26 騒ぎのあと 2
話は最初からやりなおされたらしく、出せる人数や調査内容や依頼報酬といった内容だった。調査はほかの冒険者にも頼んでいるようで、調査前に顔を合わせて避けられてしまうだろうと詫びるように伝えられた。
それらに加えて、見回りのときにモンスターが出てくる前兆が感じられたか、今回の原因についてなにかわかっているかということも話し合われた。
タナトス側からは前兆などに関して情報はなかったが、町長側は魔物が関わっているかもしれないと言っていた。
俺が寝ていた頃だろうか、人型のなにかが空を飛んでいくところを見た人が何人もいたのだそうだ。
魔物はゲームだと魔王の配下として動いていた。まれに独立した魔物もいた。今回の件は独立した方かな。魔王が出現したと聞いてないし。
なにが目的でモンスターを引っ張りだしたんだろうか。遊びという可能性もあるしなどと考えているうちに話し合いが終わった。
契約をかわして町長の使いは書類をまとめて足早に帰っていく。
そのままリビングで誰がどこの階を担当するのかという話が行われる。
タナトスの人たちの担当は一階から四十階までだ。二十階から四十階は十二人で調査し、五階ずつ三人一組で調べていくらしい。一階から二十階は俺を含めて八人で、五階ずつ二人一組だそうだ。
「シーミンは五階から十階で、デッサ君と一緒でいいわね」
「デッサは大丈夫なの?」
実力以上の階に行くから大丈夫なのか聞いたんだろう。十階までなら武具も適正だし、まだなんとかなるはずだ。
「問題ないよ」
「それなら、うん。そこの調査を担当する」
誰がどこを担当するか決まり、明日の朝から調査を始めるということも決めて話し合いが終わる。
このあとは壊れたところの修理をするということで、タナトスの人たちはリビングから出ていった。
「作業の邪魔になるだろうし、俺も帰るよ」
「なにか用事があってここに来たのではないの?」
「知り合いの無事を確かめて回っていただけだから。家の一部が壊れていて少し心配したけど、こうして元気にしているのを見られたから用事は終わった」
ここにもモンスターがやってきたのか聞くと、頷きが返ってくる。
「二十階辺りに出てくるモンスターがやってきて戦闘になった。家の一部を壊されただけで怪我人はでなかったわ。デッサは大丈夫だったの?」
「俺は危なかった。孤児院らしきところでオオアリクイが暴れていたんで、襲われていた人を逃がそうと時間稼ぎしてたら、アーマータイガーがやってきてさ。さすがにこれは無理だって逃げようとしたんだけど吹っ飛ばされたんだ。そして捕まってもう駄目だと思ったら、頂点会の人に助けてもらった」
「こっちより危険な目にあっているじゃないの!? オオアリクイって十三階に出てくるモンスターで格上だし、アーマータイガーは私でも戦えないモンスターよ!? それにアーマータイガーの攻撃を受けてよく今こうして無事でいられるわね」
「運が良かった。今も怠さはあるし、まともに攻撃を受けたらさすがにあの場で死んでいてもおかしくなかった」
運が良いという俺の発言に、シーミンは疑わしそうな表情になった。
「あなたもしかして運が悪いのかしら。跳ね鳥を押し付けられたり、アーマータイガーに遭遇したり」
「いい方ではないなって自分でも思う」
正確には運勢がよくわからないことになっている。前も思ったけどバグっていそうだ。
運が悪いだけならすでに死んでいる。リューミアイオールに遭遇して生き延びたり、ダンジョンに放り込まれて踏破したり、殺されかけて助けられたりと、運が悪いと言い切れない。生存方面の運の良さはある。
「今後もそんな感じなのかしら。運の悪さを乗り越えようと強くなろうとしている?」
「強くなろうとしている理由はまた別。この妙な運の悪さは俺も想定してなかった。教会に行って、神様にどうにかしてくれと祈ればどうにかなると思う?」
「ならないでしょうね」
何度祈ったことかとシーミンが呟いた。
タナトスという家のもつものをどうにかしたくて祈ったけど、どうにもならなかったということなんだろう。
話は終わりにして、シーミンに別れを告げて家を出る。
宿に帰ってベッドに寝転がる。そのままなにもせずに体を休める。明日に備えて怠さを解消したい。
窓の外が夕焼け色に染まり出した頃、扉がノックされる。
「開けて大丈夫ですか」
「いいよ」
ハスファが来たようで返事をするとすぐに扉が開く。
