4 初めてのダンジョン 2
運ばれだして五分ほどで到着した。平原に不自然な土の盛り上がりがあって、地下へと繋がる坂道ができている。
普通洞窟といったら内部は暗いものだろう。しかしどうなっているのか今目の前にある小ダンジョンはある程度の明るさがあり、二十メートル以上先の行き止まりまで見える。
松明とか持ってなかったし、火をつけられる魔属道具も袋の中だ。明かりの心配をしなくていいってのは助かる。
そんなことを考えていると乱暴に下ろされる。
「ほら、さっさと行け」
どんっと背中を蹴られて洞窟に足を踏み入れる。
振り返ると、逃げ出すのを妨げるためか、ニヤニヤとむかつく顔の村人たちが仁王立ちをしていた。
四神の誓いをしたから俺も逃げ出せないし、あれは無視していい。
気にすべきはモンスターの出す音を聞き逃さないことだ。それに気付ければやりすごせるはず。
できるだけ足音を立てないように前に進む。
地面や壁は土だけど、触った感じ脆くはない。地面は現代日本の道路ほど歩きやすくはないけど、でこぼこは少なくて躓くことはないと思う。
中に入ってもかわらず明るい。どうして明るいのだろう。土が発光しているわけじゃない。でもほんのり暗いだけというのが不思議だ。
慎重に進んでT字路にぶつかり、角から少しだけ顔を出して、左右の先を確認する。
(どちらも物音はなし。まずは右から行ってみるか)
進む前に一度入口を見たら、見張りたちの足が見えた。向きから見るに、ダンジョンの入口からは視線を外しているようだ。
あれを気にするより、モンスターの方が重要だ。さっさと忘れることにして、右へと曲がる。
(できたばかりのダンジョンだったらいいんだけどな。モンスターも弱いだろうし、数も少ない)
食料や水の問題もあるしと付け加えながらゆっくりと歩く。
(ゲームだとダンジョンの中に川とかあったし、水はなんとかなる。いやでも生水は駄目なんだったか? 喉が乾いたらそんなこと言ってられないだろうけど……ん? なにか聞こえた)
じゃりっという足音のようなものが前方から耳に届く。いっきに緊張感が増す。
できれば迷い込んだ小動物であってくれと思いつつ、その場に留まり前方をじっと見る。
自身の鼓動とゆっくりとした呼吸音だけが聞こえる状態で、なにかが動くところを見ようと集中する。
五分くらいだろうか、そうしているとゆっくりと移動するものが見えた。
虫のケラっぽいものがそこにいた。虫にしては大きすぎるし、ゲームで見たことがある。オオケラというモンスターだ。
ゲーム最初期に出てくる雑魚だ。主人公が初期装備である粗製の剣を使い、二回攻撃すれば倒せる。
今の俺にとっては強敵だろう。主人公より身体能力が下だろうし、武器すらない。
今の状態だと蹴りとか踏みつけで挑むことになるんだろうけど、何回蹴ればいいのか。そして反撃が確実にある。それを俺に避けられるのか?
