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66 ピクニック 3

 戦闘の話にひと段落ついたと判断したハスファが口を開く。


「ゆっくりするために来たんだし、ダンジョンのことはそこまでにして、ほかの日常的なことについて話しませんか。さっきギターに触れるかもって言ってましたけど、買うって決めてあるんですか?」

「まだ買わないかな。文字の習得を終えて時間ができたらって感じ」

「文字はどこまで覚えたの?」

「寝る前に少しずつやっていっているよ。簡単な文章なら書けるし、読める。あとは単語を覚えていけば、日常生活での読み書きは問題なくなると思う」


 今書けるのは『きょうはシチューがおいしかったです』とか『モンスターのこうげきがいたかったです』といった箇条書きだ。これで十分伝えたいことはわかるだろうから一般人相手なら問題ない。書類を作ってくれとか言われたら無理だ。


「単語なら私が今度書いていきましょうか」

「私も書くよ」

「二人ともありがとう。紙とかの代金と報酬は払うよ」


 代金の方は受け取るということだったけど、報酬はいらないそうだ。


「だったら紹介してもらった料理で美味しかったものを二人のところに持っていこうかね」

「美味しいもの食べられるのは嬉しいのですけど、教会に持ち込むのはちょっと」

「外部からの食べ物持ち込みは禁止?」

「そうではなく、私だけ食べるのは皆からの注目が」

「だったら宿に来たときに食べられるようにしようか。俺の部屋なら見られることもない」


 それならとハスファは頷く。


「私は家に持ってきてもいいけど、どうせならお金を払うから全員が食べられる量を用意してもらえない? お店の料理は皆興味を示すと思うのよ」

「わかったよ」


 何人分が必要か聞いて、今度持っていくことを約束する。

 どこのどんなものが美味しかったのか聞かれて、それに答えていく。

 残りの料理も食べて、マドレーヌも食べて、そろそろ帰る時間がやってくる。


「途中で嫌なことがあったけど楽しかった」


 シーミンが片付けながら言う。

 笑顔だし本心から言っているんだろう。


「その感想が聞けたなら来て良かったと思えます」

「そうだな。あとは何事もなく家に帰れたらめでたしめでたしかな」


 あの女たちがやらかしていたら町の入口でひと悶着あるかもしれない。さてどうなるか、穏便にいくかな。

 片付けを終えて、町へと戻る。

 門番をしていた兵に止められるようなことなく町に入ることができて、そのまま別れることになった。


 ◇

 

 デッサたちと別れたシーミンは今日一日を振り返りつつ歩く。近くを歩く町の住民がシーミンを見て、避けるように動くが今のシーミンは気にならない。

 嫌なことはあったけれども、それを上回る良いこともあった。自然と表情は緩み、上機嫌だとわかる雰囲気で家に到着する。

 ただいまと言ってリビングに向かう。

 リビングのテーブルに小鍋や皿などを出していくシーミンに、微笑みを浮かべた母親が近づく。


「おかえり。楽しかったようね」

「わかるの?」

「表情が柔らかいし、雰囲気も明るいもの。今にも鼻歌を歌いそうな感じよ」

「そこまでじゃない、はず」


 片付けの手を止めて片手で自身の顔に触れる。

 母親は片付けを手伝いながら今日一日なにがあったのか聞く。


「予定通り花を見ていって、二番目に決めた場所に行ったら嫌なことがあった。タナトスは町から出ていけとかそういったことを言ってくる人がいた」

「それはあまりな物言いね」

「うん。でもそれにハスファとデッサが怒って言い返してくれた。そのあとも沈んでいた私を励ましてくれて、デッサは友達になってくれるって。友達になってほしいって頼んだら、いいよって言ってもらえた」

「それは良かったわね。でも友達という部分は今更って思いがしなくもないわ」


 母親から見てもデッサとはすでに友人付き合いしているという認識だったのだ。


「デッサにも言われた」

「まあ、友人が増えたことは喜べることよね」

「うん。それで二番目に行ったところからヒマワリを見に行って、そこで色々と話したの」

「色々って?」

「ダンジョンの話とか、趣味のこととか美味しいお店とか。今度デッサが食べ歩きで美味しいと思ったお店の料理をもってきてくれるって。家族の分も頼んだらいいよって言ってくれたわ」

