28 騒ぎのあと 4
「うわ、本当にあっさり死んだわね」
「あの部分だけ皮膚が弛んで柔らかいんだそうだよ。次からこの階でしばらく稼ぐことができそうだ」
俺が来るにはまだ早い階だから経験値も美味いだろうし、魔晶の欠片も同じだ。転送で簡単にこられる階でもある。
ここで武具更新できるだけのお金を稼いで、十一階に備えよう。
「なんであの弱点がみつかってないのか不思議だ」
「ここでガードタートル相手に弱点を探すより、次に行った方が稼げると大昔の人が判断したからじゃないかしら。その考えが今も続いて弱点は発見されなかった」
そう言ってシーミンは首を傾げた。
「いや弱点は見つかっていたのよね。あなたが知っていたんだし。どうしてこのダンジョンに入る人たちは知らなかったのかしら。あなたはどうやって知ったの?」
「村に来た冒険者が話していたけど?」
ゲームで知りましたと言ったところで信じてもらえないだろう。
俺の返答を聞いてシーミンはある程度の予想を立てたみたいだ。
「ということは稼ぎ場を荒らされたくなかったから秘密にされていたということかもね。どこかのギルドだけに弱点が伝わっていて、そこに属する人たちは十階で稼いでいるのでしょう。そのギルドに目をつけられるかもしれないから、誰かに話すことはやめておきなさい」
「わかったよ」
「まあ、私は活用させてもらうけど。今後ダンジョンに入るタナトスの子供たちには教えさせてもらうわ」
「いいんじゃない? 俺も口止めする気はないし」
「ちなみにほかにもこういった情報は知っているのかしら」
「いくらかモンスターについて聞いたけど、このダンジョンになにがいるのかわからないから答えようがない」
どんなモンスターがいるのかは、今後に役立つから知りたいところだな。
「あなたが襲われたアーマータイガーとオオアリクイは?」
「アーマータイガーは魔法に弱い。特に雷が効く。オオアリクイは腹がほかの部位に比べて柔らかい。こんな情報だけど、さすがに知られているだろ?」
「知られているわね。だったらこのガードタートルみたいに一撃で倒せそうな弱点を持ったモンスターはいる?」
「いるらしい。バトルコングっていうモンスターは背中の体毛に隠れた瘤を叩けば致命傷になるそうだ。大鎧蟹はガードタートルみたいに物理や魔法に強いけど、まとう甲殻を支える場所があって、そこを叩けば甲殻がいくらか落ちてがくんと防御力が落ちる。バンブズマンは額の一本角が弱点で、その角は硬いけど四回くらい攻撃を当てれば砕け散って死ぬ。こんなところだな」
先に話した二体のように弱点が知られているモンスターはいるだろうし、俺が今話したものもシーミンは知っているんじゃないかな。
「私が知っているのは大鎧蟹だけね。バトルコングは普通に戦っていくものだと家族は言っていたはず。バンブズマンに関しては名前も聞いたことがない」
「知らなかったか、別の名前かもしれない。見た目は角を持った人型で、身長は百四十センチあたり。黄色に染まった目に青白い肌で、肉付きがいい。動物の毛皮をまとっているはずだ」
「知らないわ。だいたい六十階までのモンスターについては聞いているけど、話に出たことはないわ」
「そうかー」
ゲームだと三十五階前後に出るモンスターだから、シーミンが知らないのならここのダンジョンには出てこないのだろう。
「バトルコングに関して家族に教えるけど構わない?」
「いいぞ。情報が正しいか検証してくれると助かる」
ガードタートルが情報通りだったし、バトルコングも合っているとは思う。
ちなみにこのダンジョンではバトルコングはどこにでるのか聞くと、三十階辺りだとシーミンは言う。
「話すのはこれくらいにして調査をやってしまいましょう」
「そうだな」
