44 誘拐事件 1
用事は終わらせたし夕飯だ。ギルド近くの食堂に入り、がっつりとしたものを食べたくて肉料理を頼む。
少しして鉄板に乗せられたステーキが運ばれてきた。肉とソースがジュクジュクと音を立てており、匂いと音が空腹を刺激する。
肉を食べ終えて、鉄板に残った肉汁と脂をパンで拭って口に放り込み、満足した食事を終えて店を出た。
宿へと繋がる路地裏をのんびり歩いていると、小さな十字路にさしかかり、目の前を黒髪の子供が通り過ぎていく。七歳くらいの男の子だ。
「日が落ちてるのに、お使いか?」
たしか出発前に誘拐事件があったよな。夜遊びなら帰した方がいいか。
声をかけてみようと男の子を追う。
その男の子はゆっくりと歩いているからすぐに追いつくことができた。
「おい、ちょっといいかい」
「……」
反応せず歩みを止めない。
聞こえなかったというわけじゃないと思うんだが。肩を叩いてみるかな。
「ちょっと止まってくれ」
言いながら肩を掴む。男の子はこちらを見ずに歩き続けようとする。
振り払おうともしないのはさすがに変だぞ。
男の子の前に回り込んでも止まらず歩き続けようとする。
しゃがみこんで両肩を掴んで男の子を止める。
視線を合わせたけど、男の子は俺を見ているようで見ていない。男の子の頬を軽く叩いてみても反応がない。
「なんだこれ。明らかにおかしい」
放置したらどうなるのかさっぱりだ。兵に預けて、親を探してもらおう。
抱き抱えても暴れることなく、どこかを見ている。
もしかしたら誘拐された子もこんな感じだったのか、なんて思いつつ表通りに出る。
「兵は……ああ、いた」
向こうも俺を見てくる。誘拐騒ぎがまだ収まっていないなら俺が怪しく見えるんだろう。
逃げる必要なんてないし、俺から兵に近づいていく。
「あー、少し話を聞いてもいいかな」
誘拐犯なら自ら近づいてくるはずはなく、兵は不思議そうに声をかけてくる。
「俺からも頼みがあります。この子の様子がおかしい。そちらに預けるので親を探してあげてほしい」
「様子がおかしい?」
「ええ、声をかけても無反応で、どこかに向かって歩き続けていたんですよ。下ろしたら多分またどこかに向かい出しますよ」
「……ちょっと下ろしてくれるか?」
実際に見せた方が早いだろうし、男の子を下ろす。
少しだけじっとしていた男の子は体の向きを変えて、歩き出す。
兵が声をかけても止まらない。俺と同じように肩を掴んで止めようとしたが止まらなかった。
結局、兵も男の子を抱き抱えた。
「どうなっているんだ」
「おかしいでしょう? 明らかに正気じゃない。もしかしたら少し前からの誘拐に関わっているかもしれない」
「誘拐のことを知っていたのか」
「自警団から聞いていたんですよ。だからこんな時間に出歩いている子供に危ないぞと声をかけた。知らなかったら放置していたでしょうね」
「そうか。どこでこの子を見つけたか案内してくれないか」
いいですよとさっきの十字路に戻る。
「ここをむこうからあっちへと歩いていた」
「近隣の子供だろうか? 近所の人に話を聞いてみよう」
「その子のことはお任せしていいですかね?」
「ああ、任せてくれ」
「ちなみに誘拐された子供って発見されたんですか?」
「まだなんだよ。少しずつ被害も増えている。親が目を放した隙にふらっといなくなるということが続いている。この子も目を放した隙に家を出たのかもな」
「魔法による被害ですかね」
「人攫いの可能性を疑っていたんだが、この子の様子を見るとそっちの可能性が出てきたな」
事件解決に一歩だけ前進したのかな。
兵に別れを告げて、宿へと向かう。明日はルガーダさんに話を聞きに行ってみるか。あっちでも進展があったかもしれないし。
帰って来て早々おかしなことに遭遇したもんだ。
宿に帰り、従業員に挨拶しながら部屋に戻る。
荷物を置いて、武具を外して、私服に着替える。そのままベッドに倒れたかったけど、汗くらいはふいておきたかった。
