249 砂漠 4
レオダークたちの攻撃をなんとかやりすごせてはいるけど、魔物の気配がどんどん増えていっている。十や二十はゆうに超えてそうだ。囲まれつつあるし、すぐに回避なんてできなくなるだろう。
「どれだけ数を用意したんだ」
「アンクレインに聞け」
「人間を相手するんだから油断してほしいもんだ」
「俺とアンクレインにかぎっては油断などせんぞ」
でしょうね!
ほんとにまずいな。どうにか逃げたいけど隙を見せてくれない。
ハイポーションで怪我を癒して、あるかもしれないチャンスを待つ。そのチャンスはそう時間をかけずに訪れた。
粘ったかいがあったということか、はるか上空に死黒竜の気配が感じ取れたのだ。
向こうも異変を感じ取って、ここまでやってきてくれたのだろう。
レオダークはちらりと上空に視線を向けた。
「死黒竜だな。だがあれはなにもできんさ」
転移以外にもなにか対策を? 昔魔王が対策していたのを引き継いで、さらに発展でもさせたか?
レオダークは死黒竜を無視して、俺へと襲いかかろうと身構える。そして一歩踏み出そうとした瞬間、周囲におぞましい雰囲気が満ちる。明るいはずなのに、明るさが減った気がした。
俺だけじゃなくレオダークや魔物たちも一斉に上空を見上げる。
そこにいるリューミアイオールが黒く輝くブレスを吐き出しており、それが地上から五十メートルほどのところで霧散している。
ブレスは地上に届かずともその力は完全には無効化されずに地上まで届いているんだろう。死黒竜が常に放っている気配を濃縮したような雰囲気だ。首元に刃物を添えられているような背筋が冷える怖さがある。
「無駄なことを」
そう言うレオダークの声はわずかに震えている。
皆が固まり動けない中、リューミアイオールはブレスの放出を続ける。そのブレスに変化が出る。直径十メートルほどの太さのブレスが徐々に細くなっている。普通に考えたらブレスの威力が減っているからなのだろうが、そうではない。
ブレスの霧散する位置が徐々に地上へと近づいている。
「貫通力を上げるため?」
思ったことが口に出る。ブレスを収束してアンクレインが施した細工を貫こうとしているのだろう。
「魔法を上空に放て!」
同じことを考えたらしいレオダークが魔物たちに指示を出す。
それに従い、魔法が空へと放たれる。その数は多くはない。周囲に満ちる雰囲気にのまれて動けない魔物もいるみたいだ。
ブレスに魔法がぶつかるけれど、勢いを止めることはできない。
やがてブレスは一メートルほどの細さになって地上へと届いた。
ブレスに物理的な衝撃はないようで砂を巻き上げるようなことはない。でもそれの近くにいた魔物は一瞬で魔晶の塊へとかわっていく。光のそばにいるだけで死ぬのだから、物理な威力など必要ないのだろう。
細いブレスが動いて魔物たちを蹂躙していく、その経験値がこっちに流れてくるけど、それを気にする余裕はない。
(近くにいるだけで即死か)
俺への影響を考えてか、ブレスは離れたところに注がれている。
おかげで怖い以外に影響はない。
(逃げるなら今が絶好のチャンスだ)
恐怖で固まる体に力を込めて、荷物の方向へと駆け出す。
足がもつれて転んでしまいそうだが、今転んでしまうとせっかくの機会がだいなしになる。体と心に気合を入れて足を動かす。
「逃げるぞ! 追え! 魔法で攻撃しろ!」
レオダークがすぐに周辺の魔物に指示を出す。
荷物を乱暴に掴んで、振り返ることなく全速力で走る。走りながらハイポーションも飲んでおく。
魔力循環での身体能力強化とまだ効果が続いていた移動速度上昇の魔法が合わさって、かなりの速度がでている。
そんな俺へと魔法での攻撃がいくつも飛んでくる。
背中や後頭部に炎や氷や風の刃が当たる。今はダメージを受けても距離を稼ぐことを最優先にして、回避せずに足を動かし続けた。怪我したってまだハイポーションがあるから、なんとでもなるのだ。
砂漠を横断するくらいのつもりで、駆け続けていく。
三十分くらい走れば攻撃はされなくなったけど、追跡されているものと考えて止まらず走る。
リューミアイオールに連絡とか考えずに、ただただ足を止めないことだけを考えて走り続けた。
そのせいで魔力循環の効果時間が切れていることに気付かず、速度が落ちていた。
そうして三時間ほど走り続けて岩石砂漠に到達し、隠れられそうな岩影を見つけてそこに入って足を止める。
体中汗だくで、息も乱れていて、その場に座り込む。
(さ、さすがにここまでくれば逃げ切れたよな?)
