59 トレジャークエスト 6
「……よし。やろう」
レイリッドさんが呟く。なにか逆転の策を思いついたのか?
ファルマジスへと攻撃をしかけながら俺たちに声をかけてくる。
「二人とも、このままじゃ負ける。わかっているね?」
「ああ」「うん」
「だからどうにかしたいならば無茶をしなければいけない」
「なにをすればいい? 我はなにも思いつかない。レイリッドに従う」
「同じく」
俺は攻撃をしかけるのが精一杯で、ジケイルさんも同じだったんだろう。
「時間を稼いで。ケーシーに力を借りる」
「わかった。下がれ」
レイリッドさんが抜ければ苦しくなるとわかっているはずのジケイルさんは即座に言った。
「行ってください」
「二人ともありがと」
ファルマジスは下がるレイリッドさんに追撃しようと思えばできたはず。それをしないということは俺たちがなにしようと対処できる自信があるのだろう。
レイリッドさんが離脱し、ファルマジスの分散していた圧が増す。
このままではレイリッドさんがなにかする前に俺たちが倒れかねない。
「だったら俺も無茶をするとしようか」
「なにか手があるのかね?」
「初めてですけど過剰活性を使います。どれだけ持続できるかどうかわからないし、使ったあとは動けなくなるけど、使いどころはここでしょう」
「我もと言いたいところだが、二人ともすぐ倒れては意味はない。魔力活性のみを使うとする」
「ええ、それがいいです。というわけで魔力活性!」
状況的にはぴったりだろう。このままでは負けて死ぬことがほぼ確実で、死にたくないという思いが高まっている。
無茶してでも使わなければならないのだから、肉体からの制止などすぐに突破できるはずだ。
体に力が満ちる。いつもの感覚だ。これじゃ足りないっ。もっと、もっとだ。今ここで限界を超えろ!
「過剰っ活性っ」
限界と思われるところでさらに魔力を注ぎこんで、なにかが突き抜けた感覚を得た。体に力が満ちる。今の俺はこれまでより速く力強いと確信を持つ。
「行くぞ、ファルマジス!」
「こいっ。返り討ちにしてやろう」
過剰活性の俺と魔力活性のジケイルさんで、攻撃をしかけていく。
無理を通したおかげか、攻撃が当たる。ただの骨が鉄を叩いているかのように硬い。
どれだけ効いているのかさっぱりだけど、すべて避けられていたときに比べたら確実にダメージは入っているはずだ。
同時に体に大きな穴が開いたように魔力がどんどんなくなっているのもわかる。
確実に三分ももたないな、これ。ハイポーションで持続時間増やせないかな。
プラシーボ効果でもなんでもいいから、なんとかなれ!
ハイポーションをいっきに飲み干す。すぐに体が軽くなる。気のせいでもいいから、いけると思い込めっ。求められた時間まで体を動かせっ。
ジケイルさんと夢中になってファルマジスに攻撃していく。
時間を気にしないでただ無心で剣を振っていたら、レイリッドさんが戻ってきた。
「ファルマジスを川に吹っ飛ばして。デッサならできる」
そう言うとレイリッドさんも川へと走っていく。なにかしらの役割を負っているんだろう。
俺ならできる……あれかと思いつく。
「動きを止めるぞ!」
俺がなにをするのかわかっていないであろうジケイルさんがナイフを投げ捨てて、ファルマジスの両足にしがみつく。
「そんな弱い力で俺を止められると思うなっ」
「ジケイルさん、ナイス! 少しだけいい! それでどうにかなる!」
俺も剣を捨てて、ファルマジスに駆け寄る。
近づく俺へとファルマジスは剣を振る。その剣を籠手で受け止める。金属製の籠手にファルマジスの剣が食い込むが、腕だけで振られているので、そこで止まった。剣が錆びていなければ、今の攻撃で俺の腕が籠手ごと斬り飛ばされていたかもしれない。
そんなことを思いつつポケットから爆発の護符を取り出し、相撲の突っ張りのごとくファルマジスの胴体へと思いっきり叩きつける。
渾身のつっぱりで、少しだけファルマジスとジケイルさんが浮く。
「吹っ飛べ!」
護符から生じた爆風に俺とジケイルさんも吹っ飛ばされる。
ファルマジスもまた川へと飛んでいく。
「よし、来たわね! 凍れ、凍れ、すべて凍ってしまえ!」
レイリッドさんは、ファルマジスが川に落ちる前から魔法を使い、落ちたタイミングで氷の中に閉じ込めることに成功した。
ファルマジスは下半身を氷の中に閉じ込められたが、体に力を込めて脱出を試みる。
「このような氷などすぐに脱出してくれるわ!」
宣言通り、氷にひびが入り、すぐに広がっていく。
「私も役割は足止めなのよ! 攻撃はケーシーの役割!」
「落ちろ、土よ、石よ、岩よ。すべて落ちてゆけ!」
ぱらりと土が凍った川に落ちていく。すぐに小石も落ちていき、岩も落ちだした。
一度それらが落ちだすと、止まることなくいっきに天井が崩れていった。人間よりも大きな岩が落ちているのも見えて、あれならば確実にダメージになりそうだった。
そしてファルマジスは土砂の中に消えた。
「どうよ! これならさすがに死ぬでしょ!」
天井の崩壊が止まり、川が見えなくなる。
レイリッドの言うようにさすがにこれなら倒せたか?
