62 帰還 2
「ここまでは順調そのものね」
「そうだな。宝の近くには骨があって、それが動き出した」
「スケルトン? ダンジョン以外にもいるのね」
そんなこともあるのねと言いつつシーミンはお茶を飲むためカップを口に持っていく。
「それがただのスケルトンじゃなくて、魔物だったよ」
お茶が散った。
驚いたシーミンが飲もうとしたお茶に思いっきり息を吹きかけたのだ。
顔や床に飛び散ったお茶を気にせず、目を丸くして俺を見てくる。
「……え? 魔物って言った?」
「言った」
「冗談?」
「だったらよかったね」
「な、なんで生きてるの? 魔物に遭遇したんでしょ?」
本当に目の前にいるのか確かめるためなんだろう、俺に手を伸ばし体に触れてくる。
「ジケイルさんたちと協力してなんとか倒せたから」
「逃げたと言われた方がまだ納得できるんだけど」
「さっきも言ったけど穴が狭くて走れるようなところじゃなかったから、逃げようにも逃げられなかったんだよ」
どうやって倒したのか聞かれて、崩落に巻き込んだと簡潔に答える。
「倒せたのはいいけど、洞窟自体にもダメージがいって、落ち着いて宝の回収をできる状態じゃなくなった。俺は過剰活性のせいで気絶していたしね。そんなわけでジケイルさんたちは宝の一部を回収して、崩落に巻まれないように急いで脱出したんだよ」
「やっぱりあなたは運が悪いわよ」
「今回はジケイルさんたちの運の悪さに巻き込まれた形だと思うんだけど」
「そんな人たちに関わったんだし、運が悪いってことにかわりないわ」
呆れたように言いつつ、ハンカチで顔を濡らしたお茶をふき、床のお茶もふいていく。
「それで続きなんだけど」
「まだなにかあるの?」
シーミンはハンカチをテーブルの端に置いて座り直す。どんな話か、少し警戒しているな。
「悪い話じゃないから安心していいよ。魔物を倒して強くなったんで、中ダンジョンに挑めるくらいにはなったんだ。だから一緒に行かない? 以前誘われて、その後シーミンが中ダンジョンに挑んだって話を聞いてなかったし、一緒に行けると思ったんだけど」
「あ、そうよね。そんな大物を倒したならいっきに強くなる」
言いながらじっと俺を見てくる。すぐに表情が嬉しそうなものへと変化した。
「行く! 私も強さ的に問題ないはずだから。母さんを呼んでくる!」
そう言うとシーミンは急いで部屋を出ていった。
なんで母親を呼んでくるんだろう? 経験者にどんなところか聞きたかったのかな。
そう時間をかけずに、シーミンは母親と戻ってきた。
「この子があなたと中ダンジョンに行くとか言っているんだけど、まだ早いのではないかしら」
中ダンジョンに一緒に行くとだけ伝えて、魔物を倒したことは伝えてないっぽいな。
「小ダンジョンでいける限界まではいってませんけど、そこに近いところまではいってるんですよ」
「本当に?」
「頂点会のトップが言うには、魔力の質と大きさが以前よりも大きくなってるそうで、そういったところからわかりませんか」
俺がそう言うと、母親はじっと観察するように見てくる。
「たしかにそんな気がしないでもない。でも私にはそれだけで実力を見抜くのは無理。実際に動いているところを見せてもらった方がわかると思う。庭で動きを見せてくれないかしら」
「いいですよ」
帰ってくるまで休養を優先して、日常生活以上の動きをしてなかったしちょうどいい。
三人で庭に出て、遊んでいた子たちに詫びて端によってもらう。
「ついでだし組む予定のシーミンに直接体感してもらいましょ。模擬戦の相手をお願いね。武器をとってくるから少し待ってて」
母親が武器を持ってくるまで、柔軟体操を行い体をほぐす。
母親が持ってきたものは練習で使う木製の大鎌と木剣だ。
それぞれ受け取り、軽く振って使い心地を確かめる。
「そろそろ始めるわ」
母親に促されて、向かい合う。
「こうして模擬戦といっても戦うことになるとは」
「私としては五階で苦戦していたデッサが、もうここまできたのが驚きよ」
まあそうだよね。あのときはかなり上にいると思っていた存在に身体能力だけとはいえ迫っているのは、俺自身驚く。
「二人とも動きを見るためだから手加減はしなさいよ。開始!」
宣言を聞いて、まずは様子のためその場から動かずシーミンを見る。
シーミンも同じように考えたのか動かない。
今のうちに大鎌というものを考えてみよう。
シーミンが使っているところ以外は、ゲームとか漫画のキャラが使っているのを見たことがある程度だ。いやここの子供たちが素振りしていたのも見たか。
