49 頂点会 前
誘拐騒ぎが終わって、俺は次の日から十八階に進んで、フロートリキッド込みのファイトモンキーと戦っていく。
足場の悪さに慣れるためなのでわざとフロートリキッドの液体が散らばった場所を選ぶ。
フロートリキッドの液体がばらまかれているとそれはもうズルズルとよく滑る。足に力を込めて床を踏みしめるとズルッといったり、ファイトモンキーの攻撃を受けてもズルッといったりして戦いにくいことこのうえなかった。
一日何度もそういった戦いを行って、何度も攻撃を受けて出した結論は足場に気を付けるという当たり前のものだった。上手くバランスをとるなど今の俺には難しすぎる。
次の日は極力液体のない地面を選んだり、液体の少ないところを踏んだりしていけば、攻撃を受けることは減っていった。
一戦一戦に時間はかかるものの攻撃を受けることがほぼなくなって、明日からインプのいる十九階に進むことにする。いやダメージがあるし明日は休みで明後日にしとこうか。魔法の攻撃なんて受けたことないし、万全の状態で挑もう。
ダンジョンから出て、歩きながら十九階に出てくるインプの攻撃などを思い返す。
「魔法攻撃というものを一度も受けたことがないからな。そこが不安だ」
魔法防御の護符を買って、さっさと通り抜ける予定だったか。
いつものカニシン堂で魔法防御の護符があるか聞こう。ついでに魔晶の欠片もそこで売ればいい。
カニシン堂に入り、魔晶の欠片を渡しながら魔法防御の護符について聞く。
「安物とその一つ上のものを置いてある」
「できるだけ長時間効果のあるものがあれば嬉しい」
「三十秒のものが十五枚あるが」
「それを十枚頼む」
小銀貨八枚ということで、大銀貨一枚を渡して護符とお釣りを受け取る。
「もっといいものがほしかったら駆け出しが来るここじゃなくて、別の店に行った方がいいのか?」
「そうだな。頼まれれば仕入れるが、すぐにほしいならそっちに行った方がいいだろう」
「ちなみに近所にそういった店はある?」
「十五分ほど歩いたところに、ベルネー本店というのがある」
ギルドで駆け出し用の店を聞いたときに、ベルネー商店って聞いたような気がする。その本店が一人前用の品ぞろえなのか。
その場所を聞いて、店から出る。
宿に戻ると従業員がから声をかけられる。
「客がきていましたよ」
「ハスファじゃなくて?」
ハスファなら名前を言うはずだけど、一応確認する。
「違いますね。男の人でした。名前はグルウと名乗っていました。いつも帰ってくる時間を伝えると、また来ると言っていました」
「わかった、伝言ありがとう」
部屋に戻るとハスファが待っていた。
いつものように疲れ具合を確認されつつ雑談をしているとドアがノックされる。
グルウさんが来たということで、ハスファと一緒に部屋を出る。
ホールにはグルウさんがいて、ハスファは彼に一礼して帰っていった。
「客が来ていたのか? だとすると邪魔をしたな」
「雑談していただけだから大丈夫。それでグルウさんはどのような用事ですか」
「ああ、礼として食事に招こうと思ってな。もう夕食はすませたか?」
「まだですよ」
「よかった。招待を受けてくれるなら案内するんでついてきてほしい」
宿から出て歩きながら、両親と弟は来ていないことを詫びてきた。
「礼をしたいと言いながら、全員で来ていないことはすまなく思う」
「べつに構わないんですが、なにか理由でもあるんです?」
「誘拐されたことで両親が過敏になっていてな。あまり外に出したがらないんだ。弟も精神的に弱っていて両親のそばから離れたがらない」
かなり怖かっただろうし、まだまだその影響が残っているのは理解できる。
元気になるのはそれなりに時間がかかるかもな。
「無理もないですね。誘拐なんてそうそう経験するようなものじゃないし。穏やかに過ごして、早く元気になることを祈っていますよ」
「ありがとう。両親も感謝していたことは確かなんだ」
案内されて歩いていると、見覚えのある道だと気付く。
もしかするとルガーダさんが最初に手配したところかもしれない。
向かっている店について確認するとグルウさんは頷いた。
「知っていたのか。向かうところは高級店だ。失礼だが、君のような駆け出しには無縁なところだと思うんだが」
「一度だけお礼として連れていってもらったことがあるんですよ。そのときも子供を助けたお礼でしたね」
「俺たちのようなことを以前にも?」
「誘拐ではなく、モンスターに襲われていたところを助けたんですよ」
「なるほど」
グルウさんと一緒に店に入り、店員に案内されて以前と同じく個室に通される。
その部屋では三人の男女が待っていた。
ミナと彼女たちの祖父母だろう。祖母は普通の人のようで、祖父は鍛えられた体をしている。二人とも五十代後半くらいか。
