5 初めてのダンジョン 3
モンスターとの戦いを回避するという方針は変わらず、体調も気にしつつ三階を歩き回る。
みかけたモンスターはミニボアとオオケラのみだ。
体調はたぶん問題ないと思う。気にしすぎてお腹がちくちくしている気がしたけど、痛みが大きくなる気配はない。
そんな感じで四階への坂道を見つけた。
「次こそ、終わりだといいんだが」
今の時刻はいつくらいだろうか? 疲れはあるけど、眠たいとは思わない。夕方は超えているだろうけど深夜とかではないはず。
もしかすると夕方ですらないかもしれない。太陽の動きとかわからないと、時間感覚がおかしくなるな。
四階に下りると、まっすぐの通路があった。周囲の風景はこれまでと同じだ。
「あ、これはたぶんここで終わるな」
ゲームだとダンジョンの最上階や最下階はまっすぐの通路と大部屋だけだった。
少し進んで曲がり角とかなければ最下階のはず。
途中にモンスターがいたらいつでも引き返せるようにして進もう。
モンスターの足音を聞き逃さないようにゆっくりと進んでいると、部屋の入口らしきものが見えた。そこまで移動して中を覗くと、サッカーのフィールドくらいの部屋にミニボアの群れがいた。そして中央に水晶柱のようなものがあった。
三メートルくらいの水晶柱はゲームで見たコアと一緒だ。
ようやくここまでくることができたとほっとする。
(いやまあ、二十体以上のミニボアをどうするかっていう問題があるんだけどな)
ほっとしている場合じゃないと気を引き締める。
入口近くにいたら気づかれるかもしれないから、坂道まで戻ろう。
本当にどうするべきか悩む。石を投げて気を引くってのは使えそうにないな。ミニボアは部屋中に点在していて、全部がそっちに集中するとは思えない。
一匹ずつ部屋の外におびき出す……いや無理。おびき出しても倒せないんだから意味がない。一匹だけおびき出すのも難しいだろうし。
思いつくのは、あれらの間を通り抜けてコアを壊すってことくらいか。
あれらが気付く前に走り抜けてコアに到達ってのは無理だろうな。
いや投石で壊せるか? たしかコアはさほど頑丈じゃないってゲームでは設定されていた。ある程度近づいて、石を投げてコアに当ててすぐ逃げる。逃げないとミニボアたちが追いかけてくるだろう。
(これでいけるといいが。問題点を考えてみよう)
まずは当たるかどうか。入口近くからだと難しいからある程度は部屋の中に入る必要がありそうだ。いくつかの石を一緒に投げたら、どれかが当たるだろう。次に当たって壊せるか。壊せなかった場合はちょっかいをかけられたことで警戒するであろうモンスターたちの間を駆け抜けてコアを叩く必要がある。
投石の威力と飛距離を伸ばすことができたら、危険性は下がると思う。
(投石の飛距離を伸ばす方法……投石紐ってのがあったはず。服を裂いてそれに近いものを作る。作れるかもしれないけど当てるのが難しそうだ。なれないやり方よりも、手で持って投げる方がまだましかな)
ほかになにかいい方法あるだろうかと考えて、ゲームの知識でそれっぽいものが思い当たる。
(魔力活性というのがあったよな。ただあれはレベル7くらいに習得する技術とかになっていたはず。仮定レベル2の俺にできるか?)
ゲームだと強くなるためのイベントで魔力活性について説明があって、それで技を会得した。
(ええとどんな説明だったか……戦士タイプが使う技術で、普段は体内にあるだけの魔力を刺激して活性化。それによって身体能力と魔力耐性が上がる。とかそんなのだったよな。練習すれば誰でもできるとも言っていた)
個人個人で活性の方法は違うらしく、ゲームの主人公は体中の小さな光が輝きを増して体を満たすとか言っていた。ほかのキャラだとお腹にある炎が全身に広がると言っていたし、やる気を最高潮に持っていくと言っていたキャラもいた。
俺の場合はどんな感じだろう。昨日魔法を使って魔力があることは確認ずみだ。注意点としては魔力活性を使えたとしても効果や時間は小さいと思っていた方がいい。どうやったら使えるのかわからないけどな。
そもそも俺が魔法使いタイプだと魔力活性は使えない。戦士タイプということを願おう。
(魔力活性を使うためのアドバイスは……たしか願いとか心に決めたこととかがきっかけになる、だったか。俺が願うこと、心に決めたこと。これは簡単だ。死にたくない、そのために強くならないといけない。強くなると望み、強くなりたいと願えばいいのか?)