息を整えながら周辺の気配を探る。
まだ落ち着かないから詳細に探れたわけじゃないけど、魔物の気配はないように思える。
(デッサ、聞こえるか)
(聞こえる。繋がるようになったのか。助けてくれてありがとう)
(なにがあった? 急に砂漠の様子が見えなくなった)
(アンクレインが転移を封じるために竜の力に対して細工したらしい。あとは数で囲んで逃げられないようにされていた)
(そうか。そこなら転移は可能だが、すぐに飛ばすか?)
(お願い)
頼むとすぐに景色が砂漠のものから森林へと変わる。
ここは安全な場所だと認識し、ほっとしてその場に寝転ぶ。
◇
リューミアイオールの動きは目立ったものだった。空にあの巨体が出現すれば気付く者が多いのは当然だろう。
リューミアイオールはクッパラオの転移可能なところまで移動し、そこから砂漠へと飛んだ。
転移での出現時に目撃者が多数いて、砂漠へと飛んでいくのも多数目撃されたのだ。
その報告はすぐにクッパラオ王都へと届けられる。
今王都や対魔物前線では、魔物が戦場から数を減らしたことで人間に優勢な状況へと傾いたことの話し合いが行われていた。
バズスト対策で、各地から魔物が引き抜かれたなどとは人々も予想できず、なぜだろうかと首を傾げる。
魔物の数が減ったことで魔王軍の戦力が減ったと考える者、油断させたところを不意打ちしようとしていると考える者、どこか一ヶ所に戦力を集めて一つ一つ人間側の戦力を潰していくつもりだと考える者。そういった意見がでて、考えはまとまっていない。
そこにリューミアイオールの情報が加わって、戦況がどうなっているのかと頭を抱える者が増えた。
すぐにリューミアイオールが砂漠でなにをしたのかという疑問が浮かぶが、そこまではさすがにわからなかった。
砂漠へと人を派遣することも提案されたが、リューミアイオールによって刺激された魔物やモンスターたちの動きが活性化して危険な状態になっているだろうと中止された。
命じるだけなら簡単だが、貴重な戦力が失われる可能性も高い。気軽に行けとは言えない状況だ。
戦闘が落ち着いている今はしっかりと休みをとって、次からの戦いに備えることに決定し、前線にその旨と酒などの物資が運ばれる。
その休息は十分にとることができた。
魔物たちの再侵攻は人間たちが思っているよりも緩やかだったのだ。
それを踏まえてクッパラオの上層部は、兵たちの体調が万全に近い状態になった今のうちに勝負をかけることに決める。
周辺国からの支援が滞っていることが決着を急かせた要因でもある。
アンクレインの後方を荒らすという策が、この決定に影響を及ぼしたのだ。
無謀な突撃をするつもりはない。何度も言っているように無茶をやる余裕はないのだ。
となれば策があるから勝負をかけたともいえる。
クッパラオ王たちは支援要請とともに、過去魔王を封じた魔法を再現するため資料を求めたのだ。
それそのものは各国になかった。なぜか? その昔シャルモスが魔王への対抗策の研究をする際に各国から集めたのだ。各国に残るのは保存が不完全な写本のみ。完全な形の資料はシャルモスの滅びとともに失われた。
その写本をもとに封印の魔法を急いで研究し、完成させた。さらにセルフッド国からもたらされた魔力充填という新技術も組み合わせて、より強度の高い封印の魔術として練り上げた。
あいかわらず命を必要とする魔法だが、バズストが使ったものと違い、離れた位置からでも封印をできるようになった。
