41 小ダンジョン二度目 4
「ザラノックじゃないか、それ」
俺が口にした名前を聞いてニルは思い出したと手をポンと叩く。
「ああ、そうだザラノックだ。デッサはよく知っていたな」
「聞いたことがあったからな」
「ニル様、どのようなモンスターなのですか?」
「俺も詳細はわからない。本で読んだのではなく、その名を聞いたのは演劇でなんだ。かつての英雄たちが旅の中で戦ったモンスターだ。その劇にはザラノックの親玉である、ライアノックも出てきた」
そこまで言ってニルは俺に詳細を求めてくる。
「ザラノック。見たままの蜘蛛型モンスター。強さは一人前の冒険者ならさほど苦戦せずに倒せる程度。攻撃方法は噛みつきと鉤爪を振り回す。ただし噛みつかれると体力を吸われるというのかな、ただ戦闘をしただけじゃない疲れが出ると聞いているよ」
ゲームシステム的にいえば、体力と魔力を五パーセントほど吸い取る攻撃をしてきた。
「そういった攻撃をしてくるモンスターはほかにもいるね。弱点とか行動に特徴はあったりするのかな」
「弱点は火に極端に弱いということ。火属性を武器に付与したら俺でもあっさり倒せるんじゃないかと思う」
「火の魔法の使い手は俺たち三人の中にはいないな。でもそこまで強くはなさそうだし問題はないはず」
ザラノックだけなら問題はないと思う。でも話しながら嫌な想像が浮かんでしまった。
「ライアノックがいるかもしれない。そしてそれがいたら俺が思っている以上のザラノックが森にいるかも」
「どうしてそう思う?」
「まずライアノックとザラノックの関係を話すよ。あれらは親と子の関係なんだ。さらにザラノックは餌としての側面も持っている。ザラノックが人や動物やモンスターを襲ったり、木の実とかを食べて栄養を蓄え、ライアノックがザラノックを食べて、ザラノックを生む。ここまではいい?」
三人は頷きを返す。
子供というより小型クローンなんだけど、子供と例えた方がわかりやすいだろう。
「ザラノックは雑食でいろいろなものを食べる。でもって今の森には小ダンジョンがある。あそこでは弱いモンスターたちが次々と生まれてくる。それらをザラノックが倒して、残った魔晶の欠片を食べて栄養を蓄える。そのザラノックをライアノックが食べる」
「小ダンジョンがライアノックにとっての餌場になっているということか!」
「予想だから外れている可能性もあるんだけどね。たまたまザラノックの群れがあの森に流れてきた可能性もある。現状言えることはライアノックがいることを確認するか、ザラノックの大群を確認することかな」
「ライアノックがいた場合、調査に時間をかけるとザラノックが増えていかないか?」
「増えていくだろうね」
無限とは言わないけど、多くの餌が供給されるわけだし時間をかければかけるほどザラノックは増えていく。
ライアノックと小ダンジョンの相性がいいから、そんなことが起こりうるのだろう。
ニルは少し考え込んでまた質問してくる。
「ライアノックの強さはどれくらいかわかるか?」
「大ダンジョンで表すと四十階以上とか聞いた」
ゲームの勇者がレベル12のときに仲間と一緒に戦ったモンスターだったはずだ。
「ライアノックを倒すだけなら可能だな」
「ニル様、取り巻きのザラノックが厄介かと。あまり強くはないといっても量が問題になります」
たしかにゲームでもそんな感じだった。
取り巻きが次から次に出てきて、ちまちまとダメージを与えてくる。そしてライアノックにダメージを与えても、ザラノックを食べて回復したんだ。
ライアノックを倒すのに一番効果的なのは、広範囲の攻撃魔法を使える魔法使いを連れてくることだろう。
予想したといった感じで回復のことを伝えるか。回復について知っているのと知らないとでは戦い方も変わってくるだろうし。
