51 三回目の小ダンジョン 前
ガダムの村から帰ってきて十日が経過した。
そろそろ小ダンジョン踏破の依頼がギルドに来ている頃だろうと聞きにいってみたら、近隣の村から依頼がきているということで受ける。
依頼を出してきたところは畜産をやっている小さな村のようで、行き来はガダムより楽だそうだ。
早速準備を整えて、朝早くにミストーレを出る。早めに出たら今日の夕方頃には到着できるらしい。
相変わらず暑いと思いつつ南の街道を進んで、昼過ぎに宿場町に到着する。そこで食事をとって東へ進む。
周囲が茜色に染まり出し、地面に映る影が伸びていった頃に村が見えてきた。
近づくと匂いが気になってくる。牛とか羊とかの鳴き声が聞こえてくるし、ここが目的の村で間違いないはずだ。
一応確認しておいた方がいいから、そこらを歩いている村人に声をかけてみる。
「すみません、ここはホールトンでいいんですかね?」
「ああ、そうだよ。冒険者さんはなにかここに用事かね」
「小ダンジョンの依頼を受けてきたんですよ。村長さんに会いたいんですが、家はどちらですか」
「あそこだよ」
指差された方向に家があるのを確認して、村人に礼を言ってそちらに歩く。
玄関をノックするとすぐに二十歳過ぎの男が出てきた。
「どちらさまですか?」
「小ダンジョンの依頼を受けてきた冒険者です。到着の知らせにきました。あとは宿泊のため空き家を借りたいのですが」
「あー、これから夕食なんだ。先に空き家に案内するよ。食後に親父に行ってもらうってことでいいいかな」
「ええ、問題ありません」
村長の息子に案内してもらい、空き家に入る。この村に食堂などはあるか確認したらないということなので、あとで村長に明日からの食事を頼もう。
先に空き家に入った村長の息子がテーブルに置かれた魔晶の欠片を使うランタンを使い、明かりをつける。
殺風景だが掃除されているようで寝泊まりに問題はなさそうだ。
井戸から水を汲んで甕に入れたあと、リュックから丸パンとハムとチーズを取り出す。
ナイフで丸パン二つを横に切り、ハムとチーズもスライスする。次に火の魔属道具を使ってハムとチーズを炙ってパンにはさむ。簡単なサンドイッチの出来上がりだ。
これだけだと味気ないけど、料理できないしな。不味いわけでもないし、十分だろう。
食事を終えて、体をふいていると玄関がノックされる。
返事をしながら開けると、五十歳過ぎの男が立っていた。
「村長さん?」
「ええ、そうです。中に入ってもいいですかな」
「どうぞ」
二人で椅子に座り、向かい合う。
割符を取り出し、依頼を受けたことを確認してもらう。
「はい。確認しました」
「小ダンジョンの場所はどこでしょう?」
「ここから南に牧草地がありまして、そこにできたのですよ」
「ダンジョンができた以外に異変とかありました? 見慣れないモンスターがいたりとか」
ガダムと同じことが起きていないか念のため確認だ。さすがにここでもアクシデントに遭遇することはないと思うけど。
そういったことは起きていないと村長は首を振る。
「よかった。明日から小ダンジョンに向かいます」
「よろしくお願いします」
話が終わり腰を浮かそうとする村長にまだ頼みがあると声をかける。
「お金を払うので明日の食事をお願いできませんか」
「わかりました。昼は持ち運べるものがいいですよね?」
「ええ、ダンジョンの中で食べることになると思うので」
「朝食と一緒に持ってきますね」
そう言って村長は家から出ていった。
「まだ寝るには早いし、なにしようか」
暇を潰せるものは持っていない。汗をふいたけど、素振りでもするかな。ファードさんに教えてもらったことはまだまだ身についてないし。
汗が出てきたら、またふけばいいと井戸に行って水を運んできて、素振りを始める。
確認するようにゆっくりと剣を振り、休憩を入れて、また剣を振る。
これくらいでいいかと素振りをやめて、汗をふいてさっぱりしてベッドに寝転んだ。
翌朝、朝食を食べて、もらった昼食をリュックに入れて村を出る。
教えてもらった牧草地にいくと、そこは緑色が綺麗な丘陵地帯だった。少し歩き回ってみると以前も見た小ダンジョンの入口がぽっかりと開いていた。
「間違いないな」
周辺にモンスターがいないか確認して、中に入る。
武具もあるし保存食もあるし実戦経験もある。あの小ダンジョンとはまったく状況が違うな、なんて思いつつダンジョンの中を進む。
