73 いつもの日常へ 前
中ダンジョンから帰ってきた翌朝、リューミアイオールから連絡がきた。
呪いの調整は終わったから、今日からまた鍛えていけというものだった。
鍛えていくペースはこれまでと同じように常人の倍の速度で、ひとまず二ヶ月後に順調にいっているかどうか知らせるということだった。
リューミアイオールからの連絡が終わり、早速今日からまたダンジョンに潜るかと思って武具を手に取ると、細かな傷が気になる。今日のところは今使っている武具を整備に出して、以前の武具でバトルコングと戦えるか試すだけにしておこうと決めた。特に武器は青銅の剣だから、苦戦するだろう。鉄の剣は宝の洞窟に置いてきたんで、これを使うしかない。
武具を整備に出すため一式を持って、武具店に入り店員に整備を頼む。
「どれくらいかかりますか」
「大きく修理する部分がなければ、およそ六日ほどでしょうか。急ぎならばお金を多めに払うことで三日になりますよ」
「今日から三日? 明々後日には返ってくるってことでいいんですかね」
「はい」
それでお願いしよう。
従業員が求めてきたお金を払い、店を出る。
以前の武具でどこまでやれるかなと思いつつ、転送屋に三十階へと送ってもらう。
早速見つけたバトルコングに挑む。
「あ、これ駄目だ」
一度攻撃して手応えの差で与えたダメージの少なさがわかる。
適正武器より二段階は下だからな青銅の剣。そりゃこうなるわ。
納得したところで、弱点を攻めることにした。
背中の瘤を探して、魔力活性を使用して突き刺す。さすがに弱点を深々と刺されれば、武器の差は関係なくバトルコングは倒れる。
「魔力がなくなるまで、こうやっていこうかね」
次を探そうと、ダンジョンの中を歩く。
昼くらいには魔力が底をついて、撤収することにした。
バトルコングから得た魔晶の欠片を持って、ゴーアヘッドの建物に入る。
「デッサさん」
受付を目指していると、聞き覚えのある声が聞こえていた。
そちらを見ると特製服に身を包んだロバンがいた。そばには四人の同世代の男女がいる。同じ村の子たちなんだろう。
「おー、久しぶり。こっちに来ることができたんだな」
「うん。十日くらい前から来てたよ」
「そっちの四人は同じ村の子たち?」
ロバンが頷く。
四人は俺の話をロバンから聞いているのか、小声であの人がと呟いていた。視線を向けると小さく頭を下げてくる。
「もうダンジョンには入っているのか?」
「入っているよ。今は三階で噛みネズミと戦っているところだ」
嚙みネズミか、懐かしいな。
いや懐かしむにはまださほど時間はたってないか。
「道場にはもう通えているのか?」
「ここで紹介してもらったところに行ってる。色々と教えてもらって助かっているよ」
「そりゃよかった。仲間がいて、指導もしっかり受けられるなら、そうそう躓くこともないだろうさ。困ったことがあれば道場の人たちに相談すればいいしな」
「道場の人たちもそう言ってくれている」
いい道場を紹介してもらえたみたいだな。
「デッサさんは、今日はもうダンジョンから帰ってきたの?」
「そうだ。武具を整備に出していて、以前のものだと一日中戦うには辛いものがあってなー。早めに切り上げたんだ」
「ちなみに何階?」
「三十階。バトルコングっていうモンスターがいるところだ」
ロバンたちは「おーっ」と感嘆の声を上げる。彼らの十倍の階だから驚いたんだろう。
「俺たちはいつ行けるんだろう」
「さてなぁ、それぞれのペースがあるだろうし、わからない。とりあえずはあまり先を見ずに小ダンジョン踏破を目標にしておくといい」
「道場の人たちもそんな感じのことを言っていたよ。俺たちの目標はそこまで困難なものじゃないから、一歩一歩着実にやっていけば達成できるって」
「そうだな。前に聞いた目標なら急ぐ必要はない。下手に急ぐと大怪我するだろうし」
「大怪我っていえば、次のモンスターが危ないって聞いてるけど」
嚙みネズミの次はハードホッパーか。
「ハードホッパーはたしかに油断していると大怪我する。動きは直線的なんだけど、その勢いがすごいから」
「どれくらいの威力?」
