46 誘拐事件 3
レミアさんたちと別れて、ルガーダさんに会いにいくと、今日はクリーエもいた。
誘拐の件を伝えたあと、昼食に誘われたので頷く。
クリーエが最近どうしていたのか聞きながら食事は進み、食事を終えて二人に別れを告げる。
午後の予定はギルドと教会とタナトス家だ。
ギルドで小ダンジョンの話と次から挑む十七階についての話を聞くつもりだ。
ギルドに入ると、昨日話した職員が受付にいた。
「こんにちは」
「ああ、昨日の。いらっしゃいませ。小ダンジョンですか?」
「ええ、お願いします。近場でありますかね」
職員は書類を見ていき、少し悩む様子を見せる。
「近場のダンジョンは依頼済みのものばかりですね。片道五日のところに二つありますがどうしますか。十日も待てばまた近場からの依頼があると思いますが」
「うーん……待ちますか」
今すぐ小ダンジョンを踏破しなければならないってわけじゃないしな。
そうなると十日後までダンジョンに挑むことになるな。
「十七階に出てくるモンスターについて教えてほしい」
「少々お待ちを」
職員は今使った書類を戻し、ダンジョンについての書類を持ってくる。
「出てくるモンスターはファイトモンキーです」
職員は大きさや特徴を話していく。
ニホンザルをひとまわり大きくして、好戦的にしたモンスター。最低二体で行動し、肉弾戦を挑んでくる。毒といった特殊なものは使わない。
魔晶の欠片は大銅貨六枚と小銅貨4枚で売れる。一体倒すだけで食事二回分か、最初に比べると売却額が増えたなぁ。
「ファイトモンキーは十八階にも出てきますね。一緒にフロートリキッドも出現します」
思わず顔を顰める。
「その表情になるということはフロートリキッドに関しては知っているみたいですね」
「戦ったことはないんですけど、話に聞いたかぎりだと俺みたいに武器を使う者にとっては厄介だと思いましたね。知識に間違いがあるかもしれないので、情報をお願いします」
頷いた職員がフロートリキッドについて話してくれる。
フロートリキッドは弱い。五階くらいに挑んでいる冒険者でも余裕で倒せる。
攻撃方法は体当たりしかないが、倒したあとが厄介だった。ゲームだと命中率を減らしてくる。こっちでは倒した際に破裂して液体を飛ばしてきて、それが非常にぬるぬるしているんだそうだ。武器がすっぽ抜けるはめになり、ファイトモンキーと無手で戦うはめになることがあるらしい。
「改めて疑問なんですけど、モンスターは倒すと消えますよね。だったらフロートリキッドの液体も倒したら消えないんでしょうか」
「あの液体は体液ではなく、水をとりこんで変化させたものなので、フロートリキッドの一部ではないみたいです。だから死んだあとも残るみたいですね。あとはモンスターから離れた時点で独立したものとみなされるみたいです。魔蛾の鱗粉も、魔蛾が死んだあとも影響を残しますし」
「なるほど」
「冒険者さんたちの対処法としては投石などで破裂させてから滑る足元に注意して戦うというものらしいですね」
「あー、武器を落とすことだけじゃなく滑ることも考えておかないといけないのか。そうなるとさっさと十九階に進んだ方がいいかな」
「十九階のモンスターについても聞きますか?」
「お願いします」
「十九階のモンスターはインプです」
「空を飛んで、魔法を使ってくる小さなあれですか」
「ええ、そのインプです。大きさ的には人間の3歳児くらいですかね。使ってくる魔法は炎か氷を飛ばしてくるくらいですが、何匹も一斉に魔法を使われると大きなダメージになります。あとは天井付近に陣取って降りてこない知能もあってなかなかに厄介ですね」
手の届かないところから一方的に魔法を使われるのは本当に厄介だ。たしかゲームだと上空からではなく、距離をとって魔法を使ってくるモンスターだった。たまに上空から攻撃してくることもあったけど、主人公のジャンプ力で届いていた。
俺のジャンプ力で届くかどうかはわからないし、ジャンプして攻撃ということをあまりやってこなかったから与えるダメージは減るだろうな。
十八階と十九階は俺に向いていない階みたいだ。
ああ、でも十八階は鍛錬に使えるかもしれない。森で足場の悪さに苦労したし、ここで少しは動き方というものを学んでおけば今後が楽になる。