すぐにモンスターもみつかる。スイカくらいのオタマジャクシだ。尾を使ってぴょんぴょん跳ねて移動している。目のようなものはなく、大きな口があり、とがった小さな歯がずらりと並んでいる。
「一瞬身構えたけど、動きは遅いしなんとでもなるか」
近づいて剣を振るとあっさりと倒すことができた。
一階のモンスターだから当然の結果だった。
「強くなったなぁ」
逃げ回っていたのが懐かしく思える。そんなことを考えつつ、現在出現しているモンスターを倒すため一階を歩き回り、二階に下りる。
二階もオタマジャクシだけだった。足が生えかけているオタマジャクシもいたが、倒すのに苦労しないので疲労せずに連戦していき、三階へと降りる坂道をみつけた。
「まだ昼じゃないかな」
なんとなくではあるが時間の経過を腹の減り具合とかから推測し、昼食には早いと思う。
三階の探索中に昼食でいいやと三階に下りる。
三階のモンスターは大型犬サイズの蛙だった。強さも三階相当のもので、ばっさばっさと斬っていく。
モンスターを探していくうちに四階への坂道も見つけた。
昼食を済ませて、モンスターも粗方倒して、四階に下りると最下層だった。
「おー、ここにたくさんいるな」
ダンジョンコアのある大部屋を覗くと三階の蛙より少しだけ大きな蛙たちが十体以上跳ねたり、ゲコゲコと鳴いていた。その中にコアもある。
少しだけ大きくなったとはいえ脅威ではないため、そのまま足を踏み入れる。
俺に気付いた蛙たちが舌を伸ばしてくる。それを避けたり、切り払ったりして戦闘が始まった。
ちょうどいいので前兆を見抜く練習もしていく。
口を開けると舌が伸びてくるが、その前にも前兆はあるはずだと観察し、喉が大きく動くことを発見した。
前兆を見て伸びてくる舌を避けるということを繰り返して、近づいてきたものは斬る。それを繰り返して数を減らしていく。
「これで終わり」
最後の一体を斬って、最下層からモンスターの姿がなくなる。
「良い鍛錬になったかな? あとはコアを壊そう」
コアに近づいて、軽く触れてみる。もろいとはいうが、触っただけで壊れることはなかった。
そのまま少しだけぺちぺちと触れて満足したから、蹴飛ばす。
つま先で蹴ったところを中心にヒビが入り、そのヒビはコア全体に広がっていった。
コアが割れると以前も感じた風の塊がぶつかってきて、そのあとにダンジョンの外に放り出される。一瞬だけ歪んだ風景が草原のものへと変わる。
依頼達成と思っていたら、悲鳴が聞こえてきた。
(モンスターの生き残りに襲われている?)
悲鳴のした方向を探し、急いでそちらに向かうと十四歳くらいの俺と同じ年齢に見える少年少女が野犬の群れに襲われていた。
少年少女の近くには放牧に連れてきたヤギがいる。野犬の狙いはそっちなのだろう。
「モンスターじゃなかったか」
そんなことを呟きつつ駆け寄って野犬たちを斬っていく。
小ダンジョンのモンスターとそう変わらない動きで、倒すのは楽だった。それに三匹も倒すと野犬たちは逃げていく。不利を悟ると逃げるのはモンスターとは違うな。
「大丈夫か?」
剣についた血を振って落として、二人に話しかける。
二人の表情からは怯えがなくなり、ほっとした表情だ。
「ありがとう、おかげで俺たちもヤギにも怪我はなかった」
「ありがとうございます」
「間に合ったのならよかった。ヤギが離れたところにいるけど、集めなくていいのか?」
野犬から逃げるためかヤギたちのいくらかが群れから離れたところにいる。
それに二人も気付いて、慌てたように離れたところにいるヤギたちへと走っていく。
帰る前に野犬が逃げていった方に歩いてみるかな。まだ様子見しているかもしれないし。
死んでいる野犬の足を掴んで、移動する。
野犬たちは完全に逃げていったようで、二十分ほど歩いても姿が見えなかった。
運んでいた野犬を捨てて、村へと戻る。
途中で放牧を再開している二人を見かけた。二人も俺に気付いたようで、頭を下げてくるので手を振り返して、村へと歩く。
村に入り、村長の家に入れてもらう。
「小ダンジョンを潰してきました」
「ありがとうございます。すぐに人を確認に走らせますので、書類の受け渡しはのちほどでいいでしょうか」
「問題ありませんよ」
「夕食を持って行くときに、一緒に書類を持っていきますね」
「わかりました。待ってます」
村長の家を出て、借りている家に戻る。
武具を外して、剣についた血や脂の処理をして、一休みだ。
おやつに買ってあるドライフルーツを持って、窓の近くに椅子を持っていき、入ってくる風で涼しみながらのんびりとする。
(今回は何事もなく終わってよかった)