「連れてきたよ。そこの椅子に座るといい」
グルウさんに勧められた椅子に座る。正面にはお爺さんがいて、こちらを見てくる。視線が力強いといえばいいのか、雰囲気のある人だ。
「まずは孫を助けてくれたことの礼を。本当にありがとう」
「ありがとうね。あの子が無事とわかって家族皆で喜んだわ」
祖父母からの礼にどういたしましてと返す。
「兵たちの頑張りもありましたから助けられたと思います」
「彼らにも差し入れという形で感謝を示したよ」
兵たちにはすでに礼をしてあるのか。では俺も遠慮なく食事を楽しもう。
自己紹介したあとに料理が運ばれてくる。祖父はファードで、祖母はシステナという名前だった。
話は料理のあとでということで、以前のように美味い料理を堪能していった。
デザートのミルフィーユが運ばれてきて、それを食べているとファードさんに話しかけられる。
「この食事だけが礼というのもこちらとしては申し訳ない。そこで冒険者として手伝いをしようと思うのだが」
「手伝いというのはどういったことなのでしょうか?」
この料理をまた食べられただけでも十分なんだけどな。まあそれでは気が済まないんだろうってのもわかる。ルガーダさんとかがそんな感じだったしね。
「俺は長く冒険者をやっていてな。経験はいろいろと積んでいる。なにか困ったことがあれば相談にのれる」
「もしかしてまだ現役なんですか?」
ファードさんが頷く。
五十歳を過ぎて現役ってのはすごいな。そこまで五体無事でいられることも、続けていこうという精神的な元気さも素直に感心する。
「それだけ長く続けているならこの町で大きく名が知られていそうですね」
俺がそう言うとミナとグルウさんがクスリと小さく笑う。
「爺さんのことをそんなふうに言う人は初めて見た」
「そうね。私たちの周りにそんなことを言う人はいなかった」
「かなり有名な人?」
二人は頷きを返してくる。
「爺ちゃんは頂点会のトップ。この国でも三本指に入る強さよ。この町だけじゃなくこの国でも名が知られているわ」
「……すごいな?」
思った以上にすごい人が出てきて、そんな感想しか思い浮かばない。
国で最上位の人と会うなんて予想もしてないよ。
俺の呆気にとられた様子にグルウさんとミナはぶはっとこらえきれず噴き出す。
ファードさんも穏やかに笑みを浮かべている。
「どこまでも強さを追い求めていたらそんな評価を得ていた」
「もう少し家庭を顧みてくれてもよかったと思うのですけどね」
システナさんに言われて、ファードさんは困ったように笑う。システナさんに責める雰囲気はないから、放置しすぎたわけでもないんだろう。
「そういうわけだ。なにか相談事があれば爺さんなら答えてくれるはずだ」
相談ね……ミルフィーユを口に運びつつ浮かんだのは昨日今日と取り組んでいた足場についてだな。
「えーと、ずっとダンジョンで戦ってきてですね。地面が荒れることはなかったわけです。ですが少し前に森の中で戦って、足場の悪さに戸惑って、そういった状態に慣れようと、十八階のフロートリキッドがまきちらす液体で練習してみたわけですね。その結果、足場に注意するという当たり前の結論を出しました。ファードさんは足場の悪さはどう対応していますか?」
「君にすぐにやれることは、滑りにくい靴を準備する。こんなところだろう」
とても現実的でわかりやすい。
「時間をかける場合は何度も足場の悪い状態を経験して慣れる」
「やっぱり練習あるのみですか」
「そうだな。慣れというのは大事だ。だが当たり前のことしか言えないのでは相談したかいがない。というわけでほかのやり方も教えよう。できるようになるには時間がかかるが」
「よろしくお願いします」
「指輪型の風の魔属道具を購入して、足の裏から風を放出する。そうすることでフロートリキッドの液体は完全ではないが除去される。小石や木の葉も同じように飛んでいく。木の根やデコボコした地面なんかはどうしようもないが」
「言っておくけど、簡単じゃないからな」
グルウさんが付け加えてくる。
「やりなれてないと靴の中に風が生じるんだ。ほかにも魔法を使うということに意識がもっていかれて、戦闘に対する集中力が欠けることもある」
「練習を重ねると空中を踏みしめることができるようなったりしますかね」
「無理ね。私も同じ質問をしたことがある」
皆同じことを思うのかな。
「どうして無理なのか教えてください」
「戦士タイプは魔法が得意というわけじゃない。だから空中を踏めるほどの強い風を起こせない」
「納得ですね。簡単な魔法でいいなら買うものは安物でいいんですかね」
「そうね。いいものを買っても私たちには使いこなせない」