途中で一回だけガードタートルと戦わせてもらおう。シーミンがいる間に、動きとかひっくり返す際の重さとか把握しておきたい。
無事許可をもらえて挑戦することができた。重かったけど問題なくひっくり返すこともできた。
一時間で十体くらいは倒せそうだ。これ一体で大銅貨三枚と小銅貨七枚らしいので、十体倒せば余裕で一日の生活費を稼ぐことができる。
休憩とかも含めてざっと計算したら一日で大銀貨二枚と小銀貨五枚を稼げそうだ。五日頑張れば、約一ヶ月の宿賃を稼げるんだからまさにボーナスステージだろう。
リューミアイオールの呪いがなければ、もうずっとここでお金稼ぎすることになっていたかもしれない。
もしかするとこうした停滞が冒険者たちの中にたくさん起きることを嫌って、秘密にされているのかもしれないな。
シーミンにこの考えを伝えてみると、納得した様子で頷いた。
十階の調査が終わり、タナトスの家に向かう。調査が終わり、報酬をもらうためだ。
「おかえり」「ただいま」「お邪魔します」
シーミンの母親に挨拶して、そのままリビングで九階と十階の報告をする。
「やっぱり色が薄いところがあった程度なのね」
「ほかの階だとなにか異変はあったんですか?」
聞くとシーミンの母親は首を横に振った。
「ほかのところでも壁とかの色が薄くなっていたくらいで、おかしくなったところやモンスターの異常は起きていないわ。深いところだとどうなっているのかはわからないけどね」
「深いところも同じだと思うけど」
シーミンがそう言うと、その可能性もあると母親は頷く。
「私たちだとわからないところも、専門家だとわかるかもしれない。その発表を待ちましょう。とりあえず私たちの仕事はここまで。報酬を渡すわね」
大銀貨三枚がテーブルに置かれる。最初に聞いていた通りの額だ。ただついて行っただけだし、それで宿賃十日分は十分すぎる。
それを受け取って、財布に入れた。
「今回の異変とは関係ないのだけど、役立つ情報があるの」
「なにかしら」
「十階のガードタートルと三十階くらいのバトルコングについて。それらの弱点をデッサが知っていた」
「あれに弱点なんてあったの?」
シーミンの母親は目を丸くして聞き返す。
頷いたシーミンはそれらの弱点について話す。
「ガードタートルは実践済みで、バトルコングはまだなのね。思い出してみるとバトルコングは背を庇うような仕草を見せるときがあったわ」
母親は以前戦ったことがあるんだな。そんな人が言うなら、弱点が背にある可能性は高そうだ。
「良い情報だと思う。この礼はどうしましょう。情報料ということでお金で支払ってもいいけど」
「とりあえず貸しということでお願いします。しばらくお金には困らないので」
「わかったわ。困ったことがあればいつでも言って。多少の無茶ならどうにかなるから。それだけの力はこの家にあるのよ」
「そうなんですか?」
人に嫌われ避けられた家という認識が強くて、権力などを持っているというイメージはない。
「この家のやっていることは国から認められたことだし、お偉いさんの遺体をダンジョンから運び出すなんてこともあるの。その伝手で意外とあちこちに顔が利くの」
「なるほど。というかお偉いさんがダンジョン内で死ぬことがあるんですか?」
「三男四男とか家を継げずに兵を目指す貴族が、ある程度の実力を得るためにダンジョンに入るのは珍しいことじゃない。武を重んじる家は家を継ぐ長子でもダンジョンに挑むことがあるわ」
「そういった人たちが見栄を張って、実力以上の階に挑むことがある。そして全滅することがたまにある」
補足するようにシーミンが続けた。
そんなことがあるんだな。
「家を継ぐ子が死ぬとか大惨事確定だろ」
「さすがに大きな家の子供は対策もしっかりしているから、そういったことはないのだけどね。侯爵家の子供が大昔にダンジョンで死んだことがあって、そのときは暗殺とかも疑われていろいろと騒動の収拾が大変だったらしいわ」
