40 小ダンジョン二度目 3
村人と別れて、村長の家の扉をノックする。
「どちらさまでしょうか」
でてきたのは五十歳手前といった女だ。奥さんなんだろう。
「小ダンジョンの破壊依頼を受けてきた者です」
奥さんは少し驚いたような表情を見せて、中に通してくれる。この依頼って驚くようなことじゃないよな。
リビングまで案内されるとそこには村長らしき人と三人の男女が向かい合うように座っていた。
十八歳くらいの男と同じ年齢の女と二十代半ばくらいの男だ。
十八歳くらいの男はアッシュグレーの肩までの髪を紐で縛っていて、金属製の胸当てと白の特製服らしきものを身に着けている。
女は背中までの金髪をポニーテールにしている。深い青の革鎧と同色の布の腰巻とスキニーパンツだ。
二十歳半ばの男は刈り上げた茶髪。黒の特製服らしきものを着て、金属製の鎧を苦もなく身に着けている。
「あなた、依頼を受けた人がきたわ」
「なんとタイミングのよい」
タイミングがいいってなんだろうか。
三人の男女も少し驚いたふうにこっちを見てくる。
「ええと、よくわかりませんが小ダンジョン破壊の依頼を受けてきました。こちらが証拠の割符になります」
リュックから出していた割符を村長に見せる。
「少しまっててくれ、こちらも持ってくる」
村長はリビングに置かれたタンスの引き出しから割符を取り出して、俺の持つものと合せる。
「一致しますな。ようこそガダムへ。しかし少し問題が発生していましてね」
「森にモンスターがいるかもしれないという話は聞いています。それですか?」
「聞いていましたか。モンスターがいることは確定していないのですが、不穏な雰囲気を皆が感じています」
「小ダンジョンの発生時期とその雰囲気が感じられはじめた時期に差があるとも聞いていますが」
その通りだと村長と奥さんは頷いた。
「一応聞きたいのですが、以前からあそこの森に危険なモンスターはいたのですか?」
「野犬といった獣くらいです。大昔にモンスターが住み着いたことはあったそうですが、当時の村長が冒険者に依頼して討伐されていますね」
「やはり最近どこからか流れてきたモンスターが住み着いたという感じなんですかね」
「おそらくは。モンスター討伐の依頼に切り替えるということはできますかね?」
「そのモンスターがどれほどのものかわからないのでなんともいえません。それに勝手に依頼を変更してもいいものか」
そこらへんの規則はまったくわからない。
そもそもレベル上限を上げることが目的なので、依頼を変えられると困る。
「基本的には依頼の変更はしない方がいい。ギルドの決定を勝手に変えるということだから揉めることがある」
三人組の一人が助言してくる。そちらを見るとさらに続ける。
「しかし緊急事態で冒険者と依頼主がきちんと納得して、その旨をギルドに報告するなら認められることもある。今回は緊急事態とまではいかないだろうから難しいかもしれない」
「今回はどうすればいいのでしょうか」
村長は対応を聞く。
「ギルドに事情を書いた手紙を出して、森の調査と討伐の新たな依頼を出すのがいいのではないかな。順序が逆になるけど、彼が調査依頼を受けたということにしてまずは森を調べてみる。その結果からどれくらいの戦力が必要か手紙に書いて出す。これも依頼を勝手に変えるわけだけど、なにか問題が起きていて調査で危険度を調べるくらいはギルドも認めるはずだよ」
「ということらしいですが」
村長は俺を見てくる。
「森の様子を見てみたいのは俺もなので、調査は受けます。でも調査なんてしたことないからまともな報告ができるかわかりませんよ?」
「私たちも森の様子が気になるなら一緒に行こう。私たちも特別調査が得意というわけではないが、一人よりは四人で見てみた方がわかることは多いはずだ」
俺一人より対応できることが多くなるだろうし、同行してもらえるのは助かるかな。三人とも俺より強そうだから頼もしさもある。
「調査はいつから行く? 俺たちはいつでも行けるぞ」
「まずは宿を取って荷物を置きたいんですが。この村に宿か空き家はありますかね?」
「宿はありませんね。依頼を受けてくれた冒険者のために空き家を掃除してありますから、そこを使ってもらうことになります」
「俺たちもそこを使わせてもらいたいが、君は一緒でもいいかな?」
この三人が何者かわからないんで迷う。
そんな考えを察したのか三人は名乗る。
「俺はニル。ただの旅人というわけじゃないが、決して怪しい者じゃない。後日ミストーレの役所に問い合わせてくれれば身分を保証してくれる」
「ニル様の護衛をしているオルドだ」
「同じく護衛のサロートです」
名乗られても俺には判断つきかねるんだが。護衛付きということは金持ちの息子とかなのかな。
というか護衛付きの人が空き家で過ごすって、その方が問題なのでは?
