52 三回目の小ダンジョン 後
「村長からも弟子入りの件を頼んでくれないか。どうか頼むっ」
村長に声をかけたロバンは勢いよく頭を下げる。
「すでに断られているなら、俺から頼んでもどうにもならんだろう。この村に住むお前の中では、俺は偉い人という位置づけなのかもしれないが、村に無関係なデッサさんは俺の言葉に従う理由はないんだぞ?」
「そうですね。村長から頼まれても断りますよ」
気持ちはわからなくもないんだけどね。自分の力でどうにもならないなら誰かを頼るというのはありだろう。今回は頼っても意味はなかったというだけだ。
どうしても無理とわかりロバンは大きく肩を落とす。
「ロバン、弟子入りは諦めて自分の力だけでやっていくつもりはないのか?」
「弟子入りした方が早く強くなれると思ったんだ。一人だとどれくらい時間がかかるのか」
どれくらい時間がかかるのかは、目標をどこに置くかで変わってくるな。
「ロバンは具体的にどれくらい強くなりたいんだ?」
「テオネスを守れるくらいに」
「テオネスというのが幼馴染のことだというのはわかる。彼女をどんな奴から守れたら満足なのか聞きたい」
自分の中でしっかりとしたイメージがなかったのか、ロバンは考え込む。
「たとえば野犬から守れるだけの力がほしいのか。もっと強いモンスターから守りたいのか、どんな存在からも守れるくらいに強くなりたいのか」
本心としてはどんな存在からもと言いたいのだろうけど、さすがにそれは贅沢な目標だ。それを達成しようとすると、いつまでたっても鍛錬は終わらないだろう。
「最低でも野犬、もっと強いモンスターがきても大丈夫なように強くなりたい」
「野犬くらいなら二ヶ月もあれば大丈夫だな」
「野犬以上を求めるならどれくらい時間がかかる?」
急いだ俺と違って、ゆっくりやっていくなら一人でも二ヶ月あれば3レベルに到達するだろう。
3レベルなら武具もある程度そろっているだろうし、野犬よりも強いワイルドドッグを倒せるようになる。
それ以上を求めるなら小ダンジョンのコアを壊して、7レベルか10レベルを目指すくらいで十分じゃないかな。
これまで会った人たちの強さから推測して、依頼を受けたり休日をこまめにいれる一般的な冒険者活動で10レベルに到達するには、二年くらいの時間を必要するんだと思う。
「区切りが良いのは二年辺りじゃないかな」
「二年」
「鍛錬に集中するならもっと時間は減らせると思う。二年というのは依頼を受けたりして、鍛錬以外にも時間を使う場合だし。ただその場合は仲間募集が難しくなるかな」
「どうして?」
「依頼というのは将来のために行うものらしい。駆け出しの頃はダンジョンに入ることだけを考える人がほとんどだけど、冒険者をやっていくうちに冒険者を引退したあとのことも考えるようになると聞いた。どんな依頼をやったのか、きちんと成功しているのか、といった実績は引退後に役立つものになるんだそうだ」
「それと俺が仲間を集めにくいことにどんな関係があるのかわからない」
「君の目的は幼馴染を守ること。その力を得たら冒険者を引退して村に戻ってくるだろう?」
俺の問いにロバンは頷いた。
村長は俺がなにを言いたいのか察したようだ。
「二年も冒険者をやっていれば、一人前になるには十分な時間であり、今後について考える人も増えてくる。そんな時期に仲間から抜けられると、今後の予定が狂って困る人もいるということですか」
「ええ、そんな感じです。まだ抜けないでくれと頼まれるかもしれません。しかしロバンは目標を達成したのだから幼馴染のいるここに戻りたいはず。意見の食い違いでもめることも考えられる。素直に抜けられるように考えて仲間を集めようとすると、単純に声をかければいいというものではないですね」
「デッサさんのように一人でやっていくならそういった問題は発生しないのでは?」
「一人でやっていくのはお勧めしないかな。先輩たちに仲間はいた方がいいと何度も言われています。実際俺もこれまで一人でやってきて、仲間はいた方が安全だと思いますしね。浅いところでも一人だと死にかけることはありましたよ。ロバンも死にたくはないだろう?」
「うん。死ぬのは嫌だな」
「だったら仲間はいた方がいい。となると自分の都合を説明して、それでもいいと言ってくれる仲間を集める必要がでてくる」
「条件がつくなら、ただ声をかけるだけより仲間集めが難しくなりますな。ロバンのような故郷にさっさと帰りたいという仲間がいれば一番なのですが」