まだまだダンジョンは続く。こんなところで怪我なんかしたくない。
(最初に決めたとおりにやりすごそう)
ネットで見た情報だと背後が弱点と書かれていたはずだけど、上手く背後に回れるかどうかもわからない。
このまま戦わずにすむならそれがいい。
近づいてくるようなら静かに下がろうと思いつつ、オオケラの様子を眺める。
オオケラはその場をちょこちょこと動いていたが、一分ほどで奥へと去っていった。
完全に姿が見えなくなって、ふーっと息を吐く。
(この先にはあれがいる。戦いを避けるなら行かない方がいいな。T字路に戻って左の道を調べてみよう)
オオケラに気付かれないように来た道を戻る。
出口の方を見ると、村人はいたが暇そうに話していてこちらには気づいていないようだった。
彼らに気付かれないように左の道へと進む。先ほどと同じように慎重に進んでいくと、右へと曲がる角があった。そこまで進み、顔だけだして先を確認する。
先の方もほんのり明るく、なにかが動いているようには見えない。
そのまま進むことにして、また二手に分かれる道に出る。まっすぐの道と右に曲がる道だ。
まっすぐの道にはモンスターはいないように見える。右の道を覗き込むと、二体のオオケラが先の方で動いていた。右はなしだな。
オオケラたちを刺激しないようにまっすぐ進む。
モンスターと出会ったら引き返し、モンスターのいない道を行くか、いなくなるまで待機ということを繰り返して、一階を歩き回る。
そうして三時間くらいかけて二階へと下る坂道を見つけることができた。
坂道の周辺にモンスターがいないか確認していると腹が鳴る。
「腹減ったな」
朝からなにも食べることができていないから当然だ。喉も渇いている。
ゲームだと果物が描かれているダンジョンもあった。ここにもそういった食べられるものがあったらいいんだけど。
あまり期待できないだろうと思いつつ、地下二階へと降りる。
一階には結局オオケラしかいなかった。二階からはさすがに別のモンスターも出てくるはずだ。
二階も一階と見た目は変わらない。
少し先に進むと十字路がある。坂道の近くにはモンスターはおらず、そこから先の方を観察する。
「よし進もう」
見える範囲でモンスターはいないので、注意しながら進む。
十字路まできて、左右の確認をする。どこを進んでも今のところはモンスターとは遭遇しそうにない。
気になるのは左の道だ。そちらから水の流れる音が聞こえてきているような気がする。飲み水が確保できるかもしれないのは大きい。
早足でそちらに向かいたくなる気持ちをどうにか押さえて、モンスターの確認をする。
運良くモンスターはいなかった。
道を進むと右への曲がり角があり、そこの天井から一筋の水がちょろちょろと流れ落ちていて、水溜まりを作っていた。
近づいて匂いを嗅ぐ。おかしな匂いはしない。次に少しだけ触れてみる。刺激やぬるっとはしていない。指先につけた水を舐めてみるが舌に刺激もない。
(飲みたい。飲みたいけど飲めるかわからん)
せめて煮沸消毒ができればな。
とりあえずここに水があって、緊急の際は飲むことができるかもしれないってことでよしとしよう。
後ろ髪を引かれる思いでその場を離れる。
空腹のまま二階を歩き回る。太陽とか見えないから正確な時間はわからないけど、昼は過ぎたと思う。
遭遇するモンスターはオオケラばかりだ。天井に蝙蝠のモンスターでもいないかと、そちらにも注意をしていたがオオケラしかいなかった。
二階もオオケラしかいないということでいいんだろう。若干遭遇する回数が増えているから、モンスターの数が増えている階なのだと思う。
発見したのは水だけではなく、三階への坂道もあった。
(このまま三階に行くか、水を飲むか。いいかげん喉の渇きは無視できない。水にあたるのはすぐってわけじゃなかったはず。水を飲んで、症状が出る前にコアを壊せばなんとかなるか?)
少し悩んでどっちつかずの選択肢をとる。
三階に降りて、坂道周辺の探索をまずはやってみようと決めた。
それで喉の渇きが癒えるわけではないけど、三階で終わりの可能性もある。すぐにコアを壊せて外に出られるかもしれない。
というわけで三階に降りる。
「見た目の変化はなしだな」
一階二階と同じく土の地面と壁だ。暗くなっているということもない。
一本道で遠くになにかが動いているような気がする。
こっちに近づいてくる様子はないから、俺に気付いてはいないのだろう。そのままじっと観察する。
あれはミニボアだ。
猪を小型化したモンスターで、雑魚の一種だ。うりぼうではなく、成体をそのまま小型化している。あれもゲームの主人公が初期装備で倒しているやつだ。オオケラよりも丈夫で、オオケラ以上に俺が敵わないモンスター。
それなりの速度で突進してくるという攻撃。突進中は曲がれないから、ゲームでは簡単に避けられたけど、現実では簡単にはいかないだろう。
