29 騒ぎのあと 5
調査を終えた翌日からダンジョンの封鎖が解かれた。
合同葬儀があったからか前日まで町の雰囲気は静かなものだったが、今日は浮ついた感じがしている。冒険者たちが原因だ。
ここ数日の人の少なさとがらっとかわり、ダンジョン前は賑わいを見せている。
ガードタートルを狩りまくるぞと気合を入れた俺と同じく、ほかの冒険者たちも数日振りのダンジョンに気合を入れている様子だ。しっかり稼ぐぞといった声も聞こえてくる。
周囲の冒険者の流れにそって転送屋に向かい、十階行きの転移でダンジョンに入る。
俺と一緒に十階に来た冒険者たちは一直線に十一階を目指していき、最後尾を歩いていた俺は途中で道をそれる。俺がいなくなったことはばれなかったようで、気に掛ける声は聞こえてこなかった。
しばらくガードタートルを避けて進んで、周囲に人の話し声などが聞こえないことを確認して止まる。
「いよいよフィーバータイムだ」
楽しみで楽しみで思わず弾んだ声が出る。
冒険者たちが狩ることがないので、ガードタートルは十階のあちこちにいる。わざわざ探し回らなくていいのは助かる話だ。
早速見つけた一体に近づいて、後ろ側の甲羅を持ってひっくり返して喉を刺す。
「やっぱり楽だ」
ほぼ疲労しない戦闘でもない作業を終わらせ、その場に残った魔晶の欠片を拾う。
次はと周囲を見ると、同族が倒されたことに気付き、こっちに近づいてきているガードタートルがいた。今の俺の目にはあれらは経験値とお金の塊に見えている。
こっちから行ってやるぜとそちらに向かい、同じように倒す。
次々と同じことを繰り返して、帰る頃には魔晶の欠片を入れる袋がパンパンになる。
「この先ここまで膨れることはないだろうなー」
そんなことを思いつつ転送屋が迎えに来る区画へと向かう。
少し待てば転送屋が姿を見せて、地上に帰る。
魔晶の欠片をギルドに持っていくと、想定した値段で売ることができた。一度にこれだけの魔晶の欠片を出すのは初めてで、なにか聞かれるかなと思ったけどなにも言われることはなかった。そのまま今日の稼ぎを全部貯金して、宿に帰る。
この日から二週間ほどガードタートルを狩り続ける。
続けていくうちに、身体能力が上がってガードタートルを持ち上げることが苦にならなくなっていった。体力も上がり、ダンジョン内での休憩時間も短くなる。
技術的な成長はできないが、目的である身体能力と魔力の上昇はできているんで問題はない。
そんな流れでガードタートル狩りが効率化されて、狩り初日と比べると最終日に狩った数が増加していた。
こうしてガードタートルでの稼ぎで、ミストーレ生活の一ヶ月目が終わることになる。
ただモンスターと戦っていくだけの日々になると思っていたけど、いろいろと人に会ったし、ハプニングもあった。
今後もこんな感じで過ごすことになるんだろうか。
◇
ゴーアヘッドの建物の一室、そこで報告会が行われていた。
長机があり、上座に四十歳後半の男が座る。そしてそれぞれの部署の長である四人の男女が下座に座る。
上座の男はギルドの長であり、ジニスタルドといった。
経理、営業、冒険者の担当が報告を終えて、人事の長が報告を始める。
職員の仕事ぶりから始まって、職員から出た不満と要望、ギルドを利用する冒険者や一般人について話し、モンスター騒ぎに関しての考えを述べていった。
「この一ヶ月に住民から入ったクレームにこれまでと違ったものはありません。不安といった内容の話が出ていますが、モンスターが出現したのですから当然のものでしょう。それからいつもと違い依頼の処理数が増えていますが、これはダンジョン封鎖があったからで、来月にはまたもとの数値に戻ると思われます」
締めくくった人事の長に、ジニスタルドは頷きを返す。
「クレームはいつものように処理してくれ。最後にここを利用する冒険者で目立った者はいるか聞かせてほしい」
「まずはフリーダムの二人ですね。モンスターが出現したときはダンジョンの中でしたが、帰ってきてからは瓦礫の撤去作業や修理費用の寄付などしてくれました。そしてあの二人にギルドに所属するか聞いてみましたが、いつものように断られました」
「そうか。しつこく聞くと嫌がられるだろうから、また半年先くらいに聞いてみてくれ」
想定済みのようでジニスタルドに落胆した様子はない。
「はい。ほかにはベルンという冒険者が真面目にダンジョンに挑み出して実力をつけていっています」
「少し前に教会絡みで模擬戦をした奴じゃなかったか? 要注意人物としても名前が挙がっていたな」
しっかりとは覚えていなかったようでジニスタルドは確認するように聞く。
人事の長は肯定だと頷いた。
「恋愛関係でいろいろとあったようですが、振られたことで気持ちを引き締めたようです」
「本当に真面目になったのかしらね」
ギルドに所属する冒険者担当の長が首を傾げる。振られた鬱憤晴らしに冒険者活動をしていないかと思ったのだ。
「まだ注意は必要と思っているので、受付といった職員によく見ておくように指示を出している」
「もし暴れるようならこっちに知らせてちょうだい。所属冒険者に動いてもらうから」
「そのときは頼む」
人事の長は報告に話を戻して、三組ほど活発的なパーティについて話す。
「最後になりますが、デッサという駆け出し冒険者を評価したいですね」
「さっき話したベルンの対戦相手だったな?」
「はい。あの模擬戦には負けましたが、格上相手なので負けて当然でしょう」
「どのような点に注目しているんだ」
