37 休日 3
「これで諦めてくれればいいんだけど。あの年齢で金貨四枚は楽じゃないだろうし」
「冒険者になることを勧めないでくれて、ありがとうございます」
院長が礼を言ってくる。
「冒険者が世の中に必要なのはわかっていますが、ならなくていいならなってほしくない。あの子たちが傷つく姿を見たくなくて」
「でしょうね。愛情をもって育てた子供たちに健やかでいてほしいと願うのは当然だと思いますよ。さっきも言ったけど俺はこの道しかなかったから冒険者になっただけで、好んで選んだわけでもないですからね。なんの問題もなければ村で貧乏暮らしを続けていたはず」
前世の記憶を取り戻す前のデッサは冒険者に憧れていたわけではないのだ。物語に出てくる冒険者をかっこいいとは思っても、自分もなりたいとまでは思わなかった。
貧しいのは嫌だったけど、村を出ていこうという気持ちもなかった。このまま村での暮らしが続くのだと当たり前のように思っていたのだ。
「あの子らが憧れだけで冒険者になりたがっていたら、現実を教えれば諦めそうですけど、また危ない目にあったときに対処できるようにという考えは否定しづらいですからね」
ハスファも院長も同意だと頷く。
そしてまたあのようなことが起きるのだろうかと院長は聞いてくる。
「町長からの発表は耳に届いていますか?」
「はい。なんでも魔物のせいだとか」
「過去何度かあったモンスター出現ならまた起きると言い切れますが、魔物の行動ということは予測がつかない。またなにかの気紛れでモンスターを出現させるかもしれない。現状そうとしか言えないのですよ」
今度は別の大ダンジョンで同じようなことをするかもしれないし、この前やったことの比較データを求めてまたここでやらかすかもしれない。
「誰かがあの魔物を倒せば、同じことが起こることはない。そしてあの魔物が最近生まれたものなら強い冒険者でも倒せます。ですが長く生きていると手が付けられない強さになっていて、されるがままなんてことになりかねない。長く生きた魔物は大きな都市を滅ぼせる強さを持つのだから」
ハスファと院長は不安そうな表情だ。
「怖がらせるようなことを言ってしまいましたね。大昔と違って魔物との遭遇なんてそうそうないから、蹂躙されるようなことはないでしょう」
長生きした魔物なんて大物は、国も存在を把握して警戒しているはずだし、動いたら国の最高戦力も対応に動くだろう。
町長から魔物に関しての詳細の発表がなかったということは、名の知られていない小物のはずだ。
もし大物が動いても人間に被害はでるだろうけど、蹂躙される前に決着がつくはず。
ゲームでは魔王軍の幹部に主人公以外の人間が挑んで犠牲は出しつつも勝ったんだから。
この世界の歴史では主人公である勇者はおらず、勇者ではない人間がなんとかした。一般人でもなんとかなるという証拠だ。
だからといって俺が挑む気はない。リューミアイオールの件でいっぱいいっぱいなんだから、魔物にまで関わりたくない。
「心配しすぎても良いことはありませんから、あの魔物は国に対応を任せましょう。ダンジョンになにかした魔物を国も放置はしないでしょうし」
国の上層部に伝手なんてないから、どう動いているのかわからない。でも確実に動いているだろう。大ダンジョンは魔晶の欠片を確実に得られる場所だ。そんなところに小細工を仕掛けるような魔物を放置できない。魔晶の欠片はあちこちで使われていて、生活になくてはならないエネルギー資源だ。放置して魔晶の欠片の流通量が減るような事態は国も避けたいはず。
国に任せるという俺の言葉にハスファたちも頷く。自分たちではどうにもできないことだとわかったんだろう。
話しているうちにお茶も飲み終えて、おいとますることにした。
空になった荷車を引いて孤児院から離れる。
「あの子たちに冒険者について話すとき、ミストーレ町会について一言も話さなかったのはなにか考えがあったのですか?」