小回りはきかないと思うんだよな。大型の武器に属すると思うから。だから一撃の重さに注意して、接近して手数で攻めるべきかな。逆に距離をとるとリーチの差もあってこっちが手出しできなくなりそうだ。
もちろん大鎌の弱みはシーミンたちも理解しているだろうから、接近戦もやれるように鍛錬しているはず。それでも大鎌を持ったままだと動きは制限されるはず。
「シーミン、戦うことを躊躇ってないで攻めなさいな。模擬戦にならないでしょ」
母親の呆れたような言葉で、シーミンは図星といった感じで視線をわずかにそらす。
観察じゃなくて、遠慮といった感じで動かなかったかー。
「デッサ君、そっちから動いてくれる? さすがに攻撃しかけられたら対応するでしょうし」
「わかりました。そう言うわけで行くぞ」
経験面では俺の方が下だし、危うげなく対応してくれるはずだ。
地面を踏み込み、いっきに前に出る。
思った以上に速度が出た。それに意識もついていっている。
対するシーミンは驚いたように急いで鎌の柄を持ち上げる。
そこに剣を叩きつける。
柄を通して伝わる振動に、シーミンは小さく呻く。
「次々行くぞ!」
そう言って剣を振ると、シーミンは下がりながら鎌を横に振る。
しゃがんで避けて、立ち上がるとシーミンは構えをとっていた。そのまま動かないから後の先なんだろうかと思いつつ仕掛ける。
すると鎌が振られて、それを剣で受ける。足を止めた俺へとさらに鎌が迫る。
手加減されているおかげで、剣で弾いて対処できる。シーミン自身が弾かれる前提で攻撃しているのも、弾きが上手くいっている理由なんだろう。
互いに足を止めて、武器を振る形になる。
シーミンは鎌が弾かれた勢いを利用して、次の攻撃に繋げていく。鎌の一撃がどんどん速く重くなる。その鎌にシーミンが振り回されることはない。
(鎌のコントロールが上手いな。ずっと鎌を扱っていた成果なんだろね)
弾く方向を上手く誘導できたら、鎌を地面に突き刺して止めるなんてこともできるかもしれない。でも今の俺にはそんな技量はない。どんどん速くなっていく鎌を弾くので精一杯だ。
そうしてついに鎌の一撃に耐え切れず、逆にこっちの剣が押し返された。
鎌はそのまま俺の肩に当たる。それに気づいたシーミンは止めようとしたみたいだけど、止めきれなかったようだ。
「大丈夫!?」
鎌を手放し、心配そうに近づいてくる。
模擬戦はここまでかな。
「大丈夫大丈夫。止めようとしてくれたおかげで強く殴られた程度ですんでいる」
鎌が当たった方の肩を腕ごと動かして異常がないと示す。痛みはすぐに引いたし、異常を感じられないから本当に問題ない。
「中ダンジョンに行っても大丈夫ですかね」
「動けるのは確認できたし、大丈夫なはず」
俺とシーミンが母親を見ると、少しだけ悩んだ様子ながら頷く。
「二十階とかだとまったく問題ない動きだったし、大丈夫だと思いましょう」
やったというシーミンの小さな声が聞こえてきた。
浮かれた様子のシーミンを見て、母親は微笑ましそうにしつつも小さく溜息を吐く。
子供たちに庭を返して、リビングで話を続けることになる。
「シーミンは浮かれ過ぎてミスしないようにね。そこが心配よ」
「だ、大丈夫」
さっきの溜息はそれが原因かな。
本当かしらと首を傾げて母親は中ダンジョンについての話を始める。
「まずは中ダンジョンはどういったところか説明していきましょうか。小ダンジョンは階が三階から五階に変動するけど、中ダンジョンは三十階で固定。どう頑張っても一日じゃ踏破は無理だから、食料を持ち込む必要があるわ」
「中ダンジョンにも転送屋がいると聞いてますけど、彼らに二十階に連れていってもらえば大丈夫なのでは?」
「私たちが使うのは人里離れたところになるだろうからね。そこには転送屋はいないのよ」
「人里近くの中ダンジョンを使えない理由ってなんでしょう?」
「崩壊の緊急性がないものだと、兵たちが訓練に利用しているからね。壊していい中ダンジョンは人里離れたところになるの。ちなみに中ダンジョンを壊すのに国の許可が必要という話は知っている?」
「いえ、知りませんでした」
そんな決まりがあるのか。ゲームだと好きな時に好きなところに行ってたよ。
「小ダンジョンに比べて、中ダンジョンは数が少ないから、強くなろうしている人たちの取り合いになることがあるの。揉め事で血が流れることにもなりかねないし、国が中ダンジョンの場所を把握して、使用許可を出すということになった」
「もしかして許可がでるのって時間がかかります?」
「普通は役所に使用を求めて、ほかの人が使ってないか調べてって感じで十五日ほど時間を使うわね。もっと時間がかかることもある」