桶に水を入れてきて、ささっとふいて髪も洗う。
さっぱりしてベッドに寝転ぶ。
「あー、落ち着く」
体から力を抜いて大の字で目を閉じる。眠気に誘われるまま眠りにつく。
朝になり、よく寝たと体を起こす。疲れも怠さもまったくない。
食堂は開いているかなと廊下にでたら、料理の匂いがかすかに感じ取れた。どうやらできているみたいなので顔を洗って食べにいこう。
朝食をとり、のんびりと出かける準備をして宿を出る。
ルガーダさんのところに行く途中に武具店あるし先にそっちいくかということで店に入る。
「おはようございます」
いつもと時間帯がずれたからか、初めて見る店員だった。
「おはよう。特製服が欲しいんだ」
「わかりました。サイズ測りますね」
巻尺を持って近づいてきた店員に、特製服の質が良いものはあるのか聞く。
「魔物の体毛を使った特製服はありますね。通常品よりも丈夫ですよ。その分値段は上がります。あと今この店にはないので取り寄せるため少々お時間をいただくことになりますね」
取り寄せるか聞いてくる店員に断りを入れる。二十階に行くまでは通常の特製服でいいだろう。
「服の防具なら特製服より少し値段が上のものがありますよ。そちらを持ってきましょうか」
「革鎧より頑丈だったりするのだろうか」
「革鎧よりも破れにくいため頑丈とはいえるでしょう。ですが生地の厚みはないので衝撃は素通しですね」
「後衛が着るものかな」
「そうですね。あとは回避が得意な人用でしょう」
回避か、モンスターのパターンを読めるまでは攻撃を受けるからな。いらないか。
「それもいいや。普通の特製服をもらうよ」
「わかりました」
サイズを測り終えて、すぐに特製服を持ってくる。
それを試着してサイズを確かめて、お金を払う。
持ってきていたトートバッグに特製服を入れて、店を出た。
「さて次はルガーダさんのところだな。その次はガルビオにマッサージでもしてもらおうか」
歩きながら予定を決めて、ルガーダさんの家に到着する。
ルガーダさんは今日もテラスでのんびりとしていた。クリーエは遊びに行っているのか姿は見えない。
手招きされて近づく。
「おはようございます」
「おはよう。帰ってきたのだね」
「ええ、無事にとは行きませんでしたけどね。よそから来たモンスターに邪魔されて、失敗という感じでした」
「大丈夫だったのか?」
「怪我はしましたけど、大怪我はなかったですね。俺には手に負えない事態になったんで、ほかの冒険者に任せてきました」
「どのようなことになったのか聞いてもいいのかな?」
誰からも隠せとは言われてないし大丈夫だろう。
ザラノックとライアノックについて話していく。
「小ダンジョンを餌場にするモンスターとは驚きだ。放置していればかなりの数が生まれることになったな」
「ですね。一人前の冒険者ならザラノックに勝てるとはいえ、大群で襲いかかられると厳しいものがあったでしょうね」
「ああ。それにヒールグラスに被害が生じる可能性も見過ごせん。ポーションは冒険者だけではなく、兵も一般人も使うものだ。カジックだけでヒールグラスが栽培されているわけではないが、重要な生産地ということにかわりない。国内のポーション流通量が確実に減る」
そのせいで助からない者も出てくるはずだとルガーダさんは言う。
俺はガダムと周辺の村が被害を受けるだけと思っていたけど、思った以上の被害が出そうだったんだな。
ライアノックを無事倒せたらニルたちは英雄かな?
「やっぱり俺の手に負える問題じゃなかった」
ふと思ったけど、ガダムを放置して帰るのを嫌だとは思わなかったな。
ザラノックと戦い続けようとしたり、孤児院の人たちを助けようとしたときのような誘導はなかった。
ニルたちを手伝うために残るって誘導があってもおかしくはなかったと思うんだけど。
俺よりも強いニルたちがいるし援軍もあるから大丈夫だと思えたからか?
