38 小ダンジョン二度目 1
今日はダンジョンに行かず、小ダンジョンに向かう準備のために使う日だ。
まずは注文しておいた鎧を受け取りに武具店に向かう。そのあとはギルドで近場の小ダンジョンを探す。そして明日出発というつもりでいる。ちょうどいい小ダンジョンがなければ日をずらして探すつもりだ。
「おはようございます」
「いらっしゃい。鎧を受け取りに来たのかい」
そうだと頷くと店員は保管してある鎧を倉庫に取りに行く。
すぐに店員は戻ってきて、カウンターに置く。
これまで使っていたものはオレンジ寄りの茶色だったけど、今回のは黒寄りの茶色だ。形状はこれまでと同じく肩当てのないベストのような見た目。触ってみると硬い。これまで使っていたものは硬いというより分厚くて丈夫といった感じだった。この鎧は叩けばコンコンと音がする。
「これまでの鎧は動物の皮を使っていましたが、今回はモンスターの皮を使用しています」
「モンスターって消えるから皮なんて残らないんじゃ?」
「ダンジョンの中にいるモンスターは魔晶の欠片を残すだけですが、ダンジョンから出てきたモンスターに特別な魔法を使うと魔晶の欠片が残らないかわりに死体が残るようになるんですよ」
「へー、そうだったのか」
これもまたゲームとの違いだな。ゲームだとダンジョンの外でも魔晶の欠片を残すだけだった。
あ、でもゲームに出てきたキャラがモンスターから取れた素材を使った武具を身に着けているとか言っていたような。あのキャラも今回の俺と同じように魔法で得られた素材を使った武具を買ったんだろう。
タナトスの一族が使うネクロマンシーや転送屋の転移と同じく、素材を得るやつも魔術っぽいな。
「では試着をお願いします」
この場で鎧を身に着けて、サイズを確かめる。
「なにか問題はありますか?」
「ないね。ぴったりだ」
ちょっと胴を捻ったりするのに動かしづらさがあるものの、鎧が硬いのだから当然だろう。
お金を払い、鎧を身に着けたまま店から出る。
ギルドに入り、顔見知りに軽く挨拶をして、空いている受付に向かう。
「おはようございます。本日はどのようなご用件でしょうか」
「おはようございます。近場の小ダンジョンについて聞きたい」
「なるほど……近場ということで片道二日くらいの距離で該当するものを紹介という感じでよろしいでしょうか」
二日か。車とか電車を知っている俺の感覚だとそれでも遠いという感じなんだけど、徒歩や馬車移動だと近いって感覚なんだな。
ここは素直に頷いておこう。
少々お待ちくださいと言って職員は受付から離れて、棚に置かれた書類を取ってくる。
ぱらぱらと書類の束をめくっていき、目的のものをみつけたのか止まる。
「ガダムという村から依頼が来ていますね。場所はここからだと南西です。知っていますか?」
まったく知らない。首を振るとガダムまでの行き方について職員は教えてくれる。
「まずミストーレを朝に出て、西の街道を夕方頃まで歩くと、テンスタ宿場というところに到着します。そこで一泊して朝から南下しますと昼を少し過ぎた頃にガダムに着きます」
「宿場まで馬車が出ていそうですね」
その方が時間短縮できて、さっさとダンジョン踏破できるんじゃないのか。
「ええ、でていますね。馬車を使えば宿場には昼過ぎに到着します。ですがそれからガダムを目指すと到着は日も暮れて遅い時間になります。その時間帯にガダムについても住民たちは就寝しようとしているでしょうし、なにもできませんよ」
急いでも意味がないのか。寝ている住民を起こして対応してもらうのも迷惑だろうし、俺もその時間から小ダンジョンを目指すことはない。
宿場で一泊して昼過ぎに到着とした方がいいな。
今から馬車に乗れば、日暮れくらいには宿場に到着するかも。なんて思ったけど出発準備で時間を食うし、明日の朝出発した方がいいか。
「依頼ということは村長に小ダンジョンのコアを壊しにきたことを伝えた方がいいですよね?」
「はい、そうですね。今回の流れとしては村長に書類を渡して、ダンジョンの位置を聞きます。ダンジョンに向かい、コアを壊します。ダンジョンがなくなったことを確認してもらい、依頼終了のサインをもらいます。こういった流れになりますね」
なるほど。依頼は初めてだし、一連の流れを説明してもらえるのは助かる。
一度目のコア破壊は依頼とはいえない無理矢理なものだったし。またあんな村みたいな対応されないだろうな?
