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65 ピクニック 2

 百合が咲いてたところから五分ほど離れて、あの冒険者たちの姿も見えなくなる。

 そんなときシーミンが足を止めた。


「どうしたよ」

「解散した方がいい」


 顔を伏せたままシーミンが言う。


「どうしてそう思ったんです?」

「だって私といたら楽しめない。あの人たちが言っていたように嫌われ者となんて一緒にいない方がいい」


 俺とハスファは同時に溜息を吐く。

 ハスファは両手でシーミンの顔を掴んで自分の方を向かせて、俺はそのシーミンの後頭部を軽く叩く。


「え? なに?」

「あれらは他人。私たちは友人。どっちの言葉を受け入れるんですか」


 今のハスファはさきほどと同じ怒りの感情を発しているが、柔らかいものも混ざった怖さのない表情で真剣にシーミンを見ている。


「そうだぞ、あれらの言うことはあきらかにおかしい。そんな言葉を受け入れなくてもいいんだ。あれらの主張が一般的なら、タナトスの一族はもっとひどいことになっているだろうさ。でも実際は避けられるくらいだろ」

「避けられるのもどうかと思いますが、事実それくらいです。拒絶まではされていないでしょ? 私を含めてほとんどの住民は苦手意識を持っているだけで、嫌っているわけではありません。嫌われているなら町での生活はできません」


 嫌われているなら買い物にも苦労するだろうしな。

 今朝買い物をするときも露店の主たちは腰が引けていたもの、品を売ることに拒否感はなかった。

 それを口に出すとハスファもそうだと同意してくる。


「シーミンのお母さんが言っていた。お前は勘が鋭くて、人の考えを見抜ける。そのせいでほかのタナトスの人たちよりも他者からの感情に過敏になるんだろう。気にしすぎなんだよ。もっと図太く生きていい。あれらみたいのになにを言われても自分の人生に無関係な人の発言だと聞き流せばいい。事実あれらがシーミンの人生において役立つことなんてないだろうし。できの悪い人形が喋っているだけと聞き流せ」

「人形というのは言い過ぎでしょうけどね。でも関わることに害はあっても利はない。聞き流せばいいという部分には同意する。あなたはあなたが大事に思っている人たちの言葉を大切に抱えていく方がいい。コミュニケーションの否定と思うかもしれないけど、あなたは繊細だから多くの人に関わると余計に傷つくと思う」

「……」

「あなたはどう生きたい? どう過ごしていきたい? 私はあなたが今みたいに沈んでいるよりも、笑ってもらいたい」


 シーミンはいまだ顔を掴む手に自身の手を重ねる。

 不安の残る表情で望みを口にする。


「と、友達と一緒にいたい。楽しく過ごしたい」


 ハスファはその言葉を聞いて微笑みを浮かべる。


「それでいいの。誰にでもそれは当たり前に与えられること。享受していいものなの。それを望むことは悪いことじゃない。シーミンがそれを望んでくれると私も嬉しいわ」


 シーミンの表情も少し歪ながら笑みへと変わる。

 笑い合う二人を見て、てえてえとはこういうことかと思う。

 ハスファが手を放し、シーミンはこっち見てくる。


「あの」

「なに?」

「ええとその、お願いを今使っていい?」

「お願い?……あ、そんなのもあったな」


 最初はなにを願うのか聞くためにタナトスの家に行っていたんだよな。

 いいぞと頷く。この流れでおかしな願いはしないだろう。


「その、えっとね……友達になってくれる?」

「……」


 無言で見返す。

 俺がなにも喋らないことにシーミンは不安になったのか、表情が泣きそうなものへと徐々に変化していく。

 それを見てハスファはなにか言えと俺の横腹を突く。


「ああ、ごめんごめん。なんというか既に友達気分で接していたから、いまさらそれを願うのかって」

「そうね、私もあなたとデッサさんは友達だと思っていたわ」


 そもそも友達と思っているから、こういったお出かけに誘っているわけだしな。


「確認するけど、願いがそれでいいのか?」

「うん」

「わかった。友達だ。誰がなんと言おうと俺とシーミンは友達だ。この先喧嘩もするかもしれない、一時的に離れ離れになるかもしれない。でもよほどのことがなければ絶交はしない、約束だ」


 手を差し出し、それをシーミンが握り返す。

 熱っ。ほんの一瞬だけ胸が熱かった。そこは呪いをかけられた部分だ。修正中のミスか?