「ライアノックと戦っている最中にザラノックが接近してきて、それをライアノックが食べて傷を癒すかもしれない」
「餌でもあるなら、その可能性はあるな。まずはザラノックを削る必要がある。よそから援軍を呼びたいが、時間をかけるとザラノックが増えていくな」
「デッサ、あなた馬に乗れる?」
いきなりサロートに聞かれて、首を横に振る。
「一度も乗ったことがない。もしかして馬に乗れたら援軍を呼びに行かせるつもりだったんですか?」
「ええ。ここから馬で一日とかからないところにカジックという村がある。そこには冒険者が多めに滞在しているのよ。ミストーレに行くより早い到着できるそこから援軍を連れて来てもらいたかったのだけど」
「サロート、君が行ってくれ。援軍を願う手紙は俺が書く」
ニルが指示を出し、サロートは迷いを見せる。
「ニル様はその間どうするおつもりで?」
「待つ時間も惜しいから少しでもザラノックを削る」
「ライアノックと遭遇することになったら危ないです」
「そのときは奥の手を使うさ」
「ニル様は私が守る。サロートは早く戻ってくればいい」
「……承知しました」
迷いながらも頷く。
そのタイミングで玄関がノックされた。
村長の奥さんが夕食を持ってきたと言ってくる。
夕食を配膳する奥さんに、村長に話すことがあるから夕食後に来てほしいとオルドさんが頼む。
頷いた奥さんは家に帰っていった。
夕食を食べ終えて、ニルはカジックという村に出す手紙を書き始める。
広げた紙や文房具の質が良く、金持ちの子供という予想は当たっているのかもしれない。
俺はやることがないから、食器をさっと洗ってまとめる。そうしていると村長がやってきた。
「なにか伝えることがあるとか。森に関わることですかな」
「その通りだ。モンスターがいることが確定し、その種類もわかった」
ニルはザラノックとライアノックについて説明し、放置していればどんどん数が増えていくこともしっかり話す。
森からあふれ出た無数のモンスターに襲われることを想像し、村長の顔色が悪くなる。
「ラ、ライアノックがいることは確定なのですか?」
「わからないが、いないと楽観するよりはいると仮定して動いた方がいいだろう。援軍をカジックに頼むつもりだ。その予定でいてくれ」
「あの村ですか、たしかに援軍となる冒険者はいると思いますが、あそこの警備から離れるでしょうか。ヒールグラスの畑を守っている冒険者たちですよ?」
カジックってところはポーションの材料がある村だったのか。重要地だし、そりゃ守りが多く配置されているわな。
「大丈夫だ」
不安がる村長にニルは断言してまっすぐ視線を向ける。オルドさんやサロートはニルの発言を疑う様子はない。
もしかして兵を動かせる程度には偉い人だったりするんだろうか?
ニルの目になにを見たのか村長は深呼吸して、お願いしますと頭を下げる。
「私の手紙をもたせてサロートにはこれからカジックに向かってもらう。向こうも準備で時間がかかるだろうし、援軍の到着は早くて明後日になるだろう」
「承知いたしました。住民にはこのことを伝えた方がいいでしょうか?」
「多くの冒険者がやってくることで混乱や衝突が起きるかもしれない。知らせておいた方がいいだろう。当然モンスターに対しても不安を抱くだろうが、援軍を呼んでいるとわかれば不安も少しは紛れるはずだ」
村長はすぐに知らせると言って食器を持って出ていった。
ニルは書き上げた手紙をまとめ、出発の準備を整えたサロートに渡す。
「頼んだ」
「はい、急ぎ届けます。ニル様は無茶をなさらぬよう」
敬礼のような仕草を行ったサロートは家から出ていった。
「ひとまずできることはやったかな」
「ですな。あとは……デッサ、ライアノックとザラノックについて知っていることがまだあれば話してほしい。戦闘に役立つかもしれないからな」
「ほかにですか。待ってくださいね」
なにかあっただろうか?
