75 近づく予選 1
朝がきてギルドによってお金をおろして、鎧を買ってからダンジョンに向かうことにする。
お金をおろし、鎧を購入して身に着けてから転送屋に向かう。
ウッズドールで鎧を着た状態の動きを確かめようと考えながら建物に入る。
予選が近づき来訪した冒険者が集まっていて人が多く、歩くのも苦労しそうだ。ただ人が多いだけではない雰囲気も感じられる気がする。
(騒がしい?)
いつも賑やかだけど、今日は浮ついているとかそんな感じに思えた。
周囲から聞こえてくる声に耳を傾ける。
『おい、見えたか?』『いや、あ、見えた。間違いないロッデスだ!』『おおおっミストーレに来たんだな!』『調子は良さそうか?』『よくわからん。でもどこか怪我しているようには見えん』『今年はどうなるだろうな』『ファードが不調って噂は聞こえてこないし、またあの二人での決勝か』『英雄の仲間の子孫が参戦だと聞いている。もしかするともしかするかもしれんぞ』『ファードもいい年だから厳しいかもしれん』『本選はトーナメント制だからな、当たる順番によっては結果がかわってくる』『そうだな。昔は無名の冒険者が勝ったこともあったそうだし、ダークホース出現もありうるぞ』『今年はどんな奴が本選に行くのか』『なんにせよ、今年も楽しみだ』
去年の優勝者がいるのか。それだったらざわつくのもわかる。
ちょっと見てみたい気もするけど、顔を知らないからいる方向を見てもわからないんだよな。
この混雑具合だと三十五階に転移してもらうのも一苦労だし、顔見知りがいれば暇つぶしに話しかけようかと周囲を見る。
(……誰もいないか。でもロッデス見たさでダンジョンに行こうとする人は少ないし、転送屋の店員のところまで行けば、すんなりと運んでくれそうだ)
ごめんよと言いつつ店員を探して、いつもいる位置へと移動を始める。
人の整理に苦労している店員にダンジョンに向かえるか尋ねる。
「現状では難しいですね。転移の際に周囲の人を巻き込みますから」
「ロッデスが移動すれば状況は落ち着くのかな」
「ええ、今はファンサービスで留まっているからこれだけ混雑しているんですよ」
建物の外でやってほしかったなと店員は呟いた。その呟きに舌打ちしたそうな感情が込められていた。これだけ混雑しているとそう思うのも無理はない。
「あとどれくらいで落ち着くと思います?」
「そうですね、混雑して三十分以上経過していますし、三十分後にはさすがに切り上げてダンジョンに向かっているかと」
店員に礼を言い、一度外に出ることにする。
人混みを抜けた解放感を感じつつ近くにあるベンチに座る。
同じように状況が落ち着くのを待っている冒険者がちらほらと見えた。俺みたいにロッデスに会いたい人ばかりじゃないんだな。
「あのー」
なんとなくほかの冒険者を眺めていると話しかけられる。
振り返ると同年代の男がいた。一メートルほどの槍を持った同業者だ。マントを身に着けていて、その下には革鎧が見える。革鎧には紋章のようなものが胸に刻まれているように見えた。あまり戦いを好みそうな風貌じゃない気がする。
「なに?」
「なんでこんな混んでいるの?」
ロッデスがいて、ファンサービスをしていると話す。そしてあと三十分くらいはこのままだろうと付け加えると、納得したように頷いて隣に座る。
「見に行かなくていいのか?」
「今はそんな気分じゃなくて」
「気分が悪いなら宿か家に帰って休んだ方がいいと思うけど」
「体調に問題はないから大丈夫。将来に不安があって」
「大変だな」
「うう、一言ですまされた。そうだよな。他人のことなんてどうでもいいよな」
言いながら肩を落とす。
「愚痴を聞いてもらいたいならほかの人を探した方がいいぞ? 俺も他人の相談に乗れるほど余裕はないし。仲間には相談したのか?」
「仲間はいないんだ。俺一人でどうにかしないといけないことだから」
