33 ボーイミーツリトルガール 4
クリーエを助けて数日が経過し、今日もガードタートルを倒しまくって転送屋から出てきたところで声をかけられた。
聞き覚えがある声の主へと顔を向けると、ケイスドが立っていた。
「ども、数日ぶり」
「疲れているところ申し訳ないが、ルガーダ様がパナソクスを捕まえたお礼に関して話したいと言っている。夕食を共に取りながらの話し合いに参加願えないだろうか。日が悪いならまた別の日にするが」
「別にいいけど、着替えた方がいいか?」
「大丈夫だろう。ただし食事中は武具を外してもらうことになる」
「じゃあ行こうか……あ、一度帰らないと駄目だ」
ハスファが宿で待ちぼうけすることになる。いらない心配をかけるかもしれないし、待たせるのは悪い。
人を待たせているから一度宿に帰るとケイスドに伝えると、一緒に向かうことになる。
宿に戻り、玄関前で待つというケイスドを置いて部屋に向かうとハスファが待っていた。
「おかえりなさい」
「ただいま。ちょっと人を待たせているから今日は短くすませてもらうことになる」
「人をですか?」
「人助けしてね。夕食をどうですかって誘われたんだ」
「なるほど。最近は無茶していないようですし、細かく調べる必要もないから見た目元気なら私も安心できます。今日はこれで帰りますね」
「うん、帰り道気を付けて」
微笑んだハスファが去っていき、俺は急いで着替えて宿を出る。そして先導するケイスドについていく。
屋敷での夕食ではなく、どこかの店に入るようで屋敷のある方角とは別の方へと歩いていく。
大通りからは少し離れたところにある店で、外見は年季の入った二階建ての建物。中に入ると雰囲気ががらりと変わる。
外からの物音が一切せず、落ち着いた店内。目立ちはしないが、質はかなり良いと思われる調度品。店内にいる人たちの身なりもきちんとしていて、俺が浮きまくっている。間違ってもダンジョン帰りに来る場所ではない。
店の高級感に腰が引けていると、ウェイターと話をつけたケイスドに呼ばれて、二階へと上がることになる。
二階の四つある部屋のうちの一つをケイスドはノックする。扉には花が彫刻されている。レイスベという地球にはない黄色の花だったかな。ほかの扉もまた違った花が彫刻されていた。
ほかの扉を見ているとケイスドが扉を開けて、俺を連れてきたとルガーダさんに伝えていた。
花の香りがかすかにする部屋に入り、こんばんはと頭を下げる。
「急な頼みだったが、よく来てくれた」
「こんばんは」
ルガーダさんと青のドレス姿のクリーエが、返事をしてくる。
椅子を勧められて座る。ケイスドさんは料理を頼んでくると言って部屋から出ていった。
部屋の隅には、護衛なのか初めて見る顔が静かに立っていた。
「あれから数日経過したが、変わりないかね」
「はい。元気にダンジョンでモンスターを倒していましたよ。そちらも元気そうですね」
ルガーダさんもクリーエも特に落ち込んでいたり、顔色が悪いということはない。
「いろいろとやることはあったが、ひと段落ついて以前の暮らしに戻ることができた」
「それはよかった。クリーエが遊べるようなところも見つかったんですか?」
「そっちは候補地を絞り込んでいるところだな。現地に行って警備のしやすさなんかを確かめている」
「いい場所がみつかるといいな」
「うん」
楽しみだという雰囲気をまとってクリーエが頷く。
「さて挨拶と前置きはすんだとして、改めて礼を言う。パナソクスを捕まえてくれてありがとう。逃げられていたら面倒なことになっていた」
そんなに面倒なことになっていたんだろうか。
俺のそんな考えが顔に出たのか、ルガーダさんは説明が必要か聞いてくる。
「話しても大丈夫なことなんですか? 隠しておかないと駄目なことなら聞くのは躊躇われるんですけど」
「さすがにそこまで詳細には話さんよ」
「だったら食事が始まる前の雑談といった感じで聞きましょう」
頷いたルガーダさんが話し始める。
今回のことが起きたきっかけは最近ではなく、二年ほど前のことだそうだ
そのときになにがあったかというと、クリーエの両親が事故死した。顔役である彼らの死は、事件性があるかもしれないと詳細に調査されたが事故だと判断された。
そして顔役を新たに選出することになり、クリーエが選ばれる。
ルガーダさんもクリーエの親も代々顔役を継いできて、クリーエが継ぐこと自体は正統性があり反対する者もいなかった。ただし若すぎるということに不安を抱いた者もいたのはたしかだ。
組織を維持するため、これまで通り問題なくやっていると証明するため、所属する者たちの多くは真面目に働き、今日までやってきた。
組織維持に集中したため、クリーエをお飾りの顔役にしてしまったのは仕方ない流れなのかもしれない。
そしてクリーエと周囲の人間の間にできた溝という隙を見逃さない者がいたらしい。話すと問題に巻き込みかねないので、ルガーダさんはどこの誰か話さなかった。
その誰かがパナソクスを自分たちの陣営に引き込んで、クリーエを誘導するように働きかけた。
お飾りとはいえ顔役が死ねば、組織の混乱は確実。その間に自分たちは利益を得るという考えだったそうだ。
町中で殺せば細やかな調査が行われる。だがダンジョン内は自己責任。町中での殺害よりも調査の手は少なくなる。
