248 砂漠 3
砂漠を放浪して三日、モンスターとの戦いはあったけど魔物は一切出てこなくなった。
被害が増えるだけだって思ったんだろうか? それともなにか策でもあるのか?
策があるのだとしたら、空振りさせるためにもそろそろ帰ろうかなと思っていたところ、魔物の気配が上空に感じられた。
大きな鳥のモンスターの足に魔物が掴まっているのが見えた。そのモンスターが高度を下げて、魔物は手を放して着地する。
マナジルクイトで体を最大強化しながら、相手の対応を見る。
「久々になるな、バズスト」
そう言うのはレオダークだ。バズスアムルとの戦いで受けた傷はどこにも見えない。四肢はどれも欠損していない。
久々というのは数百年前のことなのか、この前のことなのかどっちだろう。
考えているとレオダークが続ける。
「無言か、まさか俺のことを忘れたわけではないだろう。魔物の軍と人間の軍がぶつかりあった最後はいなかったが、その前にも二度ぶつかり俺から逃げ出したのだから」
バズストの時代には、そんなこともあったな。二度の衝突時はまだレベル二十にはなってなくて、勝つのは不可能だと判断してどうにか逃げたのだ。
それを言ってくるということは、バズスアムルで戦ったとは気づいてないみたいだ。
ということは四肢を落としても痛手ではないという情報を俺が得ているとは気づいていないかもしれない。
魔王から俺がバス森林にいたって聞いていないのだろうか? もしそうだとするなら俺の位置を完璧に把握できるわけじゃないのかも。
「どうして俺をバズストだと?」
フードで見えにくいとはいえ完全に顔が隠れているわけでもない。別人だとわかるはずだ。
レオダークはなにかが気になった様子を見せたけど、小さく首を振って答える。
「我が主がそう言ったからだ。誰よりもお前に執着する我が主が断定するのだから、お前はバズストだ」
断定したのか。記憶を継いだだけと言っても信じないよな。
「執着するほど封印が気に入らなかったのか」
「封印もだが、封印した本人の魂の一部が常に一緒にあって屈辱の記憶を刺激され続ければ、そりゃある意味一番の気になる存在になるだろうさ」
「そんな一番は嬉しくないな」
本心からそう思う。
「俺としてもお前を一番にされると困る。あの大型鎧こそが我が主に届きうる可能性を持つ。お前などに執着して、あれに手痛い一撃を受けるわけにはいかん」
これは完全に俺がバズスアムルを使っていたと気づいていない。
ここに呼べることも気付いていないということだろう。
確認のために聞いてみるか。
「大型鎧?」
「お前は知る必要はない。英雄と呼ばれているようだが所詮は時代遅れの存在。力の差を悔やみながら死んでいけ」
踏み込み砂煙を巻き上げて、殴りかかってくる。
速度はバス森林で戦ったときとかわらない。
でも生身の現状、あのときのように雑魚扱いは無理だろう。
こちらの与えるダメージはあのときより下、受けるダメージは多い。油断なんてしたらあっさりと殺される。
強化の切れるタイミングに気をつけて戦っていく。
こうしてまともに戦うとバズストの生きていた時代のレオダークとの違いがわかる。
以前は力任せだった戦い方が、技術も伴ったものになっている。
「防御や回避が上手くなったじゃないか」
俺の攻撃をバズストとして戦ったときほどに受けることはない。
そして攻撃を当てても相変わらず痛みを感じる様子がない。
「長く生きているんだ。それだけ積み重ねて当然だろうが」
こっちの攻撃を紙一重で避けて、蹴りを当ててくる。
それに吹っ飛ばされて地面を滑って、すぐに起き上がり追撃を避ける。
「お前こそ時代遅れにしては粘るじゃないか」
「鍛えてきたからな!」
鍛錬とか武具だけじゃない。余裕をもって戦えるのも大きい。危なくなったらリューミアイオールが転移してくれる。そのおかげで撤退を考えずにのびのびと戦える。
実力は向こうの方が上だけど、そんなものはいつものことだ。それに身体能力的にはそこまで大きな差がない。
今の俺でも勝ちの芽はある。そして狙うべきは胴体。
意識しすぎると胴を狙っているとばれるだろうから、適度に四肢も狙っていく。
戦っているうちにマナジルクイトでの強化が切れて、即座に自力で四往復を使って強化を維持する。
そうやって戦っていくうちに、チャンスがくる。
偶然だろうけど、レオダークに足払いが決まって大きく体勢を崩す。そのレオダークに肩から体当たりをしかけて地面に転がす。
「くらえ!」
心臓めがけて逆手に持った剣を突き下ろす。
レオダークがわずかに体をそらして、切っ先は横腹をかするだけになった。
レオダークは回避と同時に俺の腹へと足の裏を当てて押す。
「やはり胴狙いだったな」
「ばれていたか」
「狙いを悟らせないようにしていたが、四肢と胴ではわずかに執着の強弱が違った。そしてもう一つわかったことがある」
ほかにもなにかばれるようなことをした?
