39 小ダンジョン二度目 2
屋敷の近くまでくるとルガーダさんとクリーエがテラスにいるのが見える。クリーエはまだ遊びに行っていなかったみたいだ。
敷地内に入り、こっち来いと手招きされて近づく。
互いに挨拶して、センドルさんたちの紹介も終えると早速ルガーダさんは本題に入る。
「誘拐があったそうだが、いつどこで、誰か目撃者はいたのか、そういった話を聞かせてほしい」
「ルガーダさんたちには情報は入ってなかったんです?」
「ああ、知らなかった。ほかのところには入っているかもしれないが。それと我らを怪しんでいるかもしれないが、違うと言っておこう。荒事を行うことはあるが、基本的に犯罪を抑えるための集まりであって、犯罪を行う組織ではないからな」
そう言うルガーダさんの視線は俺ではなく、センドルさんたちへと向けられていた。
「では情報を頼む。それをもとにこちらでも調べていくからな」
ルガーダさんに促されて自警団員は知っていることを話す。
攫われた子供は二人。それぞれ四日前と三日前に家からいなくなったことで、自警団や町の兵に捜索願いが出されていた。
親たちは当初誘拐と思わず、どこかで怪我をして動けないのだろうと考えていた。しかし子供の遊ぶ範囲でみつからず、捜索範囲を広げても見つからないことで誘拐の線も疑われるようになった。
なにかしらの要求が親たちのもとへ届くことはなく、売るためにさらわれたとも考えられている。
子供たちが町の外に出ていった形跡はないので、野犬などに襲われた可能性は低いと思われている。
自警団員の知っている情報はこんなところだった。
「いなくなったときの状況はどういったものなのだ? そして家族は気付かなかったのかね」
「一人は夕食後に。もう一人は友達と別れて家に帰ってきて、夕食ができあがる前に。家族は目を離していたらしい。あと悲鳴なんかは聞いていないとも言っていた」
悲鳴とかがなければ気づけないわな。
無理に連れていこうとしたら騒ぐはずだし、不意をつかれて騒ぐ前に気絶させられたか、顔見知りに連れていかれた可能性もあるかな。
「町を東西南北でわけるとして子供たちの家はどこなのかね」
「二人とも南になる」
「南か」
ルガーダさんは渋い表情を浮かべた。
クリーエが遊びに行くのも南だし、そこで誘拐が起きていると聞けばそんな表情にもなるか。クリーエも誘拐される可能性があるわけだしな。
今俺たちがいるここは西になり、俺の宿は南。クリーエを殺そうとした顔役がいる組織は北。
ダンジョンの入口は町の中央にあり、町長の家は北にあるそうだ。ゴーアヘッドの建物は俺の宿よりダンジョンに近い南。
「ここ最近で人を売り買いするような奴らが町の外から入って来たという情報は掴んでいない。見過ごしている可能性も低い。この町にも悪さをする奴らはいるが、それが動いたという情報もない。だからこの誘拐は組織だったものではないと思う」
「個人がやったということか」
「子供に劣情を向ける奴らもいるからな。そういった奴らの犯行という線もある」
危ない奴に捕まったところを想像したセンドルさんたちの表情が歪む。
「とりあえず得た情報をもとにして我らも動いてみよう。ほかの顔役にも連絡をとって町全体を探ってみる。当然その結果は知りたいだろう?」
自警団員たちは頷く。
「結果を持たせてミストーレ町会に人をやるから話を通しておくように」
「わかった」
「今日のところはこれ以上話せることはないから帰るといい。デッサは時間があるならお茶でもどうだ、近況など聞きたいからな」
時間はあるし、お茶くらいは飲んでいくかな。
センドルさんたちは詰所に戻るということでここで別れることになる。
勧められた椅子に座り、茶菓子のジャムクッキーをつまむ。
「君は誘拐の件に関わるのかな」
「俺は情報入手の手伝いをしただけですね。明日から町を出て、小ダンジョンに行ってくる予定です。誘拐犯探しとかは冒険者にできることはないでしょうし」
言いながら気づいたけど、自分で解決しようと強制するような思いが湧いてこないな。自警団とか町の兵が動いているからか? もしくは目の前で誘拐されていないから緊急性を感じていないからか?
