250 最後の準備期間
少し寝転がったままでいると呼吸も落ち着いて、起き上がりグリンガさんの家に向かう。
落ち着いたらわかったけど、レベルが上限まで達していた。リューミアイオールが大量に魔物を倒してくれたおかげだ。あとは技術と魔力循環を磨き上げて、実力をつけていく。
玄関をノックして、出迎えてくれた奥さんが目を丸くする。
怪我は治したけど鎧とか傷だらけだし、服も汚れているしで、ぼろぼろだから無理もない。
「なにがあったんですか」
リビングにいたグリンガさんも驚きつつ聞いてくる。
「罠が張られていました」
レオダークを足止めに使うという贅沢なことをして、リューミアイオールの転移を封じて、魔物たちを集めて囲んだという話にグリンガさんも向こうの本気を感じたようだった。
「よく帰ってくることができましたね」
「本当に。もらったマナジルクイトと防具のおかげで粘ることができて、リューミアイオールが来てくれたおかげで逃げることができましたよ」
「そこまであなたを脅威に思っているということでしょうか?」
「脅威と思ってはいるかもしれませんが、レオダークには時代遅れとも言われましたね。俺をさっさと片付けて、魔動鎧に対応したいとかそんな感じでしたよ。バズスアムルで雑魚扱いしたから、どうしてもあっちの方が脅威に思えるんでしょう」
まあ中に入っていたとばれたから、俺への警戒は下がっていないと思われる。
「魔動鎧を警戒ですか、またこっちに来る可能性がありますね」
「大丈夫ですか?」
またテーストブルズが負けるようなことにならないかと聞く。
「前回の戦いの様子を話し合って対策を練っています。バズスアムルでないと無理ということはありませんよ。それにあなたが送ってくれた素材のおかげでテーストブルズも強化されています。勝率は上がっていますよ」
「前回の襲撃から半年ほど時間が経過していますし、そりゃちゃんと対策しますよね」
どれくらい強化されたか詳しいことは聞いてないけど、過信という感じでもなさそうだ。
レオダーク以外には負けてなかったし、そこから強化されたのなら大丈夫そうだと思える。
「魔動鎧の話題になったんで、ついでに聞きたいんですが、ジョミスが操れる魔動鎧ってどうなりました?」
「以前も言いましたが、魔王対策が優先なので本格的には研究していない状況ですね。さわりだけ話し合っている感じです」
「戦後に作ってもらえたらそれでいいので急かすことはないんですが、そもそも作れそうです?」
「大丈夫です、作れます」
「それはよかった」
一緒にあちこち行ってみるという約束は守れそうだ。俺が魔王に負けなければの話だけど。
話は魔動鎧から今後の魔王への対応へとかわる。
「うちは再度の襲撃に備えるつもりですが、あなたはどうしますか」
「ひとまず疲れをとって、ミストーレに帰って魔晶の欠片を集めるついでに強くなった体を十全に扱えるようにしようかと」
これ以上レベルは上がらないし、今後は今あるもの熟していく必要がある。
「魔王への対応は考えています?」
「どうしましょうかね。向こうはこっちを殺す気があって、それを放置というのは落ち着かない。でもどうにかしようにも、ただ突撃したところで魔物たちが阻んでくるでしょうし。バズスアムルで突っ込めば雑魚は一蹴できるかもしれないけど、消耗はある。魔王と対決するならできるだけ消耗は避けたい。巨石群周辺から魔物とかいなくなったらチャンスなんでしょうけど」
「拠点のようですし空にはしないでしょうね。また転移して魔物の数を減らします?」
「同じように阻害されて帰ってくるのに苦労するだけでしょ」
すぐにそうですねとグリンガさんは頷いた。本気で言っていたわけじゃなかったようだ。
そもそもまだ転移できるのだろうか? 阻害の持続時間がどれくらいかわからないから、年単位で阻害されるかもしれないし。
「様子見ということになりますか」
「そうなりますね」
本音を言えば、不安なんてさっさと解決してのんびりしたいんだけどねぇ。
「あっちは俺を潰そうとしてできなかった。そして俺の居場所はわかる。そんな状態でどう動くか。ああ、ついでにバズスアムルに入っていたのか俺ということもばれていたか」
「ばれたんですか」
「動き方と声と弱点を知っていることを統合して、見抜いてきました」
「ふむ、そういったふうに見抜いてくるのですか」
「普通の魔物では無理じゃないかと思う。長くを生きて、人間への理解を深めたレオダークだからこそと思いますね」
「ただでさえ人間以上というのに、油断もしてくれないのは厄介でしかありませんな」
困ったものだとグリンガさんは溜息を吐く。
そのあとは鎧の修理を頼むため地下研究所に行ったりして、二日滞在して疲れをとってミストーレに帰る。
ミストーレ帰還後は決めてあったように、魔晶の欠片集めと仕上がった体を使いこなすための鍛練を行っていく。
その二つはダンジョン奥まで行かずともやれるので、人型のレッサーデーモンを相手にして日帰りだった。
そんな鍛錬の日々にとった休日、前線の情報を集めるため今日はメインスのところに行く。
