35 休日 1
休日がきて、朝食を食べて宿を出る。
モンスターが暴れて、そこそこ日数が経過して瓦礫は完全に撤去されている。今は建築中の建物があちこちに見える。
今日の予定はいつも通り午前中はマッサージとギルドでの交流、午後からはタナトス家に行く。いつもはそのまま散歩して宿に帰るが、今日は追加として鎧の購入をするため武具店に向かうことになる。
鎧に関してはハスファに無駄な心配をかけることになった。
毎日どんどん傷が増えていくから、それほど厳しい戦いをしているのだと思われた。
実際は防具がほとんどのダメージを請け負ってくれて、ポーションを使えば傷は消え、俺自身には少しの疲れしかなかった。
無理をしていないと証明するのに少しばかり苦労した。言葉だけでは信じられなかったのか、額に手を当てられて熱がないか確かめられたり、手足に触れて痛めたところがないか調べられたり、傷が残る怪我はないか服の下を見られたりと、いつもはしない接触などによる確認があった。
そして本当に無茶をしていないとわかり、ほっとしたあとに異性に触れたり肌を見たりしたことに気付いて照れたらしく、顔を赤くして逃げるように帰っていった。
その様子を思い出して可愛かったなと思っているうちに、ガルビオの家に到着する。
いつものように全身のマッサージを頼む。定期的に俺の体に触れているからか、少しずつ鍛えられているのがわかるらしい。
そんなことや基礎化粧品の話をしながらマッサージを受けていく。
マッサージが終わり、次はギルドに向かう。
「おはようございます、ゲーヘンさん」
何度か話して顔見知りになった冒険者がいたので近寄って声をかける。
「おー、おはよう。今日は休みか」
「はい。またなにか噂があれば聞きたいんですが」
「噂か、これといったものはないな。あれは聞いたか? 町長から発表されたモンスターの話」
発表されたんだな。鍛錬に集中していたから聞いてなかった。
「まだ聞いてないですね。どんなことを言っていたんですか」
「今回のモンスター出現はこれまでのものと違い、魔物の関与が考えられるというものだ。あの日、魔物が飛んでいくのを見た人たちがいるそうだ」
「それは知ってましたね。タナトスの一族から聞きました」
「そういや調査に一緒に行ったんだったか」
「行きましたけど、そのこと話しましたっけ?」
話してないはず。誰かから聞いたのかな。
「タナトスの一族と一緒に転送屋に入っていくところを冒険者たちが見ていたんだ。一緒に行動すれば目立って当然だろう」
「やっぱり目立ちますかね」
「そりゃそうだ。あの一族は嫌でも注目を集めるからな。白い集団の中にお前さんがいれば目立つ。あの若い冒険者は誰だと知りたがる奴もいるんじゃないか? 知ってどうこうということはないだろうけどな」
ただ好奇心で知りたいって感じか。それならスルーでいいな。
「正直大丈夫なのか?」
「大丈夫とは? 特に問題はないですよ。なにを心配しているのかわからないんですけど」
「タナトスの一族は嫌われ者だろう。役割としてはまあ良いことをやっているとわかる。だが心情的にどうしても近づきがたい。そんなのと接して、お前も嫌われるようなことにならないか?」
「今のところは嫌われるような素振りはないですね。積極的に冒険者たちとコミュニケーションをとっているわけじゃなく軽いものですませているので、そのせいかもしれませんが。もっとほかの冒険者と付き合いを深めていけば、嫌われるというか避けられるようになるかもしれませんけど。それに今のところある程度話しているのはゲーヘンさん含めて少数ですが、嫌われる様子はないですね?」
真正面から嫌っているかと聞かれてゲーヘンさんは苦笑を浮かべた。
「そうだな、タナトスの一族に感じるような嫌悪感はお前からは感じないな。言動もおかしなものはないはずだ」
「今後似たような気配とかを感じたら言ってください。距離を取るようにしますから」
ゲーヘンさんは困ったような表情を浮かべた。
「人との付き合いとしてそれでいいのだろうか」
「無理に付き合いをそのままにしようとすると互いにギクシャクしそうですし」
