68 中ダンジョン 2
目の前には目的の森がある。ダンジョンの位置は森の南部だと聞いていて、間違いないか確認するとシーミンは頷きを返してくる。
「入りましょう」
シーミンが歩き出し、その隣を俺も歩く。
周囲を見渡しても道らしきものはない。そう頻繁に人が来るところではないのかな。
「なにかいた?」
「道がないなと思って」
「別のところにはあるかもね。見える範囲では凹凸が激しいわけじゃないし、道がなくても大丈夫でしょ」
木の葉が散らばる地面を歩き、野生の動物をたまに見つけながら、モンスターとは遭遇せずに進む。
一時間歩いて、二時間経過し、あと三十分で三時間という頃、木々に変化が現れる。これまでは青々とした葉を茂らせ、夏の日差しを遮っていたのに、徐々に葉が少なくなって、森の中がどんどん明るくなっているのだ。木の葉自体も元気がないようでしおれた感じになっている。
「木々に元気がないな」
「中ダンジョンに土地の養分を吸われたせいでしょ」
「あー、そういえばダンジョンって周辺の力を吸い取るものだっけ」
小ダンジョンができたせいで、農作物のできが悪くなったといった話を聞いた気がする。
さらに進むと枯れた木が増えていく。ついでだから焚き火用の枯れ枝を拾っていく。
そういった枯れた木々の向こうにダンジョンの入口を見つけた。
ある程度近づくと、簡易的なかまどのようなものが見えた。
「人がいる?」
「そうみたい。盗賊かしら」
シーミンの母親の言葉を思い出して、緊張感が心に生じた。すぐに木陰に身を隠す。
その場から動かず、二人で周辺の警戒をする。
聞こえてくるのは風に揺れる葉、鳥や虫の鳴き声。人間の活動するような物音はない。
「あれは最近できたものかな」
小声でシーミンに聞く。もしかするとこのダンジョンに以前来た冒険者たちが残したものかもと思ったのだ。
「ここからだとわからないわ。警戒しながら近づいてみない?」
「そうしてみよう」
荷車はここに置いて、足音を忍ばせてダンジョンの入口に近づく。
俺が見た感じかまどは古いようには見えなかった。
シーミンは燃やした跡に手を近づけ温かさの確認をしている。
俺はかまどのほかに人のいる痕跡がないか探すため周囲を見てみる。ここらには雑草はほぼなく土が露出している。そこに足跡があった。
(たぶん新しいものか? 枯れていない木の葉が踏まれてるし)
誰かいるらしいと考えた俺と同じように、シーミンもかまどを見て最近使われたものじゃないかと思ったようだ。
「狩りにでも行っているのかしら」
「いないうちにさっさと中に入ってしまおうか」
「それでいいかもね」
置いてきた荷車を取りに向かい、それを引いて戻ってくるとダンジョンの入口から誰かが飛び出してくる。
ナイフを持った十歳くらいの少女だった。大きめなニット帽をかぶり、革のジャケットを着ている。
咄嗟に動けたのはシーミンだ。経験や勘の鋭さといったものが俺より上だからだろう。
鎌が振られて、少女に当たる。
動くことはできたが、いつも通りに振ることはできなかったんだろう。キレはいまいちで、少女に大きな怪我はなく地面に着地する。
しゃがみこんだままの姿勢で、少女はこちらを睨んでくる。
こちらとしてもいきなり攻撃されれば、相応の対応となり、武器を手に睨み返す。
そのまま数秒の時間が流れ、ダンジョンからもう一つの足音が聞こえてくる。
できるだけ少女から視線を外さずにダンジョンの入口を確認する。そこには五十歳半ばくらいの男がいた。
「すまん! 孫が失礼した! どうか許してほしい」
男は頭を下げながら少女へと近づき、少女を立たせて頭を下げさせる。
まだ手にナイフがあるので警戒は解けない。
それを察した男が少女にナイフを納めるように言い、少女はシーミンを気にした様子を見せつつも鞘に納める。
こちらも武器を下げて、警戒を下げる。まだ安全とは思えないので、警戒はしたままの方がいいかなと思ったけどシーミンが完全に警戒を解いた。
シーミンがそうするならと俺も剣を鞘に納める。
男はほっとした様子になった。孫を落ち着かせるためか、頭を撫でてやりながら口を開く。
「わしらはここで鍛錬しているのだが、そちらはこんなところになんの用事なんだ?」
隠すようなことではないので、素直にコアを壊しにきたと返す。
男は納得した表情になった。
「ああ、こんな場所の中ダンジョンに来るのはそんな目的くらいしかないか」
「こちらからも質問をいいですか」
