254 魔王戦 3
魔王が大きな炎に包まれ一分の時間をおいて、再びメインショットを放とうとすると炎が小さくなっていく。
「剣は駄目か」
魔王を壁に縫い付けていた剣は大きく砕けて地面に落ちていた。
魔王の生体鎧は胸部に穴を開けたままだ。いよいよ再生用のエネルギーがつきたみたいだ。魔王自体も怪我を治したような跡がある。
「といっても、こっちのダメージもなかなかのものだけど」
左腕と剣をなくし、全体的にダメージもある。装甲のあちこちに紫の炎が付けた焦げ跡があり、そこの防御力は下がっているだろう。
「まだまだやる気のようだし、こっちも動ける。頑張るとしようかね!」
俺と魔王は同じタイミングで前へと出る。
ここらからは殴る蹴るの喧嘩じみた戦いが始まる。
互いに攻撃が当たり、こちらは装甲が燃えて、向こうは凹みを作っていく。生体鎧の胸部に開いた穴もじょじょに広がる。
互いに動きが精彩を欠いていく。しかしより精彩を欠いているのはこちらだ。
そろそろバズスアムルに限界が近づいているようだった。動かすたびにきしむような異音が聞こえてくる。
(ここまで被害が大きくなったら紫の炎も関係ない。完全に動けなくなる前に、できるだけ大きなダメージを叩き込もう!)
魔王の攻撃を避けずにパンチとキックを当てていく。
魔王もまた回避よりも攻撃を優先して、攻撃を返してくる。
終わりはそう遠からずやってきた。
終わりの前兆ということなのだろう。バズスアムルから力が抜けたように制御が極端に鈍くなる。
大きな隙を見せたこちらを魔王は力いっぱい蹴り飛ばす。
空中に浮かび、地面に落ちても勢いが落ちずに転がっていく。止まったら外に出ようといつで脱出できるように転倒の衝撃に耐える。
勢いが止まり、オープア・アーマーと声を出すとバズスアムルの前面が開いた。
鍵のマナジルクイトを回収し、外に出る。ちらりとバズスアムルを向ける。
バズスアムルは出発前の綺麗な状態が嘘のようにあちこち傷だらけだった。ご苦労さんと一声かけて魔王に視線を戻す。
(バズスアムルも壊れたことだし逃げると言いたいところだけど、チャンスでもあるんだよな)
ゆっくりとこちらに向かってくる魔王を見て思う。
バズスアムルの頑張りのおかげか、魔王もかなりのダメージが入っている。さらには胸部の穴が広がりきっていて、魔王本体が露出している状態だ。感じ取れる威圧感は巨石群の頂上にいたときと比べて小さくなっている。
どうしようかと考えていると、魔王に変化が起きる。
生体鎧のぼろぼろなところが剥がれ落ちていく。そうして魔王が姿を見せて、無事な生体鎧が右手に集まる。
「剣か?」
赤い刃の剣が魔王の右手に握られる。刃の根元と柄頭には目玉があった。飾りではないようでたまに視線を動かしている。さらにうっすらと紫の光が刃を包んでいる。あれで斬られたら、炎もおまけでついてくるのは容易に予想できる。
(少しだけ戦って無理ならさっさと逃げる。そうしよう)
そう決めて試作品のマナジルクイトを動かす。
あっという間に体を強化してくれたマナジルクイトは音を立てて砕け散った。
こちらも剣を手に魔王へと突っ込む。
これまでで最高速度で接近し、魔王を斬る。
(反応できていない?)
バズスアムルでの動きより遅いはずだと思いつつ攻撃を続ける。
避けようとするもののこちらの動きに追いついていない。生体鎧は魔王の強さをかなり底上げしていたんだろう。
(これなら)
いけると思っていると魔王が距離をとって、剣を振り炎の玉をいくつも浮かべた。その数は百を優に超えている。魔力の色は紫、触れるとこれまでと同じように燃え続けるだろう。
それが一斉に俺へと飛んできた。
(ここに来て弾幕ゲームか!)
弾幕の隙間をみつけて、そこに入り、また迫るものを避ける。
そうしながら魔王へと視線を向けると、炎の玉が次々と生み出されているのが見えた。
弾切れを期待できそうにない。
(このまま避け続けていたら、こっちの時間切れがくるな)
さっきまでと同じように被弾覚悟で突っ込むしかない。
その行動はおそらく読まれているだろう。時間制限があることはわからないだろうけど、俺が攻撃を当てるには接近するしかないのだから。
だったら向こうの予測を超えていくしかない。
(問題はどうやって予測を外すか、なにも思いつかないってことだけどな!)
時間が足らなさすぎる。強化終了の五分くらいで良いアイデアを出せってのは無理だ。使える手札は全部使った状態で、避けながらアイデアを捻りだせというのは無茶じゃないかな!
こんなことを考えている間にも時間は流れていくし、逃げることを考えた方がいいか?