「それはそうだなぁ。話は変えるというか戻すか。モンスターについてだ。ダンジョン調査に行ったときなにか異変はあったか?」
「ちょっと待ってくださいね」
守秘義務があったかと思い返し、なかったことを確認する。
「俺がついていったのは五階から十階まで。そこはいつもと変わらなかった。ただし壁とかの一部の色が薄くなっていました」
「色が薄く……薄い以外に変化は?」
「これといったものはなにも。タナトスの一族もわからなかったようで専門家に任せるという判断をしていました。あの人たちの担当は一階から四十階くらいまでで、それ以上は情報がありませんね」
「町長はダンジョンに問題はなかったと言っていたそうだ。専門家から見ても異常がなかったということなんだろう」
もしくは発表できないほどの異常が見つかったか。でもそれだとまた封鎖をするだろうし、大きな異常はなかったと見ていいのかな。
シーミンがなにか知っているかもしれないから聞いてみよう。
「モンスター関連の話題はこれくらいだな。壊されたものも順調に直っている、重い怪我をした奴も順調にリハビリできているみたいだ」
「俺はまだリハビリが必要な怪我をしたことないんですが、どれくらいの怪我だとリハビリが必要になるんでしょう」
「骨が単純に折れただけならそうでもないが、粉々にされるとポーションでも一時的にくっつけるのが限界だ。その後はゆっくりと治す必要がある。ほかには体を盛大に斬られるとその部分の治療と血が足りずに安静にする必要がある」
「そんな感じなんですね」
俺もひどいダメージは負ったことはあるが、幸いと言っていいのか肉体的な損傷はほぼない。
ポーションで治せる範疇のダメージで良かったと思っておこうか。
「あ、ダメージといえば」
「なんです?」
「お前、シールを使ってないとか聞いたが」
「あー、使ってないですね。タナトスの一族に話したときも驚かれましたよ」
「まじだったんだな。なんで使わないんだ」
「シールというものを知らなかったからということもあるんですけど、我慢できる痛みだったんですよ。だから対策を練るという考えに至らなかった」
「我慢できるものかね、あれは」
「逆に聞きたいんですけど、我慢できません? たしかに芯に響くものはありますけど、それだけだと思うんですよ」
俺の感想がおかしかったのか、顔を顰められる。
「それだけとは言えないぞ。痛み以外に芯を削られるような気持ち悪さがないか?」
削られるようなものって表情は初めてだ。それを感じたことはないかな。アーマータイガーのときも芯を大きく揺さぶられるような感覚だけだったかな。
「その表情だとないみたいだな」
「ないですね」
「こう言っちゃ怒るかもしれんが、お前もタナトスの一族に負けず劣らずの変わり者なのかもしれないな。だから平然と付き合える」
「怒ることはありませんけど、自分では変わり者って意識はありませんね」
日本生まれ日本育ちの意識とゲーム知識があるからズレている部分があるとは思う。
それを修正しようとは思わない。強くなる方が優先だし。
「そうか。痛み自体はあるのか?」
「ありますね」
「痛みが気持ちいいとかは」
「痛いものは痛いですよ? 気持ちよくなんかない。そんな変態じみた感性はさすがにない」
「もしかするとあいつらの同類かと思ったが違ったかー」
「痛みを気持ちよく思う奴らがいるんですか」
一緒にされたくないな。性的嗜好はごく普通のつもりだ。
「いるんだよ。お前のように常にシールなしというわけじゃないが、たまに十階とか浅い階層でシールと防具なし薄着でモンスターの攻撃をわざと受けるところを、昔から何度も目撃されている。なにしているのかと聞いた冒険者がいてな、痛みの中に気持ちよさがあると答えたんだそうだ」
「昔からおかしな人がいるもんですねぇ」
「ストレスを溜めて暴れるような奴よりはましとはいえ、実際そんな場面に遭遇したらドン引きするだろうな」
ほかに特徴的な人たちはいるのか聞いてみる。
特定のモンスターに恨みを持って、より長く痛めつけて殺すことを研究している人がいたりするんだそうだ。逆に見た目が好みのモンスターをどうにか飼育できないか考え実験している人もいるらしい。
