48 誘拐事件 5
配置についてカウントが迫る。
「いくぞ」
動くタイミングを数えていた兵の一人が前に出る。それについて行く形で俺も儀式の現場に足を踏み入れる。
ほかのところでも少しだけばらつきはあるが、儀式の現場に突入している姿が見えた。
犯人たちはすぐに反応を見せた。人形兵たちは武器を構えて、中央にいる犯人は時間を確認するように空を見上げ、もう一人は剣を抜く。
「このままばれずに終わらせたかったが、ばれたのなら仕方ない」
「子供たちのため儀式は止めさせてもらう」
「やれるならやってみろ」
兵と犯人の戦いが始まる。中央ではミナたちが戦いを始めていた。犯人を守るように周囲の人形より少し大きな人形がいつの間にか出現していた。四本腕があり、それぞれに鉄の剣を持っている。
もう一人の犯人は兵が二人で戦おうとしている。なにか会話しながら戦いだした。
それらを気にしている暇はない。俺の方にも人形兵がきているのだ。
ゲームだと人形兵はどれくらいの強さだったか。三種類くらいいたんだよな。目の前のは身に着けている武具は質の悪そうな革鎧と青銅の剣で、人形の作りは精巧とはいえない。たぶん一番下の奴かな。
それだったら今の俺と同等か少しだけ上のはずだ。
(体力の高さが特徴だったし、ダメージが入っていないように見えても焦らず戦おう)
人形兵が振ってくる剣を避けながら、弱点であるコアがどこにあるのか見ていく。
人形兵はコアを埋め込まれて動くのだ。そのコアを砕けば倒せる。十六階のソイルドールのようにゴーレムに属するもので、弱点も似ている。ただし魔力を消費させて倒すという方法はとれなかったはずだ。
(ぱっと見、コアの位置はわからないな。とりあえず胴体を攻撃して革鎧をはがそう)
幸い人形兵の攻撃はそこまで卓越したものじゃない。回避は楽で、反撃する余裕がある。
何度も攻撃を当てれば、身に着けていた革鎧はぼろぼろになっていった。
「これくらいでいいか」
攻撃を避けて、左手で革鎧を掴む。強く引っ張ると千切れて地面に落ちた。
鎧をはがしてもコアは見えない。
どこにあるかなと思っていると、ほかの兵が腹に埋め込まれたコアを壊したと伝えてくる。
「こっちも腹にあるといいけど」
とりあえず腹を裂いてみようと、そこに攻撃を集中することにした。特製服のように丈夫な布が使われているようで、一回や二回では破れない。
五回くらい攻撃を当てると人形の腹が横に裂けて、ちらりとガラスの表面のようなものが見えた。
「よし。終わりだっ」
見えているガラスに剣先を叩きつけると砕けて、人形兵はその場に崩れ落ちた。
別の人形兵と戦おうと周囲を見ると、ほかの人形兵は兵たちに倒されるか戦っている最中だった。
近くにいた犯人もまだ二人の兵を相手取っている。特に怪我をしていないところをみると手練れなのだろう。
「小石を投げて気を引くか? いや俺が加勢しても邪魔になるだろうし、戦いの様子を見てようか」
周囲の警戒しつつミナたちを見ると、ミナたちが大きな人形兵を壊して、犯人へと殴りかかっているところだった。
犯人はそのまま殴り倒される。気絶したようで倒れたままだ。
人形兵たちは犯人の指示で動いているわけではないようで、兵たちとの戦いを続けている。
ミナたちがフリーになったし、こちらの有利は変わらない。形勢は決まったと安心していたら、眩しい光が発せられる。
その方向を見ると、もう一人の犯人が森の中に逃げていくところだった。戦っていた兵二人は、まともに光を見たらしく手で目を押さえている。
(追った方がいいか? 俺一人だとあれに勝つのは無理だけど、ほかに人がいるなら)
誰か手が空いていないかと回りを見れば、人形を倒したばかりの兵がいた。
その兵に急いで近づく。
「一人逃げた。俺一人じゃ止められない。一緒に追いかけません?」
「どっちに行った?」
「向こうです」
よし行こうと兵は頷いた。
