27 騒ぎのあと 3
朝起きて思ったのは、まだ少し体が怠いということ。
一日の休みを入れてもなおこれってことは、俺が思った以上にダメージを受けていたんだな。
「動くくらいならなんの問題もないし、戦闘はシーミンを頼りにさせてもらおう」
朝食を終えて、準備を整えて宿を出る。
ポーションと昼食の購入を終えると、待ち合わせしている転送屋に向かう。
転送屋付近はいつもより冒険者の数が少ない。ダンジョンが封鎖されたことで冒険者がここに来る必要がないからだ。
今ここにいる冒険者たちは調査依頼された人たちばかりなんだろう。少しは封鎖を知らなくて来ている冒険者もいるんだろうけど。
転送屋の入口から少し離れたところに、白のコートと大鎌という以前見た格好のシーミンが立っていた。
相変わらず人が避けて、あそこだけちょっとした空間になっている。
「おはよう」「おはよう」
開いた空間に足を踏み入れて声をかけると背後からざわりとした雰囲気が感じられた。
近づいて挨拶しただけ驚かれると笑えてくる。ここにいるのは俺より強い人ばかりなのになー。
「ポーションとかお昼ご飯とかは買ってある?」
「ここに来るまでに買ってきた」
「防具にシールはかけてきた?」
「シールってなにさ」
「え?」
シーミンが目を丸くしている。
俺の知っているシールはキャラクターとか書かれたなにかに貼るものだけど、こっちでは違うものなのだろう。
「シールじゃなくて正式名称で覚えていたのかしら。浸食防護膜だけども」
「浸食を防ぐものってことだよな? ああ、そう言えばそんなものがあるとか聞いたことあるような」
「え、なに、その反応。まるでこれまでシールなしでダンジョンに入っていたみたいじゃない」
「そうだけど」
「えええええ」
ドン引きといった表情でシーミンは一歩後ずさる。
「浸食のダメージをシールなしで受け止めたの? ダンジョンに入り始めたときから? 初めて会ったときも、アーマータイガーの攻撃を受けたときも?」
「そうなるな」
「休日なしでダンジョンに入っていたことといい、シールなしで入っていたことといい。常識なさすぎ!」
ビシッと音が出そうなくらいまっすぐに人差し指を伸ばして、俺を指差す。
タナトスの一族ということで注目を集めていたシーミンの行動に、周囲がざわめく。
シールを使ってないとか嘘だろうという声も聞こえてきた。
「それでやれてたわけだし」
「なんでやれちゃうのよ」
「あの痛みならまだ我慢できるからな」
こちとら死んだときの痛みを覚えているんだ。あの尋常じゃない痛みに比べたら、モンスターの攻撃程度耐えきれる。
ああ、でもシールを使っておけば跳ね鳥たちからの攻撃やアーマータイガーの攻撃で怠さが続くことはなかったのかもしれない。疲れを後日に残さないという面からみれば役立つものなんだろう。
「熟練の冒険者だって浸食のダメージは少しでも嫌がるものなのよ」
「そうなんだな。まあさすがにこの先ずっとシールを使わないということもないだろうさ」
「放っておいたらずっと使わないままだったのでしょうね」
だろうなと答えつつ転送屋の中に移動すると、出発を待っている人たちがいる。
タナトスの一族が壁際に集まっていて、そこから離れたところに質の良さそうな武具を身に着けた冒険者たちがいる。そういった中にミナとその兄の姿もあった。こっちに気付いていないし挨拶はしなくていいだろう。
タナトスの人たちに挨拶をしていると、転送屋の従業員たちがそれぞれの階層に冒険者たちを送り出す。
「五階出発予定です」
そういった声が聞こえてきて、俺とシーミンのほかに六人の冒険者がその従業員のもとに集まる。
念のためか従業員はもう一度大きな声で出発を知らせ、集まってこないことでこれで全員と判断したようだ。
「では送ります」
転送が始まり、見慣れた五階に到着する。
すぐに冒険者たちは散っていき、俺とシーミンも歩き出す。
「今日は五階六階の調査だったよな」
「ええ、隅々まで回るわ。少しでも異変を感じたら教えてちょうだい」
「わかった」
シーミンは何度も歩いたことで五階の地図を覚えているようで、迷いなく歩いていく。
それについていき、壁や床におかしなところがないか見ていく。
シーミンはメモにちょこちょことなにかを書き込んでいた。
跳ね鳥が出てきても、シーミンがあっさりと蹴散らして戦闘がすぐに終わる。
戦闘と調査と休憩を繰り返して、五階の調査が終わる。
おかしなところは皆無だった。
変に暗くなっていたり、穴が開いていたり、それまでなかった水源が増えていたり、強いモンスターがいたりといったことはなかった。
ちょっと拍子抜けだな。
「俺から見ておかしなところはなかったと思えた。シーミンはどうだった?」
「私も特にこれだってものはなかったわね。若干壁や床の色が薄くなっているところがあったくらい」
そんなところがあったのか。
「そこが脆くなっていたりするんだろうか?」
「そんなふうには見えなかった。詳しいことは本格的な調査員が調べるでしょう」
「そうだな」
六階に下りる前に昼食を取ることにして、壁を背にして座る。
並んで昼食を食べていると、五階の調査を終えたらしいほかの冒険者が六階へと降りていった。俺たちを見ると一瞬だけ動きを止めて、足早に通り過ぎる。