「普通は? 普通じゃない方法でもあるんですか」
「うちは特別というか、ほかの人から敬遠されているから、国がすぐに壊せるようにしてある場所が使えるのよ。そこに行ってうちとほかの人たちが互いに嫌な思いをしないようにって」
「あー、そういうことですか」
タナトスの一族のおかげですぐに中ダンジョンを使えてラッキーと思っておこう。
「中ダンジョンに入る話を続けるわね。出てくるモンスターは大ダンジョンと変わらないわ。一階のモンスターは弱くて、三十階のモンスターが一番強い。出てくるモンスターの強さも、大ダンジョンと同じ程度。違いがあるとしたら、ダンジョンができた場所に応じたモンスターが出現する傾向にある」
「海のそばにダンジョンができたら、魚とか蟹といったモンスターが多く出てくるということですか」
「そうね。その特製を利用することもある。たとえば鉱山にダンジョンができた場合、わざとダンジョン崩壊まで待ってモンスターたちをあふれさせる。そして素材を回収する魔法を使う。そうすると鉱山の産出量を超える鉱物が手に入る」
「おー、ダンジョンを上手く利用してますね」
ゲームには出てこなかった利用方法で、素直にすごいと思う。
「そういう人間側に有利なダンジョンは滅多にないのだけどね。どこにできたダンジョンなのかしっかり聞いておいて、どういう系統のモンスターがでるのか把握しておくのは大事よ」
「弱くても厄介なモンスターはいますからねぇ」
ここのダンジョンだと魔蛾の鱗粉なんかがわかりやすい例だろう。
ライアノックとザラノックの捕食関係も知らないと戸惑うことになるだろう。
ほかにも液体のモンスターで物理的な攻撃がほぼ効果をださないものとか、影に潜んで奇襲に特化したモンスターもいるしな。
液体の方は、なんらかの属性を付与する魔法や攻撃魔法が有効で、俺の場合は護符を持って行けばいい。影に潜む方は、松明や明かりの魔法で影を照らせば動けなくなっている黒い塊を見つけることができる。
「厄介なモンスターがいるなかで夜の番をしたりする必要もあるしね。デッサ君はモンスターの接近を知らせる道具は持っている?」
「あるのは知ってますけど見たことはありませんね」
センドルさんたちやジケイルさんたちはそういったものを使っていなかった。数日一緒に行動したのはその二組くらいで、彼らが使っていなかったから見る機会はなかったのだ。
「うちが使っているものを持っていきなさいな。使い方はシーミンが知っているから」
「注意点としては、それは絶対じゃないから気を抜きすぎないこと」
持ち主が言うならその通りなんだろう。でもあると助かるのも事実だ。野宿はまだまだ慣れていないし。
「ほかには荷物が多くなるから荷車を使った方がいいわ。これもうちから貸し出せる。念のためにハイポーションとか薬を準備すること。こっちは自分たちでお願い」
「いろいろと力を借りることになりますね」
「シーミンも行くのだから当然よ」
「行くのはシーミンだけなんですか? ほかにタナトスの一族で限界を超えたい人はいないんですかね」
「急ぎで鍛えたいって人はいなかったはず、小ダンジョンになら行っている子たちはいるんだけど」
二人だけで行くより、もう一人二人いた方が心強いのだけど、いないなら仕方ないな。
「中ダンジョンに関した話でまだ言っていなかったことがあるから話を戻すわ。人間に注意すること」
「人間にですか? さっきも言ったように取り合いで揉めるってことですかね」
「そうじゃなくて山賊とかが一時的な拠点として使っていることがあるの」
「ダンジョンを拠点に」
「一階ならモンスターは弱いし、人が来ない場所だと隠れ家として使えるのよ。自然崩壊までの時間も小ダンジョンに比べたら長いしね」
そう言われたら納得もできる。
「そういった連中はこっちを傷つけることに躊躇いがない。こっちが躊躇っているうちに殺されるなんてことになりかねないから、殺す気で攻撃しなさい」
「一応わかりましたと言っておきます。そのときになったらどう動くかわかりませんが」
その気でいるけど、実際そのときになったらやれるかどうか。
死にたくないし、向こうが殺気全開できたら気にせず戦えるかもしれない。
「可能性として知っておいてくれればそれでいいわ。それで出発はいつにするつもり?」
「明日明後日というつもりはないですね。少し休みたいし、急に強くなったんで、体を慣らすためにダンジョンにいくつもりです。あとはシーミン、ハスファも誘って町の外にピクニックでもいかない?」
「……なんでそんな提案するの?」