一緒に犯人が逃げた方向に走る。百メートル近く走って周囲を見る。
「いないな」
「隠れているんですかね?」
「可能性はあるな。少し見回っていなかったら戻ろう」
二人で木陰や頭上を見ていく。
そこに手が空いた兵たちがやってきて一緒に探すけど、結局は見つからなかった。
俺は斥候技術を習得していないし、兵たちも町や街道での活動がメインだ。暗い森の中で息を潜めて隠れられるとわからない。
斥候技術を持つ冒険者を雇って明るいうちに痕跡を探しにこようと兵の一人が提案してくる。
頷きを返し、彼らと一緒に子供たちのところに戻る。
犯人は気絶しているうちに縛られていて、子供たちは解放されている。
子供たちは解放されたことを喜んでいる様子だけど、はしゃぐ元気はないみたいで座り込んでいる。
ミナたちの弟も抱き着かれて嬉しそうだが、されるがままだ。
「逃げた奴は見つからなかったのか?」
「ああ、いなかった。さっさと逃げたか、隠れたか。どちらにしろ俺たちには探しだせなかった」
「そうか。まあ、子供たちが無事だったことを喜ぼう。ここにある物を回収して馬車に戻るとしよう」
壊れた人形も事件の詳細を知れる材料ということで持っていくことになる。寝かされた死体も丁重に抱えられ運ばれる。犯人の扱いが雑なのは無理もないだろう。
子供たちを馬車まで連れていき、子供たちの護衛に兵を何人か残して、また儀式現場に戻る。
その場に残る人形を俺たちが運ぶ一方で、地面を見ていく兵もいる。掘り起こされた痕跡を探し、そこになにか儀式関連のものが埋められていないかと探していた。
回収と痕跡探しを終えたのが二時間後だ。
その二時間で、ほかのところに行っていた兵たちが合流してきた。
その馬車に子供たちと回収したものを乗せてミストーレに戻る。
馬車に乗れなかった兵は歩く。俺とミナたちは協力者ということで馬車に乗って帰ることができた。
ミナは弟を抱き抱え、その弟は安心した様子で眠っている。ほかの子供たちも出発を待っている間に眠っていた。
彼らを起こさないようにか、隣に座るミナの兄が小声で話しかけてくる。
「君に感謝を。君に出会わなければ弟を救うことができなかった」
「兵たちが頑張って救ったと思いますけど」
「たしかに兵たちも動いただろう。しかし君が儀式の情報をくれなければ手遅れだったはずだ。しかも護衛についていた人形の強さはかなりのものだった。兵たちが儀式の情報を得て現場に急行しても時間を稼がれて儀式が発動していただろうな」
「アーマータイガーっていう四十階以上のモンスターを倒せるあなたたちでも、苦労する強さだったんですか?」
「人形の性能もそうだが、身に着けていた武具の質が高かった。短時間で倒したが、そうせざるを得なかったんだ。最初から全力でいって優勢にことを運ばないとこちらの体力を削られて、倒すのに時間がかかったはずだ」
「ほかの人形の質は低かったんですよね。護衛だけに戦力を集中していたということですか」
「本来はほかの人形を大量にぶつけて、疲労したところに本命をぶつけるといった戦い方だったのかもしれない」
弱い人形兵でも大量にぶつけられたら体力を少しは消耗するし、隙も生じるだろうな。
「あの犯人が儀式に集中しておらず、俺たちの接近に気付いたら。本来の戦い方をやっていたのかもな。まあ儀式の時間が迫っていて、それに集中するなというのは無理だろうが」
人形兵を配置していたってことは一応警戒していたんだろうけど、儀式の方が大事だったというのはなんとなくわかる。
大事な存在の蘇生だからな。どうしても儀式の方に気を取られてしまったんだろう。その隙のせいで俺たちに邪魔されたわけだから、犯人としては痛恨のミスだ。
「後日、改めて礼をしたい。宿を教えてくれないか」
「今こうして礼を言われているだけで十分ですよ」
「いや家族もきっと礼を言いたがる」
「あー、そうかもしれませんね」
