を使った悪さするより、ましだと思いますが」
「そうだね。悪事を働くよりはましなのだろう。しかしなにか芯を持ってもらいたいというのが家族の考えだ。このままではよからぬ考えを持った者に誘導されて、流されるまま悪事に染まることもありえる。なにも品行方正を目指せと言うつもりはないし、家名に相応しい強さを求めているわけでもない。家族が泣くことにならない生き方をしてほしい」
悪人からの誘いに乗ってしまいかねないと思われているということは、よほどいい加減な生き方をしてきたのかもしれない。それほどに実家での暮らしぶりは見ていて不安を感じさせるのだろう。
報酬を確約しないとか、手を抜いてほしいと頼んできたとか、しっかりとした考えを持っていないのはあの会話でもわかった。
「どうにかやる気を持ってほしいと思い、フェムが大事に思っている娘を利用させてもらった。このままの生き方では大事な存在をあっさりと奪われてしまうとわかってほしかった。失ってからでは遅いと考え、今後についてしっかりと考えてくれることを期待した」
「いずれはその子と結婚も考えたのでしょうし、その生き方は相手にも不安を抱かせていたかもしれませんね」
だからその少女も協力に頷いたのかもしれない。そんな生き方のフェムを見て、見放さない程度には好意があるのだろう。
デーレンさんは頷く。
「両親が言うには子供を持てば考え方が変わるかもしれないということだったが、それも絶対とは言えないからね」
「ちなみに本選出場できなければどうなるんでしょう」
「婚約話を進めると見せかけて、最後のチャンスを与えるよ。そのチャンスすら逃してしまうようなら、フェムもあの娘も縁がなかったのだと諦めてもらうしかないね」
「二度チャンスを与えている時点で、それなりに優しいですからねー。兄としては本選出場できると思いますか?」
否定するように首が振られた。
「難しいね。フェムも才能がないわけじゃないけど、日々の鍛練を惰性でやっていたから伸びは悪い。大会までの時間でどれだけ必死に鍛錬するかどうかが鍵だ」
俺がフェムに言ったことは間違いじゃなかったのか。少しでも槍を振って地力を伸ばしていくしかない。
「少しでも多く槍を振れ、ギルドに模擬戦の依頼を出せと言っておきましたけど、それを真摯に受け止めたらチャンスはあるんですね」
「それを聞き入れたのなら確かにチャンスはあるかもね」
そうあってほしいとデーレンさんは心配そうに言う。
デーレンさんたちはフェムのことを大事に思っているんだな。悪事に手を染めれば斬り捨てるという手段もある。名家なら不祥事を行った家族にそうしてもおかしくないだろう。でもそうならないように動いている。デッサの家族とは大違いだな。
フェムは大事にされていると気づいているのだろうか。幼馴染のためだけではなく、家族の期待に応えられるように頑張って結果を出せば、ハッピーエンドになるのだろう。
聞きたいことを聞き終えたイファルムさんが近寄ってくる。
「デッサ君だったな。息子との手合わせ感謝する。我流の者と戦えた経験は、息子にとって良い経験になったはずだ」
少しは役立ったのならよかったかな。
イファルムさんとデーレンさんは鍛錬のため離れていき、ファードさんが近づいてくる。
「今日はありがとう。自分以外で実戦で使えているところを見ることができてよかった」
「ほかに使っている人はいないんですか? 上位陣なら何人か実戦で使えそうですけど」
少し気分が悪いくらいなら、適正の階からだいぶ手前に行けば戦えるだろうし。
「使っている者はいるが、心が乱れて動作に不自然さが出てくる」
「そんなものなんですか」
「そういうものだ」
報酬を渡すのでついてきてくれと誘われ、建物に入る。
歩きながら近づく祭りについて話していき、人が多くなっていくので揉め事も多くなると忠告を受ける。
「人が集まるということはそれだけ色々な人間も増えるということだ。悪い人間も入り込みやすくなる。詐欺やスリには気を付けるんだ」
「そういった人たちも出てきますか」
浮かれて財布の紐が緩んだところを狙われたりするんだろうな。
「毎年兵や冒険者に捕まっている。その冒険者も捕まる側になる」
「酔って喧嘩とかですか」
「それもあるが、自信過剰な冒険者が本選に行けず、その鬱憤をダンジョン内の冒険者にぶつけるといったことがあるのだよ」
