69 祖父と孫 1
走ってコアを目指す俺たちにリザードマンたちが立ちはだかる。
爪をふりかざすものや泥を吐き出してくるもの、それぞれが攻撃の意思を見せる。
走りながら飛んでくる泥を避け、迫る爪は剣で弾く。
ちらりとシーミンを見ると、リザードマンを斬り捨てて走っている。俺のように爪を弾くようなことはせず、動きを読み切って隙のできているところを斬っているようだ。
こういうところで経験の差が出てきている。
苦戦する様子はないし、気に掛ける必要はなさそうだ。
俺は目の前のリザードマンに集中することにして、攻撃しながらコア目指して走る。
そうしてシーミンがコアにたどりつき、刃を振るってコアを斬る。
コアはすぐに砕けて、力が広がる。
それを体に受けたあと、ダンジョンが歪み出す。
放り出される感覚が小ダンジョンのときよりも長いような気がして、地上に戻ってくる。
周囲には俺たちと同じようにダンジョンから放り出されたモンスターたちであふれていた。
小ダンジョンとはモンスターの総数が違うからか、小ダンジョンのコアを壊したときよりモンスターの数は多い。
「これが最後の作業だ」
「そうね、気を抜かずに戦いましょう」
荷車のそばで様々なモンスターと戦っていると、モンスターの数はどんどん減っていく。
俺たちに向かってこずにどこかへと去っていくモンスターもいるからだ。
向かってくるモンスターがいなくなり、森を出て休憩しようと荷車を引いて移動する。
すぐに誰かが戦っている様子が見えた。ダンジョンに入るときに出会った祖父と孫だ。
「まだここにいたのね」
「コアは壊すって伝えていたからどこかに行ったと思ったんだけどな」
戦いを手伝うことにして、彼らに近づく。
祖父の強さは俺たちより少し上くらいだ。全盛期を過ぎて衰えている年齢であれくらいということは、十年以上前はかなり強かったのかもしれない。
少女は懸命に戦っており、そのフォローを祖父がしていた。
十分ほど戦うと、モンスターたちは劣勢を察して散っていく。
ようやく終わりだなと俺とシーミンが武器をおろす。
だけどそんな俺たちの耳に祖父の焦った声が飛び込んでくる。
「我慢するんだ!」
「うううううっ」
祖父が少女の両肩に手を置いて声をかけている。少女も目を閉じて、耐えるような表情だ。
なにが起きているかわからない俺たちには見ることしかできない。
少女は震え出し、それを見て祖父は抱きしめようとした。だが少女は祖父の手を振りほどいて、こちらへと走ってくる。
(狙いはまたシーミンか!?)
少女の視線が真っすぐシーミンに向けられている。
それをシーミンも察したようで、俺に離れるように言ってくる。
「手伝いは必要ない?」
「今のところはね。必要になったら声をかける」
「わかったよ」
邪魔にならないように離れると、少女が無手で飛びかかっていく。
シーミンも少女を傷つけないようにと考えたみたいで、鎌を手放す。
シーミンは飛びかかってくる少女を避けて、着地後に掴もうとする。だが少女は着地後にさらに体を沈めてその手を避ける。そのまま手と足を使って前に出る。それをシーミンは避けた。
(動きが人間離れしているように思えるな。速さ自体は俺でもどうにかなるけど、動き自体が四足獣を思わせる)
あれがあの子の戦闘スタイルなんだろうか?