似た方向性ならセンドルさんとカイトーイさんなんだけどな。あの人たちも故郷のために動いている。でも実力差があって、あのパーティに入ってもお荷物になるだけだし。
ギルドに頼めば似たような事情の人で固まることができるんだろうか。
……最初から目的を同じにしたパーティでいけば……ちょっと思いついた。村長の協力が必要だけど、村にも利益がある話だ。
「村長、ちょっと聞きたいことと提案があるんですが」
「なんでしょう?」
「ここには戦力というか、有事の際に少しでも対応できる人はいるんですか?」
「いや、いない。いるならその人に小ダンジョンを処理してもらったよ」
ミストーレからそう離れていないから、困ったらそこから呼べばいいという考えなんだろうね。
「そうですよね。だったら今後なにかあったときのため、そういった自警団がいた方が便利じゃありません?」
「たしかに自警団がいたら便利ではあるが」
「だったらロバンを含めて、村の若い人たちに声をかけて、少人数でダンジョンに行く人を集めてパーティにしません? 彼らに長くても二年間ダンジョンに入ってもらい、ある程度実力がついたら戻ってきてもらう。これなら仲間集めに苦労しないし、離脱でもめることもありません。皆で行って、皆で帰ってくるんですから」
「行きたいという者はいるだろうか」
「どの家庭でも家業を継げずに将来を不安に思っている子はいるでしょう。その子らに声をかければどうです? 彼らとしても手に職をつけられるのは安心できることだと思います。そして一年くらい金銭支援をすれば、鍛錬に集中できて村に恩を感じるかもしれません」
帰ってきてからは自警団として働きつつ、一年のうちいくらかはダンジョンに行って金稼ぎできるようになれば、実力を維持することと生活費稼ぎもできる。
自警団の仕事の合間に力仕事を任せるのもいい。常人より力があるから、ちょっとした用事なら手早くすませることができるだろう。
次代の自警団の育成もロバンたちがやれば、道場に通わせるお金を出さずにすむだろう。
便利だからといって、あれこれ頼みすぎると反感を買うだろうけど。
「金銭支援ですか」
あまり乗り気ではない様子だ。
でもそれのありなしで鍛錬への集中度や村への恩の感じ方が変わってくると思うんだよな。
「それがあれば駆け出し冒険者としては助かるんですよ。最初の方はモンスターを倒しても暮らしていくのが大変ですからね。一階にいるモンスターを一体倒しても一食分も稼げません。冒険者をやっていれば、宿賃と食費と武具とポーションといろいろお金がかかります。支援ありで冒険者をやれば、周囲の駆け出しと比べて恵まれているとすぐにわかります。その思いが将来村を守ってくれる原動力になるかと」
「支援するとなるときっとそれなりの大金になりますよね。この子らが大金に浮かれて、遊び回ることにならないでしょうか」
「お、俺は真面目にやるよ!」
目標のあるロバンは大丈夫だと思うけど、ほかの子らは浮かれるかもな。
「大金を持たせることが不安なら、最初町に行くときに同行して、宿や道場に先払いして、武具を買うときも同行する人が払うという形にしてはどうでしょう。ポーションとかは先払いできるかどうかわからないので、ある程度のお金は持たせる必要がありますが。あとは一ヶ月か二ヶ月に一回、真面目にやっているか確かめに町まで行って、遊んでいたら支援打ち切りと彼らに使ったお金は借金という形にするとか」
「なるほど。ほかには町の暮らしを気に入って村に戻ってこないことも考えられます」
「その場合も借金という形でお金を返してもらい、自由にさせるという感じですかね」
「ふむ……最初にどれくらいのお金が必要になるかわかりますか」
こう聞くってことは少しはありだと思えたのかな。
宿賃と武具と道場、最低限ここは必要だろう。ポーションは三階までなら必要ないかな。
とりあえず一人の一ヶ月分はいくらになるか考えて、村長に伝える。
「その費用を複数人分、一年間ですか。なんとかならないこともない」
「実際にはもう少し必要経費は下がると思いますよ。一年間ずっと道場に通うかどうかわかりませんし」
門下生になろうとしたらずっと通う必要はありそうだけど、ある程度の知識と技術を習得するだけならきりのよいところでやめてもいいだろうし。道場側にその旨を伝えておけば、いつまで通えばいいと教えてくれるはずだ。
「少し考えてみますか」
