36 休日 2
「私の近況は今話したとおり。そっちはなにかあった? 少し前は裏の顔役と知り合いになったとか驚くことを聞いたけど」
「あれからは特にアクシデントはなかったよ。ガードタートルで頑張ったおかげで、十五階までスムーズにいった。明日明後日にガードタートルで稼いで新しい鎧を買ってから十六階に挑んで、そのあとは小ダンジョンのコアを壊してこようかと思っている」
「成長の限界を感じるのはまだ先よね?」
「まだまだ限界は感じていない。そういったものを感じる前にさっさとコアを壊しておこうかと思ったんだ」
さっきも言ったがガードタートルのおかげで余裕があるし、なにかしらのアクシデントで忙しくなる前に行っておこうと考えている。
低レベル、武具無し、戦闘経験なしでもコアは壊せたんだから、今の俺なら問題なくやれるだろう。近場の小ダンジョンに行って、ささっと壊して帰ってくるつもりだ。
「まあ小ダンジョンなら大丈夫でしょ。一般人が一人で挑むのは無謀だけど、あなたみたいにしっかりと武具を身に着けて、実力もつけてあるなら五階までにでてくる初見のモンスターも苦労しない。ああ、初見といえば十六階のモンスターについては調べている?」
「調べたぞ」
十六階のモンスターはソイルドール。土でできた人形だ。ゴーレム系のモンスターだな。大きさは百五十センチで、人並に動けて殴る蹴るといった攻撃をしてくる。
倒し方は二通り。体のどこかに核があり、それを砕く。体を攻撃しまくって、ソイルドールが保有する魔力を消耗させる。
核の探し方は、まず頭部や手足を切り離し、それが形を崩して土になったら形を保っている胴体に核がある。切り離した方が形を保ったら、そちらに核がある。
「こんな感じだろう?」
「しっかりと調べているわね。ソイルドールは突飛な行動はしない、無尽蔵の体力が問題になるモンスター。そこを覚えておけば苦戦はしないでしょ」
ダンジョンに異常がでているか、なにがあったかについての話に進展があったか聞くとシーミンは頷く。
町長から調査結果が送られてきたようで、シーミンたちもダンジョンでなにがあったのか把握していた。
「特別なことがわかったわけではないみたい。色が薄いところは魔力が減っているらしかったわ。それ以外に現状異変はないと判断したそうね」
「ダンジョン内の魔力が減っただけ?」
「そうみたい。そしてダンジョンの壁などの魔力減少は、色が薄いところ以外でも見つかった。それを追っていくと何本かの線になるみたい。その線は出口にむかって収束していたそうよ。わかったのはそれくらいで、魔物がなにをしたのか、今後も専門家たちで話し合っていくと決めて、帰っていったんだって」
「これまで壁とかの魔力が減ったことはあるのかな?」
「私は聞いたことないし、報告書にもそういった前例は書かれていなかった。人間が認識したのは今回が初めてなのでしょう」
「今考えられるのは魔物がダンジョンから魔力を奪うためにやったとかそんな感じだよな」
「そうね。その魔力を自分のものとするためにやったのか、効率的にモンスターを引っ張り出すためにやったのか」
わからないわねとシーミンは首を振った。
話は雑談に移り変わり、町中での噂などを話してタナトスの家から出る。
まだまだ時間があるし、鎧を見る前にあちこちぶらぶらしてみようかなと考えながら歩いていると、荷車を引くハスファがいた。
「ハスファ」
「あら、デッサさん。こんにちは」
「こんにちは。運ぶの手伝おうか?」
「休日なのに悪いですよ」
「この程度なら疲れないから大丈夫だ。それに時間もあるしな」
そう言って荷車の後ろに回って押す。
荷車の中身は野菜や服やなにかの薬らしきものといった感じだ。
「ありがとうございます」
「これはどこに運ぶんだ?」
「孤児院ですね。デッサさんも知っている兄が働いている孤児院ですよ。そこに寄付するんです。私のほかにもシスターたちが町のあちこちにある孤児院に、これと同じものを持っていっています」
家族がいる孤児院だからハスファがあそこの担当になっているんだろう。
「教会はそんなこともしているんだな。でもお金の方が持ち運びが楽じゃないか?」
「以前はお金だったそうですよ。しかし寄付金のいくらかを着服した方が何人もいたそうで、物を寄付するようになったそうです。物ならば、お金に換える手間があって着服が難しくなりますから」
「どこにでもそんなことをする奴はいるんだな」
「そのせいで苦労することになった子供たちもいたかと思うと、悲しいことです」
「教会が経営している孤児院だとそんなことはないんだろうか」
「教会は孤児院を経営できないんです」
できない? そんな決まりがあるんだな。
「まず教会は各地にあって、国という隔たりは関係ありません。次に教会の影響力は現状でも大きいです。そして教会が経営する孤児院を出た子供たちが働きだすと、さまざまな組織に教会寄りの人間が入り込むことになって、さらに影響力が増すことになります。それを各国の王たちが危惧して、教会にいくつかの制限を課したのです。その一つが孤児院経営の禁止です」
「教会は制限を素直に受け入れたのか」
「制限だけではなく、特権というか教会にとって有利になる条件もあったそうですよ」
「さすがに国も自分たちの都合を押し付けるだけだと駄目だって思ったんだな」
制限だけだといつか不満が爆発すると思って、飴も用意したってところか?