「怪我しないように気を付けてね」
「十分に気を付けるよ。クリーエも怪しい奴についていかないようにな」
「うん」
一時間ほど近況について話して、お土産として菓子をもらって宿に帰る。
鎧を脱いで部屋の隅に置き、買ってきたものをリュックに入れて出発の準備を整えていく。
そうしているうちにハスファがやってきた。お土産の菓子をテーブルに広げて出迎える。
「昨日言ったけどダンジョンに行ってないから確認は必要ないよ」
「そうみたいですね。疲れた感じがありません。予定通り小ダンジョンに行くことになったんですか?」
「うん。行って帰ってくるのに四日。スムーズに小ダンジョンのコアを壊せたら一日。早くて五日といった感じだ。トラブルなんてないと思うし、予定通りに帰ってくると思う」
予定が崩れるとしたら天候が荒れたときかな。
「気を付けてくださいね」
「大怪我なんてしたら色々と大変だし気を付けるよ。町の方も少し慌ただしいし気をつけて」
「なにかあったんですか?」
「子供が二人誘拐されたらしいよ。自警団とかに捜索願いが出されたそうだ」
ハスファは片手を口に当てて、驚いた様子を見せる。
「誘拐ですか。すぐに助けられるといいのですけど」
「ほんとにね。今頃怖がっているだろうし、早く解決されるといいと思う」
雑談を終えて、お菓子をお土産に持たせてハスファを見送る。
見かけた従業員に明日から短期間出かけることを伝えて部屋に戻る。
荷物の再確認をして、体をふき、早めにベッドに入った。
翌朝、朝食後に身支度を整えて荷物を持って宿を出る。
教会でポーション三つを買って、昼食も買い、町の西入口から街道へと踏み出す。
モンスター騒動以外だと一ヶ月以上ずっと町中で過ごしてきたから、外は久々だ。
センドルさんたちと一緒にミストーレにやってきたときと違って、少しは強くなった自信がある。呪いは少しも熱を発しないし、鍛錬速度が遅いってことはないはずだ。
この遠出で時間的余裕がなくなるかもしれないし、帰ってきたらまた頑張ってダンジョンに潜ろう。
小ダンジョンは苦労しないだろうし、休暇旅行と考えることもできる。
旅行なら観光地とかに行きたかったなーなんて考えつつ、街道を進む。
空には雲が浮かんでいるが、雨を降らせそうな真っ黒なものはない。このままなら天候は荒れないだろう。
吹く風は夏の風に近いものがある。暖かみを帯びた風というより、爽やかな風といった感じだ。
「日本だと時期的には梅雨が終わって本格的な夏がやってくる感じか。こっちは梅雨はなくてからっとした空気だな。歩いていたら暑くなりそうだ」
水分をとるのを忘れないようにしよう。
ミストーレに向かう馬車やミストーレから出た馬車と何度かすれ違い、街道警備の仕事をしているらしい冒険者たちも見かけながら順調に歩いていく。
暑すぎるということはないけど、汗は滲みだしてくる。たまに木陰で休んで涼をとる。
そうして空が夕日色に染まり出した頃、宿場に到着する。
「宿をとったらすぐに着替えて、特製服を水洗いだな」
汗を吸収しているから放置していると、明日になったら匂いがきついかもしれない。一晩干していればある程度は乾くだろう。
前世の時代劇で見たのと同じで、客を呼ぶ声があちこちから聞こえてきてなかなか賑やかだ。
その中から安すぎないほどほどの値段の宿を選んで入る。安すぎてあの村長みたいに乱暴に叩き起こされることになるとか避けたかった。
「こちらが部屋の鍵になります」
鍵を受け取りつつ、従業員にガダムの村について聞く。
「ここから南に行ったところにあると聞いているんだ。そこに行くまでの道筋を教えてほしい」
「ガダム? あー、ありますね。ええと目印としては森ですかね。それほど大きくはない森ですけど、その近くに村があるんです。そういった村はここらへんだとガダムしかなかったはずです」
「森が目印ね、ありがとう」
「一応ほかの人にも聞いてみてください。別の目印を知っているかもしれませんし」
「そうしてみるよ」
受付から離れて部屋に向かう。
荷物を置いて、武具も外して、着替えてから窓を開ける。