「ディフェリア! 止まるんだ!」
「があああっ!」
祖父の声に反応せず、ディフェリアと呼ばれた少女はシーミンへと突撃を続ける。
その様子は興奮状態にある犬とかをイメージさせる。
「なんであの子はシーミンに執着するんですか?」
「タナトスの一族の気配に驚いているからと思うが」
祖父はこちらを見ずに答える。
「驚くって言っても二度目だし、ここから出てくることもわかっていたでしょうに。なんとなく納得できないんですが」
「そ、それは」
こんなところで鍛えている事情が絡んでいるのだろう。祖父は言いよどむ。
俺たちが話している間も、シーミンとディフェリアのやりとりは続く。
そんなとき激しい動きで帽子が外れる。
その下にあったのは犬の耳だった。
「あの子獣人だったのか」
それならあの動きも納得できるな。興奮状態の理由はさっぱりだけど。タナトスの一族は獣人をあんな感じに刺激するのかね? そういった話はシーミンや母親から聞いたことないけど。
そんなことを思っていたらシーミンから声をかけられる。
「だいたい動きはつかめた。吹っ飛ばすから押さえ込んで」
「わかった」
シーミンは突っ込んできたディフェリアの腕を掴む。その手を噛もうとディフェリアは口を開く。シーミンは掴んでいない方の手でディフェリアの額を押さえて噛まれる前に止めた。
「いい加減にしなさいっ」
シーミンの叱るような声が森に響く。ディフェリアは一瞬だけその声に怯む。その隙にディフェリアがくるくると回転するように投げる。着地が困難になることを狙ったんだろう。
狙い通りディフェリアは着地に失敗し、地面にうつぶせに倒れる。
あの子が起き上がる前に俺と祖父は駆け寄って、押さえ込む。
二人で押さえ込まれるともがくことで精一杯なようだけど、ディフェリアはおとなしくなる様子を見せない。
「締め落としたい。このまま押さえてくれないか」
「わかりました」
両足を押さえられる位置にずれる。
祖父はディフェリアの首を腕で圧迫する。綺麗に圧迫できたようで、すぐにディフェリアは動きを止めた。
「もう離れても大丈夫ですかね」
「ああ、大丈夫だ」
祖父は力の抜けたディフェリアを抱き抱えて、服についた土や砂をはたきおとしていく。
「どうして襲われたのか理由を聞きたいのだけど」
「……迷惑をかけたし、仕方ないか」
溜息を吐いた祖父はその場に座り込む。
俺たちもその場に座った。
「まずこの子は獣人ではない」
「でも耳が犬のものですよね」
祖父は顰め面になる。俺の指摘を不快に思ったのではなく、なにかを思い出して不快になった感じだった。
「後天的に変化したのだよ。わしは人間で、この子の両親も人間。先祖に獣人はいるかもしれないが、その血が強くでたのなら生まれた頃から獣人として生まれてくる」
「そうね」
シーミンは頷く。後天的に種族が変化することはないということなのだろう。
「呪いかなにかでそうなったのかしら」
「魔法なのだろうな。しかし詳しいことはわからない」
「わからない?」
「ああ、わしはこの子がこうなった原因の場面にいなかったのだよ。だからこの子の証言から知るしかなかった」
ディフェリアは両親をすでになくしているそうだ。孤児院の子たちやクリーエもそうだけど、両親を失った子供が多いな。それだけ物騒ってことか。モンスターとかいるんだし物騒で当然だったな。
三年くらい前に彼らが住んでいた村のすぐ近くで中ダンジョンが崩壊し、モンスターがあふれ出した。
中ダンジョンは地中にできていたそうだ。亀裂の底にあるわかりづらい入口に誰も気付いていなかったらしい。
中ダンジョンから溢れたモンスターは村を襲い、冒険者たちが応戦したものの数に圧倒されて、劣勢で撤退させられた。突然のことだったし、武具を身に着けるといった時間もなかったそうだから、劣勢になっても無理はないんだろう。
そのときに冒険者が何名か死に、ディフェリアの両親もその中にいた。
両親の死を知り、ディフェリアはそれはもう落ち込んだらしい。死を理解できないくらいに幼ければなんとか誤魔化せたのだろうが、八歳くらいのディフェリアは理解できてしまった。
落ち込むディフェリアを祖父母も村人たちも励まし慰めた。そのおかげで少しずつ元気にはなっていったそうだ。
でもモンスターへの敵意も大きくなっていった。
「こういってはあれだけど、わりと聞く話ではあるわね」
「ああ、ここまでならわしもそう言える。そんな悲しくはあるがありふれた話で終わればよかったのだが、余計なことをした奴がいるんだ」
祖父は話を続ける。
モンスターが暴れて一年ほど経過して、村の復興も進み、それに比例するようにディフェリアもさらに元気になっていった。
ディフェリアがモンスターと戦う方法を知りたいと口に出し始めた時期でもあるそうだ。
祖父は元冒険者であり戦いを知っていたので、教えることはできたが条件をつけた。九歳ではまだ体ができていないのでもう三年したら教えると。
それに不満はありそうだが、納得した様子だったそうだ。