ミストーレ町会? なんだそれ。
隣を歩く俺が不思議そうな顔をしていることで、ミストーレ町会のことを知らないとハスファはわかったようだ。
「ダンジョンに入って鍛錬している自警団なんですが、知らなかったみたいですね」
「知らなかったよ。そういったものがあるなら、そっちに行けば知りたいことを知れたんだろうね」
町や住民を守るという考えなんだろうし、あの子らの考えに一致しているぴったりなギルドだ。
「でもそういったものがあると調べることからスタートと言ってもいいか。本気ならいろいろと情報を集めるだろうし、その中で自警団についても知る機会があるはず」
「知ったら自警団に合流しそうですし、院長の不安が晴れそうにありません」
「自警団も子供を招き入れることはしないんじゃないかな。守る対象だろうし、入るにしても成人してからって説得してくれそうじゃない? そして成人したらあの子らの生き方は自分で決められるようになる。自警団に入ることを止められない」
「成人するまでは、ですか。そうですよね」
「あそこの就職ってどうなっているんだ? 孤児院を出て冒険者になる人もいると思うんだが」
「兄から聞いた話ですと、ほとんどは孤児院を出て働いている人たちの伝手で、どこかの店に入ったり、職人に弟子入りしたりといった感じらしいです。冒険者になる子もいるとは聞きました」
「冒険者として成功していれば院長もそっちに頼って話を聞くだろうし、上手くいった子がいないのかもしれないね」
もしくは遠出していてミストーレにいないだけかもしれない。
大通りまで出るとハスファは足を止める。
「ここらで大丈夫です。手伝ってくれてありがとう」
「そう? それじゃまた明日」
「ええ、また明日伺いますね」
軽くなった荷車を引いてハスファは去っていく。
俺は予定通り、鎧を見に行くことにした。
いつもの武具店に行って、少し前に買った革鎧より上のものがほしいと伝えると、今の鎧はどうしたのか聞かれる。
ラジマンティスに傷だらけにされたと素直に答えると、どういった状態なのか想像できたようで頷いていた。
サイズは同じもので、上質な革鎧を買うことになる。いっそのこと金属鎧にするかと聞かれて、試着もしてみた。今は予算を超えるので買わないが、いつか金属鎧を買うつもりなのでついでだ。
身に着けたのは金属鎧の中では安い、銅の鎧。同サイズの鉄の鎧よりも重いそうで、これが負担にならないならば、早くに金属鎧へと換えるのもありだなと思う。
結果はまだ早いという感じだった。動きが極端に遅くなるわけではないけど、体力の消耗は確実に大きくなる。金属鎧を買うのはもっと強くなってからだ。
試着させてくれたことに礼を言い、上質な革鎧を注文しておく。そう日がかからず店に届くそうだ。
鎧の注文を終えて、外出の用事はあと一つだ。
宿に戻って読み書きの復習をしていると、扉がノックされる。
扉を開けるとそこにいたのはケイスドだ。
「出かける準備はできているか?」
「いつでもいいぞ」
扉に鍵をかけて、ケイスドと一緒に出る。約束した美味い店に連れていってもらうのだ。
「今日はどういった店に行くんだ?」
「他国の料理を出す店だ。スパイスやハーブを多めに使った料理だ。香りが強かったり、味に癖があったりするが、評判はいい」
「楽しみだ」
エスニック料理というやつかな。
スパイスを使うならカレーがあるといいんだけど。こっちの故郷は当然として、この町でもカレーをみかけたことはないし。
「クリーエは元気にしてる?」
ケイスドは頷く。
「あんなことがあったから落ち込んでいた時期もあったが、友達もできて元気を取り戻された」
「友達ができたのかよかった。安全に遊べる場所が見つかったんだな」
「ここらに近いぞ。もしかしたら見かけることもあるかもな」
「そうなのか。家があるところから離れているし、ここらなら家の影響もなかったのか」