有名な制限は、以前聞いた政治への関わりを禁ずるというものだ。ただしその土地の領主が圧政を行った場合は、逆らう権利も有している。
そこまで聞いて、ゲームでもそんな決まり事に関したイベントがあったと思い出した。
魔物に操られた領主が圧政を行い、領民が教会に助けを求めたというイベントだったはずだ。
かなり昔から国と教会は話し合って、制限なんかを決めていたんだな。
ポーション専売はそのとき教会に与えられた特権なんだろうか。たしかもともとポーションは修道士が発明したとかゲーム内の本に書かれていた。製法は教会のものだから取り上げることは難しく、独占を認めるしかなかったのかもしれない。暴利を得ようとすると罰が下るから認めたって理由もありそうだ。
制限と特権を決めるときは、国が有利に持っていこうとするのを教会のトップがしのいだとかそんなやりとりがあったのかねぇ。
「私は今の教会に不満などありませんから、制限に関して特に思うことはありませんね」
「ほかの人も?」
「不満を言っている人は見たことありません。心の中でどう思っているのかはわかりません」
表立って不満だと示す人はいないってことかな。
話しているうちに以前一度見た孤児院に到着した。
庭では子供たちが遊んでいる。人形を使っておままごとをしている子たちや棒でチャンバラごっこをしている子たちがいる。
「こんにちは。院長はいるかしら」
ハスファが子供たちに声をかける。
子供たちは笑顔を浮かべて思い思いに挨拶を返して、院長を呼ぶ。
子供たちは見慣れない人間がいるのが不思議なのか、俺にも視線を向けてきた。
すぐに赤子を抱いた五十歳手前の女性が玄関から出てくる。
「こんにちは、レナーデ院長。教会からの寄付を持ってきました」
「こんにちは、ハスファさん。いつもありがとう。皆さんにお礼を伝えてほしいわ」
「はい、必ず。デッサさん、荷を中に入れるのを手伝ってください」
「はいよ」
院長がなにかに気付いたように俺を見てくる。
「デッサというともしかして、ルザンと子供たちをモンスターから助けてくれた冒険者?」
ルザンさんはハスファの兄だ。ハスファと髪や肌の色が同じくらいで、そこまで似ている兄妹ではない。
「はい、デッサさんがあの騒動のときにここで戦ったんです」
「その節は本当にありがとう。おかげで子供たちは皆怪我なくやりすごすことができたわ。ルザンの治療も早いうちにできて後遺症もなかった」
赤子をあまり揺らさないように軽く頭を下げてくる。
「どういたしまして」
すでにハスファの家族からも礼を言われているから、軽く返す。
ハスファの手伝いで持ってきたものをリビングへと運ぶ。そこにはルザンさんもいた。
挨拶をしたあと、荷物の整理はこっちに任せてお茶でもどうぞと言われて、椅子に座る。
もてなすためか院長が向かいに座った。
孤児院の状況はどうだとかハスファと院長が話して、それを聞きながらお茶を飲む。
そこに十歳を過ぎたくらいの子供たちが四人やってきた。
院長に用事かと思っていたら、俺の横にきて頭を下げる。
「冒険者のなりかたについて教えてください」
「あなたたちなにを言っているのっ」
すぐに驚いた様子の院長が反応する。賛成という感じではなさそうだ。
院長の声に反応して赤ちゃんが少しぐずり始めて、それをあやしながら子供たちに戸惑いの視線を向ける。
「危ない仕事なのよ? わかっている?」
ハスファも止める側らしい。まあ俺も同じだけどな。
「なんで冒険者なんぞになりたいんだ? カッコいいとか金儲けしたいとかそんな理由ならやめておけ」
「強くなって皆を守るんだ。あのときの兄ちゃんみたいにっ」
十二歳くらいの少年が言い、ほかの三人もうんうんと頷く。
「兄ちゃんってのはもしかして俺なのか?」
聞いてみると少年たちが頷く。心なしか彼らの目に熱がこもっている気がする。
でもオオアリクイには劣勢で、アーマータイガーにはぼろ負けしたんで守れたって気がしないんだが。
憧れといった感情を向けられるのは悪くない気分なんだけど、やっぱり頷けないな。
「兵とか冒険者に守ってもらえばいいと思うけどな」
「でも危ないときに冒険者がいるとはかぎらない」
