58 トレジャークエスト 5
細い道を抜けてとたどりついた場所は、三人くらい並んで歩ける広さで左右に行ける。だが右は明かりを照らすと行き止まりだとわかる。
左へと進むと水の流れる音が聞こえてくる。小川ではなくわりと多くの水が流れていそうだ。山の麓にある川が繋がっているのかもしれない。
さらに進むと広い空間に出る。手持ちのランタンでは全体を照らせない。
照らせる範囲には地面くらいしか見えない。天井がほんのりと明るい。あそこに隙間があるようだ。
「暗くてなにがあるのかわかりませんね」
「明かりの護符を持ってきてある、それを使おう」
ジケイルさんはそう言って、護符を使う。三つの明かりが広間の天井へと浮かび上がり、全体を照らす。
体育館の半分よりは広いといった感じかな。左端に川が流れていて、十メート近い天井にはいくつかの亀裂が入っている。
「やったぞ!」「見つかったわね!」「今回は当たりね」「おー」
興奮した歓声が上がる。
金銀財宝ざっくざくとまではいかないが、それでも多いと思える金貨銀貨宝石が奥の方に見える。天井から注がれる光を反射して存在を主張しているようだ。
金貨だけでも確実に数百枚はあるんじゃないかな。銀貨銅貨はそれ以上だ。金銀細工や宝石も見えるし、合計いくらになるんだろ。
宝探し成功は達成感がある。ほぼついてきただけの俺でさえそうなんだから、色々と情報を集めてここに来た三人の達成感はすごいものがあるんだろう。
そんな感動に浸っていたら、なにかが動く音が聞こえてきた。
全員でなんの音だろうと、発生源を見る。
川とは反対の右の壁にぼろい鎧を身に着けた骨がよりかかっていて、それがゆっくりと立ち上がろうとしている。
……なにか記憶が刺激される。なんだ? あれをどこかで見たことがある?
「スケルトンか。ここを見つけた人がなにかの原因で死んでモンスターにでもなったのであろう」
宝の回収を邪魔されてはたまらないとジケイルさんがナイフを手に近づいていく。
「ちょっと待った! 不用意に近づいたら危ないですよ!」
嫌な予感がして止める。
「スケルトン程度なら問題ないから大丈夫」
立ち上がったスケルトンを前にして、こっちへと振り向いて笑みを浮かべて言う。
スケルトンの暗かった目が赤く光る。その輝きは暗い赤色だけど、力強くも感じられた。
スケルトンの腕が消えたかと思うと、風切り音が鳴る。錆びた剣が光を反射して作った銀の直線が目に入ってきた。
「「ジケイル!」」
驚き顔のジケイルさんが倒れ、スケルトンの錆びた剣には血の赤が付着し、レイリッドさんとケーシーさんの焦り声が響く。
「久々の客だ」
「スケルトンが喋った!?」
「長きを生きれば骨でも喋ることなど容易い」
「魔物か!?」
クカカカとスケルトンが笑い、倒れたジケイルをこちらへと蹴り飛ばす。
血を撒き散らして俺たちのそばに転がってくる。革鎧が一直線に切り裂かれ、そこに血の赤が見える。
焦り顔のレイリッドさんたちは手持ちのポーションをジケイルさんに使う。
ポーションだと無理かもしれない。いまこそ持ってきていたハイポーションを使うときだ。
慌てているからかハイポーションが上手く掴めない!?
「その通り。今では知る者もいないだろうが名乗るとしよう。骸将ファルマジス、我に見つかった不運を嘆くがいい」
「……ファルマジス? ファルマジス!?」
ハイポーションを取り出す手が止まる。
見覚えがあって当然だ。ゲームで戦った相手だ。ゲームでは身に着けていた武具はもっと綺麗だった。よく見てみると武具にその名残がある。
「魔王大幹部?」
「ほう、知る者がまだいたか。二つの選択を抱えて表舞台から姿を消して、数えきれない年月が経過した。それでもなお名が残るか」
これだ! 確実にこれだ。リューミアイオールが予見したものはファルマジスとの遭遇だ。
なんでそんなビッグネームがこんなところにいるんだよ!?
