76 近づく予選 2
明日ダンジョンに行って、明後日は休暇にして三十九階に進もうと思いつつ、宿に帰ると従業員から伝言を預かっているとメモを渡された。
差出人は頂点会からだ。模擬戦をしてもらいたい相手がいて、時間が合えば明日会ってほしいという内容だった。魔力活性の先を見たいし、報酬も出すとも書かれている。
(模擬戦相手には困ってないだろうから、本命は魔力活性の先の方かな。一日で終わるなら対人の経験を積むという意味でもありだな)
バイオレントキャットとは十分戦ったし、予定を変えても大丈夫だろうと考えて頂点会に行くことにする。
朝になり、朝食をとって少しだけゆっくりと過ごして頂点会に向かう。
頂点会の鍛錬場には今日も人がいて、素振りなどをやっている。
ファードさんの姿はなく、だったらミナかグルウさんはいないかなと見ていたら、ちょうど二人が建物から出てきたところだった。
向こうも気付いたようで手を振ると、グルウさんが手招きしてくる。
「二人ともおはようございます」
グルウさんがおはようと返してきて、ミナはじーっと俺を見てくる。体全体に視線を動かしているみたいだけどなんでだろうな。
「模擬戦に誘われたんですが」
「ああ、知っている。爺さんがデッサを指定してな」
「なんで俺なんです? ここなら模擬戦相手は不自由しないでしょ」
「ここにいる者たちとはまた違った戦い方の者と戦って経験を積みたかったようだよ。実力的にほとんど差がなく、我流ということで頼むことにしたそうだ。もう少ししたら爺さんたちも出てくるからこのまま外で待っているといい」
「そうしようと思う。それでさっきからミナはなんで俺をじっと見ているんですかね」
「実力がついたということをいまいち信じられなかったんだろう。以前会ってからそう長く時間はたっていないのに、そこまで早く強くなれるものなのかって思っているのさ」
「強くなったといっても半ば事故みたいなものだから」
「爺さんから聞いているが、よく生き残れたもんだ」
「遭遇した状況がよかった。なにもない野原で相対したらどうしようもなかったよ」
その場合は逃げの一手だっただろう。ジケイルさんたちも逃げることに賛成していたはずだ。逃げ切れたかはわからないけど。
話していると扉が開く音がして、ファードさんと二人の男性が一緒に出てきた。
一人は四十歳手前くらいか、刈り上げた青の短髪、同色の眼を持った鍛えられた人だ。もう一人は十代半ばを過ぎた青年。肩まである青い髪を紐で縛っている。もう一人ほどじゃないけど鍛えられているように見える。でも落ち着いたというかのんびりとした雰囲気のせいか、鍛えているという感じが薄い。
二人とも武器は槍で、身に着けている防具に見覚えのある紋章が刻まれている。
(……たぶんこの前婚約がどうこう言っていた奴と同じものだな)
そんなことを考えてファードさんたちがやってくるのを待つ。
「おはよう、デッサ。依頼を受けてくれてありがとう」
「少しは対人戦を経験できるかなと思ったので」
「そうか。以前言ったことを意識してくれたのだな。こちらの二人を紹介しよう」
壮年の男はイファルム、青年の方はデーレンと紹介され、二人に名乗り返す。
「少し前に話した英雄の仲間ソラシエの子孫が彼らだ。大会に向けて調整するために、うちに声をかけてきたのだよ」
「二人がそうなんですね。ロッデスという人もミストーレにやってきてましたし、ぞくぞくと集まってきますね」
「ロッデス来訪は君も知っていたのだな」
「転送屋でファンサービスしているところを見ましたから。それで俺はデーレンさんと戦えばいいんですか?」
「ああ、その通りだ。ついでにあれを見たいから使ってくれ」
「わかりました」
使っても問題ないようだし、遠慮なく使わせてもらおう。
俺たちは準備された木剣と棒を手に持って向かい合う。
「よろしくお願いします」
「よろしくね」
じゃあさっそく魔力活性だ。んでもってポケットの中に入れてある増幅の道具を握りしめて魔力を送り込む。
俺が準備している間に、デーレンさんも魔力活性を使った。
魔力活性の先について知っているミナやグルウさんたちの視線が集まる。特に不調な様子をみせないことに目が丸くなっていた。
俺たちの準備が整い、ファードさんが開始を告げる。
「行きます」
力強く踏み込んで、木剣を振り上げる。