ハスファの兄のルザンさんのときもクリーエのときもそうだったしな。
また食事を奢ってもらうことになるんだろうと思いつつ、宿の場所を教える。
「私からも礼を。弟を助けられたのはあなたのおかげ」
ミナがゆっくりと弟の頭を撫でながら礼を言ってくる。
「あなたには以前命を助けてもらいましたからね。そのお返しになったのなら礼は不要ですよ」
そういえばそんなこともあったわねとミナは呟く。
ミナにとっては重要なことではなかったんだろうけど、俺にとっては恩を返すに値することだからな。今回無事恩を返せてほっとした。
「それでも感謝しているのは事実。だから礼を伝えたい」
そこまで言って少し考え込んだ。
「名前を知らなかったわね。なんていうの」
「デッサ」
「そう。デッサ、ありがとう」
「どういたしまして」
流れでミナの兄からも名前を聞く。グルウというそうだ。
ミナは礼を言って満足したようで弟に視線を戻す。
「この子たちは助けられたが、あいつの血縁らしき子供は結局死んだままか」
グルウさんは助けられなかったことに心残りがあるのかね。
「死者が生き返ることなんてないですよ」
「あいつは自分の子供が生き返ると信じていたみたいだ」
「話したんですか」
「ああ、子供たちを犠牲にするのは馬鹿げている。子供の親たちが悲しむ。その思いはわかるだろうと、今ならまだ止められると伝えたんだ。だがなにを犠牲にしても我が子を生き返らせると言って、儀式を止める気配はみじんもなかった」
主人公みたいなことを話していたんだな。
ゲームで例えるなら今回の俺はヒントを出す脇役だったわ。
「ほかの子を犠牲にしても、息子は喜ばないと思うのは俺の気のせいなのかね」
「死者がなにを考え、どう思うかなんてのは想像しても正解はでませんよ」
あの死体は綺麗だった。だからモンスターに殺されたり、事故死ではなさそうだ。となると病死の可能性が高そうだ。
死の恐怖に怯えて未練を残していたか、諦めて死を受け入れていたか。彼の死までの様子から想像するしかないし、死に際の感情は本人以外にはわからないから想像しても外れるだろう。
「あの魔術は絶対生き返るなんて保証もないものですから、生きている子供たちを助けられたことで満足しておいた方がいいですよ」
「そっか」
グルウさんも弟に視線を向けたので会話を続ける雰囲気ではなく、馬車の外を眺めることにした。
夜空の雲と満月を眺めているうちに町に到着して、馬車から降りる。
眠っている子供たちは身体検査のため町長の屋敷に連れていかれることになる。
兵たちが子供たちを抱き抱えていく。ミナも弟と一緒に屋敷へと向かう。
グルウは弟の無事を知らせるため家に帰るそうだ。
俺も宿に帰ることにして、のんびりと夜の町を歩く。
ザラノック増殖に誘拐事件。立て続けに巻き込まれる形になるとはなぁ。
これまでを思うとまたなにか巻き込まれそうだけど、しばらくは鍛錬に集中させてほしいもんだ。
◇
誘拐事件から少し時間が流れて、逃げた犯人はミストーレから北に行ったところにある国境の町に到着していた。
そこに来るまでに服を買い直し、ターバンを巻いて軽く化粧もして変装していた男はまっすぐ宿を目指す。
宿に入ると慣れた様子で建物内を歩いて、部屋の前で止まりノックする。
「テンダースだ」
「入っていいぞ」
返事を聞いて部屋に入る。部屋の中に変わった様子はない。男が一人ベッドに腰掛けていて、男のものらしい荷物がテーブルなどに置かれている。
「あの男はどうした?」
「捕まった」
「失敗したか。結果を見られなかったのは残念だな。また別のところで試してみるか」
男はベッドから机に移動して、書類を引き出しから取り出し結果を書き込んでいく。
テンダースはテーブルに置かれている酒瓶からコップに酒を注いで、一口飲んで話しかける。
「森の方はどうなった? 報告は入ってきているのか?」
「予想外のことになったな」