となると十八階は駆け抜けずに十九階を通り抜けるようにするか。
降りてこないインプとは戦いづらい。あとでタナトスの人たちがインプをどう対処しているのか聞くのもいいな。
「情報ありがとうございました」
「いえいえ。ああ、そうだ。昨日伝えていただいたガダムの村についてどうなったのか聞きますか?」
「少し気になるけど、聞かなくていいですね。町長とギルドたちでどうにかなるだろうし、もう俺の手を離れたことだ」
ニルたちがいるんだし、どうにかなるだろう。
そうですかと職員はすぐに引く。気になるなら教えておこうという感じだったのだろう。
ギルドから出て、教会に向かう。
まずはポーションを購入し、聖堂にハスファが入れば挨拶くらいしようと思ったけど、いなかったのでそのまま出る。
タナトスの家でもシーミンはダンジョンに行っていて会えなかった。
母親には会えたから、インプについて話を聞くことはできた。といっても特別な対策はなかった。魔法を使える人か護符で撃ち落として飛び上がるまでに全員で攻撃という感じだった。
タナトスの一族が身に着けるローブは魔法への耐性があるそうで、俺の場合は魔法ダメージを抑える護符を使った方がいいということだった。
俺がインプと戦うなら撃ち落とす護符と魔法防御の護符を使用することになるだろう。しかも魔法防御の護符はこれまでのように短時間のものだと効果が切れたときに攻撃を受けることもありえるから、効果時間が長めのものを買った方がいい。
余計にお金がかかるだろうし、インプとの戦いは避けた方が無難だなと結論づけた。
朝になり、準備を整えて宿を出る。
ダンジョンに入る前に人形劇の準備をしている人がいないか周囲を見てみたけど見つけることはできなかった。
気持ちを切り替えて転送屋を使ってダンジョンに入り、十七階を目指す。
ファイトモンキーの動きは身軽で素早い。動きを追いきれずに攻撃を受けることもあった。けれどもザラノックよりも攻撃が軽めだ。足場自体しっかりとしているのでじょじょに対応できるようになった。
護符も使用して二体を相手して勝つことができ、油断しなければ十七階は問題なくやっていける。その自信を得て今日の探索は終わった。
翌日も二体のファイトモンキーと戦っていき、最後に三体のファイトモンキーと戦って複数戦の経験を積む。
そしてさらに次の日、今日は三体相手をもう少し増やそうかと考えつつ転送屋に向かっていると、見知った顔を見つける。
ミナとその兄だ。なにかを探しているのかあちこちに視線を向けている。
「おはよう。なにか探しているのか?」
「あなたは?」
ミナは思い出せないようだが、兄の方は気付いたようだ。
「以前ミナが助けた」
「そうそう。なにか探しているようだったから手伝えるかなって声をかけたんだ」
助けてもらった礼になるだろう。
「八歳くらいの少年を見なかったか? 黒髪を坊主にした子供だ」
「黒髪の少年」
「なにか知っているの?」
ミナが俺の両肩を掴んでくる。よほど心配なのか力が込められている。
「心当たりというか」
「早く言いなさいっ」
「ちちょっとおおちつけええ」
揺らされていると話せないんだが。
ミナの頭を兄が叩く。それでミナは揺らすのを止めた。
「それじゃなにも話せないだろう。心配なのはわかるが、少しは落ち着け」
「でも」
「でもじゃない、まったく。すまんな。年が離れたあの子を可愛がっていてな。それでなにを知っているのか教えてくれないか」
一度深呼吸させてもらって知っていることを話す。
「少し前からこの町で子供の誘拐が起きている。攫われた子供の特徴は十歳以下の黒髪の少年だ。この条件に該当するならもしかすると同一犯に誘拐された可能性がある」
「そんなことが起きていたのか」
「自警団と町の兵が犯人を捜しているんだ。だから情報を得たいならそこに行くといい」
「犯人の特徴とかはわかっているのかしら」
「おそらくこういった人じゃないかという情報はある」
「教えなさい」
「駄目だ」
どうしてとまた両肩を掴んでくる。
「今のあんたに教えたらあちこち駆けまわって該当する人物を探すだろう。そうなると犯人が警戒して隠れる可能性がある。兵たちはまずは拠点探しをしているんだ。その邪魔をさせたくない」