メインスは司教候補という高位の立場であるので、情報は常に送られてきている。さすがに最新情報というわけにはいかなかったけど、ミストーレにいる誰よりも新しい情報を得ている。
「前線の話ということだけど、細かくは話さなくていいわよね」
「うん。おおまかでいい」
「じゃあ最初からおおまかな流れを話していきましょう。巨石群の調査隊が壊滅して砂漠から魔物たちが出現し、クッパラオの各地へと散っていき暴れ出した。クッパラオは大きな被害を受けてすぐに各国へと救援を求めた。各国はそれに応えて、人材と物資を送った」
「ミストーレからは頂点会とかが行ってるけど、ほかの国からも有名な冒険者が行ってんの?」
「ええ、そう聞いているわ。私が知っているところだと巨熊殺し、波止め、豪斧といったところかな。ほかにもよその大ダンジョンで八十階を超えるところまで行っている人たちもクッパラオに行ったとか」
「波止めってどういう人」
「津波の一部を凍らせて被害を減らしたと聞いているわね。魔術を使ったとかなんとか」
噂になるくらいの津波が小さいわけないだろうし、そんな規模の津波は魔法じゃ無理だろう。すごいことをやった人だとわかる。
「そういった有名人が集まっても相手は魔物だ。被害もでたろ?」
「ええ、死者も出ていて徐々に戦力が減っている状態らしいわ。このままじりじりと戦力が減っていくと予想されているみたいね」
おおよその数字でしか知らないとメインスは前置きして、死傷者の数を述べる。
万に届く数がメインスの口から出て、いまいち現実感がなかった。
もっと少ない数なら、この前の教会の被害もあってわかるけど、万に届きうるものは経験がない。
そんな思いが表情に表れていたか、メインスは頷く。
「その反応も仕方ないと思う。私だってしっかりと被害を認識できていない。クッパラオにいる人たちでないと実感はないのでしょうね。さらにはこの数は戦っている人たちのものであって、一般人は含まれていない」
「もっと多いってことか」
魔物も従魔も大暴れ、さらにはクッパラオだけじゃなくて各地で暴れている魔物とかもいるから正確なところなんてわからないわな。
「ポーション生産が潰されなければ、もっと被害は抑えられたのでしょうけど。本当に痛手だったわ、あれは」
「各地の修繕は進んでる?」
「進んでいるわ。ここと同じように最優先よ。クッパラオだと神像の再建よりも先に、ポーション製作所が再建されたところもあるそうよ。教会としてそれはどうなのと思うけど、怪我人が多いのはわかるし助けを求める声が常に聞こえてくるのもわかる。だから仕方ない行動と理解できる」
苦しむ声とか普通は放置できないだろうし、必要とされるのは神像よりもポーションだろうしね。
きっと神像も放置じゃなくて代用できるものを置いていたんじゃないかな。大変な状況だからこそ神頼みしたい人もいるだろうし、祈ることで心の安定を求める人もいるかもしれない。
その考えを口に出すと、メインスは頷いた。
「さすがに壊れたままで放置ということはないかしらね。修理できるまで片付けて、絵や神々の象徴となるものを飾る。ハスファが信仰する夜の女神ミレインなら香炉、朝の神エンテは鐘、天の女神キスパーは壷、地の神ゴルトークは大皿」
手に入りやすいものばかりだ。
たしかゲームでも神像と一緒に飾られている場面があったような気がする。
「教会本山の神像のそばには象徴も置かれているわね。五年に一度くらい交換するんだけど、飾られる栄誉を求めて本山に持ち込む人が多いのよ」
「賄賂とかありそうだ」
「教会にも職人にも推薦する人にも、毎回そういった人は出てくる。監査役が常に目を光らせているというのにね」
呆れたように溜息を吐いた。
ドアがノックされてビッフェルさんが入ってくる。
「兄さん? なにか用事かしら」
「本山から知らせが来たのでな。届けにきたんだ」
メインスは小さなメモを受け取り目を通す。悲壮感はなく目を丸くしたことから驚きの内容ということらしい。
「勝負をしかけるようね」
「詳しい内容を俺が聞いても大丈夫?」
「ええ、クッパラオは巨石群に攻める決断をしたそうよ」
「行くのか」
「各地で魔物たちが暴れていることで、支援がどんどん減っているのはさっき話したわよね。支援がこれ以上減る前に全力を叩きつけようって考えたみたい」
「正直、魔物はどうにかなっても魔王に届くかわからないぞ。もしかして昔のように封印を狙ってる?」
「そこらへんについては書かれていないわね。でも魔物との戦闘経験があるあなたがそう言うのなら、クッパラオ王もただ突っ込むのは無謀とわかっているかもね。他国から戦力を借りていることだし、その戦力を無策で突っ込ませるのは無責任でもあるから秘策があるのかもしれない」
「その秘策になにか心当たりはある?」
ないとメインスは首を振り、ビッフェルさんも同意だと頷いてから口を開く。
「でも封印に希望を見出すしかないのではと思う」
「封印だとすると嫌な予感がする」
なぜとメインスは聞いてくる。