でも本人たちに気にした様子はないし。
「俺には彼らがどういった立場なのかさっぱりでなんとも言えないんですが、村長さんはどう思いますか」
「私にも判断つきかねます。ただしまとう雰囲気が一般人とは思えないような気もします。怪しさはないと思っていいかと」
「そうですか……まあいいか。よろしくお願いします」
村長に案内されて、空き家に四人で向かうことになる。
ニルたちは村長の家の玄関に置いていた武器を持っている。ニルはシャムシールを二振り、サロートは一メートルちょいの槍、オルドさんは両手剣だ。
普段から使われていないので殺風景な内部だが、掃除はきちんとされていて短期間寝泊まりするのに問題はなさそうだった。
俺に与えられた一室に荷物を置いて、必要なものだけを持ってリビングに移動する。
すぐにニルたちも荷物を置いてリビングにやってくる。
「さて行こうか。そういえば君の名前を聞いてなかったね」
「俺はデッサ。知ってのとおり依頼を受けた冒険者だよ。大ダンジョンだと十五階くらいで戦っているから、強さは期待しないでほしい」
「十五階か。駆け出しから一人前の間といった感じだな」
ニルの推測に頷いておく。だいたいそれであっているしな。
「仲間はいないのか?」
「いない。一人でやっているよ」
「珍しいな」
話しながら家から出る。そのまま歩いて村を出る。
「三人はどうしてこの村に来ていたんだ? 俺みたいに用事がないとこういった小さな村には来ないだろう?」
「あちこち見て回っているんだ。そしてなにか変わったことがないか聞いて回っている」
「各地の情報収集しているんだなー」
得た情報を実家に送って、商売に利用しているとかそんな感じかな。
ニルはそんなもんだと肯定してくる。
「デッサはあちこちに足を運ぶことはあるのかい」
「あちこちには行かないね。ミストーレに行くまでに少し旅をして、そのあとはずっと大ダンジョンに潜っていたよ」
「時期的にモンスターがダンジョンから出てきたときもミストーレにいたんだろう。あの騒動でなにか気づいたこととかあったかい?」
「特にはなかった。魔物がいたらしいけど、俺は見てないし。専門家が調べたって聞いたから、彼らならなにか気付くんじゃないのかな」
話しながら五分ほどで森のそばに到着する。
「静かですな」
オルドさんがまっすぐ森を見て言う。
静かなのか? 風に揺れる木の葉の音とか聞こえてくるけど。
「言われてみると動物とかの鳴き声がしませんね」
サロートも探るように森を見る。
動物の鳴き声? あー、たしかに。鳥の鳴き声とか聞こえてきてもおかしくなさそうなのに聞こえてこない。
「森にいるかもしれないモンスターから逃げたってことですかね?」
そうだろうと三人は頷いてくる。
近くにモンスターの気配はあるかと聞くと、ないと首を振られた。
「とりあえず外縁にそって歩いてみよう」
ニルの提案に俺たちは頷く。
森の様子を見ながら歩いていく。外から見た森の中は静かだ。獣の姿はなく、鳥や虫の声も聞こえない。
木々が邪魔なので森の中全部を見渡せないから、子供が見たというなにかが隠れていたら発見できない。
なにかを発見できないまま一周することになった。時間はおよそ一時間を少し過ぎたくらい。危険さえなければ外周は散歩コースにちょうどいい。
「中に足を踏み入れてみないことはなにもわかりそうにないな。索敵が得意な奴を連れてくるべきだったか。オルド、俺たちの中で一番経験を積んでいるのはお前だ。これからどう動けばいいか話してくれ」
「できるなら私とサロートのみで軽く見て回るという方針でいきたいですな」
「そうする理由は?」
「どのようなモンスターがいるかわからない現状ではデッサは実力不足ゆえ。ニル様は護衛対象なので危険な場所には連れていけません」
