7 大ダンジョンのある町へ 2
「あら、眠ったようですねー」
座ったまま俯いたデッサにプラーラは微笑みを向けた。
「ほんとだ。よほど疲れたんだろうな。守りもなくモンスターからの攻撃を受けて浸食の影響も大きかっただろうし、このまま寝かせてやろう」
「そうですねー」
頷いたプラーラは借りていた竜の石をデッサの巾着に戻す。
そしてデッサをささえてゆっくりと横倒しにする。
「センドルはデッサの話が本当だと思いますかー? 死黒竜の住む山で拾ったという部分ですー」
「嘘を吐いていた様子はなかったと思う。プラーラはどこか気になる部分があったか?」
「縄張りに入った人間を死黒竜が見逃すかと思いましてー。それにこうして近くでデッサを見て、妙に衣服が新しいのも気になりますー」
「新しいか?」
「旅やダンジョンでの移動で汚れてはいますが、汚れのない部分は新品のような真新しさですよー。それにほつれなどどこにもありませんー」
「最近買い替えたかもしれない」
そうかもしれないとプラーラは頷く。
「でも別の可能性もありますー。どこか隠れ里から出てきたんじゃないかということですー。旅に出るにあたって新品をもらったのではないかとー」
「ふむ、隠れ里からでたと思った理由は?」
「硬貨が古かったことー。警戒のなさー。特殊な知識を保有し、それを隠そうとしなかったことー」
プラーラは理由を話す。
硬貨が古いのは、隠れ里ではお金を使うことはなく、昔手に入れ放置されていたものを持ち出した。
警戒心のなさは、村人に理不尽な目にあわされたのに、今こうして自分たちのそばで無防備な姿をさらしていること。それは小さな環境で育ち、外部から人がこず見知ったものばかりで警戒する必要がなく育ってきたからではないか。
「特殊な知識というのは四神の誓いですねー。私たちも重要な約束事には『四神に誓って』と言いますが、なんらかの効力を期待しているわけではありませんー」
「まあ、そうだな。誓いであんな効果がでるのは初めて見た」
「デッサが言うには完璧なものではなかったようですー。しかしそれでも効果が発揮されたー。このようなものは悪用しようと思えばいくらでもできるでしょうー。だから一般的には知られないように秘されているー。でもデッサのいたところでは当たり前のものだったので、隠さず使ったー」
プラーラたち草人にも特殊な知識を外部に漏らさず継承するため隠れ住んでいる者がいるのだ。
「こういったいくつかの理由で、デッサはなにかしらの目的を持って隠れ里から出てきたのではないかと思ったのですよー」
竜の石も隠れ里から持ち出したのではないかとプラーラは思う。
隠れ里の場所などを隠すため、近くにいる死黒竜を言い訳に使ったと考えた。
これをデッサが聞いていたら勘違いだと笑っていただろう。
「なるほどなぁ。ちなみに目的はわかるか?」
「そっちはさっぱりですー。大ダンジョンになにかあるのかもと思うくらいですねー」
「……あくまでも予想で当たっているかはわからない、よな?」
「ええ、予想にすぎませんー。だから起きたこの子に聞くといったことはしようとは思いませんねー」
「なにか大事な目的があるかもとだけわかっていればいいか。きちんと報酬はもらったし、ミストーレにつくまでに知識をしっかりと与えよう」
賛成だとプラーラが頷く。
「ただいま。デッサは眠ったのね」
「疲れていたんだろうな」
起こさないようにと小声で話すレミアとカイトーイ。
その二人に竜の石を買い取りたいという話をしたあと、見張りの順番などを決めて、夜を過ごす。
夜明けが近づき、空を飛ぶ鳥が目立つようになるとレミアが弓で狩る。村で食料を補充できなかったので、この鳥を朝食に使うのだ。
地面に落ちた鳥を回収し、羽をむしって切り分けていく。
調理を進めていくと、もぞりとデッサが動く。
◇
瞼の向こうが明るく感じて、なにかいい匂いがしているのにも気付く。
体を起こして周囲を見ると、センドルさんたちが朝食をとっていた。
「おはようございます」
声をかけると近くにいたカイトーイさんがおはようと返してくる。
「川で顔を洗ってくるといい」
「そうします」
小川に両手を入れて、冷たい水をすくって顔にかける。
いっきに意識がはっきりした。口の中も洗って、服で顔をふく。
