30 ボーイミーツリトルガール 1
今日も今日とてガードタートル狩りだ。初めてガードタートルを倒したときに比べて、ずいぶんとひっくり返すのが楽になった。首の弱点を刺すのもスムーズにいくようになったので、狩れる数が増えてお金と経験値が美味い。
順調にドスドスと弱点に剣を突き刺して、昼休憩を終えて、午後も頑張っていたとき、どこからか声が聞こえてきた。
「俺のほかに誰かいるのか?」
十階のことを知らない冒険者が探索しているのかもなと思いつつ、次のガードタートルをひっくり返して剣を突き刺す。
聞こえている声が大きくなる。それが悲鳴のように思えた。
「ガードタートルと真正面から戦って苦戦しているんだろうなー」
なんて思っていたら悲鳴がすぐ近くから聞こえてきて、少し離れたところにある曲がり角から二十歳に見える女が姿を見せた。
赤いコートを身に着けた少し癖のある長い金髪の美人だ。赤のテンガロンハットをかぶり、手には大振りのナイフを持っている。スタイルの良い体でタンクトップ、ホットパンツを着こなしている。
落ち着いていれば色気がありそうな顔も今は、泣きそうな顔で大きく崩れている。
「だずげでー!」
俺を見つけてこっちにどたどたと駆けてくる。まったく洗練されていない動きで、冒険者なのか疑わしい。
彼女の後ろには一体のガードタートルがついてきていた。
一瞬美人局かなと思ったけど、彼女の表情と声が真に迫ったものなんだよな。演技であの表情ができるなら、もっと色気のある表情の方が美人局にはよさそうだ。
そんなことを考えていたら彼女は俺の背後に回って、背中の服を掴む。
「掴まれると戦えないんで放してくれ」
「ごべんなざーい」
素直に手を放して謝ってくる。
「ほかのガードタートルが近づいてこないように、向こうを見張っててくれ」
「わがっだ」
倒すところを見られたくないから通路の見張りを頼むと、また素直に従って見張り出す。
見た目に反して幼い感じがあるなぁ。
本当に追い回されて助けを求めただけっぽい。
とりあえずヘイトを俺に向けるため、ガードタートルを軽く攻撃する。
頭部を軽く蹴れば俺に注意が向き、あとはいつものように背後に回ってひっくり返し、剣先を振り下ろすだけだ。
この作業の間も彼女は通路を見張っていた。
「終わったぞ」
声をかけると彼女は振り返った。ガードタートルがいないことにほっとしたようでその場に座り込む。
「ありがどうー」
「どういたしまして。仲間はいないのか?」
俺のように一人での行動は珍しいし、誰か仲間がいるはずだ。
「いない、一人」
俺以外に一人で探索している奴とは初めて会ったな。
「この階でどうにもできないなら九階とかに戻った方がいいんじゃないか?」
「ええとその」
少し落ち着いた彼女は、なにか言いづらいことでもあるのか、視線をそらす。
「人には言えない事情がありそうだな。聞かないから、今日のところは帰ったらどうだ」
「そうしたいけど、また追いかけ回されるのは怖い」
「ガードタートルは動きがかなり速いってわけじゃないから、逃げるのは苦労しないと思うんだけど」
「逃げられなかったもん」
もんって。さっきも思ったけど幼い感じがするなー。
見捨てるのも後味が悪いし、転送区画まで送るかな。
「転移できるところまで送るから立ってくれ」
「ほんと!?」
「本当本当」
表情を明るくして立ち上がった彼女に変化が起こる。
百六十五センチちょいの俺と同じ背丈の彼女がどんどん縮んでいったのだ。
「あ、あ、ああああ」
縮んでいるのは自分でもわかったようで、焦った表情を浮かべる。
すぐに変化は止まって、その場にいるのは先ほどの顔つきより丸みが帯びた幼さが残る少女。身長は百四十センチと少しくらいか。
髪の色と肌の色は変化してないが、見た目は十歳に届くか届かないかくらい。コートもタンクトップもだぼだぼで、ホットパンツがずり落ちないように手で押さえている。
「どうなってんだ?」
思わず疑問が声に出る。
彼女は目深にかぶることになったテンガロンハットを外して、こっちを気まずそうに見てくる。
この容姿なら言動と年齢が一致するな。幼いと思ったのは気のせいじゃなかったということか。