「逃げるにしても追われないように、大きなダメージは与えておかないと」
被弾覚悟で突っ込むと決めた、そのときどこからかスイカよりも大きな岩が魔王へと何個も勢いよく飛んでいく。魔王自身に当たることはないけど、魔王を守るように浮かんでいる炎の玉が潰れていく。
俺も魔王も何事かと思わずそちらを見る。そこにはファードさんたちの姿があった。
(なんでここに? いやそんなことは後回しっ今がチャンス!)
浮かぶ炎の玉を避けずにぶつかりながら、まっすぐ魔王へと最高速度で駆ける。
燃える鎧や足や腕が熱いけど無視だ無視。
魔王もこちらに顔を向けて、剣を構えて防御体勢となる。
「これで駄目なら全力で逃げさせてもらうぞ!」
情けないことを言っている自覚はあるが、この場に至ってもバズストと違って命を賭けるつもりはまったくない。
一瞬だけ魔王が目を見張り、動きが固まる。
そんな魔王へと残る魔力を全て込めて力の限り技を叩きつける。
「天地っ大一閃!」
真上から振り下ろした剣は魔王の赤い剣を斬って、魔王自身も上から下に両断する。
技の余波は魔王の背後にある地面も切り裂いて、十メートル以上の真っすぐな裂け目を作ってすぐに砂で埋まっていく。
(さすがにこれで死んだろ)
目の前にいる魔王を見る。こちらに手を伸ばし、口が動く。
「バズ、スト」
バズストの名を呼んだ魔王は徐々にその姿を消していき、炎をかたどった魔晶の塊を残して消えた。赤い剣も魔王の死に従うように朽ちていく。
魔王が死んだという証明と言うべきか、砂漠のあちこちで燃えていた炎が消えて、俺の体や防具を焼いていた炎も消えた。
「ぉ、終わった、ついに終わったぞー!」
剣を放り出し、両腕を天に突きあげて、全ての問題が片付いた解放感から大声で宣言する。
火傷の痛みはあるけど、解放感が大きく気にならない。
解放感に満たされている俺に、ファードさんたちが駆け寄ってくる。
「デッサ!」
「ファードさん、さっきはありがとうございます。本当に助かりました」
「それよりもあれは魔王だったのか!?」
「ええ、間違いなく」
「なぜそう断言できる?」
ファードさんと一緒に来た人が問いかけてくる。
俺は魔王の気配と一致したからわかるけど、普通は断言なんてできないわな。
「あの強さの魔物が何体もいたらとっくに人間は滅んでますよ」
「そりゃそうだが」
「それにあんな特徴的な魔晶の塊を残しているのも証拠と言えますよ」
皆の視線が魔晶の塊へと向けられ、これまで見てきた魔晶の塊とは明確に違うそれに納得した雰囲気が発せられた。
「ファードさんたちはどうしてこんなところにいるんですか。俺が言えたことじゃないけど、危ない場所ですよ」
「危険は承知の上だ。俺たちは封印の邪魔をしている魔法陣を壊しにきたんだ」
「なるほど」
人間側に封印しか勝ち目がないなら、そういった判断を下すのも納得はできる。
「お前はどうしてここに?」
「俺は魔王を倒しにきました。魔物たちのほとんどが大きく動いて、今なら魔王の守りが手薄になったということでチャンスだと考えたんです。まあ無理だったら逃げる気満々でしたが」
「倒すために動いていたというのは初耳だ」
「伏せる必要があったんですよ。俺が最初は大きな鎧を使っていたのは知っています?」
「ああ、見た」
「だったらあれがすごい代物というのもわかりますよね? あれはとある人たちが魔王を倒すため数百年かけて作り上げたものなんです」
「そんなに前から?」
ファードさんたちは驚いたように目を丸くする。
「バズストが遺した備えろという言葉を信じて、今日まで研究と開発を続けてきた人たちがいるんです」
「そのような者たちは聞いたことないが」
「魔王が封印されて平和を享受する人たちにとっては異端ですからね、隠れていたんですよ。それに同じように備えていたシャルモス国が魔物に滅ぼされたことで、さらに警戒して潜むようになったんです」
「……そうだったのか。ふと思いついたんだが、死黒竜が動いたことも無関係ではないのか?」
バス森林のことは隠しても、このくらいは隠さなくてもいいだろう。
「はい。死黒竜はバズストと親しかったそうで、遺言を守るその集団と協力していたそうです」
「この年になってもまだまだ新しく知れることはあるものだな」
「納得してもらえたところで、俺のことやあの鎧のことは秘密にしてください」
ファードさんたちの表情になぜだという考えがありありと浮かぶ。
「魔王討伐など、バズストを超える偉業だぞ! それを秘密にするということは君はなんのために戦ったんだ」
「穏やかな人生のためですね」
あっさりと返すと、聞いてきた男はぱくぱくと口だけを動かす。
「……たしかに魔王が暴れていれば、それは叶わないだろうが」
「納得できる理由を話しましょう」
そう言うとファードさんたちは真剣な表情で耳を傾ける。