さらに今はモンスター騒動の処理でいろいろと忙しい時期だ。ルガーダさんたちも町の住民もそちらで忙しく、クリーエへの対応が疎かになりがちで、事を運ぶのに都合がよかった。
そして死ぬ確率を高めるため、冒険者に人気がない人の少ない十階に行くように仕向けたが、クリーエにとっては運良く俺がいたので計画が破綻することになった。
殺し屋などにダンジョン内でのクリーエ殺害を頼まなかったのは、子供がモンスターに手を出して無事でいられるはずがないと考えたからなんだろう。
「ざっとこんな流れだ」
「利益のために子供を殺そうとするのは怖いですね」
パナソクスはどうなったか聞くまでもないな。十中八九死んでるわな。
こんなことを聞いたクリーエはショックを受けていないかと、そちらを見る。
表情は若干強張っているが、ショックを受けたという様子ではない。
「クリーエにはすでに話してある」
「ああ、そうだったんですか」
二度目ならばショックも少ないか。
話を続けて大丈夫なら疑問に思ったことを聞いてみよう。
「顔役になるのはルガーダさんじゃ駄目だったんですか? もともと顔役だったんですよね」
「わしには無理なのだよ。警戒される」
「警戒?」
「うむ。わしが顔役だった頃、町の裏側は荒れていたんだ。その影響が表にも出てくるほどでな。そんな空気を嫌って町を出ていく者もいた。わしとほかの地区の顔役の仕事は裏の安定化なのだが、荒れているということは仕事ができていないということ」
当時のことを思い出したのかルガーダさんの表情は懐かしそうでありつつ苦々しいものだ。
「当時の町長は言った、現状が続くならばわしらに与えている権限を返してもらうと。そして町の裏側を国の力を借りて力づくでまっさらにすると言ってきた。無理もないことだと思う。しかしわしらもプライドがあったし、それまでの利益を失いたくないという下心もあった。だから町長と交渉して、わしらの力でどうにかできれば、権限の取り上げはなしという話に持っていき、顔役全員で協力し暴れることにした。それからは暴力の日々だ。血は流れ、口に出すのもはばかれることをした、少なくない死者も出た。町長にもらった一年という時間をかけて、裏を落ち着かせることに成功したわしらは、この騒動の責任を取るという形で引退することにした。息子たちにバトンを渡し、以降は助言のみに留めて組織運営には極力関わらないようにしている。ほかの顔役たちも同じだ」
「クリーエが仕事できない今も運営には関わっていないのですか?」
「主に顔役の補佐が動いている。さすがに今回は孫の命を狙われたことでいつも以上に動いたが」
身内が狙われたら動いても仕方ないかな。
俺はそう思うけど、町長とかはどうだったんだろう。まあそれはルガーダさんたちが対応することか。
「一時的にでも顔役になったら、また暴れるのではないかと町長から警戒されるし、ほかの組織からなにをしているんだと責められるという感じですか?」
「ああ、そう考えてもらっていい。そしてそれは裏がまた荒れることにも繋がるかもしれない」
せっかく落ち着いている町の裏側をまた荒らすようなことはしたくないのだろう。
納得したタイミングで料理が運ばれてくる。
コース料理のようで前菜が俺たちの前に置かれる。一口サイズの野菜料理を前にして悩む。作法なんて知らないぞ。日本のものも知らないし、日本のものとも違うだろう。
「どうした?」
「作法を知らないのでどうしようかと」
「気にせず食べるといい。お礼として招いたんだ、うるさく言う気はない」
「では、遠慮なく」
フォークで一刺しして、口に運ぶ。
前世を思い出してから今日までで一番美味いと思える料理だった。思わず口元が緩む。クリーエも同じ感想なのか表情が綻んでいた。
スープと小さなパン。魚料理、口直しのサラダ、肉料理と続いていく。
最後にデザートが置かれた。
「季節の果物のジャムをそえたスフレです。最後までお楽しみいただけると幸いです」
ウェイターは簡単な説明を終えて部屋から出ていった。
「料理は口に合ったようでなによりだ」
「ええ、生まれてから一番の美味さでしたよ」
前世と比べても上位にくる美味さだった。デザートも期待できる。
「いずれ自分の力で通いたくなりましたし、ほかに美味い店を探してみたいですね」
これはお世辞ではなく本心だ。日本人の血はこの体には流れていないが、魂は日本人のつもりだ。食へのこだわりは強いぞ。
「良い店に連れていっておごるというのが礼によさそうだな」
「そういったお礼だったら是非に」
一も二もなく頷く。
そんな俺を見てルガーダさんは苦笑する。
「金を礼として示したときと大違いだな。食事をする日程を決めようか」
「次からはここみたいに高級店でなくていいですよ。ある程度美味くて少し高いくらいの方が自分でも行きやすいですし」
ここはすごく美味しいけど値段を聞くのがちょっと怖い。そういった緊張なしに美味しく食べられる店を知れるのが報酬だよな。
「わかった。そういった方面で店を選ぶとしよう」
しばらくはおごりで美味い店に行くことができるぜ、やったね。
美味いものは疲れた心にも効くし、本当にいい報酬だ。
次のおごりを楽しみにして、会話を続けていった。
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