魔物やモンスターに家族を殺され仇を取りたいといった理由で立候補する者たちのおかげで、魔術の試用ができて発動の確認もできた。
あの伝説をもう一度とクッパラオの上層部は希望を持って、勝負を告げたのだ。
大きく数を減らした魔物たちの生き残りを連れてレオダークは巨石群に戻る。
リューミアイオールはすでに去っていて、その姿はどこにもない。
魔物たちには、ひとまず休んでリューミアイオールから受けた影響を抜くように指示を出して、アンクレインのところに向かう。
「戻ったぞ」
「一応聞くけど、どうだった?」
「逃がした」
「死黒竜が来たわけだしね。竜への対抗策を力尽くで突破してくるとは」
施した仕掛けは昔のものよりさらに発展させたものだが、それすら抜いてくるのは予想外だった。竜の力を侮っていたとアンクレインは反省している。
遊黄竜から力を奪うことがスムーズにいったので、甘く見ていた部分があったのだろう。
「最後に巨石群から魔力が放たれて死黒竜に当たったが、あれは?」
「我らが主の魔法。放置していればまたここらに来るかもしれないから、ここに近づかないように呪っておくことにしたとおっしゃられていたわ」
「接近禁止の呪いと対抗策があれば、ここらで暴れることはなさそうだな」
「ええ、どれくらい呪いが維持されるかわからないのが少し不安だけどね」
「おおよその期間はわからないのか?」
「さすがに情報が少なすぎて計算できないわよ」
仕方ないかとレオダークも頷く。
「回復した力をいくらか減らしたのだから、長続きしてほしいわ」
シャンガラで封印されていた魔物が力を減らしていたように、魔王もまた全盛期と比べると力が減っていた。
封印が解かれてすぐに暴れたときにそれが判明した。
それを予測していたアンクレインたちは回復の手段を用意していた。
魔王が静かだったのは、注がれた力が体に馴染むのを待っていたという理由もあった。
「今回の被害はどれくらいかしら」
「連れていった魔物の八割が死んだ」
「確実にバズストを殺すために多めに送り出したのが仇となったか」
「上手くいっていたのだが、邪魔さえ入らなければな」
「直接戦ってどうだった。なにか以前との違いはあった?」
「強くはなっていた。だがあの程度なら今回のように数をそろえて叩けばなんとでもなる。しかしそれ以上に問題がある」
なにかしらとアンクレインは先を促す。
「バス森林で強い鎧がいたと話しただろ。あれを使っていたのがバズストだった。今回は使っていなかったが、次があれば使うかもしれんな」
「あそこと繋がりがあったのね。またあの森を攻めるべきかしら」
「戦力を出せるのか? 弱い魔物では蹴散らされるだけだぞ」
「そうなのよね。今回の消耗がなければなんとかやれたのだけど。攻めるよりもまずは戦力の確保に奔走しないと駄目ね。まったく人間どもが予想外に粘るから、前線に配置する魔物たちが予想よりも多い。やはり侮っては駄目な相手よね」
「まったくだ」
これからやることを話し合い、両者は動き出す。
魔王を支えるため、魔王の力となるため、魔王と共にあるため。
この戦いを乗り越えることができれば、人の世の終わりが近づくと思って。
戦力集めは少しというには憚れるくらいの時間がかかった。使い捨てできる従魔を集めるわけだが、砂漠の中ダンジョンはほぼ使い潰しており、よその土地に行かなければならなかったからだ。
この戦力集めをしている間も前線に魔物を配置して、人間に圧を与えていたが戦力が足らずに与えられる圧は以前よりも減っていた。
このことが人間側の動きを決定したのだ。
感想ありがとうございます