「なんだい」
「なんでこんな人里離れたところで鍛錬なんかしているんですか? 大ダンジョンに行った方がいろいろと便利でしょう」
「まあ当然の疑問だな。だが事情があるとしか答えられない」
事情があるなら踏み込めないし、踏み込む気もない。
シーミンも追及する気はないようで黙ったままだ。
「じゃあいきなり襲ってきた理由は?」
「盗賊と間違えた。それに加えてそちらのお嬢さんはタナトスの一族だろう? 初めて感じるその気配に孫が早とちりしたんだ」
あちらも盗賊を警戒したのか。タナトスの気配に関しては俺はなんともいえないが、害のあるものと考えて動いたんだな。
十歳くらいの子の反応としては珍しいものだろうけど、なくはないのかな。
「そうですか。こちらとしてはこれ以上聞く気はないので、このままダンジョンに入ります」
「そうなるか。提案なんだが数ヶ月くらい待ってもらうことは可能だろうか」
「さすがにそんなに待てませんよ」
男はだよなと納得したように頷く。言ってみただけということなのだろう。
「では俺たちは行きます」
「ああ、無事コアを壊せることを祈っているよ」
男たちに見送られる形で、俺たちはダンジョンに足を踏み入れる。
入口の近くには男たちの荷物などがあった。雨避けに置いてあるんだろう。
しばらく進んで入口から十分離れた頃、シーミンが口を開いた。
「あの子、十歳くらいにしては強かったわ」
「動きは良かったね」
「頑丈さもそれなりのものよ。咄嗟の攻撃とはいえ、私の攻撃を受けて痛そうなそぶりもみせなかった」
「そういえば」
睨んでくる表情に痛みといったものは見えなかった。
「あの強さは鍛えてどうにかなるものなのかしら。いえ鍛えたら誰でも到達できるのだけど、あの年齢で到達できるかどうかがわからない」
「子供の頃からダンジョンに入って鍛えるというのは、珍しいことかもしれないけどありえるんじゃない?」
「ありえるかもしれない。でも推奨はされていない」
「どうして」
「体が出来上がる前にモンスターと戦っていくと、成長に異常がでやすくなるんだとか。身長が伸びなかったり、力の増加量が少なくなったり」
「そんなことがあるのか」
「ほかにも小ダンジョンで二回コアを壊して限界を超える前に、中ダンジョンでコアを壊して限界を超えようとすると、強くなりにくくなるという話もある」
コア関連にそんな話があったのか。一足飛びに限界を超えたいという思いはわからなくもないけど、横着すればその報いがあるんだな。
「そこらへんの話を知っていても、今から鍛えていく必要があるのかしら」
「知らないだけかもよ」
「その可能性もあるけど、知っていてもなお鍛えているなら、そこらへんに話せなかった事情がからんでくるのでしょうね」
「シーミンは彼らの事情が気になる?」
「少しだけね。積極的に関わっていこうとは思っていないわ」
「俺は遠慮したいかな」
「なにか嫌な予感でもするのかしら」
「そんな感じかな。これまでのことを思うと、思いもしない厄介事が発生しかねない」
「あー、小ダンジョンに行ったらモンスターの大群がいたり、宝探しで魔物と遭遇したみたいに。それを聞くと興味が薄れるわね」
何事もないのが一番ねと彼らの話題を打ち切ることにしたようだ。
その後は散歩気分でどんどん先に進む。
出てくるモンスターに厄介なものはおらず、一撃で倒せるようなものばかりだ。六階まで進み、見つけた水場で野営することにする。
外ではそろそろ夕日が落ちる頃らしい。俺にはわからないけど、シーミンの経験と感覚的にほぼ間違いないようだ。
あの祖父と孫もここで野営したことがあるらしく、人のいた形跡がある。
「調理器具を出して、これも出しておこうかしらね」
言いながら荷車から出したものは小さな鐘だ。
「モンスターの接近を知らせる道具ってそれ?」
「そうよ。魔力を少し注げば、コーンという感じで鳴るわ」
「動物が近づいてきたときは静かなままなのか?」
「ええ、反応するのはモンスターだけ。まだ魔力は注がなくていいわね。ご飯を作りましょ。しばらく貧相なご飯になるわね」
「そうだな。俺もシーミンも料理上手じゃないしな」
昨日今日の移動でそこらへんは理解できた。
双方とも味覚はおかしくないので、丁寧に作れば不味いものはできないとわかっているのは幸いだろう。
「メニューは水溶き小麦粉を焼いたものとスープでいいかしら」
「いいぞ。それが一番失敗しないだろうし」
「どっちがどっちをやる?」