「ちょっと聞きたいんだけど、ガダムの村って余所者に冷たいとかそういった話は聞いている? 以前寄った村で難癖つけられてさ」
「特にひどい噂などは聞きませんね。多少のよそよそしさはあると思いますが」
「宿泊費をぼったくってきたりとか」
「そういったことはしてこないはずです。そんなことがあれば報告してください」
あの村が特別ひどかったんだろうか。
「ほかに注意点とかありますかね? なにかやっちゃいけないこととかあれば教えてもらえると助かる」
職員はそうですねーと言って、書類を眺めて、ほかの書類も確認していく。
「あそこらへんで特別なしきたりはないようです。一般常識から外れた行いをしなければ問題ないかと」
「そうですか」
ほっとする。やっちゃいけないことをやって、また無茶を押し付けられたくない。
「この依頼を受けるということでよろしいでしょうか」
「はい、お願いします」
「ではこちらの書類にサインを。代筆は必要ですか?」
名前くらいなら書けるようになっているし、鉛筆を受け取る。
鉛筆は日本で見たことのあるものじゃなく、先のとがった黒鉛に布が巻かれたものだ。
書類と鉛筆を職員に返す。
「はい、たしかに。こちらの割符をガダムの村長に見せてください。依頼を受けてきたとわかるようになっています」
渡された木製の割符は、なにかの動物と数字が半分だけ描かれていた。
それをポケットに入れる。
「ガダムへの行き方をもう一度説明しますね。西のテンスタ宿場に行って、そこから南下です。宿場でガダムについて聞けば、そこでも行き方を教えてくれるでしょう。地理を把握していないと村を探し回るはめになりかねませんから、宿場で聞くことをお勧めします」
「わかりました」
ギルドでの用事をすませて、買い物のため店をいくつか回る。
移動中やガダムでトラブルが発生しないともかぎらないし、護符や保存食や薬を買っていく。
護符はいつも買っている筋力強化と炎属性付与以外に、念のため遠距離攻撃ができる氷の護符も買っておいた。
それらを途中で買ったトートバッグに入れて歩く。
そろそろ昼ご飯でも食べるかと思いながら店を探すため周囲を見る。スープを売っている屋台、魔法で冷やした果物を売っている屋台、肉を焼いている屋台などがあり、ほかにはリボンや木彫りの髪飾りを売っている人、子供相手に操り人形で劇を見せている人などの姿も見える。
そんな光景を見ていたら、センドルさんとカイトーイさんが向かいから歩いてきているのに気付く。ほかに見知らぬ若い二人と一緒だ。
向こうもこっちに気付いたみたいで近寄ってくる。
「やあデッサ。買い物かい?」
「こんにちは。ええ、明日から小ダンジョン踏破のため町を出るんで、そのために買い物中です。二人は新しい仲間と散歩ですか?」
「仲間? ああ、違う」
センドルさんが違うと右手を振る。その後ろでカイトーイさんがほかの二人に俺について話していた。
「この二人はミストーレ町会の二人で、俺たちは彼らの用事に付き合っているんだ」
「ミストーレ町会というと自警団と聞いてます。彼らのパトロールに付き合っているって感じですかね」
「そんなところだよ。俺たちがギルドを作りたいと話したことがあったろ? その経営に関して学ぶ一環としていくつかのギルドに話を聞いたり、活動に同行しているんだ」
夢に向かってしっかりと行動しているんだなぁ。
すごいなと思っているとカイトーイさんが声をかけてくる。
「デッサ、ちょっといいか?」
「はい、なんでしょ」
「ここらで怪しい人物を見ていないか」
「なんで急にそんなことを?」
いきなりすぎて思わず聞き返す。
カイトーイさんは近寄ってきて声を潜めて理由を話す。
「子供の誘拐があったんだよ。その相談が自警団にも来て、犯人を捜しているんだ」
「誘拐とはまたおだやかじゃないですね。怪しい人ですか……」
誘拐に関連してそうな情報は手に入れてないな。
「俺は見てないですね」
「俺は? なにかほかに見ている人を知っているのか?」
「いえ確証はないけど、なにかしらの情報は知っているかもという人たちは知っています」
「教えてくれないか」
自警団の一人がどんな情報でもほしいと言ってくる。
「情報が手に入るかどうかわかりませんよ? それでもいい?」
「ああ、現状俺たちは見回りをするだけしかできていないんだ。少しでもいいから進展したい」
「じゃあついてきてください」
