25 騒ぎのあと 1
モンスターたちが暴れ、そのモンスターたちが倒されて、兵が町に戻ることができると大声で知らせて回る。
人々は歩いて町に戻っていき、その流れにそって俺ものろのろと宿へと向かう。
町中は壊れた建物や荒れた石畳などがあり、戦闘の痕跡があちこちに見られた。よく見れば血の跡なんかもあったかもしれない。
さっそくそれらに対処しようと動く人々がいて、瓦礫が町の外へと運ばれていく。
俺は戦闘で疲れていたので、手伝わずに宿へと一直線だ。
幸い滞在している宿が壊されることはなく、寝泊まりに問題はなさそうだ。
部屋に戻り、武具を外して部屋着に着替えてベッドに寝転がる。そのまままた眠り、日暮れに起きる。
食堂に向かうと、今日のモンスター騒動についての話ばかりが聞こえてくる。どうしてあんなことが起きたのかは誰も知らないようで、レッドオーガなどを倒したのはどこの誰といったことやどこが壊れたといった会話が聞こえてきた。
そんな会話を聞きつつ、たまに顔見知りから話をふられて、それに答えて夕食を終える。
今日はお湯をもらえないそうなので、水でさっと体をふいていく。ついでにミナからもらったポーションの空き瓶と自分のポーションの空き瓶も洗う。
「なにするかな、寝るには早いし怠さはあるけど眠くもない」
なんとなく青銅の剣を手に取る。
「あ、潰れてる」
オオアリクイに初撃を食らわせたときが原因だろうか、刃の一部が潰れてしまっている。
もとより斬るという使い方はしていなかったので、いずれはこうなっていたと思う。ひびなんかは入ってないからまだ使えるだろう。劣化は早まるだろうけど。
青銅の剣の点検を終えて、ブーツや特製服なんかも見ていく。どれも汚れてはいるものの破れたりはしていない。
「買い替えなくてよさそうだ」
護符やジャーキー以外の出費がなくてよかったとほっとする。
あともう一つ竜の石があるとはいえ、現金の方はそろそろ心許なくなってきている。
近いうちに竜の石を売らないと、次の一ヶ月分の宿賃が確保できないな。
その宿賃と武具の更新と護符といったもので、竜の石で得られるお金はふっとびそうだ。再来月はお金集めも考えないと。
いろいろと考えていくうちに時間は流れて、窓の外から聞こえてくる物音がどんどん小さくなっていく。
皆が寝付く時間なのだろう。俺も寝ようとランタンの明かりを消す。
一時間ほどはあれこれと考えて、そのうちに眠ることができた。
翌朝は早めに目が覚める。十分に寝たはずだけどまだまだ怠さがある。アーマータイガーの一撃がそれだけ体に響いたってことなんだろう。
食堂からは調理の音が聞こえてくるけど、出来上がっていないようで散歩して時間を潰すことにする。
俺が宿で休んでいる間に、片付けはそこそこ進んだようで、瓦礫の数が少なくなっている。割れた石畳があった場所は一時的に土で埋められていた。
以前早朝に散歩したときと違い、兵の姿がそれなりに見えた。耳を傾けてみると、小物の魔物がいないか探しているようだった。
慌てた感じは受けないし、ほぼいないって思っているのかな。
散歩を終えて宿に帰り、食堂で朝食をとる。
(今日はどうしようか……一日早いけど休みにしよう。この怠さのまま行くのはなしだ。あちこち行って知り合いの無事を確かめて、あとはゆっくりしておこう)
そうしようと決めて、部屋に戻り、ミナに渡すものなどを持って宿を出る。
最初はゴーアヘッドに行って、オオアリクイの魔晶の欠片を売る。そのついでに頂点会の場所を聞く。
「頂点会ですか?」
大銅貨五枚をこちらに渡しながら受付は首を傾げた。
「うん。昨日助けてもらって、その礼を言おうと思って」
素直に答えると受付は納得した様子で、頂点会の建物がある場所を教えてくれた。
ゴーアヘッドから出て、頂点会に向かう。二十分ほどのんびり歩けば到着する。
ゴーアヘッドよりも建物は小さいが、鍛錬のための広場は大きく確保されている。そこで柔軟体操をしている二十歳過ぎの男がいる。