「この村の話ですし、しっかりと考えて結論を出すのが大事かと。この話が駄目だったら、ロバンは一人でどうにか頑張れとしかいえないな」
自警団作りの話になっていたけど、きっかけはロバンのことだったんだよな。
ロバンに都合のいいようになればと考えた結果が自警団結成だ。
「この話が進められるとして、道場はどこを選べばいいんだ?」
情報収集を怠らない姿勢は好印象だな。
「俺は道場に通ってなくてわからないから、ゴーアヘッドというギルドで聞くといい。そこは冒険者のための組織で、お勧めの道場とか教えてくれるはずだ」
「ほかに注意することとかある?」
「道場で教えてくれると思うが、それでも聞くのか?」
「うん」
「話もいいですが、夕食が冷めますよ」
ああ、そうだった。指摘されると腹が減ってくる。
村長はロバンにも家に帰るように言う。
「ロバンも家族が待っているだろう。一度帰って食後にでも親に冒険者になりたいと伝えるんだ。今日決めたことだから、まだ親は知らないだろ?」
「反対されたりするんでしょうか? 労働力が減るといった理由で」
「こきつかうような親ではないのでそういった理由で反対されることはないでしょうね。支援されることもないでしょうが」
「冒険者になることに障害はないんだな。そこだけは安心材料だ」
「自警団の話が実現したらもっと安心できる」
「そりゃそうだわな」
村長と一緒にロバンは帰っていき、俺は少し冷めた夕食を食べていく。
食器を簡単に洗ってテーブルにまとめて置き、書類と割符をリュックに入れてとやっていたら、ロバンがまたやってきた。
親に冒険者になりたいことを伝えたようで、反対されることはなかったそうだ。
冒険者について話したり、剣を振らせて武器の重さを実感してもらったりしているうちに時間は流れていった。
朝が来て、保存食を朝食にして荷物を持って家を出る。
村長の家に向かっていると、ヤギの放牧に向かうロバンとテオネスを見かけた。
向こうも俺に気付いてこっちにくる。
「帰るところ?」
「そうだよ。村長に挨拶してから村を出る。冒険者になりたいって幼馴染にもう伝えたのか?」
「さっき伝えたよ」
「理由も?」
「それは聞いていませんね。話してくれないんです」
「ああ、また恥ずかしがったのか。君を守れるようになりたいって言っていたよ」
「なんで言うんだよ!」
あっさりとばらされたロバンは照れから顔を赤くしている。
テオネスは驚きと嬉しさを合わせたような表情でロバンを見る。
「ちゃんと伝えておかないといらない誤解を生むと思ったからな。テオネスは自分のことより冒険者になることを優先したとか少しは思ったんじゃないのか?」
「そうですね。そういった思いはありました」
このすれ違いがもとで、ロバンが村に帰ってきたら別の人と恋人になっていたりしたら目も当てられない。
そんな未来を思いついたからばらしたのだ。まあ、ロバンの片思いだったらよけいなお世話だっただろうけど。
テオネスが喜んでいる様子を見るに、両想いの可能性は高い。
「ロバン、自分の考えはきちんと伝えておいた方がいいぞ。考えているだけで相手に伝わるなんてことはないからな。自分はこう思っていたけど、相手は違うように思っていたとかよく聞く話だ」
最悪を想定するとダンジョンで死ぬこともありえる。好意を伝えられずに死ぬなんてことになりかねないから、その死は無念なものになるだろう。
「でも、なんていうか、やっぱり照れる」
「俺も照れそうだから、わかるけどさ。頑張れ。それじゃ行くよ」
気楽に言うだけ言ってさっさと別れる。あとはロバンの問題だしな。
村長の家に入って、帰ることを伝える。
「小ダンジョンだけではなく、野犬の対応もありがとうございました」
「いえ、ついでですから。自警団はどうするか決まりました?」
「とりあえず一年支援ではなく、四ヶ月くらい支援して様子見してみようかと。それくらいなら損失も少なくてすみますし」
「それでもいいのではないですかね。小ダンジョンの踏破くらいならできるようになるでしょうし」
この村に合うやり方を模索していけばいいと思う。
ロバンの目標には物足りないだろうけど、村の自衛力を増やすという目的は果たせるだろう。
「では俺は帰ります」
「はい。お気を付けて」
玄関まで村長に見送られて、村を出る。
ミストーレに帰り着くのは夕食の時間も過ぎた頃かなと思いつつ、まずは宿場を目指して歩く。
感想と誤字指摘ありがとうございます