突進を利用して壁にぶつけるって方法がとれたら、倒せるかもしれない。でもかもしれないってだけだから、この階でも戦闘は避けるにかぎる。
(ひとまずあれがどこかに行くまでは待機)
周囲に注意しつつその場に腰を下ろす。
(あー、お腹空いたし喉が渇いた)
休んでいるとそのことを気にしてしまう。
たしか水は飲まないと短期間で死ぬんだっけ。めまいがしたら、飲まないとまずいとか聞いたような。今のところはそういったものはない。
めまいが起きる前にあの水を飲むしかない。でも腹を下すと体力が削れるんだろうなぁ。
道の先にミニボアの姿が見えなくなり、立ち上がる。
ミニボアがいたところまで行くと、その先に広間が見えた。
ミニボアがそこにいるのだろうと思いつつ、足音を忍ばせて近づく。そこが終点だといいなという期待も少し持っていた。
広間を覗くと、バスケットコートくらいの大きさで、ミニボアが三体うろついていた。
真正面と右に道が見える。ここで終わりじゃなかったか。
(今入るのはなしだ。一体ならまだましだけど、三体に追いかけ回されて逃げるのは無理だ)
このまま息を潜めてゆっくりと下がる。
あれらの感知能力はさほど高くないのか、ド素人の俺が近くにいても気付かない。
小石を蹴ったりして気づかれないようにあちこちに注意を払って、坂道まで戻る。
気づかれずにすんで大きく安堵の息を吐く。
(あの部屋からミニボアがいなくなってくれたらいいけど。いつまでも居座る可能性もある。そのときはあそこを通る必要があるよな)
どうしたものかと頭を悩ませる。
デッサとしての人生と前世の記憶の中に、なにかいい方法があればいいのだけど。
進みたい方向とは別のところに石かなにかを投げて気を引くってことを、時代劇か漫画にでてきた忍者がやってたっけ。
それをやるとして、先に進めてもそこにもモンスターがいたら立ち往生するかもな。
でもここで立ち往生するのも困りものだし、あれらがいなくならなかったらやるのもありかな。
(しっかし水はどうするかな。この先に水があったら迷わず先に進めるんだけど)
飲んだら体調が悪くなる前にガンガン進む必要があるだろう。今みたいに待機する時間が限られるのは痛い。でも水を飲まないままでいるのも痛い。
あれだな。RPGをリアルでやるもんじゃないな。ただダンジョンを進むだけじゃない、飢えとか乾きとか毒とかいろいろなことに気をつけなきゃならん。
でも強くなるためには今後も続けていかなきゃ駄目というね。
そんで今後のためにも、このダンジョンを踏破しないといけない。
踏破のためにはしっかりと体調を保つ必要があって、そのためには水の確保は必須。
(結局水はどうするのかって話に戻る)
三階まで来たからあとは長くても二階だ。
これまでゆっくりと進んで、昼過ぎまで時間をかけている。急げば短時間でコアまでいけるか?
一階二階の広さは同じくらいだった。三階から先もそうだとして、モンスターがいなければ大丈夫だとは思う。
でもモンスターに遭遇しないのは無理だ。
水を飲んで進むとすると、待つのではなく気をそらして進むってことになるな。
あとどれくらい水を飲まずにいられるか。それがわかればいいんだけど、そんなのは無理だしな。
「……飲んでおくか。空腹を紛らわすこともできるだろうし」
喉の渇きに耐えつつ探索できるほど自分が我慢強いと思わないし。
そうと決めたらあそこまで戻るか。
坂道を上り、モンスターに注意しつつ水場に戻る。
「飲むと決めたけど、やっぱり躊躇う」
結局は飲むんだけどな。飲むと決めたら喉の渇きが我慢できなくなってきたし。
まずは手をよく洗って汚れを落として、両手に水を溜める。
ようやく飲めるんだと思いつつ、溜まった水を一口で飲む。
「んー、しみるな」
体に足りていないものがいっきに満ちていく実感。
ほのかに甘い感じもして美味いと思えた。
もう一度、さらにもう一度といった感じで飲んでいく。
「一応空腹も満たされた感じだ。まあ気のせいなんだろうけど。それじゃ元気なうちに先に進むか」
三階に戻り、こそこそと広間まで移動する。その途中で石を何個か拾っておいた。
広間を覗き込むとミニボアたちはまだそこにいた。
進むのはこっちの入口から近い右の道だ。だからまっすぐな道の方に注意をひきつけたい。
(石を真正面の入口へと投げるっ)
テニスボールより少し小さな石はミニボアの上を飛んでいき、真正面の入口に届く前に落ちる。
その音を聞いてミニボアたちはそちらに顔を向けて移動していく。
今のうちに息を殺して足音をできるだけ小さくして移動だ。壁際を移動してなんとか右の通路に入ることができた。
(意外といけるもんだな)
あれらがいつ振り返ってきてもおかしくなかったし、運が良かった。この運の良さが今後も続くことを期待して先へと進もう。