「予想外? ザラノックの強制変化の実験だったろ。ついでにヒールグラスの畑に被害をだせれば上々と聞いていたが、なにが起きたんだ」
「ザラノックの強制変化は成功だ。使う物が希少すぎるからそうほいほいとモンスターの変化を起こせないが、実証できたのは良い結果だ。予想外だったのは森に小ダンジョンがあったことだ」
「小ダンジョンのモンスターならばザラノックやライアノックにとってはなにも問題はないだろう?」
「小ダンジョンのモンスターとぶつかったわけじゃない。そこを餌場にしたんだ」
「あー、格下のモンスターばかりだから魔晶の欠片が食い放題なのか」
「その結果、こちらの想定以上の数になって間近で観察できる状態じゃなくなったようだ」
「担当はどうした?」
「森から離れて、カジックに移動。そこで森の動向を観察。冒険者たちが森に向かったところで、観察を止めた」
「俺たちが森に関わっているとばれてはいないだろうな」
「誰かいたという痕跡はどうしても残るだろう。だから予定通り、カルガントの紋章が入った鎧を置いてきた。この国も素直にそれを信じることはないだろうが、カルガントを怪しむことだろう」
カルガントは今彼らのいるセルフッドの北にある国だ。
約百五十年前にシャルモスという国がなくなり、新たにカルガントが生まれた。大陸に八つある国の中では一番歴史が浅い国だ。
この大陸を大雑把に表すと、菱形に斜め線を引いて九等分して東が欠けた形だ。セルフッドは東側の上に位置して、カルガントは最北に位置する。
「小さな不信感を積み重ねて揺さぶり、カルガントが孤立していく。その先にシャルモスは再び立つ」
「そのためにも今は静かに目立ちすぎないようにやっていく」
なにもかもカルガントに押し付けるとわざとだとばれるだろう。その流れでシャルモスの残党の仕業だとばれては問題だ。
焦らず、じわじわとことを進めていく。彼らは確実に故国を取り戻すため動いていく。シャルモスがなくなり、残党が集まって百年以上という時間をかけてやってきた。今さら焦ることはないのだ。
「話を実験に戻そうか。月の魂重ねの儀式はどこまで進んでいた?」
「ほぼ最後までだ。満月の夜に生贄を並べ、儀式開始までもうすぐというところで兵と冒険者がやってきた」
「ばれるような行動をお前たちはとっていたのか?」
「目立つようなことはしていないはずだ。運が悪かったということじゃないか?」
事実親たちが自警団たちに捜索を依頼してはいたが、誘拐犯に繋がる情報は得ていなかった。
デッサが偶然日が暮れて歩いている子供に遭遇したり、情報を集めなければ、そのまま救助は間に合わず儀式が開始されただろう。
「まあ以前もちょっとしたことで実験が潰れたことはある。今回もそうだったというだけか」
「おそらくな。でも儀式そのものは運が悪かったですませられるが、気になることがある」
「なんだ?」
「兵と戦いになったとき、兵が月の魂重ねの詳細を把握しているような言動をしていた」
「シャルモスの魔術を知っていた? うちの王族の生き残りか研究者がセルフッドに流れていた?」
シャルモスの魔術を把握している存在はそのどちらかだった。
「王族はないだろう。全員が殺されてしまった。レステンス様が話してくださっただろ」
「だとしたら研究者か。たまたま月の魂重ねだけが漏出した可能性もあるが、うちの知識が他国に流れている可能性も疑う必要がある。これは本拠地に急いで伝えなければ」
「報告書は任せた。俺は今後どうすればいい?」
「ミストーレに戻れそうか?」
「顔が割れているから無理だろうな」
「だったら書き上げた報告書を本拠地に持っていってくれ」
頷いたテンダースは出発の準備を整えるため、部屋から出ていく。
残った男はザラノックと月の魂重ねの報告書を急いで書き上げることにして、ペンを動かしていく。
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