「すみません、お時間よろしいですか」
「なんだ?」
こちらを見ず、柔軟を続けたまま聞き返される。
「ここにミナという人がいると聞いたんですが」
「たしかにいるが、なにか用事なのか?」
「昨日助けてもらいまして、そのときに魔晶の欠片を残していったので届けにきました。あといただいたポーションの瓶も返そうと思いまして」
男は柔軟を止めて俺を見る。
「かわりに渡しておく」
「よろしくお願いしますと言いたいんですが、一応確認させてください。人違いの可能性もあるんで」
昨日見たミナの特徴を伝える。
「うちに所属するミナだ。アーマータイガーを倒したと聞いているし、間違いないだろう」
「ではこれを。命を助けてくれたことの礼を言っていたと伝えてください」
魔晶の欠片とポーションの瓶を男に渡す。
そのとき建物の玄関が開いて、ノースリーブシャツに短パンという動きやすい姿のミナが出てきた。
「兄さん」
「おう、先に柔軟を始めていたぞ。あと昨日助けたらしい奴が礼を言いに来ている」
ミナは俺を見て、少しだけ不思議そうな顔をした。もしかして忘れた?
「……あ、昨日の。わざわざお礼を言いにきたの?」
「それだけじゃなく、あの場に残った魔晶の欠片とポーションの瓶も届けにきたそうだ」
「どっちもそのまま持っていってよかったのに」
「さすがに命を助けてもらって、この二つももらうのは気が引けるから。改めてありがとうございました。おかげで死なずにすみました。今後も頑張って冒険者をやっていけます」
「死にかけたのに冒険者をやめないんだ」
「やめないですね」
やめていく冒険者もいるんだな。死ぬって怖いし、またそんな目に合うかもしれないならやめるって気持ちはよくわかる。でも俺はやめたら死ぬからやめられない。
「まあ、好きにしたらいいよ。弱いなりにやっていけるでしょ」
「そうします。では邪魔になるでしょうからこの辺で失礼します」
「妹の言葉に怒らないんだな」
「怒る部分ありました?」
「弱いと言われたら、多少は思うところがあるんじゃないかと思うが」
「弱いのは事実ですよ。それに冒険者になって一ヶ月もたってないのに強いと威張れません。才能がないのは俺自身がよくわかってます」
そうかと男は納得しかけて止まる。
「駆け出しがアーマータイガーに襲われて生き延びたのはすごいことじゃないか?」
「体当たりは運良くダメージを減らすことができて致命傷にはならなくて、爪での攻撃は妹さんのおかげで受けてません。運が良かったから生き延びただけですよ」
「そうなんだろうか」
「兄さん、早く」
模擬戦でもやるつもりなんだろう、ミナが男に声をかける。
「ああ、わかった。止めてすまなかった」
「いえ、それではまたどこかで」
その場を離れ一度振り返ると、男は地面に置いていた長い棒を持ち、無手のミナと向かい合っていた。
どちらからともなく動いて、棒と蹴りがぶつかる。離れているから二人の動きが目で追えるけど、間近だと反応できずに一方的にやられるだろうな。
いつまでも用事のすんだ他人様の敷地内にいるものではないと、二人から目を放して頂点会から出る。
次はガルビオの家に寄って無事を確かめて、ついでにマッサージを受けたあと教会に向かう。
教会は静かだった。ちらほらと人の姿が見える程度だ。いつも人がいるポーション売り場は閉まっていて、なにかが書かれた看板が置かれていた。
それを読んでいる女に声をかける。
「すみません。これってなんて書かれているんでしょうか」
ポーションくらいは読めるが、習っていない単語がほとんどだ。
「ポーション販売と聖堂と文字教室といった活動は本日休みだそうよ」
「休みですか」
「昨日の件で遅くまで治療していて、教会の人たちも疲れているのでしょうね。明日からの葬儀に備えて身を清めるといったこともするのでしょうし」
「たくさん被害が出たんですかね?」