「六階で異常が見つからなかったら、明日は七階八階の調査だよな」
「そうなるわね」
「八階のモンスターはどんなやつなんだ?」
「蜘蛛。足の長いタイプじゃなくて、足の短い方を大きくしたもの」
アシダカじゃなくてハエトリの方ね。
「壁や天井も移動するから、頭上からの奇襲に注意が必要」
「糸を吐いてきたりする?」
「そういったことはしないわね。噛みつきと足を振り回す。もっと先の方にいくと糸とか毒を吐いてきたりする蜘蛛のモンスターもいる」
蜘蛛のモンスターで一番弱いのに、魔蜘蛛ってのがいたはず。八階に出てくるのはそれだろう。弱点は氷というか冷たい攻撃。一人で八階に行くなら、護符で氷の属性を付与するものを買う必要があるだろうな。
「俺にとってはそれなりに強いモンスターだろうけど、シーミンは問題なくやれるのか?」
「あれなら苦戦しない。今回の調査範囲のモンスターで苦戦するものはいないわ。十階のモンスターは面倒で戦いたくないけど」
シーミンが面倒って思うモンスターか、どんなやつなんだか。
「今のうちに九階と十階のモンスターも聞かせてくれ」
「九階は太った猫。大きさは成人が四つん這いになったくらいかしら。身のこなしは外見によらず軽やか。爪でのひっかきがメインで、ほかは体当たりしてくる程度。今あなたが着ている特製服も爪で破いてくるわね」
「九階まで行けば、この防具だと心許なくなるかー」
「そうね。武具の更新を意識する頃合いでしょう」
「面倒だって言う十階のモンスターは?」
「亀。物理攻撃も魔法も効果が薄くて、倒すのに苦労するの。しかも倒したところで魔晶の欠片が大きいわけじゃない。かける時間に見合った収入がない冒険者たちに嫌われるモンスター。それを相手するより、十一階のモンスターと戦った方が早く戦闘が終わるから冒険者たちは十階を通り過ぎるの」
「亀か」
もしかすると、俺にとってはいい場所かもしれない。
想像通りのモンスターなら稼ぎ場と呼べる場所になりそうだ。十階に行くのが楽しみになってきた。調査依頼を受けて正解だったかもしれない。
楽しみだという雰囲気が漏れ出したらしく、シーミンが不思議そうな顔をしている。
「俺の知っているモンスターなら明確な弱点があるんだよ」
「あれに弱点? なにも思い当たらないわ」
「違うモンスターかもしれないから実物を見ないとなんともいえないけどな」
休憩を終えて立ち上がる。
六階に下りて、五階と同じように隅から隅まで見て回った。
六階もこれといって異常はなく、色が薄いところが少しあっただけだった。
「これで六階の調査は終わり。五階に戻りましょ」
「これといった異常もトラブルもなかったな」
「そうね。魔物の活動は後を引くようなものじゃなかったということかもしれない」
「ただの気紛れでモンスターを引っ張り出した可能性もありそうだ」
「気紛れでこういったことをしたという話は聞いたことないけど、魔物の話自体そこまで多いわけじゃないし、私たちが知らないだけで魔物は当たり前のようにやっている可能性もあるわね」
「そうかもしれないね」
翌日の七階八階調査も異常はなかった。
魔蜘蛛はシーミンの言うように、壁や天井をすいすいと移動していて、一人だったら奇襲されたかもしれない。
戦闘面はシーミンが対処してくれるので、俺は調査しながら魔蜘蛛の早期発見に慣れる練習をすることができた。ある程度静かにしていればカサカサという移動の音が聞こえてくることに気付いてからは、早期発見の回数が増えていった。
さらに翌日、九階の太った猫はゲームだとワイルドキャットという名前だった。
七階のワイルドドッグと同じく四足獣系統のモンスターで、動きも力もワイルドキャットの方が確実に上だったけど、群れないという特性を持っているのか戦闘は常に一体のみだった。
ベルンの動きの方が早く、一体のみ相手すればいいので、常に複数を相手するワイルドドッグよりも楽そうだった。
シーミンに頼んで、試しに一回攻撃させてもらったところ、護符も魔力活性もない攻撃が通じたのでオオアリクイと戦うよりも希望がある。
そんなことをしながら九階の調査も終えて、十階に到達する。
「さっそくいるわね」
俺とシーミンの視線の先に亀がいた。
鼻先から後ろ足の先まで二メートル超のウミガメに似たモンスターだ。
近づくと向こうも気付いたようで人間が歩く速度と同じ速さで近づいてくる。
「どう? あなたの知っているモンスターだった?」
「うん、ガードタートルって名前のモンスターで間違いない」
ゲームでも見たやつにそっくりだ。
「ひっくり返してくれるか」
「裏が軟らかいなんてことはないわよ?」
そう言いながらシーミンは鎌でひっかけて簡単にひっくり返した。
起き上がろうとじたばたしているガードタートルを観察して、ゲームのモンスター情報で弱点とされていた部分を探す。
「うん、あった」
弱点は首の一筋。人間だと喉に当たる場所。そこだけ色が違う一本線があるのだ。近づいて、そこに剣の切っ先を突き落とす。
剣はあっさりとガードタートルの皮膚を貫いた。その一撃でガードタートルは死ぬ。
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