タオルとかも買わないと、と思いつつ四人のもとに戻る。
「ご飯できてるわ。どうぞ」
レミアさんが木の器と木の皿を渡してくる。なにかのスープで野菜が入っているのが見える。皿には焼き鳥サイズに切り分けられた肉がある。焼いた肉には胡椒っぽいものがふりかけられていた。
「ありがとうございます」
器を通して伝わってくるじんわりとした温かさが心地よい。
スープを一口飲むと野菜の優しい甘さが感じられるような気がした。肉も野性味が強いように思えたが、デッサとしての記憶をもとに考えるとこんなものだと満足できる。
鳥肉とスープを交互に口に入れていき、食べ終わる。
「ごちそうさま」
皿とか洗った方がいいかなと思っていると、センドルさんが話しかけてくる。
「地面にごろ寝だったが、疲れは取れたか?」
「少しだけ怠い気はしますけど、ほとんど疲れは取れたと思う」
言われてみれば地面に寝転がっていたから体が痛くなってもおかしくない。デッサが硬いベッドで寝るのに慣れていたようだから、そこまで気にならないのかもな。
「朝食後に移動を開始するけどきつくなったらすぐに言うんだぞ?」
「わかった」
こういったことを聞くのは護衛という仕事の内なんだろうけど、馬鹿な村人たちに出会ったあとだから気遣いが身に染みる。
野宿の処理を終えて、四人と一緒に歩き出す。
少しの間周囲を警戒していたセンドルさんたちは、モンスターや獣の気配がないと判断したようで、こちらに意識を向けてくる。
「それじゃダンジョンでの動き方について話していこうか」
「おねがいします」
「まずは入る前の準備から話を始める。ちなみに大ダンジョンの話でいいのかな? それとも小ダンジョンについて話した方がいい?」
「しばらく小ダンジョンには行かないと思うので、大ダンジョンの方で」
そう答えるとセンドルさんは頷く。
「必須なのは武具とポーションとモンスター知識だろう。武器さえあれば地下一階のモンスターは素人でも倒せる」
その分稼ぎは悪いとカイトーイさんが付け加える。
「そうだな。でもデッサは元から持っているお金に加えて、俺たちに売る竜の石のお金でそこそこ資金はある。だから一ヶ月くらいは稼ぎを意識しなくていいだろう。戦いに慣れるということを意識して動けばいい」
「武器の選択は個人の自由だから、これがいいと私たちは言えない。軽く振ってみて自分に合うといったものを選ぶといいわね。最初は安物を買って、合わないと思ったら別のものを使ってみるのもいいわよ」
レミアさんがそう言い、カイトーイさんが頷く。
カイトーイさんは最初剣を使っていたけど、しっくりこなくて長物に変えてみたらそちらの方が使いやすかったそうだ。
「魔法の方がしっくりくる可能性もあるから、五階で苦戦しなくなったら一度魔法を試してみることをお勧めするわー」
プラーラさんも付け加えてくる。
魔力活性が使えたから戦士タイプだろうし、魔法が得意ということはないはずだ。
得意武器か魔法を選ぶことができたら、道場に行って基礎を教わるのもありらしい。でもそこに行くと稽古にとられる時間だけ強くなるのが遅れるんだよな。
そんなことを思いつつ頷くと話が続けられる。
「防具の方は足元から揃えていくといい。昨日の小ダンジョンでもそうだったと思うが、浅い部分だと小型のモンスターが多い。狙いが下半身に集中することが多いんだ。ただし飛び跳ねて上半身を攻撃されたりするし、天井から奇襲されることもあるから上半身の守りもおろそかにできない」
「防具の質はどんなものがいいんだ? 金属製を買った方がいい?」
「いきなり金属製の防具を買うのは、重さで動きが鈍るからやめておいた方がいい。足の金属製防具を買うなら十階に到着くらいだろう。無理して買う必要はないけどな。ちなみに鎧や盾も金属製で揃えるなら二十階あたりで楽に戦えるようになった頃だと思う。その時期なら重さが負担になることもないはずだよ。もちろん個人差があるから、ずっと軽い防具の方がいいって人もいる。レミアがそういった感じだな」
ゲームだと大ダンジョンの進み方は、武具を整えてアイテムもしっかり持った状態でレベル×4階だった。
それで楽ではないが、苦戦しすぎることもないという感じだったはず。
ゲームに当てはめるとしっかりと準備を整えたレベル5で二十階に到着。楽に戦うにはプラス2レベルくらいか?