俺の動きに合わせてデーレンさんが棒を突き出してくる。それなりの速さのはずだけど合わせられるんだな。
棒での突きはリーチの違いから先に胸へと当たる。
だが様子見の突きだったので衝撃はほぼなく、無視してそのまま前に出て、木剣を振り下ろす。
デーレンさんは横に避けると同時に、棒を斜め下から振り上げてくる。
左手を盾として使い棒を防ぐ。がつんと衝撃が籠手越しに伝わってきた。そのまま左手で棒を掴もうとすると引かれて空を掴むことになった。
引かれた棒が顔をめがけて突き出される。さすがに顔は怖いので大きく下がる。
(下がるとリーチの差で攻めにくいんだよな。回り込んでみようか)
デーレンさんを中心にして走る。
俺の動きに合わせてデーレンさんもその場で向きを変えていく。
攻めると見せかけの動きをすると、棒を俺へと突き出す。
(また棒での一撃を受けて反撃かな。漫画とかだとどんな対応があったか)
記憶を掘り起こすと、大きくジャンプして攻撃を誘って、棒の先を踏むなんて場面が浮かぶ。
(迎撃されても大怪我はしないだろうし試してみよう)
速度を上げて、少しだけ大回りになるように移動し、大きく踏み込んでジャンプする。
勢いと上がっている身体能力のおかげもあって、デーレンさんの身長の倍以上の高さまで飛び上がることができた。
デーレンさんはというと、観察するように俺を見て、棒を俺へと向けることなく下がる。
(迎撃じゃなくて着地狩り、かな? それなら)
着地する前にこちらを見ているデーレンさんへと木剣を投げつける。
少し目を見張ったデーレンさんは棒で木剣を払う。
その間に俺は着地して、両腕で顔を防御しながらデーレンさんへと突進する。
デーレンさんは一瞬だけ迷った表情を見せて、体を引くと力強く棒を突き出してくる。
また棒の切っ先が鎧に当たる。最初と違うのは十分な威力があるので、俺の動きが止められたことだろう。
デーレンさんは俺の動きを止めて、すぐに棒を引いて連続して棒を突き出してくる。
俺はその場で防御を固めて、連続突きに耐える。
(魔力がガリガリ減っているから、そろそろ終わりだろう。その前にどうにか意表を突きたい)
勝つのではなく少しでも驚かせたいという思いが湧く。
(でもどうすれば……思いつかないし近づいてみようか、デーレンさんもいつまでも突きを続けられないだろうし、どこかで一息入れるだろ)
その場から動かず考えていたけど、動いてから流れに任せてみようと前に出る。模擬戦だから気楽なものだ。
一歩また一歩と近づく。相変わらず連続突きは放たれている。
そうして突きが止まる。
(行こうっ)
防御を解いて、勢いよく前に出て掴みかかる。
デーレンさんの表情は引き締まっており、冷徹な視線が俺を貫く。模擬戦前の穏やかな雰囲気はどこにもなかった。
これは誘われたなと思っていると、デーレンさんの足が地面を踏みしめ、次の瞬間にはこれまでで一番速い突きが額辺りに命中し、兜を弾き飛ばした。
デーレンさんが足に力を込めたあとの挙動が掴めず、まったく反応できなかった。もしかすると無拍子と呼ばれるものなのかもしれない。
こっちが意表を突かれた形だけど、いい経験になったし満足だ。
「参りました」
魔力も残り少なくなったので、両手を上げて降参だと示す。
デーレンさんの雰囲気が穏やかなものへと戻り、構えが解かれる。
「そこまで。お疲れさん。デーレンもデッサもいい経験になったようだな」
「俺はそう思いますけど、デーレンさんはどうなんでしょう? 俺は特に変わった動きをしたつもりはないから良い経験になったんですかね」
「十分良い経験をさせてもらった。あそこまで硬い相手はそうはいない。最後の一撃が決まらなければ、突進を止められなかったよ。それと一番驚いたのは木剣を投げつけてきたところだね。そういったことをしてくる相手がいるのは聞いたことがあるけど、実際にやられると驚く。あれは狙っていたのかい?」
「違いますよ。高くジャンプしたら迎撃してくるかもと思って、そのときに棒の先端を踏みつけようとしてました。でも実際はデーレンさんが迎撃せずに下がって、着地したところを狙っていそうだったから、牽制のために投げつけたという流れです」
「踏みつけというのは思いつかなかったな。あれだけ高くジャンプしたら迎撃しても棒が勢いに負けそうだったら止めたんだ」