「今回は俺が焼くからスープを頼む。朝は俺がスープを作る」
わかったと頷いたシーミンは鍋に水を入れて、枯れ枝に魔法で火をつける。
俺も木のボウルに水と小麦粉を入れて、それを焼く前に止まる。
「薄焼きにチーズを入れてみようと思うけどどう思う?」
「いいんじゃないかしら 変な味にはならないだろうし」
了承をもらえたんで、スモークチーズを細かく切って一緒に入れる。
枯れ枝に火をつけて温めたフライパンに水溶き小麦粉を入れる。直系十五センチの薄焼きを四枚作り、木の皿に載せた。
スープの方はまだできていないので、フライパンを洗って片付ける。
スープはスープの素に近いものが町で売っているので、それに塩コショウというのが基本だ。拘る人はいろいろと調味料を持ちこむのだろうけど、俺たちにはそこまでできない。スープの素に少しだけ別のものを混ぜて味を変えるのが精一杯だ。
具はジャガイモとベーコンのようだった。明日の朝はその二つは避けて、玉ねぎでいいかな。
そんなことを考えつつ、モンスターの見張りを行う。
出来上がった互いの料理は、可もなく不可もなくといった無難なものだった。失敗していないのだからよしとして、皿などを洗う。
「ダンジョン内に綺麗で飲める水があるのは助かるよな」
「そうね。これまで何人もの冒険者が同じことを思ったでしょうね」
「三十階以降の水は薬作りとかにも使えると聞いたよ。ダンジョンの中にあるだけあって、特殊な効果を持つんだな。百階の水とか飲むだけで風邪くらいは治りそうじゃないか?」
「それだけ深いところの水だと特別な効果がありそうよね」
そんなことを話しつつ片付けを終える。
武具の手入れをしたり、体をふいたり、会話して時間を潰し、眠くなってきたら毛布を地面に敷いて寝転ぶ。
話している間も、モンスター接近を知らせる鐘はたまに音を鳴らしていた。この音の大きさなら寝ていても起きることができるだろう。
その考えは当たり、夜中に何度か起きてモンスターを追い払うことになった。おかげで朝になってもいまいち調子がでなかった。
「睡眠時間は足りているんだろうけど、どうにも熟睡したって感じが」
スープを作っている鍋をかき混ぜつつ言う。
「そのうち慣れるわ。私も最初はそうだったけど、起きるための練習を何度かしたら慣れてきた。慣れるだけで調子は若干下がっているんだけどね」
「一度あの鐘を止めて、交代で見張ってがっつり眠った方がいいのかな」
「厄介なモンスターがいたらそうした方がいいかもね」
話しながら朝食を作って、食べ終えて、出発準備を整える。
どんどん先に進んでいく。これまでと同じく出てくるモンスターに厄介なものはいなかった。インプのように魔法を使ってくるモンスターもいたが、空を飛んでおらず一直線に氷の塊を飛ばしてくるだけなので、たいして問題にならなかった。
一日で十二階分進み、この調子ならば明後日にはコアに到着できるだろうと話しながら野営の準備を進めていった。
次の日は体力温存のためゆっくりめで行こうと決めて、九階分進んで野営をする。
そしてさらに次の日、俺たちは三十階に到着する。
広い部屋の入口から中を観察する。
小ダンジョンのコアよりも大きなコアがある。その周辺をモンスターがうろついていた。
うろついているのはリザードマンだった。
「あれはリザードマンに特徴が似てるけど、あってる?」
「あってるけど、少しだけ特殊なやつらだ。通常のリザードマンなら緑色系統だけど、あれは色が違う」
うろついているのは黄土色のリザードマンだ。
ゲームにはあの色は出てこなかった。でも赤や黒のリザードマンは出てきた。それらの特徴は火や毒を吐くといったものだ。
それに照らし合わせると土か砂でも吐くんじゃないだろうか。
これらの情報を伝えると、シーミンはなるほどと頷く。
「吐いてぶつけてくるのがメインかしら。目潰しに使ってこられると厄介かもね」
「三十階のモンスターと視界が悪い状態で戦うのはちょっと厳しそうだ。注意しておこう」
強さはバトルコングに近いものがあるはずで、あれらの攻撃は俺たちに確かなダメージを与えてくるはずだ。
適正階よりも下のモンスターと油断していたら痛い目をみるだろうな。
ここまで順調にきているし、最後にしくじりたくない。
「魔力活性を使ってから突っ込むとするよ」
「私もそうするわ」
二人で魔力活性を使い、荷物を置いて部屋に駆け込む。
感想と誤字指摘ありがとうございます




