43 小ダンジョン二度目 6
ザラノックを探し、昼食も食べて、八体のザラノックを倒したところで、ポーションを使い切った。
一対一ならなんとかなるけど、二対一はどうしても治療が必要なダメージを受けてしまう。
今日はこれで引き上げることにして、さっさと森から出る。
村に戻ると住民に、特製服が血で汚れていることを驚かれた。怪我は治療済みということを伝えつつ、家に戻る。
「まだ二人は帰ってきてないか」
家の中は静かで誰かの話し声や歩く音は聞こえてこない。
武具を外して、着替えて特製服を洗うことにする。
ミストーレに帰ったら買い直しだから洗わなくてもいいかもしれないが、血や土で汚れたままのものを明日も着るというのは落ち着かない。
井戸水をタライに入れて、特製服をざぶざぶと洗う。汚れた水を捨てて、綺麗な水でもう一度洗って庭に干す。
血は完全には落ちていないけど、それでも最初よりはましだ。
夕方までまだ時間はあるし、日陰でのんびりと休むと気持ちよさそうだ。
ということで家の中から椅子を持ってきて、緩く吹く風を感じながら、目を閉じる。
そのままうとうととしていると足音が聞こえてきた。
「あ、おかえり」
ニルとオルドさんだ。
「ただいま。早めに切り上げたのか?」
「うん。ポーションを使い切ったから、これ以上は無理だと思ったんだ。八体倒したところで終了だったよ」
「決めてあったとおり東側で戦っていたんだよな?」
「そうだよ。そこまでザラノックに遭遇しなかったね。三十分くらい探して遭遇とかそんなところ」
「東はそんな感じだったのか」
「そっちは違ったのか?」
「小ダンジョン近くだと一度に五体以上が普通だったぞ。三十分も探す必要もなかった」
「うわ、俺だと確実に嬲り殺されるな」
小ダンジョンには近づけねえわ。いくら弱点をつけるっていってもその数は対処できない。
「家の中でどんな感じだったか改めて聞かせてくれ」
「あいよ」
立ち上がり椅子を持って、家に中に入る。
二人が着替え終わってリビングに戻ってきて、話し始める。
俺はそんなに話すことはない。あまり数がいなかったことと足場の悪さに苦戦したことくらいだ。
「俺たちも最初は似たような遭遇回数だった、小ダンジョンに近づくにつれて遭遇数とザラノックの数が増えていったよ。あとライアノックの姿は見えなかったから、小ダンジョンの中にいると思っていい」
「ダンジョン内はどうなっていることやら。見渡すかぎりザラノックが徘徊してたりするのかな」
「それに近いことになっているんだろう。援軍が到着したら、彼らとダンジョン周りのザラノックを倒して、その後は一緒にダンジョン内にって流れになりそうだ」
「俺はその両方についていけないな。ポーションもなくなったし、積極的に戦闘も難しい。やれることは森から出てきたやつと戦うことかな」
「特製服を見たがかなり攻撃を受けたのだろう? シールなしで浸食のダメージも大きかっただろうし、しばらくは休んでおいたほうがいいと思うが」
オルドさんが言い、ニルも同意する。
「格上からのたくさん攻撃を受けたんだ、今回の件からはもう手を引いて休んだ方がいい」
「一対一ならまだやれるんだけど」
「休む気がないな。依頼の放棄をやりたくない感じか?」
「依頼の完遂はもう諦めているよ。村長もギルドも仕方ないって言ってくれるだろうし」
モンスターの大群とか明らかに冒険者一人で対処することじゃないからな。
ゲームでも大群との戦闘イベントはあったけど、仲間がいたし、NPCの協力もあった。勇者一人では戦っていなかった。勇者が無理なことを元村人の俺ができるわけもない。
「まあやめておけって言うならやめとくよ。でもやることがないのは暇だ」
「動くことに問題はないのか?」
確認するようにニルが聞いてくる。
それに頷きを返す。ポーションで怪我は治したし、浸食のダメージも少ない。アーマータイガーのときのように死にかけてないのだから怠さなんてない。
「だったら一つ仕事を頼まれてくれないか」
「どんな仕事?」
「ミストーレに帰って手紙を町長に届けてほしい。こっちで起きていることは知らせておいた方がいい」
「町長に伝手なんてないから、直接届けることは無理。それで大丈夫?」
「ああ、門番に渡してくれればいい。『モンスターが暴れている。急ぎで町長に届けてほしい』と言えば大丈夫だろう」
それでいいのか、だったら受けよう。
村長にもギルド宛ての手紙を書いてもらおうかな。事情を伝えてもらえればギルドも納得してくれるだろうし。
「今から出発した方がいいのか?」
「急ぎの方がいいけど、さすがにダメージが回復していないまま出発はさせないよ。明日の朝、宿場に向かって、そこから馬車に乗ればいいさ」
「到着は明後日になりそうだけど」
「それくらいか、まあ大丈夫だ。支援を求めるわけでもないし」
ニルは手紙を書き始めるということで、俺は村長の家に行ってくることにする。