「そうだったんですね」
たしかに木の棒なら勢いの乗った重いものには耐え切れないか。
「質問があるのだけど聞いてもいいのかな」
「どうぞ」
「模擬戦の前にファードさんがあれとか言っていたけど、なんなのか聞いてもいいのかな」
「どうしましょうか、ファードさん」
俺の判断で喋っていいものかわからず聞く。
「もうしばらく伏せておきたいから、俺から簡単に説明しよう。あれはデッサ発案の魔力活性の先だ。使いこなせれば、過剰活性とは比べものにならない安全性で使える代物だ。現状なんの副作用もなく使えるのは俺とデッサだけだがな」
「魔力活性の先だとあなたが断言するのか」
イファルムさんが驚きの表情で言う。
ファードさんは自信を持って頷いた。
「あれはしっかりとした下積みを経て使いこなせるものだが、その将来性は大きいと見ている」
「下積み……長年の研鑽があるファード殿ならば納得いくが、彼も使いこなすのにふさわしい下積みができていると?」
「ああ、デッサも常人とは違った道筋をたどり、使えている。それを今この目ではっきりと確認した」
「下積みとはただ体を鍛えるだけではないのでしょうな」
「その通りだな」
イファルムさんが使い方ではなく、どのようなことができるのかファードさんに聞く。
「今はまだ魔力活性の基礎である全体強化くらいしかやっていない。生まれたばかりの技術で、いろいろと研究中なんだ」
詳細を聞きたがるイファルムさんに、ファードさんは苦笑を向けながら話していい部分だけを話していく。
イファルムさんの相手をしながら、ファードさんはほかの人たちに鍛錬を行うように指示を出す。
それでグルウさんたちは散っていった。
その場に残ったデーレンさんが話しかけてくる。
「魔力活性の先に副作用があると話していたが、どのようなものなんだい?」
「立っていられないほどに気分が悪くなるそうです」
「我慢できないのかな」
「できないみたいですね。俺が使うときも異物感があるんですよ。あれがもっと大きく感じられて、体の中を暴れ回るのなら立っていられないのもわかりますね」
「今日教われたとしても、すぐに使えるものじゃなさそうだね」
「でしょうね。ここの人たちも習得に難儀しているようです。大会でまともに使えるのはファードさんといった上位陣だけかもしれませんね」
「そうか。使いこなす以外にも、そういった負担軽減をファードさんたちは研究中なんだろうね」
「頂点会の皆で使えるように考える必要があるから、ファードさんたちは大変ですね。俺は一人だから好き勝手やれて気楽ですよ」
「君はここに所属していないのだったか」
「ええ、ちょっとした縁があってファードさんと交流があるんですよ。そう多くはない交流で、アドバイスもらえて助かってます」
実現可能かわからない技術開発もやってくれるし本当にありがたい。
「我流と聞いてたが、アドバイスをもらう前はどんな感じだった?」
「今よりも剣のキレがなくて、相手をよく見るということもできていなかった。動きそのものは以前も今も変わっていませんよ。悪い癖の修正をしてもらった感じです」
「なるほど。ちょっとした指導と魔力活性の先を合わせて、あそこまで戦えるようになるのだね」
どうにかして習得したいと呟いた。
「そう遠くないうちに習得の機会が訪れるかもしれませんね。隠し通すつもりなら、今日この場で使っていいとは言わなかったでしょうし」
大会でも使うつもりじゃないかな。さらに強くなった理由を聞かれて、全部は答えずともイファルムさんに話しているように少しは情報を開示するだろうし。魔力活性の先というものの存在は知られていくと思う。
やりかたも単純な部類だし、博識な魔法使いなら推測できてもおかしくはない。
「そうか。そのときを楽しみにしようかな。こっちから聞いてばかりだと悪いし、なにか質問があるなら答えるよ」
「そうですね……最後のあれは技なんですか?」
「うん。うちに伝わるものの一つ。とにかく速い突きを求めた形だよ。完成しているとはいえないものなんだけどね。あれは速さを気にしすぎて、まだまだ制御が甘い。君の兜に当たったときは安堵したよ」
空振りして俺の体当たりをまともに受けた可能性もあったんだな。
ほかに聞きたいことは……模擬戦に関係ないけど転送屋前で会った彼について聞いてみようか。
感想ありがとうございます