「質に関しては駆け出し用の武具店で、大銀貨二枚も出せば防具として十分なブーツが買える。あとは厚手の服と革の帽子もそこで買えば五階までは問題ない。頭から足まで合計で大銀貨三枚くらいだろう」
大銀貨三枚ね、しっかりと覚えておこう。武器もそれに近い感じかな。一揃い金貨一枚で十分足りるってことだろう。
「次にポーションというものは知っているか?」
「怪我を治してくれる薬ということくらい。どれくらいの怪我を治してくれるのか。どれくらいの時間で治してくれるのか。値段はいくらということはわからない」
「ポーションには二種類ある。ポーションとハイポーションだ。ポーションは骨にひびが入ったときや大きな切り傷を治せるくらいの効果がある。今言った怪我なら、三秒くらいだな。もっとひどいとある程度治るくらいに留まる。時間は変わらず三秒くらいか。使い方は飲むか怪我したところにかける。値段は小銀貨五枚、宿一泊分より高い」
「怪我が即座に治るんだから、それくらいの値段は安いと思うべきなんだろうね」
日本から転生してきた身としてはすっごい便利だと思うし。
「命の値段としては安いわな」
カイトーイさんが同意してくる。
「そのお金をけちって死ぬ奴が毎年いる。お前さんはけちらないようにな」
頷くとポーションの注意点を説明してから、ハイポーションについての説明が始まる。
注意点に関しては、骨が折れたときにハイポーションを使う際は痛くても骨の位置を正しくしてから使わなければ、おかしな位置で骨がくっついてしまうそうだ。折れ曲がった状態でなければある程度まっすぐにするだけでいいということだった。
ハイポーションの値段は金貨一枚。効果は手足が千切れてもくっつき、流れた血もある程度補充されるらしい。輸血も可能というのはすごいな。
これらは四神教会で作られていて、教会の重要な収入源だそうだ。
作成販売は教会の専売で、作成方法も教会のみが知るという。
ポーションを欲する人はいくらでもいて、競争相手もいないから値段は自由に決められるが、暴利をむさぼると神罰が下るということらしく、昔から値段は変わっていないそうだ。
まれに値段が上がることもあるが、それは原材料のヒールグラスという植物が日照り水不足で採取量が減って、収入が減らないように一時的に値段を上げている。ヒールグラスの生産量がいつも通りに戻れば値段も下がるらしい。
「四神教会ってどんなところ? 村には教会も関係者もいなくてさ」
旅の神官がたまに村に来ていたみたいだけど、デッサは興味がなかったようで話を聞くようなことはなかったみたいだ。
記憶にあるかぎりだと村長と話したり、村の墓で祈りを捧げていた。
「空の神、地の神、朝の神、夜の神。この四柱の神を崇める組織というのはさすがにわかるな?」
「それはさすがにわかる」
「普段はそれらの神の御神体が置かれている教会の運営を行っている。さっきも言ったがポーションも販売もそこだな。ほかには祭りの一部、葬式、結婚式で関わってくる。なにか困ったことがあれば、相談にのってくれることもある。政治には関わらないというのが教えの一つで、国や都市や町の運営に口を出すことがほとんどない。簡単に言うとそんな感じだ」
「教義がどうとかは教会に行って話を聞くといいわー。そこらへんは本職に教わるのが一番よー」
さほど興味があるわけじゃないし、教義については機会があればといった感じだ。
感想ありがとうございます