村長に小ダンジョン踏破失敗について話し、了承を得る。
「あの二人から森がどういった状況だったか聞いている。そんな状況なら依頼達成できなくても仕方ない。ギルドに事情を書いた手紙を書くことも引き受けた。君はこのあとどうするんだ?」
「ニルから手紙を預かってそれをミストーレに届けることになりました。俺の手に負えない数のモンスターがいるということで手を引くことを勧められまして。今日で持ってきていたポーションも使い切ってしまいましたし、仕方ないです」
「森のモンスターを減らしてくれたこと感謝する」
「いえ、ほんの少し減らしただけですから」
手紙は明日の朝までに準備するということで、村長の家を出る。
家に戻るとオルドさんは自分とニルの武具を手入れして、ニルは手紙を書きながら話しかけてくる。
「ザラノックとかの話を聞いたときにその詳しさに驚いたんだが、知り合いに学者でもいるのかい?」
「いえたまたま冒険者の話を聞いたんですよ」
「たまたま、か。近年この国ではライアノックなどの被害は出ていなくてね。その冒険者たちはなぜそんな話をしたのだろうね」
誤魔化しにつっこまれるとは思ってなかった。
「なぜだろう。彼らの話全部を聞いてたわけではないので」
「まあそうか。しかし本当になぜそんな話をしたのだろう」
「……俺に会う前に寄った中ダンジョンにザラノックが出てきたとか、そういった感じかな。ザラノックについて調べたらライアノックの関係もわかるし」
「その可能性もあるか」
なるほどとニルが頷く。
誤魔化せたかな? 今後は冒険者の話を聞いたって言い訳は使わない方がいいのだろうか。でもほかに良さげな言い訳がないしなぁ。本を読んだっていうのは文字が読めないからすぐにばれるし。ゲーム知識ですって正直に話しても、その方が嘘だと思われるだろうし。やっぱり人伝ってことにした方がいいんだよな。
今後は嘘がばれないように知っていても黙っておく、いやそれで被害が広がるとなんか嫌だ。
俺が悩んでいてもニルは話を続ける。
「モンスターに詳しい学者の知り合いがいたら紹介してほしかったよ」
「そんなに珍しいモンスターと戦うのか?」
「戦闘に役立つということもあるけど、事前に知っておけば今回のようなアクシデントの被害を抑えることが可能だからね」
「ニルは金持ちとかお偉いさんの関係者っぽいし、そういった立ち位置ならモンスターの情報は入手しやすいと思うけどね。わざわざ紹介する必要はなくない?」
「知識を持っている知り合いは多いにこしたことはないよ。たしかに学者の知り合いはいるし、本も十分な量がある。それでも全ての情報を持っているわけではない。その抜けた分の情報を持っている人がいるのは助かる。その情報を俺たちが生かせないと意味ないけどね」
話しながら書き上げたようで、インクが乾くまでに封蝋の準備を行っていく。
封蝋をするところは初めて見るな。
手紙を丁寧に折りたたんで、封筒に入れて、溶けた赤い蝋が垂らされる。そして溶けた蝋の上から印が押される。
印はライオンみたいな動物だった。
「その印って見る人が見れば、誰が差出人かわかるのか?」
「わかるよ」
それなりに有名な家の出身なのかな。
手紙は朝までニルが保管することになり、自身の部屋へと持っていった。
翌朝の朝食後、荷物をまとめていつでも出発できるように準備を整える。ギルドへの手紙は朝食と一緒に持ってきてもらった。
「体調は大丈夫かい?」
「問題ないよ。疲れはすっかりとれた」
「それじゃ手紙を頼む」
差し出された手紙を受け取って、リュックの奥へとしまいこむ。
「また会えるかどうかわからないけど、それまで元気で。モンスターとの戦いに気を付けてな」
「ああ、十分に注意して戦うさ」
「オルドさんもまたいずれ」
「またいつか」
二人に別れを告げて、ガダムの村を出る。
行きよりも早足で宿場を目指す。少し急いだところで到着時間が大きく短縮できるわけではないけど、気分的に早足になってしまう。
正午を少し過ぎて宿場に到着する。暑い中急いだせいで汗がすごい。
(ここから上手くタイミングがあって馬車に乗れたら、日暮れくらいに到着できるか? 探してみよう)
ミストーレ方面の街道入口に足を運び、そこにいる御者たちに声をかけて回る。
あと三十分ほどで出発という馬車が見つかって、まだ乗れるか聞くと大丈夫だと返ってきた。
お金を払って、出発前に水の補充などをやっておく。汗もささっとふいておいた。
馬車に乗り込むと、ほかの客もすでに乗り込んでいた。俺のような冒険者や商人風の人、旅人のように見える人などが出発を待っている。
そして出発の時間がきて、馬車が動き出す。
馬車はたまに休憩を入れて順調に進み、ミストーレに到着する。日が落ちて少しして町の入口手前で止まった。
東の空にそろそろ満月になる月が浮かんでいるのが見えた。