いつものシスター服ではなく、ジャンパースカートに白シャツという私服のハスファが入ってきた。聖印だけはいつもと同じ位置で揺れている。
俺を見ると、ほっとしたように微笑んだ。
「特に怪我はないみたいですね。よかった。昨日強そうなモンスターと戦ったと聞いて心配したんですよ」
「シーミンから聞いた?」
「いえ、兄からです」
「兄? ハスファの兄と会った覚えなんてないんだけど」
紹介された覚えはないし、家族構成を聞いた覚えもない。
「わからなくて当然かと。昨日孤児院で人助けしたんですよね」
「したな。もしかしてあの男が兄なのか」
はいと頷きが返ってくる。
意外な繋がりがあるもんだ。
「兄の無事を確かめるため家に帰ったら、モンスターに襲われて怪我をしたという話を聞きまして。そのときに若い冒険者に助けられたという話も聞きました。お礼をしようと容姿を聞いたら、あなたにとても似ていて間違いないと思ったんです」
顔を合わせた時間なんて短かったのに、よく覚えていたな。俺なんてオオアリクイに集中していたせいか、兄という男の顔はよく覚えてない。
「改めてありがとうございます。私も兄も両親も感謝しています」
「はいよ、お礼は受け取った」
「言葉だけでは足りないと思うので、食事はいかがですか? 夕食がまだなら誘いたいと家族も言っていまして」
「夕食はまだだけど……まあいいか。ご相伴になろう」
腹減ってきたし、ちょうどいいタイミングだ。
財布だけを持ってハスファと宿を出る。
ハスファの家で食事をすると思っていたが、ちょっといいレストランで食事にした方がお礼になるだろうと思ったらしく、そちらに向かう。
「兄を助けたあとどうなったんですか? 格上のモンスターと戦ったということでしたが」
歩きながらハスファが聞いてくる。
雑談のつもりなんだろうけど、話したら怒られそうな気もする。いつも無理するなって言われてるし。
「戦ったのはオオアリクイってモンスターで、今の俺だと倒すのは無理な奴だった。ある程度時間を稼いだら逃げようとして、いろいろあってなんとか疲れるだけで終わったよ」
アーマータイガーのことは心配されるだろうから略す。
でもハスファは首を傾げた。
「いろいろってなんです? なんだかひっかかるものがあるんですけど」
濁した部分になにかあると察したようで追及してくる。
「ちょっとしたハプニングがあった。でもこうして元気だし終わったことだ」
「ちょっとしたことなら話しても問題ないと思いますよ?」
また誤魔化しても追及してきそうだ。
事故だから誰も悪くないと前置きして、アーマータイガーが乱入してきたこと、吹っ飛ばされたこと、助けられたことを話す。
ハスファは目を見張って両手で口を押える。
「死にかけたんじゃないですかっ」
「今はこうして元気だし」
「そういう問題じゃありませんっ。無理をしないでとあれほど、いえでも兄を助けてくれたから起きたこと。兄を助けなければ? それだったら今頃兄は死んでいたかもしれないし」
無理をしなければ兄が死んでいたとハスファは自分の考えに悩む様子を見せる。
このままだとどんどん思考の沼にはまりそうだったから、ハスファの顔を両手で掴んでこっちを向かせる。
ハスファの頬を軽く引っ張りながら気を紛らわさせる。
「今どうこう言っても意味はない。俺は生きているし、兄も助かった。それを喜ぼうや」
「……ふぁい」
ハスファの眉間にあった皺がなくなり、ひとまずは悩むことはないだろうと手を放す。
ハスファは両方の頬に手を当てながら俺を見てくる。
「今日はダンジョンに行ってませんよね?」
「さすがにね。朝から体が怠かったし、休みにした。知り合いの顔を見に行って、そのあとは宿でゆっくりしていたよ」
「明日はどうするんです?」
「シーミンの家が町からダンジョンの調査を頼まれたんだ。それの手伝いでシーミンと一緒にダンジョンに行く」
「シーミンと一緒なら安心ですかね」
「シーミンは俺より強いし、よほどのアクシデントがなければ怪我もせずに終わる」
階に見合わないちょっと強いモンスターが出現しても、シーミンが跳ねのけてくれそうだ。
俺の予定を話し終えて、ハスファの明日からの予定について聞く。
「教会は明日から忙しいんだろう? 今回のことで死んだ人の葬儀をするらしいって聞いた」
「はい。今回のことで少なくない死人が出てしまいました。彼らの合同葬儀をやることになっています」
いつもならば葬儀は夜の神ミレインを信仰するハスファたちのみでやるのだが、今回は死者が多く出てたので、ほかの神を信仰する者たちも手伝いにはいるそうだ。