「だったら綺麗な姉ちゃんのいる酒場で愚痴ってきたらどうよ」
お金さえ払えば愚痴くらいなら聞いてくれるだろ。一人で抱え込むより、吐き出してしまえば楽になるはず。といって俺に吐き出されても困るけど。
「そういった場所があるのは知っているけど、行くのは裏切りのような気がする」
「裏切りねぇ。恋人がいて、愚痴の原因が恋人なら真正面から話し合った方がいいんでないかい」
「ま、まだ恋人じゃない!」
「そうなのか。だとすると好きなものを食ったりするか、モンスターに八つ当たりして気晴らしくらいか思いつかないな」
「それをやっても解決しない」
「そりゃそうだ。気晴らししろとしか言ってないし」
事情を知らないんだから解決策なんて話せるわけもない。
「話を聞くだけ聞いてください」
関心が薄いと思ったか、素直に頼んできたな。抱えているものを吐き出して少しでもすっきりしたかったのかなー。
「別にいいけど、聞いたところでどうにもならないと思うぞ」
「それでいいです。あと一ヶ月くらいで腕試しの大会が始まるでしょ。それに参加するためにミストーレに来たんだ」
「ほうほう」
「腕試しではなく、婚約を認めてもらうために」
「なるほど」
「俺の家はわりといい家なんだ。そんな家と付き合いのある家はいくつかあって、その一つの家の娘と幼馴染だ。小さい頃に顔を合わせて、何度も遊んだし、ときには喧嘩もした。そのすべてが良い思い出だ」
「ふんふん」
「真面目に聞いてくれる?」
返事はいい加減だけど、聞き流しているわけじゃないぞ。
「一応な。それで続きは? 幼馴染がいるってことを伝えたかったのはわかった。婚約したいのもわかった。話はここで終わりじゃないんだろ」
「彼女に婚約の話が出てきたんだ。うちの家との話だって言うからてっきり俺とだと思っていた。でも夕食のときに違うとわかった。兄貴と彼女の婚約という話だった」
「へー。ちょっと不思議な話だな」
仲の良い相手と婚約した方がスムーズにいきそうなのに。なにかしらの事情があるんだろうな。名家とかそんなところだって言ってたし、個人と個人の婚約じゃなくて、家と家の繋がりが関わってくるのかねぇ。
「理由は聞いたのか?」
「どうして兄貴なんだとその場で両親に聞いたよ。そしたら決定事項だってだけで理由は教えてもらえなかった」
「そっか。兄の反応はどうだったんだ」
「普通に受け入れていた。兄貴にとってはたまに顔を合わせる程度の相手だってのに」
「お前さんが知らないところで、幼馴染と会ったりしていたとか」
「幼馴染からそういった話を聞いたことはない」
「そもそもお前さんの好意が一方的なものだったりしないか。相手は婚約についてどう思っているのか聞いたのか?」
「好意は少しはあると思うし、嫌われてはいない。嫌われていたら会うことすらしないだろうし。婚約については家の意見に従うってさ」
なるほど。向こうにも不満があるようなら駆け落ちでもすればいいんじゃないかって思ったけど、受け入れているのか。
「お前さんは嫌だと足掻いて、大会でどうにかすれば婚約相手をお前さんに変更するように条件がでたって感じか」
「本選に出て、ある程度結果を出したら兄貴から俺に変更すると約束してくれたよ」
「お前さんの言い分を聞いて条件を出してくれるだけ、まだ優しいな」
変更してもいいなら、最初から弟の方で話を進めればいいのに。
弟の方になにか問題があって、奮起させるために婚約話をでっちあげたなんて思いついたけど、どうだろうな。
「ここまで話を聞いて俺からお前さんに言えるのは頑張れってことだな」
「それだけ? もうもう少しない?」
具体的なアドバイスを求められてもどうしようもないよ。アドバイスでどうにかなる話とは思えない。
「もう少しなぁ……言えることがあるとすれば、こんなところで愚痴ってないで槍を振って少しでも技量を上げる努力をすべきじゃないかって感じかな。本選出場に自信がないから不安を感じているんだろう? だったら成功確率を少しでも積み上げるため努力しろとしか言えん。愚痴を言ったって少しすっきりするだけで、勝率が上がるわけじゃないし」