それがフラグになったわけでもないだろうけど、土砂の一部が吹っ飛んだ。
「嘘、これでも駄目なの?」
ケーシーさんのわずかに震える声が聞こえてくる。
「効いた。足りない力をどうにかして準備したか、見事だ。さすがにあれを受けてしまえば弱っている俺では無理だ」
土砂から出てきたファルマジスはぼろぼろだった。頭蓋骨は三分の一が砕けて、左腕もなくしている。両足もひびが入っている。
「この命尽きるまであと少し。せめて最後まで付き合ってもらうぞ」
「こっちも全部出しきってやる!」
捨てた剣を拾いあげて、なけなしの魔力を使って過剰活性を維持して駆け寄る。
「我も行くぞ!」
ジケイルさんもナイフを拾って走る。
ケーシーさんも魔法を使って氷球を飛ばす。それに合わせてレイリッドさんもナイフを投げる。
自らに迫る攻撃をファルマジスは弾く。ぼろぼろでもその技の冴えは見事なものだった。しかし体が耐えきれなかった。体のひびが広がり、骨の破片が地面に落ちる。
「くらえぇっ!」「おおおおおおっ!」
俺とジケイルさんが好き勝手に攻撃していく。それをファルマジスは全て弾いていく。
動くたびにファルマジスの体のひびが広がり、剣を持つ手が地面に落ち、右足が砕ける。
隙だらけとなったファルマジスの胴に俺の剣が、頭蓋骨にジケイルさんのナイフが当たる。
「どっちつかずの俺にはこの最後が相応しいのかもしれないな」
それだけ言ってファルマジスは、目の明かりを消して、地面に崩れ落ちる。地面に骨が広がる。その骨も塵となって消えて、ぼろい武具と魔晶の欠片だけが残る。いや欠片というには大きな魔晶の塊だ。澄んだ黒色で、なにかの宝石のようにも見える。
「……終わったのよね?」
「そうだと思います」
「勝った? 勝ったぞ!」
勝ったか。生き残ったぞ。
「あ」
終わったと思ったら気が抜けて、もう駄目だ。
いっきに意識が落ちる。
◇
ファルマジスはデッサの言うように魔王軍の大幹部だった。
しかしその前があった。
スケルトンというモンスターの生まれ方は、ダンジョン内で死んだ冒険者がもとになる。
ファルマジスもその例に漏れず、冒険者として中ダンジョンに挑み、その最奥で魔物に囲まれて死に、モンスターとなった。
モンスターになったファルマジスは人間としての記憶をなくし、スケルトンとしてダンジョン内をうろつき、運良く冒険者に遭遇することなくダンジョン崩壊で外に出た。
そのままスケルトンとして成長していき、知性を獲得し、魔物として魔王軍に勧誘されることになった。
その後はデッサが知るように、魔王の護衛に用いられるほどに実力をつけた。大役に取り立ててもらったことを感謝し、高い忠誠心でもって護衛として働いていった。
そして英雄と魔王がぶつかったとき、ファルマジスは英雄の仲間たちに英雄の行動を邪魔されないように魔王から引き離されて戦っていた。
戦いは互角で、いつまでも勝敗がつかず、そのまま時間稼ぎをされているうちに魔王が封印されてしまう。
魔王が封印されたことを知ったファルマジスは、任された大事な護衛任務を果たせなかったことで大きなショックを受ける。
ほかの大幹部の二人も魔王封印を知り、一時退却を決める。そして自失状態のファルマジスを連れて拠点としていた土地を去る。
運ばれるうちにファルマジスは一応我に返っていた。人のいない土地で魔王復活を誓う二人と別れたファルマジスはあちこちを放浪する。
そのときファルマジスがなにを考えていたのか。
大幹部たちのように魔王復活を望む思いもあった。しかしもう一つの思いも彼の中にあった。人間としての記憶が戻っていたのだ。大きなショックを受けて記憶が蘇ってしまっていた。
体は魔物だが、心の中の人間としての思いは簡単に捨てられるものではなかった。
魔王に対する忠誠心は本物だ。しかし人間として生きてきた記憶がしっかりと心に存在し、人間を苦しめる選択を良しとしなかった。
魔物として、人間として、どのように行動をすればいいのか。彼はその二つの選択に長く悩むことになる。
いつまでもどちらかを選べることなく放浪を続けて、人の来ることが少ない隠された洞窟にたどりつく。
暗闇の中、思考を続ける。たまに洞窟に入ってきた人間が宝を守るモンスターと勘違いし攻撃してくるのを返り討ちにして、死体を川に捨ててまた思考に耽る。