「こっちの葬儀も土葬でいいのか?」
デッサの記憶だと村では死体を土葬して、時間が経過して骨だけになると掘り返して骨をまとめて埋めているところへ移していた。
ミストーレの町でも同じのようで、一年は掘り返さず、一年経過すると多くの骨が眠る場所に移動することになっている。
そうして多くの骨が眠る場所も三十年ほどで掘り返されて、残る骨はこなごなに砕いて場所を開けるという。
その作業もミレインを信仰するハスファたちの仕事の一つだそうだ。一緒に掘り起こす家族もいれば、死に触れることを避けて見学のみの家族もいるらしい。
骨の移動も死者のための神聖な儀式ではあるけど、忌避感が生じるものなんだそうだ。
「葬儀で忙しいようだし、ポーション販売もまだ再開されない感じ?」
「いえ販売は明日から再開しますよ」
こういったことを話しているうちに、レストランに到着する。
そこにいたハスファの家族に改めて感謝される。
ハスファの兄はポーションで怪我を治したそうで、疲労が少し残った以外は後遺症もなく健康体ということだった。
お礼のあとはハスファとの出会いなどを話して、美味い食事をごちそうになり、満足して英気も養い宿に帰った。
◇
町長の使いはタナトスの一族とかわした契約書類を持って、役所を兼ねた町長の屋敷に戻る。
「ただいま戻りました」
話し合いの報告と書類提出のため町長の執務室に入ると、町長から驚きの視線を向けられる。
「早かったな」
「ちょっとした助けがあったので。こちらが書類になります」
渡された書類にざっと目を通した町長は、部下に報告を促す。
部下はタナトスの一族と話して決めたことを報告する。その内容は想定の範囲内のもので、町長から質問が出ることなく終わる。
「あの一族も前兆は感じていなかったか」
「はい、ほかの冒険者と同じく。やはり魔物がなにかしらの細工を施した結果なのでしょうね」
「そのなにかがなんなのか。なにを狙ってあのようなことを」
「ダンジョン調査でなにわかればいいのですが」
「無理だろうな。安全の確認だけで終わるだろう。魔物の動きに注目してほしいと王に報告書を送らなければな」
メモに報告書作成と書いて、机の隅に置く。
「それで思った以上に早く戻って来た理由はなんだ?」
これまで何度かタナトスの家に部下を送って話し合いの場を設けたことはある。
これまでの話し合いは、部下がタナトスの一族とまともに接することが難しく、話すだけでも時間がかかるというものだった。午前中に仕事をすませて、昼食後に家に向かって日が暮れて屋敷に戻ってくることが珍しくなかった。
町中ですれ違うのと違い、一族の本拠地に行って話すのだから精神的な負担は段違いだった。
役人たちもタナトスの一族を虐げるつもりはない。一族の行動はありがたいものなのだ。虐待までするのはやりすぎだとわかっている。それでも拒絶感は拭えない。
「タナトスの一族となんの問題もなく付き合う人物がいたのです。彼をそばに置くことで圧への盾になってもらえました」
「そんな人物がいたのか、本当に?」
「はい、まったく怖がった様子なく、我慢した様子もなく、ごく普通に接していました」
「俺はあの一族と直接会ったことはないが、お前たちが心底嫌がる様子は見てきた。だから噂通りの付き合いづらい者たちなのだろうとわかっている。そんな者たちに普通に接することができるとは」
町長は感心した様子を見せる。
「正直、タナトスの一族と問題なく話せるという一点だけで雇ってもいいと思えてしまいます。そうすれば連絡や話し合いは彼に任せて、我らは安心できますから」
「本人にその気があれば雇ってみるのもありかもしれんが、役所仕事ができそうなのか?」
「冒険者のようですから難しいでしょうね」
読み書き計算ができないだろうなと部下は溜息を吐く。
読み書き計算ができるのなら、冒険者ではなく町中の仕事をやっているだろうというのが部下の考えだ。
町長も同じ考えのようで、最低限の仕事もできないなら無理だと諦めた。
「世の中広いとはえ、タナトスの一族と問題なく付き合える者もいるのだな」
「それも才能なのでしょうね。とてつもなく鈍感なだけかもしれませんが」
「冒険者ならばそういった才ではなく、強さに関わる才の方が喜びそうだ」
報告は終わり、部下は今日の仕事は終わったので帰る。
町長はさっさと仕事を終わらせて、国に出す報告書を作ろうと手を動かしだした。
感想ありがとうございます