そうだなと頷いている俺に、ほかにも聞きたいことがあれば聞いてくれとファードさんが言う。
ほかにと言われても……魔力活性上達のコツ。これはニルから何度も使えと言われているしな。
剣が上手くなるにはと聞いても、道場に通えっていう返答がありそうだし。
特に思いつかないし、現実味のないことでもいいかな。以前漫画とかで見た技の再現をできないかって考えて、放置していたんだよな。いい機会だから聞いてみよう。ミルフィーユの残りを口に放り込み飲み込んで、質問する。
「突拍子のないものでも大丈夫ですか? もしかしたらできることかもしれませんが」
「答えられないかもしれないが、とりあえず言ってみてくれ」
「技に関してです」
「技を使うのかね? まだ基礎を鍛える時期ではないかと思うのだが」
「使えないんですが、やれるかなと思っていることがありまして」
「ほう。どのようなものなのかな」
「受け流しなんですが、武器を使っての受け流しではなく、魔力を使ったものなんです」
これだけだと想像できないなのかファードさんたち冒険者三人は疑問を顔に表している。
「詳しく言いますね。物理的な受け流しは剣とか腕とかで相手の攻撃を対処しますよね」
「そうだな。そこは理解できる」
「俺が言っているのは体を殴られたりして攻撃されたときに生じる内部への衝撃を、体内の魔力を動かして体外に捨てるという感じです。たとえば胸を殴られて、その衝撃を魔力に乗せて背中へと逃がす」
その工程を想像しているのかファードさんは思案気な表情だ。
対してミナとグルウさんは想像できないみたいでまだ首を傾げている。
「魔力活性で防ぐだけじゃ駄目なのか?」
グルウさんが聞いてきてミナも頷いている。
「駄目というか、できるかなと思って聞いただけなので無理なら無理で仕方ないと思っていますよ」
「爺ちゃんはまだ考えているけど、私はできないと思う。とりあえずほかになにかない?」
「ほかですか……絶対的な攻撃というのはあるのかなと思う」
「またわかりにくい質問が来たわね。どんな攻撃をイメージしているの?」
「剣で言うなら上段からの振り下ろしを何度も繰り返して、力の入れ具合、動作の効率化といったものの練度を上げる。相手が反応する前に攻撃、もしくは防御されてもそれごと押し潰すといった感じですかね」
「あー、それならイメージできる」
ということは実現させた人がいるのかな。
「爺ちゃんの絶拳がそんな感じかな。使われると反応できずに殴られる人がほとんどで、防御していてもその防御ごと吹っ飛ばされる。衝撃も防御ごしに肉体に伝わるね」
「まさにそんな感じの攻撃をイメージしていましたね。練習すればできるようになるものなんですか?」
「爺ちゃんは実現しているし、かなり時間をかければ誰でもできるとは言っているわ」
すごいプロが言う「ね、簡単でしょう?」と同じ方向性じゃないよね?
「ミナとかグルウさんは練習している?」
「しているわ」
「しているな。まだまだできる気はしないが」
「これに関しては才じゃなくて根気と時間が必要なんだと思う」
「ミナの才は爺さんも認めるほどだ。そんなミナがすぐにできるようにならないんだから、言っていることは正しいと思うぞ」
「そうなんだ」
時間をかけて積み重ねて、成果がでずに諦めていきそうになるのを耐えて、習得できるものか。努力の技なんだな。
次はどんなことを聞こうかと思っているとファードさんが考えをまとめたようだ。
「魔力の受け流しだが、できるかどうかがわからん。だができればかなり役立ちそうだ」
「そうなんですか? 俺が言ったものではありますが、実用性はさっぱりなんですが」
「防御に新たな手段が増えるということは、ダメージを減らすことができて戦える時間が増えるということでもある。デッサ君の言った防御は魔力活性と違って、魔力をほぼ消費しないものでもありそうだ」
「そうなの?」
ミナにファードさんは頷きを返す。
「体内の魔力を動かすだけだからな。なんといえばいいのか魔力というバケツに衝撃を入れて体外に、いや違うな。これだと魔力を消費しない。体内の魔力という川に衝撃という荷物を放り込んで、その流れた荷物を取り出すときに水滴のように魔力が付着している」
漫画だけども魔力の受け流しを見たことがあるから、俺はなんとなく理解できる。ミナたちは首を傾げているけど。
「実現できればごく少量の魔力消費でダメージを減らせるとだけ今は理解できればいい」
「タイミングさえあえば、その衝撃を相手に返すこともできそうですよね」
「ほう……ああ、なるほど。衝撃をのせた魔力の流れを上手く制御できたらそうなるな」
イメージが自分の中にあるファードさんは理解できると頷く。
そして笑い出した。