「薬の効果が切れちゃった」
「薬?」
「体を大きくしていたの」
「もしかしてそういった効果の魔法道具があるのか」
彼女は頷いた。
ゲームには出てこなかった魔法道具だから、すぐには気付けなかったわ。年齢を変化しなきゃいけないイベントとかなかったからなぁ。
しかしなんでダンジョンに来たんだろう? 成長する薬を買う余裕あるんだから、お金を稼ぐためではなさそうだ。
まあなんでもいいか。転送するところまで送ればお別れだしな。一人で来ないように注意だけはしとこうか。
「薬で体を大きくしてもモンスターに勝てないんじゃ意味はない。次は誰かともっと浅い階に行くようにな」
「それだけ? なんでダンジョンに入ったとか聞かないの?」
「すぐに別れるんだから事情を知っても意味ないし。ほら出発前に服装を整えな」
いつまでもホットパンツが落ちないように押さえているのも不便だろう。
テンガロンハットとナイフを預かって、身支度を整えやすくする。
彼女はホットパンツのベルトを締め直して、ブーツのベルトも締め直す。
預かっていたものを返して、歩き出す。少し歩きづらそうなのはどこか痛めたわけではなく、靴のサイズが合っていないからだろう。
「私はクリーエ。あなたのお名前は?」
「デッサ。見た通りまだまだ半人前の冒険者」
「デッサさん、助けてくれてありがとう」
親御さんの教育がいいのか、しっかりとした所作で礼を言ってくる。
「どういたしまして。さっきも言ったがもう一人で入るなよ。次も助かるとはかぎらないからな」
「うん。デッサさんは一人で危なくないの?」
「危ないだろうし、危ない目にあったこともある。だけども一人でやっていきたいんだ」
「友達いない?」
「少ないけどいるぞ。それぞれに仕事があるから一緒にダンジョンに入ることはないけど」
ハスファもシーミンも友達と言っていいだろう。ガルビオも友達かな。
「羨ましい」
「羨ましいってクリーエは友達がいないのか?」
「うん。なんでか皆離れていった」
離れていったか。なにかしらの事情があるんだろう。気になるけど関わっている時間がないし、深く聞くことはやめておこう。
「そりゃ寂しいな」
「なんでだろ、なにも悪いことしてないのに」
「俺にはわからんよ。周囲の大人とかなら事情を知っているかもしれないな」
「教えてくれなかった」
聞いていたんだな。そして教えてくれなかったときたか。知らないと誤魔化した感じではなさそうだ。
ちょっと考えてみたが、情報が足りないからさっぱりだ。
「そろそろ転移できる場所だ。転送屋がいればいいんだが」
タイミング良くというわけにはいかず、誰もいないそこで二人で待つことにした。
喉が渇いているクリーエに水筒を渡したりして十五分ほど壁際に座って待っていると、転送屋が姿を見せた。
「お、帰れるぞ」
暇と疲れで眠りかけていたクリーエを起こして、転送屋に近づく。
「この子を頼む」
転送屋は小さい子がダンジョンにいることに少し驚いた表情だ。
「こんな小さい子を連れ回すのは感心しませんよ」
「俺の仲間じゃない。この子が一人でダンジョンに入ったんだ」
「子供が入ろうとしたら止められるんですが」
「魔法道具を使って外見を変化させていたんだ」
「あー、それなら止められませんね」
「こういったことはよくあるのか?」
「まれにお金を持った好奇心の強い子供が魔法道具を手に入れて入るそうですね。外見を変えられると見抜けないのでそのまま転移するんですよ。さすがに深い階層に行こうとしたら実力不足だろうと止められますが、五階とか十階なら止められませんね」
「それで死ぬ子もいそうだな」
「最近はありませんが、十年くらい前にいたみたいですよ」
やっぱりいたか。一階から行くならまだ逃げれるだろうけど、いきなり五階十階に行ったら跳ね鳥とかの餌食だよな。
「クリーエもその子らと同じになりかけたんだぞ。今回は運が良かっただけだ」
実際に死んだ子供がいるという話には、怯えた様子を見せる。
これだけ怯えたら、また一人でダンジョンに入ろうとは思わないだろ。
転送屋の職員もほっとした表情だから、子供が死なないようにわざと怖がらせるように言っていたんだろうな。