「あの鎧の技術は世に広めるには早すぎるんです。あの鎧ほどの強さは無理ですが、ワンランクツーランク下のものなら量産できる。きっと人々はその力を求めるでしょう、そして求めるままに広めてしまうと人間同士の戦いが絶対に起こる」
ファードさんたちとしてはそんな戦いは起こらないと言いたいのだろうけど、なにも言えずにいる。
「魔王がいなくなった今、しばらくは復興で世の中は忙しくなるでしょう。人々は協力して頑張るのでしょう。そして復興が終わり余裕が生まれたら、その後は馬鹿を考える人がきっと出てくる。あの鎧を作った人たちは、魔王を倒すために頑張ったのであって、世界を滅ぼしたくて長年頑張ったわけではないんですよ。魔力循環や魔力充填を広めるのだって気を遣ったでしょ? それ以上のものが広まるのは危険だと俺も彼らも考えたんです」
「だったらこの戦いはどう伝えたらいい?」
「どこからかやってきた鎧が魔王を倒した。それだけを伝えるしかないと思います」
「そうすると魔王以上のなかにかがいると、人々に警戒させることになる」
「しばらくは警戒するでしょうけど、そのうちに伝承の彼方へと消えますよ」
そうだろうかとファードさんたちは疑わしそうだ。
その疑惑を晴らすのは簡単だ。
「実際に証明されているじゃないですか。バズストという英雄が遺した言葉を人々は忘れていった。忘れなかった人もいましたけど、多くの人間は魔王が復活するという問題を未来に起こることだと気にしなかった」
今後バズスアムルが表舞台に現れなければ、歴史の流れの中に埋もれていくことだろう。
「それは、たしかに」
「というわけで俺のことも、鎧のことも秘密にしてください。魔王を超える力なんて人間はきっともてあまして暴走します。せっかく魔王が倒れて平和が訪れようとしているんです。人間同士の争乱なんて皆さんも嫌でしょ? 魔王が倒れるところは見たけど、どこの誰が倒したのかは不明。そうした方が万事丸く収まるはずです」
半ば脅すような形になっているけど、必要なことだと納得してほしい。
こんな場所にくるってことは彼らも命を賭けたんだろう。目的は果たせずとも生き残ることができた彼らにとって、再び不安な未来が訪れる想像はきついものがあるはずだ。
真剣な表情でファードさんが口を開く。
「黙っておくことに否はない。しかしそれを作った者たちが暴走しないと言い切れるのかね」
「あの鎧の原型自体は百年以上前に完成していたそうです。その時点で人間など軽く超える代物だったはず。それを手に入れて、この百年で暴走しなかった彼らを信じてほしいですね」
「それは魔王討伐という目的があったから暴走しなかっただけで、目的がなくなった今どうなるかわからんと思うのだが」
「一応別の目的をもっているんですよ。あの鎧を戦いではなく、調査として使うと」
「どのような目的なんだね」
「冒険ですね。人々がまだ行ったことがない場所は多いでしょう? あの鎧ならば人が行けない場所に行ける。深い森、険しい山、海の底、そして空の果てまでも。いずれ月に到達し、その先まで行くことが可能になるかもしれません」
俺が空を示すと、ファードさんたちはつられて太陽の浮かぶ空を見上げる。
「月の向こう? どんなところか想像もつかんな」
「好奇心が刺激されませんか。誰も見たことのない景色を見ることができるかも。まあ月の向こうなんて、すぐに行けるわけでもないでしょうし、百年以上の時間をかけるかもしれませんが。そんな困難な目的を持った人たちが、どこまで続くかわからない夢を持った人たちが、人間同士の争いに身を投じると思いますか?」
「……夢を追うということの楽しさは理解しているつもりだ。この年まで鍛え続けて、鍛錬の果てを夢見た者としてはな。彼らがいつまでも夢を見続けられる、そう信じていいのだろうか?」
「俺は彼らではないのでそうであると断言はできません。ですが夢を語る彼らは楽しそうでしたよ」
バス森林の研究者たちに乗り物や宇宙について話したとき、好奇心に瞳を輝かせていたのは事実だ。
「楽しそうだった、か。そのままでいてほしいものだ。わしは黙っておこうと思うが、皆はどう思う?」
「下手すれば今度は人間同士での戦いになるんだろ? そんなのはごめんだ。黙っておくさ」
「正直、あの鎧は怖かったからな。相手をすると薙ぎ払われるところしか想像できん。そんなものが広まってほしくないのが正直な感想だ」
次々に賛成の声が出る。
「ありがとうございます。ではあの魔王が残した魔晶の塊を持っていってください」
「いいのか? お前のものだろう」
「証拠がないと信じてもらえないでしょ? 俺はそこらに散らばる魔晶の塊を拾って帰りますよ」
魔王との戦いの前に蹴散らした魔物たちが残したものでも十分すぎるほどの量だ。
紫の炎のせいで燃え尽きたり、砂の中に埋まってしまっているものもあるけど、それでもまだたくさん散らばっている。
半分以上はバス森林の人たちに渡して、バズスアムルの修理とか新たな開発などに役立ててもらうつもりだ。
感想と誤字指摘ありがとうございます