体内の魔力を意識して、両の拳を握りしめ、強くなるのだと自身に言い聞かせる。
絶対強くなって、生き延びる。こんなところで死んで終わってたまるかと全身に力を込める。
(少し熱い?)
なんとなく体内の熱が上がったような気が。なんて思っていたらその熱が引いていく。
(できたんだろうか? 体に力を入れるだけで熱くなるわけはないし、できたんだろう。もう一度試してみたいけど、魔力を消費するはずだから、練習は何度もできない。あとはぶっつけ本番かな)
少しは良い方向に進んだと信じて、石を拾う。胡桃くらいの石を四つ集めた。
その四つの石を坂へと投げて投擲の練習をする。
(そろそろいくか)
練習で自信を得たわけではないけど、いつまでも練習をやっているわけにもいかない。
魔力活性の感覚を思い出しつつ、コアのある部屋へと進む。
一度足を止めて、ミニボアたちの様子を窺う。
(よし、こっちに気付いた様子はない)
再度、強くなる死んでたまるかと気持ちを高める。
体に熱が生じる。よし、発動している感じだ。
右手に持つ石を握りしめて、部屋へと走って入る。
気付いたミニボアたちがこちらへと移動を始めた。
「ここで死んでたまるか! いけ!」
左足で地面を力強く踏みしめ、右手を振り抜いて、石をコアめがけて飛ばす。
そして当たったかどうかを確かめずに、入口へと急いで戻る。
背後からはミニボアの足音が聞こえてきた。向こうの方が速く、どんどん足音が迫ってくる。
勘で右に進路を少しずらすと、ミニボアが一体すぐ横を走り抜けた。
(怖っあのままだと当たっていたな)
部屋の入口を通り抜けて、背後からの足音の数は減る。
減っただけでまだ追いかけてくるから、そのまま坂道を目指して走る。
すると周囲の景色が歪み始めた。
(これはコアが壊れた?)
そう思った次の瞬間に、背後からなにかが飛んできた。
ミニボアが飛んだというわけではなく、風の塊のようなものだった。
それが背中に当たり、衝撃はなく、体に吸い込まれていく。体に痛みとか発生しない。たぶんレベル上限が上がるための吸収だったんだろう。
そんなことを考えていると、周辺の歪みがさらに大きくなっていき、トランポリンで跳ねるように上へと飛ばされる。
(天井にぶつかる!?)
目を閉じて衝撃に耐えたが、痛みなどはなく少しの浮遊感のあとにどこかに立ったような感じがした。
目を開けると、夜の平原に立っていた。月が出ているようで、真っ暗ということはない。
(外に出られた!)