考えてもわからないし、そういうことにしておこう。
「考えごとは終わったかね」
「話を中断してすみません」
「いやかまわんよ。ガダムはどうにかなりそうだし、これ以上話題を広げずともいいだろうさ」
「では誘拐の件について聞かせてください。まだ解決していないと兵から聞きましたけど」
ルガーダさんは困ったような表情で頷く。
「出発前にも言ったと思うが、やはり組織の犯行ではなさそうだ。人身売買を生業とするような組織は現状この町にはいないと、ほかの顔役たちと連絡を取り合い判明している」
「疑うようで悪いのですが、顔役たちが匿っているということはありません?」
「ないと言い切りたいね。この件については顔役たちだけではなく、自警団や町とも連携をとれていて、その情報からも判断して匿っているところはないと見ている」
「そうですか。ちなみに誘拐されたのは子供だけですかね」
ルガーダさんは頷く。
「聞き込みの結果、大人が消えたという話はなかったな。これまで消えた子供は六人。十歳になっていない男の子ばかりだ」
「誘拐される子の特徴に共通点があるんですか」
そういや昨夜の子もその特徴に当てはまる。
「共通点って一桁の少年というだけなんです? それともまだ共通点が?」
「黒髪ということは同じのようだ」
「だとしたら昨日の子も誘拐されかけたみたいだ」
「昨日の子?」
「昨日は日が落ちて町に帰ってきたんですよ。用事と食事をすませて宿に帰ろうと路地裏を歩いていると、七歳くらいの黒髪の少年とすれ違いました。誘拐の話を聞いていましたし、家に帰れと声をかけようとしたんですが反応がなかった」
「寝ぼけていたとかは?」
夢遊病を思い浮かべたのかな?
でもまだ寝るには早い時間だったし、頬を叩いて起きる様子はなかった。
それを伝える。
「その子はどうなった?」
「兵に預けました。俺が連れ回すと誘拐したと勘違いされると思ったので。そのとき兵と話しましたが、魔法を使われている可能性も出てきました」
「魔法か。子供にどうやって魔法をかけているのか。その子に話を聞けたらいいのだが」
「兵にどうなったか聞いてみたらなにかわかるかもしれません」
「人をやってみよう」
「俺が出せる情報はこれくらいですが、ルガーダさんからはほかになにかあります?」
ないと首を振る。
「一桁の少年ばかりを集めてなにを考えているのだろうな」
「すぐに思いつくのは、以前ルガーダさんも言ってましたが変態に頼まれてその年代の子供たちを集めているということですかね」
「もしそうだとすると少年たちには悪いが、少女ではなかったことに安堵する」
少女だとぎりぎりクリーエが当てはまるかもしれないしな。
そろそろ帰ろうかと思ったときお茶と茶菓子が運ばれてくる。
それを飲み食いしてから帰ることにして、次の食事について話したりして時間が流れていく。
ルガーダさんに別れを告げて、ガルビオのところに行く。
マッサージを受けながら、子供の誘拐事件について話す。ここの客層が子供や孫のいる女性なんでなにか情報を持っているかもと思ったのだ。
「ああ、そういった話はちらっと聞きましたね」
営業モードで返してくる。
「ちらっとなんだ。ということは誘拐された家庭はいなかったんだな」
「そうでしょうね。誘拐されていたらのんびりとマッサージを受けにこないでしょう」
「そりゃそうか」
「しかしなんでそんなことを?」
「少し関わったんだよ。それでなにか情報を得られるかなと思ってね」
「そうですか。子供に関わる別の話題なら聞いたんですけどね。誘拐ではなく孫が病気かもしれないという話でした」
「難病とか」
「難病というより不思議がっていましたね。元気な子だったけど、たまにボーっとするようになったと。そんな状態のままどこかに行こうとしたこともあったみたいですよ」
ボーっとしてどこかにね。まるであの少年みたいだ。
「その子の年齢はわかる?」
「そこまでは聞いてないですね」
「じゃあどこの誰かはどうだ」
「それならわかりますね。どうして聞きたいんですか」
「誘拐された子たちは魔法をかけられている可能性があるんだ。そして今言った少年みたいな感じになっているかもしれない。兵と一緒にその子の確認をしてみようかなと思ったんだよ」
俺一人で行っても怪しまれて追い返されるかもしれないけど、兵と一緒なら話を聞くことくらいはできるだろう。
「魔法を使って誘拐とかまた手の込んだことを」
呆れたようにガルビオは言い、そういった事情があるならとその子の親の名前と住所を教えてくれる。
マッサージを終えて、ガルビオに礼を言って兵を探してぶらつくことにする。
町には常日頃から警邏をしている兵がいるので、見つけるのは難しくない。
感想と誤字指摘ありがとうございます