「そんなことが。でもダンジョン内のことはギルドも兵も関与しないんじゃなかったような」
「自己責任といっても被害者と加害者がそろっていれば、取り調べくらいはしてくれるんだ。そして予選で負けたことや負けたあとの様子なんかが判明して、そのまま牢屋に放り込まれるという流れだ」
ダンジョンで同業者を襲うなんて馬鹿なことをするくらいだから、負けた直後は荒れていてわかりやすいのかもしれない。
「君は一人で行動するから狙いやすいだろう。相手を無力化する手段か、隙を生じさせる手段を持っていた方がいいだろうな」
「激しい光を出す護符で目をくらませて逃げるか、隙をさらしている間に攻撃魔法の護符を使って足止めとかですかね」
激辛の液体をポーションの瓶に入れておいて、ぶっかけたりするのもいいかもな。携帯用のとりもちみたいなものがあればそれもいいな。
あとで道具屋に聞きに行こう。
防犯用スプレーとかあればそれが一番だろうけど、さすがにないものねだりだろう。
「反撃を受ければ驚き逃げることもあるが、頭に血が上ることもある。油断だけはしないように」
「はい、助言ありがとうございます」
あらかじめそういったことがあると聞けたのは助かった。
話は祭りの注意事項から、魔力活性の先についてになる。
「イファルム殿から聞かれたんだが、魔力活性の先に名前はあるのかと言っていたよ」
「名前ですか……俺は特に考えてなかったですね」
「俺もだ。使うことを優先して、名前は気にしなかったが、あったら便利かと思う」
特別こった名前でなくていいよな。魔力を巡らせているから巡回? いや循環の方がしっくりくるかも。
「魔力循環でいいんじゃないかと思いますけど」
「わかりやすくていいな。今度からそう呼ぶとしよう」
ファードさんも拘りはなかったようで、俺の提案に頷く。
「魔力循環の話になったんで、ついでに聞きますけど、これまでの試行錯誤で一往復以上できそうな感触はありました?」
「ああ、できる。一度だけやってみたが、三往復でそこそこの品質の道具が砕けたから、試すなら二往復だけで止めておけ。二往復もそこそこの品だと負担がかかっていずれ壊れるだろうな。それと三往復すると俺も若干だがくらりときた」
「質の良い増幅の道具を買って、調子にのって何往復もしたらやばいってことですか」
「気分が悪くなるだけですめばラッキーかもしれんな」
下手すれば魂に傷が生じるかもね。魂が傷を負えばどうなるのかわからないけど、これまで通りの生活を送れるとは思えない。
調子に乗って何往復もやらないように、安物の増幅の道具を使い続けた方がいいな。
魔力循環を広めたら、試しに何往復も循環する人はでてくるのだろう。それで壊れる人がでてくることで、単純なパワーアップの技術ではないという認識が広まっていくのかもしれない。
いずれ出てくる犠牲者を思うと伏せた方がいいのかね?
「魔力循環の危険性を思うと、広め方に注意が必要なんでしょうか。このまま秘密にし続けるわけではないんでしょう?」
「ことさらに俺たちが気を遣う必要はないだろう。いずれ関係者以外に使い方を教えるときがくれば、そのときに注意点を話せばいい。注意点を聞いて、二往復以上やったのなら、それはやった本人の責任でしかない」
危ないと教えられたのにも関わらずやったのなら、その人自身の責任か。
そりゃそうだと納得し、事務室に入って報酬を受け取る。
頂点会の敷地から出て、ダンジョンにむかう。ウッズドール複数を相手に回避訓練とお金と経験値稼ぎをして今日の鍛練を終える。
大会に向けて冒険者が集まっているらしく、転送屋やダンジョン内で昨日よりもさらに人が多かったように思えた。
激辛材料を買ってから宿に戻ると、いつものようにハスファが部屋の前で待っていた。
「おかえりなさい」
「ただいま」
言葉をかわしながら扉を開けて、部屋に入る。
武具を外して、怪我の有無を確認されていく。
「いつもより疲れた様子がありませんね。今日も大怪我がなくて安心しました」
「今日はいつもより戦った回数が少なかったから」
朝に模擬戦をして、そのあとはいつもより手前の階で戦っていたと話す。
「大会参加者が集まってきているんですね」
「そうだな。祭りが近づくともっと人が集まっていくのかな」
「まだ増えますよ、祭り当日の大通りは歩くのも大変です」