「それは楽しみ」

「食べ歩き以外の趣味の話でデッサが楽器を扱うかもしれないって言って、どんな曲を知っているのか口笛で聞かせてもらったりもした。色々な曲を知っていたわ。本当に楽しいピクニックだった」


 うんうんと母親は頷く。嫌なことはあってもそれが吹き飛ぶくらい楽しい思い出を作ってきた娘の姿が喜ばしい。

 こんな姿を見せてくれたハスファとデッサに心の中で感謝を向ける。

 このまま良い友達でいてほしいと願いつつ、昼に聞いた口笛を口ずさむ娘を見て、大丈夫だろうと思う。

 勘の鋭い娘が信じているので、母親も信じるに足ると思えたのだ。


 ◇


 ちょっとしたことが起きたのは翌日だ。

 ダンジョンで手に入れた魔晶の欠片を売るためゴーアヘッドに行くと職員に手招きされた。


「なにか用事ですか」

「話したいことがあります。個室で話したいのですが、お時間は大丈夫でしょうか」

「大丈夫ですよ」


 心当たりは昨日のことくらいだ。

 厳しい雰囲気はないし、説教じゃないはず。

 個室に入り、椅子に座って、職員は時間をとってくれたことの礼を言って本題に入る。


「まずは、昨日クレームが入りました」


 まずはということは複数の用事があったのか。


「女の冒険者たちですかね」

「ええ、その通りです。心当たりがあるのですね」

「ありますけど、俺は悪いとは思ってないですよ」

「こちらとしてもあの内容なら当事者同士で解決してくださいというものでしたね」

「どんなことを言ってました?」


 一方的に悪口を言われた、採取場から出ていけと脅された、と職員は苦笑しながら言う。


「どうしてそんなことを言われる状況になったのか詳細を聞いてみたところ、口ごもって言いづらそうにしましてね。これは都合が悪いことがあって、怒りに任せて大袈裟に言っているだけだなと判断しました」

「よく見抜けますね」

「こういったことは珍しいことではありませんから」


 たぶん似たようなクレームとかが何件も入っているんだなぁ。


「それに関してこちらから言えることは、あまり同業と衝突しないでくださいねという軽い注意ですね」

「昨日の件は向こうからつっかかってこなければ、近寄ることすらしなかったんですけどね。ですが、できるだけ問題を起こさないように気をつけます。ちなみにあの冒険者たちがクレームを入れた相手が俺だとどうやって判断したんです?」

「タナトスの一族と付き合いのある冒険者はあなたくらいですし」


 わかりやすいヒントがあったんだな。

 

「これについてはここまでとして、次にいきましょう」


 あっさりと次に行く。本当に軽い注意だけを目的としていたようだ。


「ほかにどんな用事があるのかわかりませんね」

「注意とかではなく、心配というか不安というか。無理をしていないかと聞きたかったのですよ」

「無理ですか?」

「はい。あなたが持ち込む魔晶の欠片の質が突然跳ね上がったという報告が入ってきています。お金目当てに適正以上の階で戦っていないかと上司と話したのです。無理をしていないか確認したいのですよ」

「なるほど……しかし個人が売る魔晶の欠片の質まで把握しているものなんですね」


 ここを利用する冒険者の数は多い。それら全ての行動を把握しているならすごいことだ。


「ここを利用する全員の売るものを把握しているわけではないのです。有望とみなした冒険者の動きに注目しているのですよ」

「有望?」

「ええ、あなたがダンジョンを進む速度は早い。大怪我して進行速度が落ちることもない。才があるとみなして注目するには十分です」

「たしかに早いとは思うけど、それは依頼を受けずにいるからじゃないですかね」

「そういった面もありますが、それだけではない速度ですよ」

「初期費用とやる気があれば、似たようなことになると思うんですけどね」

「それもまた事実でしょう。ですが最近は異常だと思えますよ」

「あー、うん、最近はまあ、そうでしょうねとしか言えないな。少し前に町の外で大物を倒して強くなったんですよ。そのおかげですね、そのときに無茶はしましたが、今は無茶をしていませんよ」