向かうのはルガーダさんやクリーエの家だ。裏に関わる人たちならなにかしらの情報は手に入れているかもしれない。
先導して歩きながら、誘拐はこの町の問題なので町長たちが動いていないのか聞く。
「動いていると思う」
自警団がすぐにそう返してきた。
「でしたらそちらに任せたらいいと思うんですが」
「もちろん町長を信じているが、こっちでも調査を進めていけば向こうが見逃したり手に入れられなかった情報を手に入れて、犯人を捕まえられる時期を早めることができるかもしれない。誘拐されて不安に思っているだろう子供たちを安心させてやりたいんだ」
手柄を求めてというより、子供たちの安堵のためか。
でも勝手に動くと、状況を混乱させる可能性もあるんだよな。
「その考えは自警団全体の意志なんですか? ほかのメンバーはもっと慎重に動けとか言っていません?」
「子供たちを助けてやりたいというのは皆同じ考えだ。ほかのメンバーは町長たちと動きを同調させるため、話を聞きに行っている。俺たちは少しでも情報を集めたくて聞き取りをしていたんだ」
気が逸って話を聞きにいった仲間の帰りを待てずに行動しているのかなー。
「勝手に動いたらかえって迷惑をかけることになりませんかね」
「そ、それは」
「それに関しては俺たちの仕事だ。暴走しそうになったらそれとなく止めてくれと自警団から頼まれているんだ」
カイトーイさんが言い、自警団の二人はそれに驚く。
「そうだったのか?」
「自警団の詰所に残った人たちもじっとしていられない気持ちはわかるからと言っていたよ。町を一周したら落ち着くだろうとも」
気を紛らわせるために外に出した感じみたいだ。
自警団の二人はまだ十代だし、じっと待っているのは性に合わないと思われたのだろう。
「俺たちは情報を集められないと思われていたのか」
「期待されてないということはないと思うぞ。でも少しでも落ち着いてくれたらと見回りを許可したんだろう。逸った状態だとまともな調査も難しいだろうし」
カイトーイさんが励ますように自警団員の肩をぽんぽんと叩く。
自警団の二人は深呼吸して頭を冷やす。
それを見ながらセンドルさんがどこに向かっているのか聞いてくる。
「町の裏部分をまとめる人たちのところ」
「裏? 荒くれとかそういった奴らの親玉に会いに行くということか?」
「そんな感じですかね」
クリーエにそんな荒々しいイメージがないから親玉という表現は少し違和感がある。
「いつのまにそんな奴らと知り合ったんだ」
「そこの家の子供を助けたことがあって、それ関連で」
「タナトスといい、今回のことといい、妙な伝手ばかりあるな」
感心半分呆れ半分といった表情を向けられた。
「俺も狙って知り合っているわけじゃないから、そう言われても困るというか。なんでかアクシデントに遭遇するんですよね」
「あの村のこともあったし、デッサは運が悪いのかもしれないな」
「それはタナトスの知り合いにも言われましたね。でも運が悪いだけなら死んでいると思うんですよ。妙な運の良さもあるからこんなことになっているみたいです」
なんとなく納得したとセンドルさんは頷く。
話しながら大通りから路地裏に入り、少しずつ表通りの雰囲気から変わっていく道を歩く。
センドルさんたちは少し緊張した様子だ。ここらへんは近寄らない方がいいと言っていた場所だし、警戒しているんだろう。
そろそろ到着という頃、十メートル以上先で壁に寄りかかっていた男が道を塞ぐように立つ。
「止まりな。引き返した方がいい……ってあんたはたしかパナソクスを捕まえたときの」
家に近寄らせないための見張りなんだろう。俺に見覚えがあるようで警戒を解く。
「どうも、ルガーダさんにちょっと聞きたいことがあって来たんですが、進んでも大丈夫ですかね?」
「あんただけなら通すんだが、ほかの四人はどういった奴らなのか聞かせてくれ」
「冒険者と自警団です。今町で起きている誘拐事件についてなにか情報を手に入れていないか聞くために来たんですよ」
「誘拐?」
知らなかったようで首を傾げた。
「そっちはまだ把握してない感じみたいですね」
「俺は知らないが、ルガーダ様たちなら知っているかもしれない。ちょっと待っててくれ、会うか聞いてくる」
「お願いします」
男は小走りで去っていく。
本当に知り合いだったんだなと自警団員が呟いた。
そのまま五分ほど待っていると、男が戻ってきてついてきなと先導する。
感想ありがとうございます