実はこっそりと棒を振り回して自分なりに鍛えていたらしいが、それくらいなら問題ないだろうと気がすむようにさせていた。それで溜まったストレスが少しでも発散されればという思いもあったそうだ。
そんなとき行商人が村にやってきた。初めて見る顔で、新たな販路を得るために来たとその商人は言ったそうだ。
稀にそういった商人はいるので、村人たちは気にせず商人が持ってきたものを見ていった。商品はほかの商人が持ってこないものばかりで物珍しさから商売は順調にいっていた。
その日の商売を終えて商人はここで仕入れられるものがあるか探すためという理由で、村の中を歩き回ったらしい。
棒を振り回していたディフェリアと商人が出会ったのはそのときで、どうして棒を振り回しているのか聞かれて事情を話したそうだ。その結果強くなれる魔法の薬をもらい、その場で飲んだ。
「その夜、苦しそうなディフェリアの声にわしと妻が起きると、ディフェリアが獣人へと変化していた。どうしてこんなことになったかわからないわしらは大きな村の医者へとすぐに連れていき、そこでディフェリアが医者に質問されたことで魔法の薬を飲んだことを知った」
「商人はどうしてディフェリアに薬を与えたんでしょうか。安いものじゃないですよね?」
ゲームでは出てこなかったけど、種族変化の薬なんて高価に決まっている。しかも永続効果だ。それが安かったら詐欺を疑う。
変化といえばクリーエの年齢変化も薬だったか。もしかして同じ商人から買ったとか、いや考えすぎだな。
「ディフェリアから聞いた話によると、力が欲しいならちょうどいい薬があるからとただでくれたそうだ」
「お金をとったり、なにかの約束をしたりはしなかったの?」
シーミンの質問に祖父は頷く。
「しなかったようだ」
「実はなんの意味もない水だったっていうオチじゃなかったりしません?」
特別な体質でこうなってしまったとか。
祖父は首を横に振る。
「実際こうして変化してしまっているからな。魔法薬だろう。医者も詳細はわからないが、その薬が原因だろうと言っていた。薬以外でこうなることは考えられないとも言っていた」
「効果を打ち消すような薬はなかったの?」
「飲んだ薬を分析できれば、解除できる薬を作れると言ってたが、手に入れることはできなかった」
「薬を持っている商人がどこかに行ってしまったか」
祖父は頷く。
「医者に診せた時点でどこかに去っていた。その商人とは再会しなかったが、その仲間と一度だけ会うことができた。医者に診せて変化したこと以外は異常なしということで家に連れ帰って、村での生活に戻ったんだ。周囲の反応はなんといえばいいのかという微妙なものだったが、排斥するようなことはなかった」
ありがたかったと祖父は言う。
ようやく両親の死から立ち直った子供が、これまで親しくしていた人たちから排斥されれば心に深い傷を負うことは容易に想像できる。
「今こうして村を離れているということはなにかしらの問題があったのね」
「うむ、二つの要因で今こうしている。一つは闘争本能が強くなったとでもいえばいいのか。興奮しやすくなってしまった。さっきの状態がそんな感じだな。さっきは戦闘で興奮して、その状態で精神を刺激されたから、お嬢さんに挑んだのだろう。友達と遊んでいるときも激しさを見せることもあって、危なっかしかった」
「日常生活でそれならいつか周囲の人に怪我を負わせかねないわ」
「ああ、だからモンスターと戦わせて発散させようと思ったんだ」
大変だなとは思うけど大ダンジョンでいいよな。町の方がいろいろと便利だし。
そう聞いてみると、もう一つの理由でこういった人のいないところを選んだそうだ。
「モンスターや野生動物と戦わせたことで少しは落ち着いた。そんなとき旅人がやってきた。商人の仲間を名乗り、この子の様子を観察しにきたと言っていたよ」
祖父母は怒ったそうだ。大事な孫に変な薬を飲ませたんだから当然の反応だろう。加えて孫の異常を楽しむような雰囲気を感じさせたことが、さらに怒りを増加させた。
その怒りを受けて旅人は平然として、問題があるようならうちで引き取り、治療を施すと提案したらしい。
その言葉を祖父母は信じられなかった。孫を見る目が人間に向けるものではなく、動物に向けるもののような気がしたのだ。
怒鳴って断り、旅人を追い返したその夜、家に侵入しようとした者がいた。
怒りを思い出し寝付けなかった祖父が、なにものかの気配に気付くことができたのは幸運だったのだろう。奇襲して追い出し、月明りでちらりと見えた姿は旅人に似ていたそうだ。
「また来るかもしれないと思ったわしらはすぐに荷物をまとめて村を出ることにした。しばらく家を空けることを村人に伝えて、妻はもう一人の子のところへ送り、わしとディフェリアは人目を避けるため大きな町は避けてダンジョンに挑んでいたというわけだ」
「別の医者とか魔法薬の専門家に診せてみようとは思わなかったんですか」
「高名な医者とかに会うには伝手がないし、金もない」
ああ、それなら仕方ないか。
祖父の腕の中でディフェリアがもぞりと動きを見せて、目を開く。
感想と誤字指摘ありがとうございます