「このハイポーションを使って!」
驚きが一周回って落ち着いたおかげで掴めたハイポーションを二人に差し出す。
泣きそうなケーシーさんが奪い取るようにハイポーションを取り、急いでジケイルさんに飲ませる。
それでジケイルさんは息を吹き返す。
「そのまま死なせてやればよいものを」
「生きて帰るにはジケイルさんの手も必要だからな!」
「我を前にしてまだ諦めぬか。よい執念だ。かかってこい人間たちよ。お前たちが生き残るには勝つしかない」
右手に持った剣をだらりと下げて、こちらがどう動くか観察してくる。
闘志を発しているのか、じっとしているだけなのに威圧感がすごい。
「デッサ」
「はい、なんですか」
ファルマジスから目を放さずに、レイリッドさんに返事をする。
「あれはどんなやつなの」
「さっきも言いましたが、魔王大幹部。三人いた大幹部のうちの一人。英雄が封印した魔王の護衛隊の長。魔王の護衛を任されるだけあってその強さはかなりのもの、だったらしいです」
「英雄って数百年前の時代、なんでそんな時代の魔物がここにいるのよ!?」
「俺にもわかりませんよ。ただ言えるのはあれをどうにかしないと俺たちは死ぬってことです」
「逃げればいい!」
「あの足場の悪い道だとすぐに追いつかれます」
俺だって逃げられるなら逃げたい。せめて足場がまともなら護符で速度を上げて走って逃げることもできたかもしれないのに。
「やるしかないってこと?」
「武具がぼろくなっていますから、弱体化していることを期待しましょう」
「ケーシー! 魔法フォローお願い!」
レイリッドさんは自身の頬を叩いて、次にいまだ心配そうなケーシーさんの背を強く叩く。それで気合を入れられたのか、ケーシーさんは表情を引き締める。
「わかりました。どれだけ通じるかわかりませんけど、やれるだけやりましょう」
「これも渡しておくよ」
物理と魔法の防御を上げる護符を渡す。ジケイルさんの分はケーシーさんに渡す。
「効果は一時間、効果もそれなりにいいものだ」
「ハイポーションといい、準備がいいわね」
「占い師の言葉を聞いて一応準備したんですよ」
「占いを馬鹿にできなくなったわ」
そう言いながらレイリッドさんは物理防御を上げる護符を使う。俺もすぐに使う。
「ほかに準備したものはある?」
「速度が上がる護符と相手を吹っ飛ばせるような爆発の護符」
「逃げるためね」
「はい」
「……いきましょう」
レイリッドさんがファルマジスへと走りだし、俺もすぐに続く。
二人がかりで攻撃をしかけるが、ファルマジスは少しも慌てることなく少しの動作で避けていく。
「まだまだ未熟よの」
「そんなことはわかってる!」
「私も戦闘は得意じゃないからね!」
「連携も稚拙」
組んで戦うのは初めてなんだからそれも当然だ。
ファルマジスはそんな俺たちの連携の隙をついて、武器を振ってくる。
「ぐっ」「いっ」
特製服は簡単に切り裂かれ、切り傷が生じる。護符のおかげで大怪我とはならずにすんでいる。
レイリッドさんも大怪我ではないようだ。
攻撃の速度はそこまで速いものじゃない。でも避けきれない。技巧がすごいのだ。俺たちの動きを見切って避けて、こちらが避けきれない攻撃をしてくる。
痛みに耐えて攻撃を続けているものの俺たちの攻撃は当たらず、小さなダメージが積み重なっていく。
レイリッドさんは一度ポーションを使い、傷を治す。
「デッサも一度回復しておきなさい。浸食のダメージもあって馬鹿にできないダメージになっているでしょ」
「そうですね」
浸食はさほどといった感じなんだけど、念のためポーションを使う。