そのままぼーっとしているうちにうとうととして過ごす。
穏やかな時間は過ぎていき、外の景色が夕日色に変わっていく。放牧に出ていた人たちが帰ってきたのか、牛などの鳴き声が聞こえてくる。
夕食前に体をふこうと思って桶を持って、井戸に向かう。
村人たちも水を汲みに来ていて、彼らに挨拶だけして家に戻る。
汗を拭き終わり、外が暗くなり始める。二十分もしたら日は完全に落ちるだろう。
そんなことを考えていると玄関がノックされる。夕飯を持ってきてくれたんだろうと思いつつ玄関を開けると、助けた少年がいた。
「どうした? なにか用事?」
「俺を弟子にしてください!」
「は?」
いきなり何を言っているだろうかと少年を見る。真剣な表情で浮ついたものはない。本気なんだとわかる。
じっと見返しているのを、理由を求められていると判断したようで、少年は話し出した。
「素早く野犬を蹴散らしていく姿がかっこよかった! 俺もあんな冒険者になりたいんだ!」
「やめとけ、かっこよさだけを求めてやれるほどいい職業じゃない。このまま村で生活していた方がずっといい」
数多くいる冒険者の中には、目の前の少年と同じ理由で冒険者になり、活躍している者もいるかもしれない。でもそんなのはほんの一握りだろう。夢破れて村に帰る者もいるだろうし、死んでしまう者もいるかもしれない。そうなるくらいなら村にいた方がいいと思う。
話を終えてドアを閉めようとすると慌てた声音で待ってくれと言ってくる。
「本当は別の理由があるんだ」
「なんでそっちを言わずにかっこいいとか言ったんだ」
「本当のことを言うのはちょっと恥ずかしいというかなんというか」
困ったように視線をそらす姿からは、本当に照れがあるんだなとわかる。
「とりあえず本当の理由を言ってくれ」
「一緒に放牧に出ていた子がいるだろう? あの子は幼馴染で大事な奴なんだ。それなのに俺は守れず一緒に怖がって情けなかった。守れるようになりたいんだ!」
「なるほど。正直に好意をさらすのが恥ずかしかったか」
好きな子が守れず、また同じようなことがあったら守れるように力を欲したわけだ。
二人を助けた俺に弟子入りを希望するのも、まあわかる。守るってことを実践したわけだしな。でも俺は自身のことで手一杯で弟子をとって相手する時間なんてないんだ。
「俺に弟子入りするって言ってもな。俺は明日には町に帰るんだ。なにかを教える時間はないぞ」
なにかを教えられるような実力や指導力もな。
「俺も冒険者になる。そして町についていく」
「すまんが無理だな。俺にも目的があって君を相手する時間がない」
「そこをなんとか」
なんとかしたら鍛錬時間が減って死んでしまう可能性が高まるんだ。
「無理だ。別の相談なら乗るんだけど。冒険者になりたいだけならまだ話せることはあると思う」
孤児院の子たちと違って、俺と同じ年齢と思えるこの少年なら冒険者になることを止めることはない。
「本当に駄目なのか?」
「さっきも言ったが目的があるからな。それを第一として動く。その目的を達成するには弟子を取って相手している暇はないんだ。それに俺はまだまだ弱い方だぞ、俺になにかを教わるより町の道場に通う方が有意義だ」
「デッサさん、どうしました?」
少年の向こうに村長が立っていた。
「村長、こんばんは。こっちの少年に弟子入りさせてくれと頼まれて、断っていたところです」
「ロバンじゃないか。お前冒険者になりたかったのか? 初めて聞いたぞ、そんなこと」
ロバンと呼んだ少年の隣に来て、顔を確認して誰かわかったらしい。
「幼馴染を守りたくて決めたようですね。昼に野犬に襲われている二人を助けたんですよ。そのときに幼馴染を守れなかったことが悔しかったようで」
「そんなことがあったんですか? 昼というと放牧に行っていた時間ですね。ヤギが狙われたということですか」
「そうなんでしょうね」
「ちなみに野犬はどうなったんでしょうか。ヤギに被害が出たと報告が入ってきていないので、デッサさんが撃退したと思うのですが」
「三匹倒したら敵わないと思ったのが逃げていきました。逃げたやつらを追いかけてみましたが、見つからなかった」
「そこまでしてくれたんですね、ありがとうございます。追いかけてみつからなかったということはよそに移った可能性が高いでしょうけど、警戒はしておきましょう」
玄関先で話してないで夕食と書類を渡してしまおうと、村長は家の中に入ろうとする。
その村長にロバンが声をかける。
感想と誤字指摘ありがとうございます