ミナの手に力が込められるが、兄が落ち着かせるようにミナの手に自身の手を重ねる。
「その通りだな。今のミナは冷静さが欠けている。情報を得てしまうと暴走するのが目に見えている」
「でもあの子は今怖くて泣いているかもしれない!」
「だからといって捜査の邪魔をすれば救出が遅れる」
「ひとまず進展がどうなっているのか、ミストーレ町会の拠点に行って聞いてみたらどうですかね」
「そうしてみる。ミナ、行くぞ」
「わかった」
「どうなったのか気になるんで俺もついていきます」
ダンジョンに行くのが少し遅れるけど、まあいいだろうさ。
ミストーレ町会の拠点はミナの兄が知っているようで、迷う様子なく早足で進む。
十分ほど歩いて、玄関の開いた建物に入る。
「すまない。誘拐された子供に関して調査していると聞いたのだが」
「あなたがたは?」
「弟も誘拐された可能性があって、進展について聞きたいんだ」
自警団員たちは少し驚いた表情で、詳しいことを聞こうと俺たちをソファに促す。
ミナたちの弟がいつどこでいなくなったか尋ねる。
ミナたちと弟は離れて暮らしているそうで、いなくなったのを知ったのは昨日だそうだ。
彼らの親が頂点会に会いに来たのが昨日で、弟を迎えに来たと言われて、来ていないと答えたことでいなくなったことが判明した。
頂点会に弟が来て泊まることは珍しいことではなく、今回もそうだと親は思っていたそうだ。
「昨日からあちこち探してみたが、さっぱりだった。そんなとき彼から誘拐事件が起きていると聞いたんだ」
自警団員から視線を向けられて一礼する。
「町から犯人の特徴が伝わっていると思いますが、それをもとに探して進展はありましたか?」
「君は犯人の特徴を知っているのか?」
「ええ、さらわれかけた子供の保護をしたりと今回のことに少し関わっているんで、その流れで情報が入ってきているんだ」
納得したように自警団員は頷いた。
「冒険者の協力者がいたと町の兵が言っていたな。それで犯人捜しだが聞き込みで少しずつ情報が集まった。それをまとめて、町長のところに団長が行っているんだ。そこで今後の動きが決まるだろう」
「ここの団長はいつ帰ってくるのだろうか?」
ミナの兄が聞き、自警団員はわからないと返す。
「待たせてもらうことは可能か?」
「別にかまわないが、落ち着かないだろうし、ダンジョンでモンスターを殴ってきたらどうだ? それで不安が晴れるとは言わないが、少しは気が紛れるだろう。団長がここを出てそう時間はたっていないし、帰ってくるのもしばらく先になると思う」
ミナの兄は少しだけ考えこんで頷く。
「そうさせてもらおう」
「兄さん。そんなことをやっている場合じゃないと思う」
「そうは言ってもな、彼らの言うように落ち着かない時間を過ごすだけだ。それなら一度ダンジョンに行って戦ってくれば落ち着かない時間はさっさと過ぎていくだろうさ」
ほら行くぞとミナの背を叩いて立ち上がらせる。
俺もダンジョンに行くことにして立ち上がる。
ミストーレ町会の拠点から出て、一緒に転送屋に向かう。
二人は心配から集中しきれないだろうということでいつも戦う階より手前で戦うそうだ。三十階後半をうろつくらしい。
転移していった二人を見送り、俺も十五階に送ってもらう。
十七階までさっさと行って、二体や三体でいるファイトモンキーと戦っていく。
そうして昨日より少しだけ早めに切り上げてダンジョンを出る。その足でミストーレ町会に向かう。
「こんにちは」
「おや、朝の」
「どうも。団長さんは戻ってきました?」
「ああ、昼くらいに戻ってきた。犯人の拠点らしきところをいくつか目星をつけて、兵と協力して探しに行っている。あの二人も一緒だよ」
弟が心配で昼には切り上げたのか。
「人形劇をやっていた人の目撃情報はそれなりにあったみたいですね」
「そうらしい。町のあちこちで目撃されていたみたいだ。目的の子供を連れ去るためあちこちに行っていたんだろうな」
話していると背後から失礼と声をかけられる。
振り返ると三十歳くらいの男とミナたちがいた。
俺が邪魔になって入れなかったか。一言詫びて端に避ける。
感想と誤字指摘ありがとうございます