魔力を補充できない現状で徐々に弱体化していったが、それを気にすることなく悩み続ける。
そしてデッサたちがやってきたのだ。
たまにやってくる冒険者のように斬り捨てればいいと考えて戦っていたファルマジスは、ジケイルの選択を目にすることになる。
自身とは立場も状況も違うが、二つの選択のどちらかを選ぶということは同じ。
そして自身の望むものを選んでみせたジケイルは眩しかった。
対して自分は長く時間をかけてもいまだ選べていない。それがなんと情けないことかと気持ちが沈む。
感情に従うように体が鈍る、技の冴えが落ちる。
その果てに彼は負けた。
消えゆく意識の中で、少しだけ安堵の気持ちを得ていた。
ようやく悩まなくてすむというものではない。
魔物として人間に倒されるという結果を得て、自分の生き方の答えを得られた気がした。
魔物として死んでいく、自分は魔物なのだと。
自分の立ち位置を決めることができて、魔王を復活できなかった無念をいまさら抱えることになったが、その思いを抱えることができたことも心を充足させる。
生きているかわからないが、大幹部二人に魔王復活達成のエールを心の中で送り、ファルマジスはその生を終わりとした。
◇
魔晶の塊を拾い、勝ったことを喜ぶジケイルたちはデッサが倒れたことに慌てる。
簡単に診断して寝ているだけとわかり、ほっと胸をなでおろす。
「過剰活性の反動か」
「そうでしょうね。頑張ってくれたわ。護符といいハイポーションといい、この子がいなければ三人とも死んでいたでしょうね」
「本当に感謝しかないね」
「ケーシー、そのまま診ててちょうだい。私とジケイルでお宝を回収してくる。そのあとにさっさと出ましょ」
頷いたケーシーから離れて、わくわくとしながら二人は宝に近づく。
そのときズッという音が耳に入ってくる。なんだろうかと思うと同時に、天井から土砂が落ちてくる。
「やばっ崩落する!?」
「まずい、さっさと逃げるぞ!」
ファルマジスを倒すために天井の一部を崩したせいだろう、どんどん落ちてくる土砂は止まる様子がない。
「お宝どうしよう!?」
「そんなこと言っている場合か! 掴んで逃げるくらいしかできん!」
「全部回収できたら当分遊んで暮らせるのに!」
悔しそうに言いながらレイリッドは金貨などを掴んで、ポケットに突っ込む。
ジケイルも同じように金貨などをポケットに突っ込んで、デッサを抱えて移動を始めているケーシーを追う。
デッサが落とした剣も彼らのナイフなども回収はできず、急いで地上に繋がる穴へと走る。
正直ファルマジスとの戦いで疲れ果てていたが、背後から聞こえてくる崩壊の音への恐怖で体力を絞り出して走る。
疲れていてもデッサを運べたのは、ファルマジスを倒してレベルアップしたおかげでもあるのだろう。
今は逃げることに必死で自らの強さに気を向けていないが、落ち着けば三人とも小ダンジョンで上げられる限界の10レベルまで上がっていることが感覚的にわかるはずだ。当然デッサもレベルアップしている。
「急げ急げ急げ!」
「わかってる!」
最後尾を走るジケイルの背に石がいくつも当たっていた。
慌てて穴に入り、四人とも壁や天井に体をぶつけながら地上を目指す。
そうして穴に入って十分経過したくらいだろうか、レイリッドがふと気づいたように足を止める。
「音が止まってない?」
「あ、そうみたいだ」
背後を振り返ったジケイルが同意する。
「休憩しましょうか」
言いながらケーシーはゆっくりと気絶しているデッサを下ろす。
ジケイルとレイリッドもその場に腰を下ろす。
「疲れたねぇ」
「ほんとに。最後の最後まで気が抜けないったら。ここで少し寝ていきたいわ」
「崩壊しないならそれもいいのだがな」
ジケイルは奥をじっと見て崩壊の予兆を感じ取ろうとする。
大丈夫かなと思い、二人に仮眠を提案する。
「俺はまだ少しくらいは余裕がある。最初は倒れていたからな。特にレイリッドは休んだ方がいい」
「言葉に甘えさせてもらう」
「私も少しだけ」
そう言うと二人は目を閉じる。
レイリッドは本当に疲れ果てていたのだろう、すぐに寝息を立て始める。
ケーシーは目を閉じているだけか、静かだがまだ寝ていない。
二人の邪魔をしないようにジケイルは静かに見張りをしていく。
感想ありがとうございます