 職員は首を傾げる。


「外で大物が出たという報告は入ってきていませんが」

「その大物は大暴れしたわけじゃないですからね。洞窟の奥底にいて、そこで遭遇しちゃったんですよ。通常の手段じゃどうやっても倒せなくて、洞窟を壊して、崩落に巻き込んでどうにかしました」

「そんなことが。逃げることはできなかったんですか? 倒せないものと無理に戦うのは感心しませんよ」

「逃げられたら逃げてました。出口が足場の悪い細く長い上り坂で、すぐに追いつかれる状況だったんです」


 状況を想像したのか職員は納得したように頷く。


「生き残るにはどうにかして倒す必要があり、崩落という手段をとってなんとかでした。そんな強いやつを倒したんだから得られるものも大きかったわけです」

「納得しました。その洞窟は採取などで使われているものですか? もしそうならその付近は地面が崩れる可能性があって危ないので近づかないように知らせる必要があるのですが」

「採取用ではなかったですね。入口は隠れていてここ最近で踏み込んだ人はゼロだと同行者が言っていました」

「同行者がいたんですか。あなたは一人で行動することがほとんどだと聞いています。珍しいですね」

「ちょっとしたことで知り合った人たちの宝探しに同行したんですよ」

「なるほど、宝探しの末にモンスターと遭遇ですか。ついてなかったですね」

「遭遇自体は運が悪かったですが、宝はありましたから楽しい思い出もありましたよ」


 あったんですかと職員は目を丸くする。


「宝探しは空振りで終わることが珍しくないのですよ」

「その宝のほとんどは崩落に巻き込まれて地の底ですけどね」

「あー、それはなんというか、同行していた人たちは掘り返すつもりでしょうか」

「そのつもりはないみたいですね。掘り返す費用と手に入る宝が釣り合っているかどうかわからないらしくて」


 ほっとした様子で職員は頷く。


「専門家でなければ手を出さない方がいいです。崩落で大地のバランスが崩れていて、素人が手を出すとまた崩落ということになるでしょうね」

「そんな危ないことをやるよりも、次の宝を探す方がいいと同行者たちは言っていました。俺もそう思います」

「それがいいです」

「話を強くなったことに戻しますね。強くなって、宝探しで手に入ったお金を使って武具を更新して、適正の階へといっきに進んだので速度が異常ということになりました」

「理解しました。珍しいことではありますが、そういった流れならばありえそうだと納得です」


 職員が言うように珍しいことではあるけど、一応順序立てて説明できるからな。

 

「現状無理はしていないということで安心しました」

「俺がお金のために無理をしていることを疑っていましたけど、それが事実ならどうなっていたんでしょ」

「後ろ暗い事情がなくてお金に困っているなら、ギルドから所属を条件に無利子で借金の提案をしていました」


 有望ってみなされているみたいだし、囲い込むつもりだったんだなー。

 

「ちなみにギルドの勧誘をしたら入るつもりはありますか」

「今のところはありませんね」


 ギルドに入ったら今みたいに鍛え続けることができないかもしれないし、入ろうとは思わない。

 拒否という返答がわかっていたのだろう。職員に落胆の様子はない。


「なにか困ったことがあれば相談してください。問題を解決したからといって加入しなければならないということもありません。冒険者の手助けがこのギルドの理念ですからね」

「そのときは相談させていただきます」


 困りごとがないのが一番なんだけどと思いつつ個室から出る。

 あのときの女冒険者に待ち伏せされているということもなく、ギルドから出て宿に帰る。

感想と誤字指摘ありがとうございます

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― 新着の感想 ―
[一言] あー、タナトスの一族ですと美味しい店、料理って情報があってもすんなり行ったり出来ませんからねえ 下手な報酬よりもそういう物の方が喜ばれるんでしょうねえ 遠くに行った際のお土産とかも喜ばれそう…
[一言] クレーム入れるなんて馬鹿な奴等やね。 詳細を知られたら逆に説教される内容ですわ。
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