31 ボーイミーツリトルガール 2
「お嬢はまだ小さいんです。仕事に関わるのは早い。いずれ関わるのだから、それまでは自由に過ごしていいのですよ」
ケイスドはクリーエを思いやるように言ったが、クリーエは首を横に振る。
「でも私だってなにかしたい。それに最近はいつもより忙しそうにしてたから、少しでも力になれたらって」
幼いなりに顔役という上に立つ者として考えた結果、自分も手伝いたいと思ったのか?
でも部下は仕事の苦労を幼子に感じさせたくなくて、遠ざけていたと。
部下は上司を思い、上司は部下を思っての行動だったといえるんだろう。
あとはあれだ。モンスター騒動の処理で忙しそうな皆を見て、なにか手伝えたらと思ったのだろう。
「仕事に関わるのが難しくても、どういった仕事をやっているのか教えて少しずつ勉強するなら問題ないんじゃないのか? まったく関わらせないでいると、ダンジョンに行くことはないにしてもまたなにか予想外の行動を起こすかもしれないし」
「しかし」
「それに自由に過ごしていいとは言っていたけどさ。友達がいないそうだし、なにをやるにしても一人だとつまらないと思うが」
今度はケイスドが気まずそうな顔になった。
顔役とかそんな地位の子供に、自分の子供がなにかやらかすことを考えたら避けさせたい親が多かったから友達がいなくなったんだろう。顔役と知られてなくても、そういった組織の子だとはわかるだろう。そんな子に無礼はできないと考えたか。
ケイスドたちも過剰に守ったのかもしれない。さっきの剣幕に近いものを一般人に向ければ、近寄りがたいものは感じるはずだ。
遊びの範疇の小さな怪我ならクリーエ自身は気にしなくても、相手の親はどんな賠償を求められるかと考えてしまって不安を感じた。なにかしでかす可能性は少なくとも、可能性はあると考えた結果、クリーエの孤立に繋がったのかな。
「あんたや周囲の人たちに子供はいないのか? その子らと遊ぶってことはできそうだが」
「いるにはいるが遠慮してしまってな。お嬢もそういった雰囲気を察したのかあまり近寄ることがない」
大人たちが気遣うのを子供たちは敏感に察して、クリーエに大人たちと似たような接し方をした感じか。
クリーエが人の上に立つことを喜ぶ性格なら上手くいったのかもしれないな。
「いつまでも話してないで家に帰ろう」
「保護者と合流できたなら俺はもういいか。帰ることにするよ」
クリーエが首を振った。
「まだお礼してない」
「お嬢?」
「パパやママが助けてもらったらお礼をしないと駄目だって言ってた」
「それはたしかに」
ケイスドが少しだけ困ったように、だが納得もしたと頷く。
「助けられたのは事実だし、感謝もしている。礼をしないで後々面倒なことになるのも困る」
「こっちよ」
クリーエが俺の手をとって歩き出す。
されるがままついていくとタナトスの家のような屋敷が見えてきた。
屋敷には小さな庭があり、そこに面したテラスに六十歳ほどの老人が椅子に座っていた。クリーエを見るとすぐに立ち上がり、近づいてくる。背筋はまっすぐでまだまだ元気に歩き回れそうだ。
「クリーエ! どこに行っていたんだい。誰に聞いても知らないと言うし心配しておったんだぞ」
「ただいまお爺様。パナソクスに出かけるって言っておいたよ?」
「パナソクスに? そういえば見かけないが、どこかに出ているのか」
首を傾げたクリーエの祖父は、俺に視線を向けてくる。探るような感じの視線に居心地が悪くなる。
「この人は誰なんだ?」
「助けてもらったからお礼をするために連れて帰ってきたの」
「助けられたのか。孫が世話になったみたいだな、感謝する」
「あのルガーダ様、どうやらお嬢はダンジョンに入ったらしく、モンスターに追われていたところを助けられたようで」
「は?」
目を見開いて驚いたルガーダさんは、驚きの表情のまま俺を見てくる。お年寄りを驚かせて負担をかけたくはないが、事実なので頷きを返す。
どうしてそんなことをしたのか、ルガーダさんはわずかに震える声でクリーエに聞いて、ケイスドに事情を話したときと同じことを伝えた。
ルガーダさんは左手で顔をおおう。