悩んだ様子を見せた俺にオルドさんは聞きたいことを告げる。
「ザラノックは火に弱いということだったが、ライアノックもそうなのか?」
「弱点については話していませんでしたね。ライアノックも火が弱点ですが、ザラノックほど火に弱くはないです。ほかには弱点というか腹を攻撃されるのを嫌がる性質があったはずです」
「なるほど、では次だ。ライアノックとザラノックは親子関係と言っていたが、虫の蜘蛛と同じく卵を生むのかね? 生むとしたらどういった場所に生む?」
卵を生んでいた描写はなかったな。腹部からいきなりザラノックが出現していた。ただしゲーム的表現かもしれないから胎内に卵があるかも。
「卵を生んでいると聞いたことはないです。ただザラノックを生むとだけ聞いていますね。場所に関しても特に聞いてません」
「そうか。同じように子を生むモンスターについて知っているかね? それが参考になるかもしれない」
子を生むモンスターなー。どんなのがいたかな。資料集にはあまり書いてなかった気がする。
「スライムが子供を生むというか分裂するね」
ニルが該当しそうなモンスターをすぐに口に出す。
そういったモンスターならキノコのモンスターがいるな。動物やらの死体に体の一部を植え付けて栄養を吸い取って大きくなる。一部の花のモンスターも種を死体に植え付ける。
ほかにはガス状のモンスターが人間とかにまとわりついて魔力を吸い取って分裂したはず。
動物のように胎内で育てたり、卵を生んだりすると明言されたモンスターはいなかったと思う。
キノコと花とガスのモンスターについて話す。
基本的にモンスターはダンジョンで生まれて、ダンジョンの崩壊で外に出るという流れだ。
大ダンジョンだと崩壊しなくてもモンスターが外に出るようだけど、そっちは珍しい出来事に分類される。
「あまり参考にならないな。モンスターがモンスターを生むというのが珍しいことなのだろうな」
「卵を生みそうな場所はわからないが、餌が豊富な小ダンジョンに陣取っているかもしれない。オルド、森を歩いて大物がいそうな気配はあったか?」
ニルに聞かれて、オルドさんは首を横に振る。
「だったらやっぱり小ダンジョンに入っているかもしれない。明日はそこを確認したいな」
「ダンジョン入口の場所は森の西でしたか。外から見て回ったときは見えませんでしたね」
「少しばかり奥にあるんだろう。デッサは明日どうする? 俺たちについてくるかい」
どうしようかな。足手まといだろうし迷う。
「ついていっても守られるだけになりそう。オルドさんはどう思います?」
「そうだな……俺たちのペースについてこれなさそうだからやめておいた方がいいと思う」
「だったら森の浅いところでザラノックを狩っておくことにしますよ。足音とか動きといったものに特徴的なものがあるかどうか教えてください」
「いや一人で戦うのはやめておいた方がいい。ただでさえザラノックの方が強いのに、囲まれたら大変だ。シールもないことだし、ダメージはいつもより大きくなるぞ」
ニルが止めてくる。
「倒すだけならなんとかなるんだよ。火の属性を付与する護符を二十枚持ってきてあるから。魔力活性も併用すれば一撃かそれに近いダメージを与えられると思う。それに昨日外から森を見たときはザラノックいなかったろ? 浅いところならそう多くはいないと思うんだよ」
そう答えつつ違和感を抱く。なんで俺は行く気なんだろうかと。危ないのはわかっているし、行かなくてもいいのだ。
この感じは以前……思い出そうとしている俺からニルは視線を外してオルドさんの方を向く。
「オルド、森に入ったときどこでどれくらいのザラノックと戦った?」
実際に戦ったオルドさんに意見を求めるのは、俺が行くのは本当に大丈夫なのか確証が持てないからなのだろう。
「そうですね……私とサロートが戦ったときは森の中央辺りで最初に二体、その次に三体という流れでした。おそらくは外周近くや森の東ならばうろついている数は少ない可能性はあります。私も一人で大丈夫だと断言はできません。ですが中央やダンジョン近くに行かなければ、一度に四体も囲んでくるということはないかと」
「そうか。デッサが行くなら強く止めることはしないが、危なくなったらすぐに逃げるように」
「そうなったらさっさと逃げるよ。死にたくなんてないし」
こう答えるよな。死にたくないなら行かない方がいい。
ミストーレのモンスター出現のときと同じだなぁ。子供たちを助けに行ったときも危ないことはわかっていたのに助けようと動いた。
誰かを助けるとき、精神的になんらかの干渉がある、ような気がする。町での誘拐だと干渉がなかったのに。ここで起きていることの方が緊急性が高いからだろうか。とりあえずは子供がトリガーではないとわかる。
魔法とか呪いとか詳しくないから原因とかを探ろうしてもさっぱりだなぁ。
感想と誤字指摘ありがとうございます