入口の見張りに簡単な検査を受けて、町に入る。
「たしか町長の家は向こうだったかな」
懐かしのというほど離れてはいないけど、どこか安堵感がある町の中を歩く。
腹が減った。昼は宿場で急いで食べて、落ち着かない食事だったからちゃんと食べた気がしない。さっさと用事をすませてどこか店に入って落ち着いて食べたい。
そんなことを考えつつ、大きな屋敷を見つけた。
門のそばに立つ兵に声をかける。
「すみません、ここは町長の屋敷であっていますか?」
「あっているが、今日はもう役所の仕事も終わっていて会えないぞ」
「手紙を預かってきているので、それを渡してもらいたいんです」
リュックからニルからの手紙を取り出して兵に見せる。
「ガダムの村近くの森にモンスターが多く発生して、それについて書かれた手紙です」
「ちょっと待ってくれ」
兵は少し考える様子を見せたが、首を傾げた。
「すまん、ガダムがどこか思い出せなかった」
「ここからだと南西にある小さな村ですね。街道のテンスタ宿場から南にいったところにあります。近くにはカジックという村もあるそうです」
「あそこらへんか。内容は援軍を求めるものなのだろうか?」
「援軍はカジックに求めましたね。手紙にガダムの状況とか今後の動きについて書かれているんじゃないでしょうか」
「そうか。とにかく町長にすぐ渡してこよう。ご苦労だった」
手紙を渡し、失礼しますと一礼してその場を離れる。
背後から小走りで屋敷の中に向かう足音が聞こえてきた。
さて次はギルドだ。
ギルドでも本日の業務が終わりかけていた。受付には人がいるからまだ大丈夫かなと声をかける。
「依頼に関した報告をしたいのですが、大丈夫ですかね?」
「ええ、大丈夫ですよ」
「よかった」
椅子に座って町長からの手紙を取り出す。二つの割符と依頼用の紙も一緒だ。
「小ダンジョンのコア破壊の依頼だったんですが、アクシデントが発生して失敗しました。村長から事情を書いた手紙も受け取っています」
カウンターに手紙などを置きながら言う。
職員はそれらを受け取り、少し目を細めて見てくる。
「失敗ですか。なにがあったのか簡単に話してください」
「そうですね……小ダンジョンをモンスターに乗っ取られたという感じですかね」
探るような視線が驚きに変わる。
「小ダンジョンがモンスターに乗っ取られた? 実力不足でコアにたどりつけなかったのかと思いました」
「乗っ取ったモンスターは俺より格上だから、その認識で間違っていないと思いますよ」
「なるほど。手紙を読むので少々失礼」
職員は手紙を開き、内容を読んでいく。
「ガダムの村長もあなたの発言と同じことを書いていますね。どういったモンスターがいたのかわかっている範囲で教えてください。あと現地でほかの冒険者が対応していると書かれていますが、実力はどのようなものなのか、援軍は必要なのか」
「俺たちが戦ったのはザラノックという蜘蛛のモンスター。俺は八体倒すことができて、冒険者たちは数えきれないほど倒したということです」
一応その証拠として魔晶の欠片を取り出してカウンターに置く。
ザラノックについて説明し、ライアノックがいる可能性が非常に高いことも話す。
ニルたちが援軍をすでに頼んでいること、町長に手紙を渡してあることも話す。
「魔晶の欠片の質はだいたい二十階くらいで、話と合っていますね。これが大群ですか。一応援軍を送った方がいいのでしょうか」
「そこらへんは町長と話し合ってくださいな」
俺に聞かれてもなんとも言えない。
「今ここで考えても仕方ないことでしたね。事情はわかりましたし、失敗扱いでなくていいでしょう。村長からも報酬を渡すのは無理だが、失敗したとは思っていないと書かれています。特殊案件で処理します」
「今回のことは特殊なことなんですね」
ダンジョンに入るのに制限がかけられているわけじゃないから、山とか平原に入口ができたら獣とかモンスターとか入っていくことはあるのだろう。
そういった内部にいるモンスターより強いモンスターに邪魔されて失敗ということはありえそうだ。
「そうですね、小ダンジョンにモンスターが入り込んだという話はありますが、そこを餌場にしたという話は聞いたことがありません。ライアノックと小ダンジョンの相性がよかったのでしょうね」
渡した魔晶の欠片のお金をこちらに渡しながら、そろそろ話を切り上げるつもりだと伝えてくる。
「ほかになにか用件はありますか?」
「小ダンジョンの紹介はできますかね」
「今日はもう無理ですね」
業務が終わりかけているから仕方ないな。明日にでもまた聞きに来よう。
「わかりました。それでは帰ります」
「はい。お疲れさまでした」
これで今回の件は完全に俺の手から離れたな。あとはニルとかが頑張るだろう。
俺は別の小ダンジョンのコアを壊して、またダンジョン探索生活に戻る。
感想と誤字指摘ありがとうございます