 まあ今はそれよりも友達となって喜んでいるシーミンを優先だな。


「それじゃヒマワリを見にいこう」

「うん。ハスファ?」


 頷いたシーミンが不思議そうにハスファを見る。

 俺もそちらを見ると、反対側の手をハスファが握っていた。


「私も友達だからね。このままいきましょ。こんなふうに歩くのは久しぶり」


 誰かに見られると少し恥ずかしいが、シーミンが喜んでいるし仕方ないか。

しかし出発前になにか起こるかもとシーミンが言っていたけど、こういったことが起きるのは予想外だったな。野犬やモンスターと遭遇する方がまだましだった。悪意との遭遇なんて喜ぶ人いないだろ。

 三人で手を繋いだまま歩き出す。幸いと言っていいのか、誰かと遭遇することなく遠くにヒマワリが見えてきた。

 小さな丘があり、ヒマワリがあちこちに咲いていて、風に揺れている。丘のそばには小川が流れていた。


「やっぱり夏といえばヒマワリだな」

「そうですね」「うん、そうね」


 どれも太陽を見上げるように元気に咲いている様子は、見ていてこっちも元気になれるような気がする。

 ハスファもシーミンも少しばかり見入っていた。

 小川の近くまで移動し、荷物を下ろし、ゴザを広げる。

 シーミンは荷物から小鍋と五徳を取り出す。小川の水を汲み、五徳の上に小鍋を置くと、固形燃料に火をつける。

 俺とハスファも買ってきたものや持ってきたものを広げていく。

 

「冷めたものを温めるから、木皿にまとめてくれる?」


 シーミンが置いた皿に屋台で買った肉串といったものを置く。

 それにシーミンが火の魔属道具を用いて魔法を使う。


「どうぞ」

「ありがとう」


 さっそく肉串を取り、かじりつく。出来立てほどではないけど、十分に美味い。

 ある程度腹が満たされるまで食べていき、落ち着くとペースを落とす。


「屋内で食べるのとまた違った美味さがあるな。なんでだろう」

「どうしてでしょうね」

「わからないけど、美味しいからいいのよ」

「理由はわからないし、それでいいか。そういや美味しいと言えば」


 ルガーダさんたちに連れていったもらった店について話していく。


「あちこち行っているのね。私は家で食べるからそういった店のことはわからないわ」

「私もあまり店に行くということはしませんね。食べ歩きが趣味ですか?」

「趣味か、そうといえるかも。これまで明確に趣味といえるものがなかったから趣味ということにしとこうか。二人は趣味といえるものはあるのか?」

「私は詩を読んだり、花の活け方を拘ってみたり、屋内でできるものを趣味にしている」


 シーミンたちは屋外に行くと避けられたりするから屋内や敷地内でできることが趣味になっていくんだろう。


「私は教会の花壇で花を育てていたり、聖歌隊の歌を聞きにいきますね。デッサさんは食べ歩き以外に趣味にしたいと思うものはあるんですか」

「ギターを弾こうかなと思っていたけど、結局まだ手を出してないな」

「ギターを扱えるの?」

「基本は習ったよ」


 学校で触れる機会があって、その後初心者用のギターを買って、動画とかで調べながら遊んでいた。


「へー、どんな曲が弾けるのかしら」

「そうだな」


 弾けるものを口笛で再現する。それが終わると拍手されたんで、別の曲も口笛で再現していく。

 それはゲーム内の草原で流れる曲で、ギターで弾けないものだ。野外にいるからちょうどいいと思って選んだのだ。

 

「なんというかこの場所に合った感じがしますね」

「うん、しっくりくるものがあった」

「感受性が高いというかなんというか。その感覚は合ってるよ。今の曲は野外をイメージして作られたんだ」

「ほかにどんな曲があるの?」

「そうだな。町の中とか教会の中とかダンジョンの中、そういったものがあるね」

「教会ですか、知っているものでしょうか」


 聞きたそうだから披露しよう。

 パイプオルガンみたいな音で流れていた曲だから口笛だと物足りないものがあるだろうけど、そこは勘弁してもらいたい。

 口笛を吹き始めてハスファは心当たりがあるような表情を浮かべた。ゲームと同じような曲が作られたんだろうか?