「いやはや五十年以上生きてきて、まだまだ強くなれるヒントを得られるとは。本当に人生とは面白いものだ。皆が習得できるようになったら安定して八十階以上にいけるようになるかもしれないな」
ゲームだと八十階から先はモンスターの強さの上がり方が大きくなったけど、ここでも同じらしいな。
俺がそこに行けるのはかなり先のことだろうけど、最前線はどんな感じなのか聞いてみるか。
「八十階から先は安定しないのですか?」
「しないな。モンスターが格段に強くなる。英雄のやり方を真似れば安定はするかもしれないが、それはうちの方針に反する」
「英雄は大ダンジョンを突破したんでしたね。そういやどんなやり方かは知らなかった」
たぶん逃げたんだろう。ゲームも戦闘を回避するのが一般的なやり方だったし。
「徹底的にモンスターとの戦闘を避けた。避けられない場合は体力と魔力と道具を惜しみなく注ぎ込んで突破していったと聞く」
そうなるだろうな。
「頂点会はそれをやらないということですよね」
「うむ。我らは真正面から突破していくことを目標としている。戦闘の回避を悪いとは思わないが、強くなるためには逃げてばかりでは駄目だと考える」
「真正面から突破するためモンスターの研究などを先達がこつこつやってきた結果、頂点会は安定して八十階にまでいけるようになっている。ほかの大ダンジョンではたまに九十階手前までいけたり、七十階で引き返したりとぶれが大きい」
「ぶれますね。しかも九十階突破はできていないと」
「逃走と武具と道具をそろえるだけでは九十階以降はやっていけないのだろう。しっかりとした強さも身に着けて、運も絡んで大ダンジョンは踏破できるのかもしれない」
運も絡んでくるのは辛いよな。どんなに体調を整えても、強いモンスターが連続して襲いかかってくると、消耗して引き返すしかないだろうし。そして引き返すときにもモンスターが襲いかかってくるから、無事に脱出するのも運がからんでくる。
「そんな場所を進むため、新たな技術といったものは歓迎できるのだよ」
「実現できたら、ですよね」
「そうだな。だからまずは練習だ。よければ君も練習に加わるかね」
「さっきあなたが俺にはまた技は早いと言ったじゃないですか。俺自身基礎の強さが足りていないとわかっていますから」
「一緒に練習すればまた別の発想が聞けると思って誘ってみたが断わられたな」
「そうそう突飛な発想なんてでませんよ」
ぽんと浮かぶ技は格闘ゲームで出てくるものだけど、それはレベルアップして身体能力を上げるか、魔法も併用すればできそうだしな。
ほかには分身とか瞬間移動しての連続攻撃とかだけど、それはさすがに無理だろう。
いや転送屋があるから瞬間移動での攻撃はできる人いるかもしれないな。
あ、新しい発想じゃないけど、聞いてみたいことはあるな。
「すでにある発想だとは思うんですけど、魔力活性のその先ってあるんですか?」
ゲームにはなかった概念だけど、ずいぶんと時間が経過しているんだからそういったものも現れているかもしれない。
「先か、多くの者が求めたが誰一人として形にした者はいない。どのようなものが魔力活性の先なのか、こうだと示せるものがいなかった。過剰活性をそうだと言う者もいたようだが、あれは邪道だろう。まっとうに先へと進めたのなら、危険なものにはならないはずだ」
「ヒントがなさ過ぎたんですねー。自分の思う形が魔力活性の先だ、なんて勝手に断言してもいいかもしれませんね」
過剰活性をもっと穏やかに改良できたら、今頃は過剰活性が魔力活性の先という認識だったのかもしれない。
「勝手に決める。ああ、それもいいかもしれん。誰も知らないのだから、それは偽りだと言えないだろうしな」
ふふっとファードさんは笑う。
「やはり君の考えは面白い。すぐに魔力活性の先を思いつきそうだ」
「いやー、難しいですね」
「発想に期待するのは一度忘れて、本題に戻ろう。技の練習に加わるのではなく、一度動きを見せてもらおう。お礼のつもりがヒントをもらってしまったからな。強くなるための助言をしようと思ったんだ」
技の練習を一緒にやろうかって誘いを断った流れだったな、そういや。
「ありがたい話ですが、時間をとれませんから頂点会に何ヶ月も通うということはできませんよ」
「忙しいのかね?」
「はい。目的がありますから」
「そうか。まあ、それでもいいので来てみないかね」
「明日でも大丈夫ですか?」
急な話だが大丈夫ということなので、朝から頂点会に行くことにする。
デザートも食べ終えて、そろそろ切り上げるのにちょうどいいので、帰ろうという話になった。
また明日とファードさんたちと別れて、宿に帰る。
感想と誤字指摘ありがとうございます
魔力での受け流しは、マテリアルパズルの万象の杖