ゲームでも見た目だけなら可愛らしいものはいたし、飼育に挑戦するというのは理解できる。
モンスターに拘る人以外ならば、フリーダムのように武具に拘る人たちもいるそうだ。
剣術や槍術のように特定武器の扱いを上達しようとするわけではなく、一つの武器の見た目や使い心地を好んで使い続ける人たちなんだそうだ。
オリジナル魔法道具を作り、その実験でダンジョンに入るというマッドサイエンティストじみた人などについても聞いたあと、ゲーヘンさんと別れた。
いろいろな人がいるなと思いつつ、文字を読む練習として依頼書を眺める。すらすらと読むことはまだ無理で、何度もつまりながらなんとなく内容を把握していく。そんな中に、おそらく実験を手伝ってくれと読み取れるものがあった。さっき聞いたマッドサイエンティストが手伝いを求めているのだろう。
ギルドで昼前まで過ごして、昼食をとったあとタナトスの家に行く。
なんだか最近は、お礼はなにがいいか聞くためじゃなくて、近況を聞くために通っている。
「こんにちは」
「いらっしゃい。シーミンは自分の部屋にいるわ」
家に入る許可をもらい、二階へと上がる。
ノックして声をかけるとすぐに扉が開く。
「いらっしゃい。どうぞ」
いつものように俺が椅子に座り、シーミンはベッドに腰掛ける。
「お礼に関してなにか考えた?」
「特に思いつかないけど、こうしてたまに会うことがお礼でもいい気がしてきたわ」
「会って話すのがお礼ってのはおかしなものだと思う」
「タナトスの一族としては普通に話してくれるだけでもありがたいのだけど」
また次までに考えておくということで、近況を話すことになる。
「うちは以前町からの依頼をこなした以外に変わったことはなかったわね。私自身の変化は鍛錬時間を増やしたことくらい」
「見回りの範囲が変わるのか? これまで通りなら鍛える必要はないんだろ」
「そうね。そろそろ見回り場所を変えようって話が出てきている」
「シーミンは今どこで戦っているんだ? 俺は十五階で、カマキリ相手に防御の練習をしているんだ」
「練習が必要なくらい苦戦しているの?」
「いやガードタートルのおかげで攻撃面だと余裕があるし、鎌を避けるのも苦労しない。余裕がある今のうちに受けの練習を少ししておこうと思ったんだよ」
「そうだったのね。私は以前と変わらず三十五階辺りを家族とうろついている」
二十階上か、どんなところなんだろうな。たしかそこらへんの水は売れるんだったか。
「三十五階のモンスターってどんなやつなんだ?」
「ニードルスネイルっていうモンスターだけど知っている?」
頷く。ゲームに出てきたしな。
サザエみたいな貝を背負ったカタツムリ。大きさは軽自動車くらいのはず。
貝の棘を飛ばして遠距離攻撃をしてくる。近距離もその場で旋回し背負った貝を振り回すことで重い打撃を与えてくる。
弱点は雷の魔法。
知っている情報を伝えると、頷きが返ってきた。
「目新しい情報はなかったわね。うちには雷の魔法の使い手はいないから護符を持っていっているわ。大鎌に付与したり、近づく前の先制攻撃に使っている」
「いずれ戦うときは同じように護符を持っていくか」
「魔法の使い手を仲間にしないなら、それが一番よね」
そういえば三十階辺りにはバトルコングがいたっけ。弱点をついて戦ってみたんだろうか。
聞いてみるとすでに実践済みだという。
「弱点を攻撃できたらいつもより早く倒すことができた」
「シーミンも戦ってみたんだな」
「ええ。瘤は背中のどこかにあって、同じ場所にはない。しかも体毛に隠れているから見つけるのに苦労するけど、慣れればわずかな膨らみを見つけられるようになる」
弱点のおかげで、今後ダンジョンに挑む一族の成長が順調にいきそうだと喜んでいる。
ついでに戦い方も教えてくれたけど、俺には無理だった。複数人で戦う方法であって、一人用ではなかったからだ。
一人だと常にバトルコングの背後を取るように動いていくしかないだろうということだった。
感想ありがとうございます