無事に出られたことに感動していると、背後から衝撃を受けて、地面に転がることになった。
「な、なにが!?」
痛みに顔を顰め倒れたまま振り返ると、そこには三体のミニボアがいた。
こいつらも一緒に外へと放り出されたのだろう。
ダンジョンからモンスターがでることがあると現世の知識でもゲームの知識であった。それを考慮せず、出られたことに気を取られて攻撃を受けてしまったのか。
コアを壊せて目的を果たせたんだ。こんなところで死んでたまるか。
震える足でなんとか立ち上がり、逃げる。
そんな俺を逃がすつもりはないようで、三体同時に突進してきた。
「くそがっ」
体に力を込めて横へと飛ぶ。地面に倒れ込んだけど、なんとか避けることはできた。
急いで立ち上がらないと戻ってきている三体にぶつかられる。
戦いを避けて正解だった。あの一撃だけでここまでダメージを受けるんだから、やはり油断できない相手だ。
「風の刃!」
ミニボアを避けようと思って集中していると、どこから女の声が聞こえてきた。
そして目の前のミニボアたちが切り裂かれ、消えていく。あとに残ったのはなにかの欠片だ。たぶん魔晶の欠片か。デッサとしての知識がそうだと示している。モンスターを倒せば残る代物だ。
「助かったのか」
生き延びたと思いながらその場に座り込む。
複数の誰かが近づいてくる。それは村人だったかもしれないが、生き延びた安堵感で警戒できなかった。
「巻き込まれていないか!?」
そう声をかけてきたのはランタンを持った十代後半の男だ。俺よりは年上だろう。
心配そうな顔がランタンの明かりに照らされている。彼の背後に槍を持った男と、杖を持った女と、短弓を持った軽装の女がいる。
「巻き込まれたってのはどういう?」
「俺の仲間が魔法を使ったんだ。君が襲われていると思ってな」
「ああ、そういうことか。助かった。あれらに対抗手段を持ってなくて」
あのままだと突進を避けきれず、さらに攻撃を受けただろう。
「ダンジョンの崩壊にたまたま巻き込まれたのか?」
「いやダンジョンコアを壊して、そこで安心してモンスターへの警戒を怠ったんだ」
「コア破壊? ダンジョンに入ったのか?」
「因縁つけられて放り込まれたんだ。武器も持たされず、着のみ着のままだったよ」
男の表情が困惑のものへと変わる。
「おかしいな。村の人たちは誰もダンジョンには入っていないと言っていたが」
「因縁ってのはどういうことなんだ?」
槍を持った男が聞いてくる。
「ダンジョンを作ったのは俺だろうと言ってきて、朝に蹴り起こされて村人に囲まれてダンジョンまで運ばれたんだ」
「意味わからん」
「俺もわからなかったよ。ダンジョンって人間が作れるものじゃないよな?」
俺の持っている知識と違いがあるのか確認のため聞いてみると、彼らは頷いた。
「確かなことは村人が嘘を吐いたということだな。村長もダンジョン前にいた見張りもダンジョンには誰も入っていないと言っていたからな」
「村人がやらかしたのでしょうね」
軽装の女が溜息を吐きつつ言う。
でしょうねと杖を持った女も頷いた。
「一応確認しておく必要があるだろう。村に戻ろう。君も一緒に来てくれるか?」
「こちらからお願いしたい。モンスターがうろついているかもしれないのに一人で行動したくない」
ダンジョンから放り出されたのがあの三体だけとはかぎらない。
では行こうと歩き出す彼らの後ろをついていく。
なにも言わずにこちらのペースに合わせてくれる。少なくとも村人よりは善人なのだろう。
村に戻る途中で村に泊まったことや朝の出来事を話していく。ついでに自己紹介もする。
最初に話しかけてきた男がセンドル、槍を持った男はカイトーイ、猫の獣人のレミア、草人のプラーラ。
センドルさんは片手斧を持っていて、細かな傷のある革の鎧を身に着けている。背中には金属製の丸盾を背負っている。農村出身で、カイトーイさんとは幼馴染らしい。青髪で、同じく青い目の好青年といった感じだ。
カイトーイさんは身長と同じくらいの槍を持ち、センドルさんと同じ革鎧。がっしりとした体つきで、センドルさんよりも背が高い。赤みの強い茶髪をかりあげていて、茶の瞳で、頼れる兄貴といった雰囲気だと思う。
レミアさんは短弓とナイフを持っている。革のジャケットに短パンにタイツ。センドルさんたちとは俺が向かおうとしたミストーレの町で会ったそうだ。黒髪のショートボブ、メリハリのある引き締まった体で、しなやかな動きができそうだ。頭部に猫耳、腰に尾がある。
プラーラさんは杖を持ち、飾り気のない丈夫そうなシャツとロングスカート、マントだ。肩を越す緑の髪、目は糸目でどのような色かわからない。センドルさんたちとはレミアさんと同じくミストーレの町で会ったそうだ。
草人はゲームで見たまんまだ。緑の髪で髪の一部が蔦になっていて、小さな花も咲いている。開いた目は琥珀色なのだろう。
たしか人間や獣人と比べて寿命が一番長いはずで、四人の中で最年長はプラーラさんかもしれない。
感想と誤字指摘ありがとうございます。