「聞いたことあった?」

「はい。教会本山に所属する楽団がミストーレに来たことがあるんです。そのときに披露していただけた曲の一つ。古い曲だと夜主長様に聞いたことがあります」


 これが作られているってことは、ほかの曲も作られているかもな。

 ダンジョンの曲、王城の曲といったものを吹いて喉が渇いたのでお茶を飲む。


「いろいろと知っているのね」

「まだまだ披露できるけど、また別の機会ということにしてくれ。ゆっくりするために来たんだしな」

「そうね。近々中ダンジョンだし、ゆっくりできるときにゆっくりしましょ」

「シーミン、町の外に行くの?」

「うん。小ダンジョンで鍛えられる限界が近づいてきたから。デッサも一緒よ」

「デッサさんも? 私は冒険者に詳しいわけじゃないけど、それでも早いような?」

「普通ならね。でもデッサは尋常じゃないペースで鍛えているし、この前の宝探しでいっきに強くなったから一緒に行けるくらいになったの」

「危ない目にあったとは聞いてましたが、シーミンに追いつけるくらいになったんですか。無茶はしないでくださいね」


 呆れたという視線を向けられる。


「アクシデントが向こうからやってくるのが悪いと言わせてもらいたい。それと追いついたのは身体能力や魔力だけで、技術や判断力はまだぜんぜんだ。そこらへんは時間をかけるか、センスが必要になってくるし」

 

 ダンジョンっていう荒事関連に話が移ったし、魔力活性の先を試してみたか聞いてみるか。

 

「この前話した魔力活性の先を試してみた? 俺はやってみたらわりと便利だったよ。バトルコングを一撃だった」

「私も含めて試してみたわ。でも聞いていたとおり、気分が悪くなる人がほとんどだった。デッサは気分が悪いまま使ったの? あのまま戦うのは危険よ」

「危ないことをしたんですか?」

「宿で事前に試して問題ないとわかってからダンジョンで使ったから、危ないことじゃないよ」

「本当にですか」

「俺だって進んで命を危険にさらすことはしない。使い物にならないなら使わないよ」


 ちゃんと本心からそう言っているとわかってもらえたようで、ハスファは疑うことをやめる。

 シーミンは疑いというより、不思議そうに気分が悪くならなかったのか聞いてくる。当然の疑問だろう。俺だって気分が悪くなると思っていたんだし。


「魔力を増幅の道具から体内に戻したとき、異物感はあった。でも体調が崩れることはなかったんだ」

「魔力活性を習得してどれくらいだっけ?」

「半年もたってない。なんで平気なのか考えて、戻した魔力は魂に影響を与えるのかって推測した。俺はシールを使わずに戦っているだろ。それで魂へのダメージに慣れや耐性ができていて、戻した魔力の影響を受けにくいのかって思っている」

「なるほど。ほかに理由は思いつく?」

「最初はファードさんがおおげさに伝えてきたと思った。でもシーミンたちも気分が悪くなっているならその線は消える。次に魔力活性そのものに才能があるのかと思ったけど、それなら魔力活性の得意分野もすぐにわかるはずだろう? でも俺はまだわかっていない。だからその線も消したんだ」

「それで残ったのが、浸食ダメージへの耐性という線なのね」


 外れた推測とは思っていないようで、小さく頷いている。


「魔力活性の先を使いこなそうと思ったら、魔力活性を鍛えていくか、シールなしで戦って浸食への耐性を得る。この二通りなのかしらね」

「まだまだ探り始めたばかりの技術だから仮定でしかない。魔力活性を鍛えるというのは当たっているかなと思うけど、浸食へのアプローチは外れている可能性がある」

「でしょうね。ちなみに使ってみてどうだった?」

「バトルコング相手だと過剰だった。魔力活性でも十分すぎる。護符なし魔力活性なしでもなんとかなったし。俺に適した階はもっと上で、こんな俺が使ってその威力になる。使い方は普段通り全体を強化という感じ。得意分野がはっきりしている人だったらもっと威力があるのかもしれない」

「気分が悪くなる以外で、欠点はあるのかしら」

「俺は魔力の移動で手間取ったというか時間をかけた。使うなら戦闘前で、戦闘中に使うのは無理。魔力消費は当然魔力活性よりも多いけど、過剰活性よりはだいぶ使いやすい。反動もないしね」


 魔力活性の先を覚えたから過剰活性はもう使わないだろう……いやすぐに力を欲した場合は過剰活性を使うかも。今のところ発動の早さは過剰活性の方だし。


「過剰活性よりも使いやすいのはありがたいわね。私は気分が悪くなるせいで使えないんだけど。魔力の移動は練習すればスムーズになっていくと思う」

「寝る前に練習するよ」

「それがいいわ。使える技術はしっかりと伸ばしておいた方がいい。特にあなたはハプニングに遭遇することが多いし」


 そうだなと頷かされる。

感想ありがとうございます

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― 新着の感想 ―
[一言] 魂レベルでしっくり来てたんだろうなあ草原の曲 教会や王城みたいな人が関わってそうな場所の曲はなんらかの形で伝わってそうですね
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