そこまで集まるんだな。日本のことを思わせるくらいに混むのだろうか。
「兵の見回り大変そうだ」
「迷子とかも毎回でてきますし、そういった子たちの対応もやりますから祭りの時期は本当に大変ですね」
「うっかり親とはぐれる子はたしかにいそうだ。孤児院の子たちも保護者とかとはぐれて探し回ることにならない?」
「はぐれた場合は孤児院に帰るようにとしっかり言い含めるそうですよ」
「ああ、互いに探すより一度帰った方が確実だなー」
「孤児院の話題が出たのでついでに一つ依頼をしたいのですが」
「孤児院からの依頼?」
違うとハスファは首を振る。
「教会からの依頼ですね。教会が孤児院を援助しているのは以前話しましたよね。そういった孤児院の子たちが今度町から二時間くらいのところにある花畑に行くんですよ。その護衛を頼めないかと思って」
「俺一人で護衛すんの?」
「いえ、違います。ほかに何人も雇いますから、一人で全員を守ることはありません。信頼できる人を護衛につけたいんですよ。たまにですが、子供たちに荒っぽい対応の冒険者がいましてギルドに抗議を入れることもあるんです」
「荒っぽいといっても子供たちが外で自分勝手に動き回ったのを叱ったとかなら、冒険者の方が正しいと思うけど。そういったことじゃなくて?」
「その場合はさすがに抗議なんてしませんよ。好き勝手動かれると危ないというのはこちらもわかりますから」
「そっか。護衛時間とかいつ行くのかとか教えてほしい」
七日後に出発。護衛時間は朝から夕方前まで。あの孤児院からはルザンさんが保護者として同行するということだった。
「ルザンさんも一緒なんだ」
「子供たちだけで行かせるのは不安がありますからね。どこの孤児院も保護者は一緒ですよ」
「俺たち冒険者の仕事は護衛のみでいいんだな」
「基本はそうですね。子供たちから話しかけられることがあるので、そのときはほどほどに対応してもらえれば」
「それくらいは仕事の内だろうね。顔見知りもいるし、受けてもいいな」
モンスターであふれたところに行くわけでもないだろうし、基本的に見張りをするだけなら休暇ついでにやっても問題はなさそうだ。
「ありがとうございます」
「なにをしに花畑に行くんだ? 祭りに関連してそうだけど」
「感謝の花を作るんです。それを孤児院は教会に売るんです」
感謝の花……ああ思い出した。
収穫祭で地の神ゴルトークに捧げる花だっけ。祭りの終わりに燃やして遠くにいるゴルトークに届くようにっていう儀式だったはず。
「感謝の花をとりにいくにしても、祭りまでに枯れちゃいそうだけど。いや作るっていったから、うちの村と違って花を捧げるわけじゃない?」
「この町だとドライフラワーを感謝の花として捧げますね。人が多く集まって、必要とする感謝の花も多くなるので、保存がきくドライフラワーをあらかじめ準備して配るようになったそうです」
「そうなんだ」
「教会だけで準備するのは大変なので、孤児院に依頼していると聞きましたね。その支払われたお金が、子供たちの祭り用のお小遣いになるそうですよ」
その依頼も孤児院支援の一つなんだそうだ。
「色々と支援しているんだな」
「国からの資金、ポーションを売ったお金、寄付。このように様々な収入が教会にはありますから、返せる分は返すようにしているみたいです。困っている人を助けるようにというのが四神の教えですから、それに沿うようにしているのだと思います」
なるほどと頷き、弱者救済が理念としてあるなら借金をしている人を助けることもあるのだろうかと思う。お金の話が出たからだろうな。
「お金で困った人を教会が助けることってあるの?」
「ありますね。ただししっかりと原因を調べて、借金の原因が自業自得なら断ります。それとお金を出して終わりではなく、借金の対象がお金を貸した相手から教会に移るという助け方になります」
「どう違いがでてくるんだろう」
「利子がつかなくなって、教会の仕事の手伝いをすれば借金が減ります」
「真面目にやらなかったり、逃げる人がでたりしたことは?」
「教会に借金が移った時点でそういった問題のある人はいないみたいですよ。そこらへんを調べる部署がきっちりとしているみたいです」
誰も彼も助けるときりがないから、ちゃんと調べるんだろう。
ここらで雑談を切り上げ、帰っていくハスファを見送る。
感想ありがとうございます