「俺は狩りに戻るので、あとのことはお願いする」
「はい。お任せください」
「あ、お礼をしないとだから一緒に」
クリーエが俺の袖をちょんと握ってくる。
不安そうな表情のままで、脅かし過ぎたのかもしれない。
助けを求めるように職員を見ると苦笑が返ってくる。送ることはできても不安を晴らすことはできないって感じか。
少し早いけど今日は切り上げるかな。午後は休みってことでいいか。
「わかった。家まで送る」
ほっとした表情と嬉しそうな表情が半々といった顔になった。
そんなクリーエと転移する予定時間まで待って、地上に帰る。
転送屋に戻ると、子供が一緒ということで少し注目を受けた。
視線をスルーして転送屋を出て、クリーエの案内で道を進む。
(こっちは来たことがないな)
センドルさんたちが行かない方がいいと言っていた方角に近いから散歩とかでも行くことはなかった。
クリーエが問題なく進んでいるから危なすぎるところまではいかないんだろう、たぶん。
子供のペースに合わせて二十分ほど歩いていたら、三十メートルほど先にいる誰かがこちらへと走ってきた。
「お嬢! どこに行っていたんですか!?」
三十歳に近いがっしりとした体格の男が心配そうな顔でクリーエを見て、すぐに俺に顔を向ける。その表情は怒りだ。男の顔は厳つい方なんで怖いのだろうけど、リューミアイオールに比べたら迫力が足りない。
怖いとは思わずに、なんで怒っているのだと疑問を抱く。
「お前が連れ出したのか! なにを考えてやがる!」
ああ、俺が声をかけてあちこちに連れ回したと思ったのか。
勘違いされたまま胸倉を掴まれる。
体格はいいけど力そのものは一般人のもので、わりと簡単に振り払えそうだ。
「ケイスド! 違う! 助けてくれた人!」
クリーエがケイスドという男の裾を掴んで止めてくれるけど、興奮しているようで止まらない。
「おうおうっ何とか言え! この方をどなたかわかって連れ出したんだろうな!?」
「魔法道具を使っていたし、ちょっとしたお金持ちの子供なんじゃないのか?」
「ちょっとした金持ちの子供ぉ? 違うっこの方はここら一帯の裏の顔役だ! そんな大物をお前は連れ回したんだ。覚悟することだな!」
顔役ってどういうことだ? お偉いさんの子供じゃなくて、お偉いさんってことか? こんな小さい子が?
「ケイスド!」
自分の言葉を一切聞かないことで怒ったようにクリーエはケイスドの脛を蹴った。
子供の蹴りとはいえ、頑丈そうな靴だから痛そうだ。
「いった!? お嬢!? 何するんですか」
「話を聞いて! デッサさんは私を助けてくれたの!」
「なんですって?」
クリーエに睨まれてケイスドの勢いが静まる。
「手を放す! 謝る!」
「は、はい」
命じられてケイスドは俺から手を放した。そしてすまんと頭を下げてくる。
「ん? 助けられたってなにがあったんです?」
落ち着いたことでクリーエに起きたことに意識が向いたようで問いかける。
それにクリーエは気まずそうに目をそらした。
ダンジョンに入って死にかけたとか言いにくいわな。
でも同じことが起きないように言わないと駄目だろうから、俺から話そう。
「ダンジョンでモンスターに追いかけ回されているところを助けたんだ」
「ダンジョン!? いやいやいやっお嬢みたいな小さな子が入ろうとしたら止められるはずだ」
「魔法道具の薬で、見た目を大人に変えていたんだよ」
「お嬢!?」
なんでそんなことをと勢いよく顔をクリーエに向けた。
ケイスドの言いたいことを察したのか、顔をそらしたまま口を開く。
「だって皆が頼りにしてくれないし。だからダンジョンで強くなればって思って」
まだ幼いから顔役としての仕事ができないからダンジョンに入ったのか。
うん、繋がりがないな。強くなっても顔役の仕事とは無関係だろう。顔役としての仕事がどんなものなのかわからないけど、必要とされるのは強さではなく交渉力とか計算高さや事務方面の技能だと思う。強く見せたりといったはったりをかますのは、部下の仕事じゃなかろうか。
なんで力を求めたいと考えたのかわからん。
感想ありがとうございます