ここには食堂はなく、食事は部屋に持ってくるそうだ。運ばれてくるまでにさっさと特製服を洗ってしまおう。
力が上がっているから洗うのは苦労しなかった。日が落ちる前に洗って、部屋に干す。
すぐに日が落ちて、魔法の明かりが宿場を照らしだした頃に夕食が運ばれてきた。
「食べ終えたら廊下に食器を出しておいてください」
「わかった」
パンとスープと焼いた鳥肉がテーブルに並べられる。匂いは良く、量も十分にあって満足できる夕食になりそうだ。
並べ終えた従業員にガダムについて聞く。
森が目印ということは同じだったが、道中に大岩の並ぶ丘があることやガダムなどから来る馬車の轍があることも知ることができた。
従業員が出ていき、夕食を食べて空になった食器を廊下に置く。
あとはもう体をふいて寝るくらいだ。汗を落とすためにしっかりとふいて、頭も水洗いしてさっぱりしてベッドに寝転んだ。
朝になって、運ばれてきた朝食を食べて宿を出る。
特製服は少しだけ湿っていた。これなら歩いているうちに乾くだろう。
昼食を買い、水の補給をして南へと歩き出す。俺以外に南へと向かう者はいないようだった。
街道ほどに整備された道はなく、たまに轍が見える程度の道をのんびり歩く。人の行き来はそこそこあるようで雑草が生い茂っている道を進まずにすんだ。
たまに野犬がうろついているそうなので、それらを警戒していると大岩のある丘が見えてきた。
その丘を通り過ぎて、歩き続けていると遠くに森が見えた。
方向がずれて進んだつもりはないし、太陽の位置から時間もあっている。あれがガダムの近くにある森だろう。
ここまでくれば急ぐ必要もないので、腰掛けるのにちょうどよい岩に座って休憩をかねて昼食にする。
村に到着すると入口のそばに街道で見かけた馬よりも毛艶と体格のいい馬が三頭いた。鐙とかも質が良さそうだ。
村人がその馬に水を与えている。
農耕馬にするにはもったいない馬だし、旅人のものなんだと思う。
その村人に近づいて声をかける。
「こんにちは、ここはガダムの村であっているのかな」
「あっているよ。また旅人か。珍しいねぇ」
「またということは、その馬は旅人のものなのか?」
「ああ、そうだよ。こんなに立派な馬の世話なんてしたことがないから、触れあうのにちょっと緊張するね」
「安くなさそうだしな。もう一つ聞きたいんだが、村長の家はどこだろう」
あそこだよと村人は指差す。
その方向には周りの家とそう変わらない大きさの家があった。
「村長になんぞ用事かい?」
「小ダンジョンを壊しにきたんだ。まずは到着を知らせようと思ってね」
「あんたが依頼を受けたんだな」
村人の表情が少し悩んだもののように見えた。
「なにか小ダンジョンに問題でもある?」
「んー、あるようなないような。小ダンジョンは森の中にあるんだよ。その森が最近雰囲気がおかしくてな」
「小ダンジョンができたから動物たちも警戒しているとかそんな感じじゃないのか?」
同意しかねるというふうに首を傾げる。
「そうなのかねぇ。小ダンジョンが見つかったのが二十五日くらい前なんだ。見つかって少しの間は雰囲気がおかしいといったことはなかったんだよ」
「別の原因があると?」
「かもしれない。俺たちには様子がおかしいといったことくらいしかわからん。ただし子供が大きななにかを見たとか言っていた」
「よそからモンスターがやってきて、住み着いた可能性がありそうだな」
強いモンスターだと小ダンジョンに近づけなくて困るんだけど。
「モンスターの強さ次第では俺には手が出せないな。もっと強い冒険者に依頼を出す必要があると思う」
「その子供の気のせいだったらいいんだが」
「でも雰囲気がおかしいのは皆が感じているんだろう? だったらなにかしら住み着いたのは確定じゃないかな」
「そうか」
村人は不安そうに森の方向を見る。俺もそれにつられてその方向を見る。
今はまだ静かな森としかわからなかった。
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