「今のロバンがまともに受けたとしたら、骨を折られるくらいには強い突進だと思う。念のためにポーションを持っていった方がいい」
「ポーションって高いよね」
「高いけど、それだけの価値はある。その場で怪我を治せるというのも利点だ。怪我人を抱えてダンジョンを脱出なんてできればやりたくないだろ。怪我人を抱えて動きが鈍っているところに、ハードホッパーからの追撃を受けるとか想像したら、ポーションのありがたみがわかるはず」
ロバンたちは想像してみて、納得した表情を浮かべた。
「ハードホッパーはわからないけど、誰かが怪我をして足が止まって嚙みネズミにたかられるところを想像してみたよ。たしかにさっさと怪我を治せるのはありがたい。でもできるなら今は世話になりなくないな」
「だったら慎重に行くしかないな……そうだ、あとでちょっと相手しようか。そっちが望むならだけどな」
「相手?」
「動きの速い対象との戦いはどんなものか経験しておくと、心構えができる。やってみるか?」
ベルンとの模擬戦のようにあらかじめ経験しておくと、のちのち助かる場面もあるかもしれない。
道場で頼めばやってくれるだろうし、俺がやらなくてもいいけどな。
ロバンは仲間に振り返って、どうしようか聞く。
「時間ってどれくらいかかります?」
「一回だけなら十分もかからないぞ」
「それくらいならやってみる」
「わかった。魔晶の欠片を売ってくるから、待っててくれ」
受付で魔晶の欠片を売り、模擬戦で訓練場を使うことを一応知らせておく。
ロバンたちと一緒に訓練場に移動して、向かい合う。
ロバンたちとの距離は五メートルだ。
「とりあえず、接近するぞー」
そう言ってから前傾姿勢になって、地面を蹴る。
全速力で接近して殴りかかり、ロバンの胸に軽く拳を当てた。
ロバンは反応しかけたが、避けることはできなかった。
「ハードホッパーの突進はこれより速い。今のロバンたちが油断しているとまずいってのはわかっただろ?」
「よくわかった。もう少し続けてほしいんだけど」
「いいよ」
ハードホッパーを想定して突進をやったり、接近戦でのレベル差のある相手との戦闘訓練もやったりして、一時間ほど訓練して終わる。
「ありがとう。いい経験になったよ」
ロバンたちが頭を下げる。
「穏便に経験を積ませることができてよかった。俺のときは荒っぽかったからなぁ」
「なにがあったんです?」
「揉め事に巻き込まれて、格上の冒険者と模擬戦することになったんだ。勝てないのがわかりきっていた戦いで、ぼこぼこにされたよ。その格上との戦闘経験がのちのち役立ったんだから、なにが役立つかわかったもんじゃない」
「そんなことが。それにしても三十階はそれだけ動けないと駄目なんだな」
違うと手を振って否定する。
「いや三十階だとここまでは必要ないな。もう少し上に行ける強さのはず。仲間がいれば四十階近くで戦えるし」
「仲間を集めて四十階に行かないの?」
「目的のためには一人の方が都合いいんだよ」
「そういえばデッサさんのことを道場で話したら、一人でダンジョンに行く奴は変人だって言われたよ」
「変人のつもりはないけど、その評価は何度か聞いたなー」
「他人から見てその評価なら、変人ってことであっているんじゃ」
普通の冒険者とは違ったペースだったり、シール不使用だから、そこを変人と判断されるならまあ納得できなくはないかな。
「普通の冒険者とは少し違ったところがあるってことで納得しとこうか。模擬戦はここまでだけど、なにか聞いておきたいこととかある?」
ロバンたちは少し考えて、休暇の過ごし方を聞いてきた。
「休みは大事だって教わったんだけど、なにをすればいいのかわからなくて」
「村でやっていたことをこっちでやればいいじゃないか」
「それもいいんだけど、せっかく町に来たんだからこっちでできることをやりたいなって話しているんだ」
なるほど。村とは違ったものがあるだろうし、町での楽しみを満喫したいのか。
「デッサさんは休日はどうしているんだ」
「俺は友達とか知人に会いに行く。マッサージを受ける。美味しいものを食べる。こんなところ」
「遊べる場所に行ったりは?」