俺としても正体不明のなにかがいるところに行くのはちょっとな。だから置いていくというのは賛成だ。護衛対象であるニルを置いていきたいのもわかる。
ニルは小さく溜息を吐いて頷いた。一緒に森に行ってみたいけど、オルドさんたちの役目を考えて受け入れたということだろうか。
「では早速行ってきます。サロート、行けるか?」
「はい、いつでも」
二人はすぐに森の中へと進んでいく。
それを見ながらニルが話しかけてくる。
「勝手に話を進めてすまないな」
「経験者の言うことに従った方がいいというのは納得できるから。俺たちはもう村に戻る?」
「そうしようか」
そこ場を離れて、村へと戻る。
村長に森の外周を一周してなにも見つからなかったこと、オルドさんたちが森の中を調べていることを伝える。
全員で行かなかったことを訝しむかと思ったけど、調査方法はこちらに任せられていたので特に文句なんかはなかったようだ。
与えられた家に戻り、武具を外してリビングで雑談をしてオルドさんたちの帰りを待つ。
ニルは国内のあちこちに行っているようで、どこになにがあったのか、徒歩や馬車でどれくらい時間がかかるのか話してくれた。
国内で冒険者が一番集まっているのは大ダンジョンがあるミストーレだそうだ。その次に中ダンジョンの近くにある町や村。
「王都にはそう多くはないのか? 人が多く集まりそうな場所だけど」
「人が多いのは事実だな。引退を考えた冒険者が就職先を求めて集まっている。そこで商店の用心棒になったり、国や貴族の兵になったり、役者といったこれまでとはまったく違う職に就いたりするんだそうだ」
「役者?」
兵はわかるけど、役者になんてなれるのか?
「冒険者としての活動を殺陣といった演技に生かすと聞いたな。本物を経験していると動きのある劇に迫力がでるみたいだな」
「へー。ミストーレにも劇場はあったな。引退した冒険者がいたりするんだろうか」
「いると思うぞ。特に見た目がいいとスカウトされやすいと思う」
ゴーアヘッドといった各ギルドに人材の問い合わせがきたりしてそうだ。
「役者になれるといっても皆成功するわけじゃない。ちょっと劇に出て、また別の職にということもある」
「まあそうだろうな」
こういったことを話しているうちに窓から入ってくる明かりが、夕日の色へと変わっていった。
さらに時間が流れて、日が落ちる前にオルドさんたちが帰ってきた。
「おかえり」
「ただいま帰りました」
「武具を置いてきてから話を聞かせてくれ」
頷いたオルドさんたちは部屋に向かい、すぐに戻ってきた。
その間にニルがコップに水を注いで、二人が座る椅子の前に置く。
オルドさんたちは水を飲んでから話し始める。
「結論から言いますと、モンスターがいました。蜘蛛のモンスターです」
「種族と強さは?」
「種族はわかりません。見たことがないモンスターでした。強さは私どもは苦労しません。デッサにわかりやすく言うなら大ダンジョンの二十階辺りにでてくる」
二十階かー、苦労はするだろうけど一方的に嬲り殺されることはないな。一対一だったらだけど。
「数はいたのか?」
「はい。私たちが戦ったのは五体。こちらの様子を窺って逃げていった個体もいましたから、まだあの森にいそうです」
「見た目の特徴を教えてくれ。以前読んだモンスターの本に出てきたかもしれない」
「大きさは狼と同サイズでしょうか。色は黒、腹に白の斑模様、脚の先が鉤爪、目が青。サロート、間違いないよな?」
「はい。それであっています。攻撃方法は噛みつきと鉤爪での攻撃でした」
ニルはその情報でなにかを思い出そうとしているようで、少し曲げた人差し指を唇に当てて視線を下げている。
俺も聞いた情報からどのようなモンスターか考えて、該当するものが思い出せた。
感想と誤字指摘ありがとうございます