「ただ人間を殺すだけじゃなくて、遊黄竜にちょっかいをかけたり、大ダンジョンに小細工をしたり、ポーションの生産量を一時的に減らしたりと色々な動きをみせてくる相手だ、封印に関しても手を打っていないかと思ってしまう」
「考え過ぎとは言えないのよね」
この予感が勘違いにすぎなくて、魔王を封印してくれたら俺も自由になれるわけだ。
でも昔と同じくリューミアイオールへの対策をとっていたし、やっぱり封印も警戒してそうだ。
リューミアイオールに現地を見てもらって、状況がこっちに有利になったのなら突撃するのもいいかな。
メインスたちとの会話を終えて、ルポゼに帰る前にハスファに会っていく。
まだまだ復興途中の教会で、同僚と協力して人々の相談に乗っていた。
聞き耳を立てていると、魔物への不安は以前よりも小さくなっている気がする。クッパラオみたいに魔物被害が身近じゃないから少しずつ心の傷も癒されているんだろう。
ハスファにそのことを聞いてみると、同じような感想を抱いたようだった。
教会を出て、お昼にカレーを食べて、タナトスとルーヘンたちにお土産を買って帰る。
部屋に戻ってリューミアイオールに話しかける。
「砂漠がどうなっているのか見える?」
(ああ、大丈夫だ)
「常にリューミアイオールの邪魔をしているわけじゃないみたいだな」
(お前が砂漠に行けば、協力できないように仕掛けを作動させるというものなんだろう。もうその仕掛けの出番ないかもしれないが)
「なんでそう言えるんだ?」
(魔王にしてやられた。砂漠に近づけないように呪いをかけられたのだ)
「魔王といえども、竜に呪いなんてかけられるのか?」
(ブレスを地上に届かせるのに力を多く使ったからな。消耗した分だけ抵抗できるだけの力が落ちていた)
リューミアイオールが力尽くで阻害を突破したように、魔王も同じく力尽くで抵抗を突破したってことか。
ということは魔王も消耗した可能性が?
その思い付きを聞いてみると、呪いには少なくない力が込められていたと肯定するような返事があった。
「人間たちは巨石群を攻めるみたいだけど、もう動いてる?」
(静かなものだな。まだ準備の最中なんだろう。魔物たちも特別暴れている様子はない。だがいくらかの魔物が砂漠の外に出て行っている)
「外に? また他国で暴れるのかな」
(さてな)
まあ砂漠から出ていったというだけじゃ、なにを目的にしているのかわかるはずもないか。
「人間でも魔物でも変わった動きをしていたら教えてほしい」
攻めるチャンスを得られるかもしれない。
(わかった)
リューミアイオールとの会話を終えて、タナトスの家に行くためにルポゼを出る。
この日から一ヶ月ほどリューミアイオールからなにも連絡のない日々が過ぎていった。
魔物たちが国内で暴れたという話も聞かず、ミストーレは穏やかな日々だったと言える。
この穏やかな日々で、魔物たちが暴れなくなったと考える者は少なかった。クッパラオに行った人たちが帰ってこないからだ。まだ向こうで戦いは続いていると考えている人が多く、町のあちこちで嵐の前の静けさと考え、何が起こるのか話し合う人たちが見られた。
そしてリューミアイオールから声をかけられる。
(動いたぞ)
戦っていたレッサーデーモンをさっさと倒して、話に集中できるようにする。
「どんなふうになってる?」
(まず魔物側の戦力が増加傾向にある。魔物は増えていないが、従魔が増えた。人間側も戦力を集めて、巨石群へと出発した。それが少し前のことだ)
出発したときに知らせなかったのは、本当に移動しているだけで変わったことはなかったからだそうだ。
「今はどんな感じ?」
(小さなオアシスに拠点を作った。そして少人数が拠点から出た)
「斥候」
(斥候ではないだろう。巨石群を目指しておらず、ある程度距離を取るように移動している)
「拠点を囮にして、少人数側が本命で魔王を倒そうって感じかな」
(どうだろうな。少人数の方は魔法使いが複数いてそれを守るように動いている。なにかの魔術を使おうとしているのかもしれない)
「となるとやっぱり封印かな。もしくは弱体化の魔法でも作ったか?」
封印が本命とは思う。
「もう戦いは始まりそうな感じ?」
(本格的なものではないが、戦っている者たちはいる。魔物側もそろそろ本格的に動きそうだ)
遠からず本格的に衝突しそうだ。
「少人数の方はどうなってる? 魔物にみつかってピンチになっていたりしたら、人間側の策が潰れそうだけど」
(巨石群の周りをうろつくだけのモンスターと戦うくらいだ。見つかっていないのか、放置されているかはわからんな)
また動きがあったら教えてくれと頼んで会話が終わる。
さらに三日経過して、人間と魔物たちの戦いは大きくなっていった。
少人数で動いていた人間たちは四つにわかれて、巨石群を囲むように配置されているようだ。魔術の準備を進めているところをリューミアイオールが確認している。
彼らは鳥を使って連絡を密にしていて、魔術発動のタイミングを合わせるつもりらしい。
感想ありがとうございます