「お前、あの大鎧に入っていただろう?」
「なぜそう思う」
あのとき言葉をかわしたし、声が同じだって気付いたかな。
戦う前に見せたなにかを気にする様子は、声に聞き覚えがあったからか。
「声と胴狙いと動きだ」
「動きもか」
「動きは似ている部分があっただけだけどな。そしてどれか一つだけなら、あの大鎧に繋げるには弱い。しかし三つも共通点があるなら、疑うなという方が嘘だろう」
「そんな強い鎧があるなら、今使ってないとおかしくないか?」
素直に認めず、反論してみる。
「そこは俺も疑問に思っている。しかし使わないのではなく、なにかしらの代償が必要で簡単には使えないということなんだろうさ」
まああんな強力なものを使ってなければ、そんな考えになるわな。
さてどう返すか。そんなことを思っていたら、戦いが再開した。
レオダークの中では、バズスアムルを使っていたのが俺で決定されていて、返答なんて期待していなかったんだろう。
戦いが続き、俺もレオダークもダメージを負いつつ決着はまだつかないという状況で、レオダークがちらりと周囲に視線を向ける。
「ようやくか」
なにがだろう。俺も一瞬だけ周囲に視線を向ける。
それは隙であり、これまでのレオダークなら攻撃をしかけてきただろう。でもそういったことはなかった。
かわりに問いを投げかけてきた。
「これまで複数の魔物が送り込んできた。それが今日は俺だけだ。どうしてだと思う?」
「魔物が足りなくなった、わけじゃないな」
そこまで多くの魔物を倒してきたわけじゃない。
「簡単な話だ。アンクレインがお前を倒すための策を考えたが、どう考えても準備時間が足りず、一つの策と呼べないものしか実行できそうになかった。つまりは数で押し潰すというのものだ」
「数というわりにはお前しか、いや時間稼ぎか」
「その考えは半分当たりと言っておいてやろう。数で攻めるにしても問題があったからな。その問題を潰すための時間稼ぎでもある」
なにが問題なのかわからないという俺の表情を読みとったレオダークは続ける。
「転移で逃げられるということだ。そしてその転移を手助けしているのは死黒竜だろ?」
背筋が冷える。
すぐにリューミアイオールへと呼びかける。返答はなかった。
「顔色がわかりやすいくらいに変わったな? アンクレインの仕掛けが上手くいったということだな」
「……」
魔王のそばでしか阻害はされないって思ってたわ。迂闊としか言いようがない。
どうするかな。転移があるから体力はレオダークとの戦いのみに注ぎ込んで、その後のことは考えてなかったんだよな。
レオダークを含めた複数の魔物を相手できる自信はない。
それに数で潰すと言ったからにはこれまで以上の数を用意しているはず。
「どうするか考えているのか? ではその暇をなくしてやろう」
そう言いながら襲いかかってくる。
今は戦いよりも思考が大事だってのに、確実に邪魔してくるな。
戦いながら再度リューミアイオールに呼びかけてみたけど、やはり返事はない。
自力でどうにかするしかない。
レオダークに集中していないから、これまでより攻撃を受けてしまう。それでも思考は止めない。
レオダークを含めて魔物たちを倒すというのはなし。無理だし、それが一番ない選択だ。だったら逃げるしかないな。転移を潰したといっても大陸全土にそんなことをするのは無理だろう。かなり頑張っても砂漠全土が限度なはず。砂漠の端まで駆け抜けてしまえばなんとかなる、はず。
そうと決まれば、まだ魔物たちが集結していない今が逃亡チャンスだ。
レオダークの攻撃を避けながら、マナジルクイトに魔力を流す。
「どうするのか決めたようだな」
「さっきから考えを読んでくるが、人間に対してそこまで理解を深めたのか?」
「当然だろう。昔は見下して戦い、出し抜かれたのだ。同じ轍を踏まないためにもある程度の研究はする」
「熱心なこったな」
よし、話している間に魔法を使える分の魔力は確保できた。
あとは荷物を回収して、おさらばだ。さすがに水もなしで砂漠を駆け抜けるのは無謀だから、回収は必須だ。
周辺に魔物の気配もちらほらと感じられてきたから、さっさと逃げる準備をしたいところだ。
「それじゃ逃げさせてもらう」
「させると思うか?」
「頑張ってみるさ」
そう答えつつ背後へと大きくジャンプする。当然レオダークは逃がすまいと追ってくる。
着地と同時に天地一閃を地面へと叩きつけた。
砂煙が広範囲に発生する。これくらいでレオダークが俺を見逃すわけはないけど、ほかの魔物からは逃げやすくはなる。
砂煙を切り裂くように振られたレオダークの爪を前転して回避し、移動速度上昇の魔法を使い、荷物の方向へと駆ける。
「その程度の小細工で逃げられると思うな」
すぐ背後からレオダークの声が聞こえてきた。
まあ追いつかれるわな。さてどうやって振り切るかあああ!?
肩を掴まれて砂煙の範囲外へと投げ飛ばされる。その先には魔物の姿がある。
地面に落ちて、倒れた俺へと魔物の蹴りが迫る。それに吹っ飛ばされて転がりながら起き上がった。
「げほっ手荒だな!」
でも距離はとれた。なんて喜んだのもつかの間、触手が俺の左腕に絡まってきた。植物系の魔物が伸ばしてきたようだ。さらに左足にも触手が絡まる。
舌打ちして引きちぎろうと思いっきりひっぱるが、ちぎれる寸前のような音はするけどちぎれない。
「よくやった」
砂煙の向こうからレオダークが姿を見せる。ちょっとまずいか?
右手に持った剣を振って、触手を斬りつける。振り方が甘くなったせいで斬ることができなかったけど、傷を入れることはできた。
これでちぎりやすくなっただろうと再度ひっぱる俺へとレオダークが突進してくる。
回避のために触手を緩めたからちぎれることはなかった。
そのままなんとか回避していき、このまま避けながらちぎるのは無理だと考える。
(だったら!)
位置調整をして、レオダークの攻撃を防御してわざと受ける。
自分から吹っ飛ぶことでダメージもおさえて、触手もちぎれて、距離も取れる。多少のダメージはご愛敬。
「よっし!」
狙い通り触手をちぎることに成功する。
本体との繋がりが切れた触手は力が抜けて地面に落ちた。
まだまだ触手はあるだろうし、ほかの魔物の攻撃とレオダークの攻撃も回避しなければならないから、一休みもできなくて大変だ。
感想ありがとうございます