「そういったところには行ってない」
改めて考えると、体を休めることを中心に考えて、演劇を見に行ったりしてなかった。
「演劇とか大道芸に興味を持たなかったんだよな」
「酒場に行ったりしたりは?」
「酒は飲まない」
この体がまだ十四歳だし、酒を飲もうという意識すらなかった。二十歳に近くなれば飲んでいるかもしれない。
「お前たちも酒に興味はあるかもしれないけど、もう少し年をとってから飲むようにしといた方がいいぞ。たしか若いうちから飲むと体に悪かったはず。酔っぱらうと思わぬ失敗もするし」
「今のところ酒に興味はないかな」
「そっか。休暇の楽しみ方は町を見て回るだけでも今は十分じゃないか? 村にはないものばかりで、見るだけでも楽しめるだろうし。そういったものの中から興味のあるものを見つけていけばいい」
「歩くだけでも楽しいというのはわかる」
ロバンたちはすでに色々見ているんだろう。よくわかると楽しげな雰囲気を漂わせる。
「それにあと二ヶ月もしないで祭りだって聞いた。そのときに思いっきり楽しめると思うぞ」
ロバンたちの目に、好奇心の光が宿る。
「町の祭りかー、どんな感じなんだろう」
「俺も町での祭りは初めてだからわからん。色々なことが行われるって聞いたよ」
シーミンとハスファに聞いたことを伝えると、ロバンたちは興味がひかれた表情を見せる。
「祭りを楽しむためにも、今から少しずつ小遣いを貯めていくといい」
「そうだな。せっかくの祭りに無一文で参加ってのは悲しいもんな。それじゃ小遣い稼ぎのためにもダンジョンに行ってくる」
「無理はするなよ」
わかっていると答えてロバンたちは走って去っていった。
俺はどうするかな。夕方にはまだ時間があるし、宿に帰ってもやることはない。
頂点会に行って、進展があったか聞いてみようか。以前聞きに行ってさほど時間はたってないけど、こっちが推測したことを伝えればなにかのヒントになるかもしれない。
ファードさんに会えなかったら、散歩でもするかなと思いつつ頂点会に向かう。
頂点会の敷地に足を踏み入れると、訓練場で体を動かしているファードさんたちが見えた。
ファードさんは指導側のようで、本格的に鍛錬している様子ではなかった。
「こんにちは」
近づいて声をかけると、挨拶を返してくる。
ファードさんはそのまま鍛錬を続けるように言って、少し離れたところへと移動する。
「今日はなにか用事かね?」
「魔力活性の先でこうじゃないかって考察したことがあったんで伝えにきました」
「ほう。実際に試してみてわかったことがあるということか」
「はい。俺が使ったら気分が悪くなることはなかったんですよ」
そう言うとファードさんは少し驚いた表情になる。
「君の練度はそこまで高いものじゃなかったはずだ。それで体調を崩すことはなかったのか」
「増幅した魔力を体内に戻した際に異物感はありましたけどね。それで思ったんですが、増幅した魔力は魂に影響を与えるのではないかと思いました」
「どうしてそう考えた」
「俺とミナたち若手の違いを考えてみたんです。俺はタナトスの一族と付き合えるくらいには、彼らの気配を気にしません。ほかにはシールなしでモンスターと戦うということをしています。死の気配や浸食への耐性に差があるのではと思ったんです」
「シールなしで戦っているのか。なんでまたそんなことを」
ファードさんは目を丸くしている。歴戦の冒険者でも驚くことなんだな。
「最初シールというものを忘れてダンジョンに挑んでいたんですよ。思い出したあとも辛くなったら使えばいいやと思ってそのままという感じです」
「なんとまあ。しかしそういったものへの耐性か、わからんでもない。八十階辺りになるとモンスターの攻撃による浸食はシールでの防御を貫いてくることもある。そういった攻撃を俺たち古参は受けて、多少は耐性ができている。若手はその経験がない」
「あとは以前言っていたように魔力活性の熟練度の差というのも合わさって、ファードさんはまったく影響がでなかったんでしょうね」
なるほどとファードさんは頷いた。
「納得いく理由だ。となると若手が魔力活性の先を使うためには、シールなしで戦ってみることが鍛錬になりそうだな」