「仕事の一部を回すのは無理でも、友がいればダンジョンに行くようなことは起きなかったのだろうか? 今回のことはわしにも原因がある。大事な孫娘だからと守りを厳重にするように言っていた。その言葉を重く受け取ったこの家の者たちはクリーエに近づく者に高い警戒心を持つようになったのだろう」
ルガーダさんは落ち込んだ表情でクリーエを抱きかかえてすまないと言いながら頭を撫でる。
「俺らもやり過ぎたということなのでしょう」
申し訳ないとケイスドも項垂れる。
よその家の事情について聞かされても正直困る。なにも言えないし、立ち尽くすしかできない。
そんな俺の雰囲気を察したか、ルガーダさんは小さく深呼吸して俺に声をかけてくる。
「中へ、どうぞ。お茶でも飲みながらお礼について話したい」
「ごちそうになります」
ここで断って、ケイスドが言っていたようにあとで面倒なことになっても困るし、誘いを受け入れる。別に後ろ暗いところなんてないのに、礼を受け取らないのはなぜだとか疑われてもどうしようもない。
応接室に通されて、ケイスドがお茶を頼みに離れていく。
ソファに向かい合って座る。
「まずは改めて礼を。息子夫婦が残した大事な孫を助けてもらい感謝する」
両親死んでいたからクリーエがトップになったのか。いや子供に継がせるよりルガーダさんをトップに置いた方がいいだろう。
「この子と会ったときのことを聞きたいのだがいいだろうか」
同じことが起きないように聞きたいのかな。
頷いて、モンスターに追われていたときのことから地上に戻ってくるまでのことを話す。
「十階か。あそこはモンスターを倒しての稼ぎが悪いと聞いたことがある。そんなところで戦っていたのか?」
稼げるから戦っていたんだが、事情を知る人なら不思議に思うか。ガードタートルで稼げることは隠されているかもしれないってことだから正直に話せないし、どうしようか。
「言えないことなのかね」
若干圧を増して聞いてくる。
ここは本当のことを混ぜて嘘を話そう。
「うちの流派というか、戦い方を教えてくれた人の秘伝のようなものなので話すのは躊躇われるのですが、技を試していたんです」
「秘伝の技? それは確かに話すのは難しいことだな」
「あの階のモンスターはとにかく頑丈ですから、技を試すにはちょうどいいんです」
技というのは嘘でも強くなるための戦いだから、大外れというわけでもない。
「なるほど」
一応は納得してくれたのか圧が減る。
納得してくれなかったらどんな技かでたらめを話すつもりだった。
呼吸や体の力の入れ具合やモンスターの体勢、といった色々なタイミングを合わせて、相手の防御を貫く絶対の一撃を放つ練習をしていたとか思いついた。
漫画とかで見た技を混ぜた感じだけど、こっちだと実現可能なんだろうか? ちょっと興味が出てきた。
ガードタートル相手に練習してみるか。少しでも手応えを感じたら漫画で見た技術を色々と試してみるのもいいかもしれない。
「いろいろと聞いて申し訳ないが、どうして一人なのだろうか? ダンジョンには複数人で入るのが推奨されているのだろう?」
「一人の方が都合がいいんですよ。俺は強くなることを最優先にしていまして、そのために稼いだお金もつぎ込んでいます。お金を貯めたい人たちだとこの姿勢は反対されるだろうから組んでいません。あと一人の方が、魔物を倒して得られる力が多いということも理由です」
こっちは隠す必要もないからすらすらと答える。
「お礼について話すと言ったのに、探るように聞いて申し訳ない。ですがお礼になるかもしれないことを思いついた。わしが知っている道場を紹介しようか? すでに戦い方をほかの人から学んでいるようだから、技術を学ぶのではなく模擬戦の相手を紹介という形になるが。もちろんそこに通う費用はこちらでもつ」
「申し訳ありませんが、対人戦闘は興味ないので」
「そうか。となるとお金での礼くらいしか思いつかないな」
「お金もそこまで困ってないんですが、それくらいしか俺も思いつきませんね」
「金貨五百枚でいいだろうか?」
「五百!?」
大金に驚く。思わず腰も浮いた。二十年以上働かずに宿暮らしができるぞ!?