「突然のモンスター出現だし、混乱して被害が大きくなった。死者も怪我人もそれにともなう数が出たと思うわ」
「昨日のあれってなにが原因だったのか、情報は出ていますか?」
「まだね。そのうち町長から話があるのじゃないかしら」
女に礼を言い、その場を離れる。
最後にタナトスの家に行って、宿に帰るか。
たまに崩れた家や塀などを目にしつつ、タナトスの家に到着する。
ここも塀と家の隅が崩れていたが、大きな被害はなさそうだった。
鐘を鳴らすと少しして扉が開く。以前庭で子供たちの鍛錬を見ていた人だ。
「おはようございます。シーミンはいますか?」
「いるけど、今客が来ていてね。そこにシーミンも居合わせているんだ」
「じゃあまたあとで来ますね」
「あ、いやちょっと待って。依頼を受けるつもりはない?」
依頼? それをやっている時間はないかな。
「ダンジョンに入りたいんで、依頼を受ける時間はちょっとないですね」
「今日から四日くらいダンジョンには入れないぞ?」
「え、そうなんですか!?」
「昨日の件でダンジョンに調査が入るんだ。内部に異変が起きて危険になっているかもしれないから、町から依頼された冒険者以外は入れない」
「それはちょっと困りますね」
「そこで依頼が関わってくる。いつも見回りをしているうちにも調査依頼が来たんだ。それに参加しないかっていう話なんだ」
俺にとっては願ってもない話だ。でも話がうますぎないか?
「俺も誘う理由がわからないんですが。俺は必要ないでしょ」
「人手が足りなくてシーミンが一人でダンジョン調査に行くことになりそうなんだ。そこで顔見知りの君が一緒に行ってくれたら助かる。ほかの冒険者は私たちと一緒に行動するのは嫌がるから手を借りれない」
「ああ、そういうことですか」
納得した。話を受けたいが、一つ聞きたいことがある。
「シーミンが調査する階ってどこなんでしょう? 俺に厳しい階だと実力不足でついていけないんですよ」
「五階から十階だ」
シーミンなら一人でも大丈夫な階だと思う。でもダンジョンに連れていってもらえると助かるし指摘しないでいいか。
「それならなんとかなりますね。受けようと思います」
「ありがとう。中に入ってくれ。町長からの使いが来て、話し合いが行われているんだ」
彼に招かれて、リビングに入る。
そこにはシーミンより年上の見ない顔が二十人くらいいた。
一人だけ顔を青白くしている三十歳すぎの男がいる。髪も茶髪だ。あの人が町長からの使いなんだろう。
シーミンが少し驚いた顔でこっちを見てくる。それにひらりと手を振って挨拶しておく。
「あ、あのそちらの彼は?」
町長の使いが俺を見て、声を少し震わせつつ聞く。
「調査の協力をしてくれる外部冒険者のデッサ君だ」
「外部?」
「うちの子の知り合いだ。人手が足りなくなると思ったんで、協力を頼んだ」
「き、君、今の話は本当なのかい」
「ええ、俺にとっても良い話だったんで。調査に行く階も無理のないところだったし」
俺をじっと見てくる彼はなにかを察したのか、目を丸くした。
「す、すまないが俺の隣に座ってくれないだろうか」
「へ?」
なんでだろう。俺はただの協力者で話を聞くだけでいいと思う。そんな話の中心になる位置にいなくていいはずだ。
俺が不思議に思っていると、シーミンの母親からも頼まれる。
「そこに座っているだけでいいからお願い」
「まあいいんですけど」
町長の使いの隣に椅子を置かれてそこに座る。
隣から力の抜けた溜息が聞こえてきた。
なんとなく緊張が解けたというか安堵した感じに思えた。
もしかして俺が壁になった? 誰もがタナトスの人たちの雰囲気を怖がるって話だから、町長の使いも同じだったんだろう。顔色も悪かったしな。
それにシーミンの母親も気付いたから、隣に座るように頼んできたっぽいな。
この考えは当たっていたようで、町長の使いの声から震えがなくなっていた。
タナトスの人たちと町長の使いの話を聞くだけで時間が流れる。
感想ありがとうございます