「話をまとめるとそうなりますね。でもいきなりそういったことをして大丈夫なんですかね」
「いくらか階を戻って戦うということをしなければ、不覚をとることになるだろう。シールなしでダンジョンに入るということ自体に忌避感を抱く者もいそうだ」
冒険者としてはシール有りで入るのが常識だったんだろうし、修行のためとはいえ無しで入れと言われると躊躇いが生じるんだろう。
「俺にとってはなくて当然なんですけど、忌避感を抱く人は苦労しそうですね」
「苦労するだろう。俺でもシール無しは躊躇う。君のその感覚は一つの武器だな」
死を経験したこととかリューミアイオールと相対したことが、糧になっているんだろう。有益ではあったけど、嬉しくなんかないな。
「一度お前さんが使ってみるところを見てみたいな。俺のものと違いがあるのか比べてみたい」
「今日は無理ですね。午前中に魔力を使い果たしてすっからかんです」
「残念だ。いつかみせてくれ」
「わかりました。魔力活性の先はここまでにして、受け流しの方はどうなってます?」
「少しずつ試していっている。だがまだまだ完成には遠い」
「少しずつでも前進しているなら良いことなのでしょうね。ただの想像から始まっているんですし」
「そうかもしれんな。秋の大会までに完成させたいが、無理だろうな」
大会を勝ち抜くための手段として持っておきたかったということかな。
「収穫祭で行われるという大会にファードさんは出場するんですね」
「頂点会のメンバーは事務といった非戦闘員以外は全員参加だな。デッサはどうするんだ」
「俺は出ないです。見る方は興味ありますけど、出る方はさっぱりです」
「そうかもしれないと思ったよ」
「頂点会はしばらく大会に向けて、鍛錬といった感じですかね」
「ああ、そうなるだろう。他国から強敵がやってくる。彼らに負けまいと気合が入っている」
「強敵……ファードさんはこの国のトップと聞いてますけど、そのファードさんから見ても強敵といえる人はいるんですか?」
ファードさんはいると頷く。
「去年の大会優勝者であるロッデスは参加すると聞いている。ロッデスには去年負けたからな、ぜひともリベンジしたい。ほかに英雄の仲間の子孫も参加すると聞いた。この国からも名のある騎士がやってくる」
「優勝したロッデスって人は当然として、英雄の仲間の子孫って強いんでしょうか」
「何年か前にご当主と会ったことがある。よく鍛えられた人だったよ。あれから研鑽を欠かしていないのならかなりのものになっているはずだ」
「そうなんですね」
当主と呼んだってことは名家としていまだ名が知られているのだろうな。
数百年もよく家が続いたよな。ゲームに出てきたキャラの子孫だったりするのかもしれない。
それに英雄の仲間が一人だけってことはないだろうし、ほかにも続いている家はあるのかな。
「その英雄の仲間の名前は知ってます?」
「ええと……ソラシエ・グーネルっていう槍の使い手だったはず」
槍を使うソラシエ……ああ、いたな。メインキャラじゃなくてちょっとした会話のある名前を持ったキャラクターだった。
こっちだと英雄の仲間って言われるくらいに活躍したんだな。
「ほかにも英雄の仲間の子孫っているんでしょうか」
「自称する奴は何度も出てきているが、本物だと判断できない」
ソラシエの子孫は本物だと証明できているんだな。武器とか詳細な日記とかそういったものが代々伝わっているのかな。
「少なくとも大陸東部で本物だといえるのはあの家だけだろう」
「人間より長生きするという草人なら英雄関連の情報を持っているかもしれませんね」
「そうかもな」
そろそろお暇するとファードさんに告げて、頂点会の敷地から離れる。
宿に帰るかと歩いていると、ちょっとした広場でクリーエの姿を発見した。
友達たちと楽しく遊んでいるようで、年齢相応な笑顔を浮かべていた。
身辺護衛でケイスドがいるなら挨拶でもしていこうと周辺を見渡す。護衛らしき人物は見つけたが、知らない顔だったので挨拶はしないことにして、宿へと帰る。
感想ありがとうございます