ルザンさんが怪我したとき冒険者も兵もいなかったし、そのときのことを言っているんだろう。
俺が助けに行かないという選択をしていればあのまま殺されていたかもしれないし、少年の意見は頷けるものがある。
「それでもなー、わざわざ危ない仕事をやるのはどうかと思うぞ。俺みたいに冒険者になるしかなかったわけじゃないだろうし」
「本当に危ないのよ? デッサさんだって、皆を助けたあともっと強いモンスターに襲われていた」
「そうだぞ? あのモンスターを相手した俺もあっさりと負けるそんなモンスターがたくさんいる。そんなモンスターたちと戦うことになる冒険者になりたいのか?」
俺たちを見返してくる少年たちの目に迷いが生まれる。でもそらすことはなかった。
ハスファも少年たちが真剣で意志が固いとわかったようで、どう説得したものかと困ったように小さく溜息を吐く。
「とりあえず、冒険者になるための準備の仕方について話してみよう。その時点で無理だと思うかもしれないし」
院長にどうだろうかと視線を向ける。
院長もいまだ賛成という表情ではない。我が子のように思っている子たちが危ないことをするのはどうしても、受け入れがたいようだ。でも感情による反対意見以外での説得材料はもっていないようで頷いてくる。
よし、わかる範囲で話していこう。
「まずはいきなりダンジョンに入るのはなしだ。俺もなんの準備もなしにこことは別のダンジョンに入ったことはあるけど、モンスターに俺の攻撃が通じるのかわからなくて、逃げ回ることになった。ここのダンジョンは情報があるんだから、どういったモンスターがいるのか調べること」
「どうやって調べればいいの?」
「一番簡単なのは冒険者にお金を払って聞くことだな。しっかりとお金を払えば冒険者もいい加減な対応はしない」
「今お金払ってないけど」
「俺はどちらかというと諦めさせるために話しているからな。ダンジョンに挑む際に役立つ、モンスターの詳細とかは話さない」
少年たちは納得半分不満半分といった感じだ。
「それじゃ次だ。冒険者にお金を払うと言ったように、お金はある程度あった方がいい。武具を買うお金、ポーションを買うお金、情報を買うお金、なにをするにしてもお金は必要だ」
「どれくらい必要になるの?」
「君らのそのときの状況によって必要なお金が変わってくる。孤児院を出てから冒険者になるなら一人金貨四枚は貯めておいた方がいい。宿に泊まるお金、食事のお金、服とか生活に必要なお金。ダンジョンに入ったばかりだと、お金は稼げないから、そういったものに使うお金はあらかじめ貯めておかないと、お金稼ぎに苦労して疲れ果てることになる」
俺はリューミアイオールに挑んだ冒険者たちのお金や竜石があったおかげで、お金には苦労せずにすんだしな。
「孤児院にいるときからダンジョンに入るとしたらたくさんのお金はいらないの?」
「金貨四枚はいらないけど、今君たちは孤児院の手伝いとかやっているだろうし、そういったことをしながらお金を貯めてダンジョンに入るなんて、一度にたくさんのことをやるのは大変だぞ。そんな生活は自分たちが疲れる以外に、院長たちに心配をかける。やるとしたら孤児院を出るときまでどこかの店とかで手伝いをして、少しずつお金を貯めておくことかな」
そうやってお金を貯めていれば、その店から使える人材だと判断されて正規雇用される道も開けるかもしれない。
「まとめるとあらかじめダンジョンについて調べて、モンスターや必要なものについて知っておくこと。お金をたくさん貯めておくこと。この二つだろう。もちろんすべての冒険者がこの二つをこなしてからダンジョンに入っているわけじゃない。なにもかもなくていちかばちかでダンジョンに挑む人もいる。そんな人はまあ上手くいくことは難しいだろうな。一階のモンスターに殺されることはないだろうけど、三階のモンスターに殺されかねない」
俺が今話せるのはここまでだと伝えて、少年たちに考える時間を与える。
少年たちは頭を下げて、離れていった。
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