「継承権二位の人とか暗殺を計画してなくても色々と調べられてストレスがすごそうだ」
「実際すごかったと思う」
俺が予想するよりもストレスは大きかったんだろうな。
貴族のことは置いといて、ほかに聞くことはなにかあったか? 今回の調査に関してはすべて話したから、更新する武具について聞こうか。
「調査から話は変わるんですが、十階でお金を貯めて武具を更新するつもりです。俺が使っているこれらの次の武具はどんな感じになるんでしょう」
「確認だけど今使っているのは、その青銅の剣と特製服と革の帽子とブーツよね?」
「はい」
「それだったら、鋳造されて品質が並の鉄の剣、革鎧、籠手、今よりも良い革の帽子、同じく良いブーツってところかしら。予算は金貨一枚を少し超えるくらい。特製服はまだ使えるから、その上から鎧や籠手を身に着けるようにね」
「鉄の武器は手入れが必要になってくるから、店の人に手入れの道具が欲しいことと手入れの仕方を聞くといいわ。あと革鎧も損傷が重なると整備に出す必要が出てくる」
シーミンが追加してくる。手入れに関しては頭になかったし助かる。
「武具を買う店はこれまで通っていた駆け出し用のところで十分ですかね」
「大丈夫。買う予定があると伝えておけば、サイズ調整とか先にすませておけてお金が準備できたらすぐに買えるわよ」
ある程度お金が貯まったら伝えようか。
鉄の剣だけは先に買って、素振りして使い心地になれておいた方がいいかも。
調査報告も雑談も終えて、タナトスの家を出る。
◇
デッサを見送ったシーミンと母親はリビングに戻る。
「ああ、そういえば夕食に誘えばよかったかしら」
「ハスファの家族とは一緒に夕食したことあるそうだし頷いたかも」
「そうなの?」
「この前の騒動でハスファの兄を偶然助けたらしくて、そのお礼としてレストランで一緒に食事をしたってダンジョンの中で聞いた」
「デッサ君、ハスファちゃんとも縁があるみたいね」
順調にハスファの好意を稼いでいるように母親には思えた。
うちの子とはどうなんだろうかと興味が湧く。
「ここ数日デッサ君と一緒にダンジョンに入ってどうだった?」
「どうって言われても聞きたいことが漠然としていて答えようがないんだけど」
「具体的なことが聞きたいわけじゃないし、漠然としていていいのよ」
シーミンは初日からのことを思い出す。
待ち合わせして、ダンジョンに入る前の確認をして驚かされた。
ダンジョンに入ってからは、デッサにモンスターの攻撃がいかないようにさっさと倒すことにした。
調査とモンスターへの警戒に意識の大半を使っていたので、特別に印象に残る感想はなかった。それでも記憶に残っているとすれば会話だろう。
「休憩中に家族以外と話すのは新鮮で楽しかった、かな」
表情を緩ませて言うシーミンに、母親は微笑みを向ける。
モンスターの弱点以外は実りある会話というわけじゃなかったが、何気ない雑談が楽しかった。
ハスファともそういった会話はするが、異性との雑談は初めてで、なんの隔意もない視線もあって力の抜けた会話を楽しむことができた。
「また一緒に行きたいと思った」
「行けるといいわね」
「実力差があるから難しいと思うけど」
「彼の進行速度ならそのうち追いつきそうな気がしない?」
「……ありえるかも」
今の進行速度を維持できるとは限らないが、多少速度を落としても常人よりは速い。
逆にシーミンは見回りという仕事もあるので、ダンジョンを進む速度は遅めだ。
母親の言うようにデッサが追いついてくる可能性はありえた。
また一緒にダンジョンに入れる日が来るかもしれないと思うと、楽しみという気持ちが湧いてくる。
感想と誤字指摘ありがとうございます