(ダメージの小ささが気になるな。なぶっている? いやゲームだとそういったことはしなかった。性格が変わっていないのならすぐに決着をつけようとしてくるはずだ)
これはもしやと思い疑問を投げかける。
「弱体化しているな?」
素直に答えてくれるとは思わないから、わずかな反応を見逃さないようにファルマジスに注視する。
「様子見とは思わんのか」
「残っている記録によればファルマジスは正々堂々を旨としていた。それが正しいのなら、こんななぶるような戦い方はしないはずだ」
「本当によく記録が残っているものよ。だがすべて正しいわけではない」
そう言うとファルマジスは一度大きく下がる。
今のうちに呼吸を整えておこう。
「カアッ!」
下がったファルマジスが気合を込めた声を発すると、目と同じ赤い光がうっすらとファルマジスの全身を包む。
「お前の言う通りなぶるつもりはないが、本気だったわけでもないぞ?」
威圧感が増した。本気じゃなかっただけか。それでも最初から本気じゃなかったのは少しだけ疑問が残る。
「翔けよ、穿て、氷球!」
ケーシーさんの放ったスイカほどの氷が、ファルマジスめがけて五つ飛んでいく。
「ふんっ」
その氷を全て斬り落とす。綺麗に斬られた氷は地面に落ちて砕けて消えていく。
「だったらっ出でよ、貫け、土槍!」
続けてファルマジスの足元から固められた土でできた槍が出現する。
それをファルマジスは踏み潰した。
「ごめん、攻撃じゃ役立てないわ」
悔しそうな口調でケーシーさんが言う。
「私たちも攻撃が当たってないから気にしないでいいわ。当たったところで通じるかわからないし、ほんとどうしたもんかね」
そう言ってレイリッドさんは笑おうとして失敗した。余裕を持とうとしたけど、あれを前にして笑う余裕はでなかったんだろう。
本当にどうしたらいい? 俺たちは明らかに実力不足。護符のおかげで軽減されていたダメージも、本気になったから増えそうだ。
「いくぞ!」
対策を考える暇もくれない。
今度はこっちが攻められる番といった感じで、攻撃を避けるだけで手一杯だ。攻撃をする暇がない。
俺もレイリッドさんも切り傷が増えていき、このまま押し切られるかと考えたとき、背後から声が聞こえてくる。
「待たせたな!」
ジケイルさんが参戦してくる。駆け寄ってきた勢いでナイフをファルマジスに振るうが、簡単に弾かれる。
「起きてきたか。あのまま寝ていてもよかったろうに」
「ああ、正直その誘惑にかられたさ! 死にかけることなど初めてだった。あの一撃で我はあんたに敵わないと思い知らされた。痛みと死の恐怖が、傷が治っても体を縛り付けた。戦っても勝てる可能性などないと心が叫んだ」
「どうして起きてきた」
「仲間が戦っていたからだ。仲間が呼びかけ続けてくれたからだ。だから倒れたままでいられなかった。あのままでいるのはかっこ悪いではないか。俺は小心者だ。普段の言動も自身を奮い立たせるための演技だ。寝たままでいるのは俺が避けたい自分。ここで動ける自分こそが俺がなりたい自分。どっちを選ぶのかなど決まっている! 最後までなりたい自分でありたい!」
ファルマジスの動きがなぜか止まる。それを隙と見た俺たちはいっきに攻めるが、どれも避けられる。
「選ぶか……負けるとわかっていてもか」
「わかっていてもだ!」
「ならばかっこつけたまま死んでいけ」
「望むところだ!」
戦闘が再開される。正直ジケイルさんが一緒に戦ってくれても劣勢を覆せるほどファルマジスとの差は小さくない。
そのはずなのだが、戦いは互角とまではいかないものの先ほどまでより戦いになっている。ファルマジスの動きが鈍いのだ。
なんでだと原因を追究する暇などない。この機会を逃せばまた劣勢に立たされかねない。
感想ありがとうございます