「それはそうなんだけど。ここまで話を聞いてくれたんだし、協力してくれない?」
「そんな暇はない。それに話を聞くだけでいいと言ったろ」
「出世払いで報酬は払うから」
「お金に困ってない。それに報酬はきちんと払え。出世払いとかそんな後で払うなんて不確実な話は、詐欺に受け取られかねないぞ。ゴーアヘッドとかに行って、対戦の依頼を出せばこの時期相手してくれる人はいるだろうし、そっちに頼むんだな」
「だったら予選で当たったら少しだけ手を抜いてほしい」
「それは意味ない提案だな。俺は大会に参加しない」
「参加しないなら時間はあるんだし、協力してくれても」
「俺にも予定ってもんはあるんだよ。大会に出たり、お前さんに協力するような時間はないんだ」
答えながら転送屋に動きが出たのを見て立ち上がる。
「転移できるようになったらしい。じゃあな、頑張れと声援だけは送ってやるよ」
背後から溜息だけが返ってきた。
このままだと駄目そうだけど、追い詰められればなんとか頑張るのかな。幼馴染のことを本気で想っているなら奮起しそうだ。
転送屋に入ると、人は減っていてロッデスの姿はなかった。ダンジョンに出発したらしい。
三十五階行きを店員に告げて、人が集まるのを待つ。
転移してまずはウッズドールのいる三十七階を目指す。
午前中はウッズドール相手に、鎧を着て動きを確かめて、問題ないことがわかる。
昼から三十八階に進むことにしよう。
三十八階にはバイオレントキャットがいる。秋田犬より大きな猫で力も強く、鋭い爪での攻撃も要注意だろう。
あと十階もせずに、以前ぼろ負けしたアーマータイガーが出てくることを考えると、同じ猫科のモンスターとして前哨戦のつもりで戦うのもいいかもしれない。
バイオレントキャットは一体でいるのが普通と聞いているから、群れを避けて一体でいるのを探し回る必要がないのはありがたい。
三十八階に進み、十五分ほどでバイオレントキャットを発見する。
向こうも俺に気付いたようで、顔をこちらに向けて警戒したように低い唸り声をあげている。
魔力活性を使って、じりじりと近づいていく。
ある程度距離が縮むと、警戒していたバイオレントキャットが飛びかかってくる。動きは速いものの、対応できない速度じゃない。飛びかかる前に一瞬体が沈むという前兆
も把握できたし、しっかりと避けることができた。
お返しに剣を薙ぐように振る。それはかすって、浅い切り傷を作っただけだった。
体毛がはらりと落ちて、バイオレントキャットの敵意が増す。
戦いはバイオレントキャットが一撃離脱を繰り返し、近づいてくるバイオレントキャットに俺が攻撃を合わせるという流れで進んでいった。
鉄製のキュイラスといった防具はしっかりと役割を果たしてくれて、大怪我することなく倒すことができた。
戦った感覚だと、三十九階に進むこともできそうだけど、ここら辺が適正階じゃないかと思う。
先に進むならまた護符を買ったりして、底上げして進む必要がある。
アーマータイガーに備えて、三日くらいは三十八階で戦おうと思う。その後は護符を使って進むことにしようと予定を立てて、またバイオレントキャットを探すためダンジョン内を歩く。
あのあと三体のバイオレントキャットと戦って、今日は帰る。
いくらか攻撃をもらってしまったけど、一発だけ強烈な攻撃を受けてしまった。俺の攻撃を回避するついでとばかりに、勢いよく振られた尾が頭部に命中したのだ。
尾の攻撃とはいえなかなかに威力があった。兜があったからよかったものの、兜なしで受けていたら立っていることもきつかったかもしれない。
次の日も、その次の日も油断せずに戦って猫科モンスターとの経験を積む。
感想ありがとうございます