「多すぎじゃないですか!?」
「しかし大事な孫が助かったのだ。これくらいは出して当然だろう。うちとしても決して小さな額ではないが、この金額を出すのに惜しむ気持ちはない」
「使い道がないのでもらっても困るんですが」
お金はもらえたら確かに嬉しいけど、多すぎる額に腰が引ける。遠慮する思いがどうしても湧く。
「今後武具をそろえるのに必要だろう?」
「そうなんですが、いやでも多すぎる」
どうにか減らせないか。なんでお礼を値引きしようとしているのかさっぱりなんだが。でもやっぱり五百枚は多すぎると思うんだ。
「今後困ったことがあれば助けてもらうということでどうか」
「貸しということか」
金貨五百枚分の貸しは大きいと思ったのか、ルガーダさんの表情が歪む。
「もっと金額が少ないとお金をもらっていたんですけどね」
まあ金貨百枚でも値切ろうとしたと思う。
「あれ以上減らす気はないぞ。貸しということにしておこうか。しかしどのようなことを頼まれるかわからず怖いな」
「俺も今のところなにを頼むかわかっていませんからね。ではお礼に関してはこれでおしまいということにしましょう」
やはりお金で解決と言われる前に話を打ち切る。
「それにしてもクリーエはどうやって魔法道具の薬を手に入れたんでしょうね? 顔役といっても子供が手に入れるには少々困難だと思いますが」
お礼から話をそらしたくて、聞こうと思っていなかった向こうの事情に関して聞いてしまった。
「ふむ、あとで聞こうと思っていたが。クリーエよ、変装することや必要な薬を手に入れるということはお前が考えたのか?」
聞かれたクリーエは困った表情を浮かべた。誰か協力者がいるのか?
「怒らない?」
「約束はできん。お前が危ない目にあったのだから」
「私が悩んでいるときに話を聞いてくれたのに?」
「純粋にお前の助けになろうとしたのなら、わしも大きく叱ることはせんよ」
逆に言えば、クリーエが死ぬことで得になり、それ目的で動いていたりするとルガーダさんは怒るってことだ。当然だわな。子供が残した大事な孫を私利私欲のために殺されたらたまったものではないだろう。
そういった含めたものはわからなかったようで、クリーエは言葉通りに受け取ったようだ。
「パナソクスが相談に乗ってくれたの。話し合ってダンジョンに行って強くなれば、皆も頼ってくれるようになるかもって」
「パナソクスがダンジョンに行くことを勧めたのかい?」
「話しているうちに私が思いついた」
ダンジョンに行くように誘導された可能性もあるのかな。
小さい子がダンジョンに行くことを止めなかったのは事実だし、薬を手に入れたのもパナソクスだろう。
話を聞いていると、一階からではなく十階から行った方が早く強くなれるとパナソクスが言ったそうだ。
これは怪しいとしか言えないな。
ケイスドがお茶と菓子を乗せたトレイを持って応接室に入ってくる。
「ケイスド。パナソクスは戻ってきたか?」
「まだらしいですね」
「帰ってきたらわしのところまで連れてくるように皆に言っておいてくれ」
「わかりました」
頷いたケイスドはまた部屋を出ていった。
自分が話したことでパナソクスが怒られると思ったのか、クリーエは不安そうだ。
実際は怒られるだけで済めばラッキーだろうなぁ。
本当に親切心で助言したとしても、その結果死んだかもしれないんだ。助言者としては失格だ。
話を聞くかぎり親切なだけじゃない気がするし。
感想ありがとうございます