「まずは彼のプロフィールから。一ヶ月ほど前にこの町にやってきたようです。剣を使う戦士で、護符も積極的に使っているようですね。一人でダンジョンに挑み、一ヶ月で十階に到達しました。ガードタートルの弱点を見抜いて今はそこで稼いでいるようです」
聞いていた者から「ほう」と感心した声が漏れる。
一般的な冒険者のパーティで一ヶ月十階は高評価であり、しかもそれが一人で行われたというのは素直に驚けることだった。
通常は依頼をこなしながら一ヶ月で八階くらい進み、二ヶ月目の半ばで十二階に到達。そこで成長の壁を感じて、小ダンジョンに挑戦という流れになる。
「ダンジョンを進むペースの速さといい、ガードタートルの弱点を見抜けることといい、有望な冒険者だな。少数でダンジョンに挑む冒険者は変わりものが多いが、彼の性格はどのようなものかわかっているか?」
「わかっている範囲で、変わった趣味嗜好はないようです。被虐趣味なのではという意見もありますが、確証はありません」
被虐趣味疑惑はシールなしで挑んでいると知られて発生した噂だ。当然デッサ本人は否定するだろう。
「対人関係は今のところ穏やかで、偉ぶったところはありません。ただし気になる点が二つ。一つは交友関係が特徴的です。夜の神ミレインのシスター、タナトスの一族と隔意なく付き合っているそうです」
ミレインのシスターはまだ理解できるが、タナトスの一族と問題なく接しているということにはその場にいる全員が驚きを示す。
「本当なのか?」
「はい。ダンジョンの調査へと一緒に行っているところを何人もの冒険者に見られています。そのときに怯えや忌避した様子は皆無だったという話です。逆にタナトスの一族の方が大きく感情を見せていたようですね。そういったやりとりをするほど親しいのかもしれません」
「あの一族とごく普通に接することができる者がいるとはなぁ」
「個人主義であり、他者のことはどうでもよく、それゆえに気にしないのだろうか」
長の一人が思ったことを口に出す。
「個人主義といった面が見受けられることもあるが、ほかの冒険者と話していることもあるので、関係あるかどうかは不明だ」
「個人で動くことを良しとするならギルドに所属する気はないだろうな。今後も伸びていくなら勧誘してもよいと思ったが」
ジニスタルドは勧誘しても好感触はなさそうだと判断する。
もう一つの気になる点について聞く。
「休息の少なさですね。ダンジョンに五日行って、一日休んでまた五日というペースです。一人でダンジョンに挑んでいるのですから、負担も全部自分に返ってきて大きいはず。このままでは体を壊す可能性もありえます」
「今はまだ浅い階を進んでいるからではないか? 深く潜っていけば休みも多くなるかもしれんぞ」
「そうだといいのですが」
「辛そうにしていれば、こちらから声をかけて休むように言うといったことしかできないだろうな」
ダンジョンにどれくらいのペースで挑むのか、それは冒険者の勝手なのだ。ギルドから強制させることはできない。
ギルドに所属しているなら口を出せるが、利用しているだけなら冒険者のやり方にあれこれいえないのだ。もちろん問題行動を起こしているなら話は別だ。
「今後もそれとなく見ていてくれ」
「承知しました」
「あとガードタートル狩りを二ヶ月三ヶ月と続けるようなら一度警告してほしい。有望な冒険者があそこで腐るのは避けたい」
少人数で戦うなら、あそこだけで余裕をもって暮らしているだけの稼ぎがでる。そのせいで先に進むことをやめた冒険者が過去にいたのだ。
先に進んでいく冒険者を馬鹿にした態度をとってギルドの雰囲気を悪くしたという記録も残っていて、ギルドにとって十階は注意の必要な階だった。
「わかりました。部下に伝えておきます」
報告を終えて人事の長は書類を机に置く。
長たちの報告が終わり、会議のまとめが行われる。
今回はモンスター騒ぎが主題であり、その情報に関して再確認が行われて、会議は終わった。
ミストーレの南。死黒竜の住む山の頂上で、竜の姿のリューミアイオールがデッサのいる方角を見ていた。
表情はわからないが、雰囲気的に満足そうなものをまとっている。
「順調に鍛えているな。無理だと言っていたが、思いのほか鍛える速度は早い。脅しが効いたということか」
リューミアイオールはデッサに刻んだ呪いを通して、現状の強さが把握できる。声を届けることも可能だが、今はその必要を感じていない。
現状の強さはゲームで言うならば、ガードタートル狩りが終える頃にデッサはレベル5になっているのだ。
格上相手に経験値を独り占めして、一時間約十体というペースの狩りを続けていれば、レベル5に到達できる経験値も得られるというものだった。
武具を揃えて、仲間もいれば、二十階をうろつける強さだ。一人でも十五階までは苦戦しない。
この成長はリューミアイオールも満足いくものだった。
「このペースなら早々と呪いに殺されることはないだろう。お前のためにも我らのためにも頑張るといい。こちらの準備もほぼ整っていることだしな」
リューミアイオールは山の地下に張った結界から感じ取れる力の気配に目を細めて笑みを浮かべる。
リューミアイオールはミストーレから別のところへと顔を向け、そちらへと魔法を使う。
魔力を含んだ風の塊といえばいいのか、それがリューミアイオールから放たれて視線の方角、南方へと飛んでいった。
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