「それに加えて、ここら一帯の顔役とは良い関係を結べている。お嬢を利用しようとは思わないだろう。俺たちが警備のためにうろつくことも認めてもらえた。このまま何事なく健やかに育ってほしいものだ」
「だいたい何歳くらいで本格的に顔役として働きだすんだ?」
「十三歳くらいから本格的に勉強を始めて、十五歳くらいには顔役として働き出すことになると聞いている」
「十五歳ってのもかなり早そうだ」
「うちにちょっかいをかけてきた顔役がそれくらいでなったそうだ。お嬢があんな奴みたいにならないよう俺たちでしっかり支えてやらんと」
「過保護になりすぎるなよ。また暴走しかねないからな」
「わかっているさ」
話しているうちに目的の店に到着したようで、ケイスドがあそこだと指差す。
近づいても匂いがしてこないが、店に入ったとたんガッツリ匂いが押し寄せてくる。
「おお!?」
思わず驚きの声が出る。
それにケイスドは笑みをこぼす。初めてここに入った客の反応はだいたい俺とそっくりらしい。
空いているテーブルについて、店員が注文を聞きにくる。
壁にメニューが書かれた板があるけど、読めないし読めてもどんな料理かわからないので、ケイスドに任せる。
「酒は飲めるほうか?」
「いや飲まないな」
「じゃあ酒は俺だけでいいな」
注文を終えて店員が離れていき、匂いが店外に出ない理由を聞く。これだけ強い匂いなら店外にも漂ってそうだ。
「風を操る魔道具を使っているそうだ。最初は使っていなかったみたいだが、周囲の店から文句が来たみたいでな」
「両隣は食べ物の店じゃないみたいだけど、どんな文句が来たんだ?」
「古着に匂いが染みつくとか、そういった文句だったそうだ」
あー、匂いがつくのか。それはたしかに文句がでそうだ。
今俺が着ている服も匂いが残るだろうし、しっかりと洗わないと駄目そうだな。
話していると飲み物が運ばれてくる。
ケイスドの前にはホットワインらしきものが置かれ、俺の前には温かいリンゴジュースらしきものが置かれた。
ジュースを口に近づけると湯気の中に、シナモンのような香りが感じられた。
「飲み物にもスパイスとかが入っているんだな。そっちもそうなのか?」
「ああ、そうだぞ」
なんだっけドイツのグリューワインというやつが近いんだろうな。チャイとかもありそうだ。
ちびちびとジュースを飲んでいると料理が運ばれてくる。
肉団子と野菜のスープ、スパイス入りのサラダ、スパイスを使った鳥肉料理、そしてキーマカレーのようなものをのせられたナン。
いただきますと心の中で言って、早速ナンを掴む。
ナンを噛みきって、舌にキーマカレーが触れる。うん、カレーだ。ちょっとだけ味が違うけど、大きく外れているわけでもない。
懐かしく美味い。思わず何度か頷く。
「口に合ったようだな」
「美味いよ。ここは当たりだな。値段が少し高くてもまたくると思う」
「値段はそこらの料理屋よりは高いが、五倍とかはいかない。一食小銀貨一枚くらいか」
「ちょっと贅沢をするって感じだ」
それくらいなら問題ない。カレーが食べられるんだから、また絶対にくるぞ。贅沢を言えば米があればもっとよかったけどな。
ほかの料理も美味しかったが、やっぱり一番はカレーだった。
満足した夕食を終えて、店の前でケイスドと別れる。
歩きながら服を匂うと、スパイスの匂いが染み込んでいた。
体にも匂いがついているだろうし、このまま銭湯に行くか。宿への道を少しそれて銭湯に向かう。
ゆっくりと湯に浸かり体の疲れを抜いて、新しいモンスターとの戦いに備える。
翌日、ラジマンティスを避けて十六階に行って戦ったソイルドールはそこまで苦労することはなかった。
人間に似ていて、挙動が読みやすく、回避することが簡単だったのだ。
こちらの攻撃も問題なく通り、シーミンに聞いた戦い方で倒すことができた。
その日はソイルドールを倒して経験値を稼ぎ、次の日は鎧購入のためガードタートルを狩りまくるという予定通りのスケジュールをこなした。
感想ありがとうございます