「俺が宝探しに行くって言ったとき羨ましそうにしていたから。だから休暇も兼ねて誘おうと思っていたんだよ」
「……そんな羨ましそうな顔していた?」
「見てわかる程度には顔に現れていたよ」
そう言うと恥ずかしそうに顔をそらす。
そんなシーミンを見た母親がクスクスと小さく笑う。
「どうする? 行きたくないならなかったことにするけど」
「行く」
即答だ。いまだ顔はそらしたままだけど、お出かけが楽しみなのか表情が緩んでもいる。
「どこか花が綺麗に咲いている場所を知ってる? 野生のひまわりとか今が見ごろなんじゃないかって思う。知らなかったらギルドで聞いてみるよ」
「たしかにひまわりは咲いているわ。ほかにも百合とかいくつか咲いているはず」
母親がおおよその方角を教えてくれる。
町の外へと気晴らしに行くのはタナトスの一族でもやっているらしく、どこにどのような花が咲いているのか把握しているそうだ。
花見のほかにはバードウォッチングや森林浴といったこともするらしい。
町の住民の視線から逃れられる外の方がゆっくりできるのかもしれない。
「このあとハスファに帰ってきたことを知らせに行くから、そのときに一緒に行くか、いつが休みか聞いてみる」
「お願い」
「だいたい話したかな……いやまだあった。魔力活性について話があったんだ」
「自分の得意分野について判明したという感じかしら」
推測してくる母親に違うと首を振る。
得意分野はまだわからない。鍛錬がまだまだ足りないってことなんだろう。魔力活性を使い始めてそこまで時間が経過していないし、無理もない。
「頂点会のトップと共同開発みたいなことになった技術があるんですよ。それをタナトスの一族にも伝えておこうと思いまして」
「なんでそんなことに?」
頂点会の関係者が誘拐されて、その繋がりでファードと面識を得て、話の流れで技術や技に関する話題が出たことを話す。
「そういった流れで、できるかどうかわからないものを話してみたら、関心を持ったようで実現に向けて試行錯誤してくれたんですよ。その結果、魔力活性の先ができあがったというわけです」
「簡単に話しているけど、これまでどれだけの人が求めたものなのか理解してる?」
「俺はアイデアを出しただけで、実現させたファードさんがすごいんですよ」
「アイデアを出せるだけでもすごいことなのよね。どんな技術ができたのかしら」
肉体と道具を使って魔力を循環させるものだと話すと、母親はなにかを思い返す仕草を見せる。
「……思い出した。それって魔法使いが目指したけど無理で机上の空論になっているやつじゃない」
「先に考えていた人はいたんですね。まあ、そりゃそうか」
「注目するところは机上の空論ってところだと思うのだけど」
シーミンが呆れたように言ってくる。
「そこもたしかに気になるけど、俺だけが考え付くわけじゃないんだなって再確認したんだよ。それで机上の空論ってどういうことなんですかね」
「魔法使いたちが考え付いて実行して失敗ということ何度も繰り返したと聞いているわ。その結果できないと思われている技術なのよね。戦士タイプじゃないと実現できないものなら、魔法使いたちがいくら努力しても無駄なはずだわ」
最近まで研究されていたものではないのかもしれない。それならファードさんも知っていた可能性があるだろうし。古い研究で知っている人の方が少ないんじゃないかな。
どんなふうに失敗していたのかシーミンが聞く。
「増幅して体内に魔力を戻しても、それの制御が不可能だったらしいわ」
「魔力活性の鍛練が未熟というか鍛錬年数が短い人だと気分が悪くなるそうですよ。今のところ問題ないのはファードさんくらいなんじゃないでしょうか」
「魔力活性をしっかりと鍛えてようやく使えるのね。基礎を鍛えて応用と考えたら、順序としては間違ってないわね」
「これは俺とファードさんの許可がなければ広めちゃダメだって決めてあるので、ここの一族のみで知識を留めてください」
「わかった、むやみに広めないように注意しておく。それでやり方なのだけど」
ファードさんから聞いたことを話していく。
タナトスの一族でもまずは安物の道具を使って、魔力を一往復だけさせて試行錯誤していくことにするそうだ。
その試行錯誤で、頂点会とは別の方向に進んでいったら面白いだろうな。
魔力活性の話にひと段落ついて、ダンジョンに出てくるモンスターについて聞くことにする。二十一階から三十一階までのモンスターの情報を聞き、今日のところはここらでお暇することにした。
シーミンと母親に別れを告げて、タナトスの家を出る。
感想と誤字指摘ありがとうございます