246 砂漠 1
教会が襲撃されて半月ほど時間が流れた。
教会でテント暮らしする予定だった人たちは、タナトスの周辺の空き家に入ることが決まった。
メインスたちが確認に行き、実際にタナトスの人たちと接して大丈夫とわかったので、しばらくそこで暮らすことになったのだ。
シーミンに会いに行くと、これまで人気のなかった建物に気配がある。
ごく普通の生活をしているようで、タナトスのそばだからと不安がっている様子はなかった。トラブルが起きていなくて、紹介した俺も安心できるというものだ。
シーミンたちに話を聞くと、引っ越してきて二日くらいは不安もあったようだけど、三日もすると慣れてきて世間話もできるようになったみたいだ。
タナトスの人たちが積極的に修繕の手伝いをしたり気遣う様子を見せたことから、引っ越してきた人たちも人柄の良さを知って安心できたのかもしれない。
彼らの生活が安定している間に、壊れた建物は町の外へとすべて運ばれて、少しずつ再建が始まる。
大工はミストーレの外からも集められて、住宅と教会の建築と道の修繕にとりかかる。そういった大工に混ざって、若手冒険者の姿も見える。武具購入の資金集めのため資材運びとかを手伝っているようだ。
ポーション販売が一時的に止まっているので、無理してダンジョンに行くことができないので人手のいるそちらで働いているようだ。
教会は予定通りに聖堂とポーション製作の建物建築を真っ先に始めた。
そういった大工たちの横で、教会関係者は自分たちの仕事を再開した。
教会がぼろぼろといっても相談者はくるし、葬式や祝い事もあるので仕事はいくらでもあったのだ。
教会関係者たちはテントの中で、相談にのったりして自分たちがやれることをやっていく。
ハスファもそういった人たちに混ざって、やってくる人たちに対応する。そんなハスファだけどまだ怪我の後遺症が続いていた。体が痛むのではなく、左腕の腕力が半減していた。
ポーションですぐに治さなかったので、ややおかしな治り方をしたらしい。医者の見立てでは、少しずつ治癒が進んでいてこの先ずっと半減したままではないということだった。
半減したままなら、バス森林の人たちに治療方法を求めるところだった。
メインスも教会のトップを手伝って、後処理に忙しそうだった。
そんなメインスから聞いた話だと、教会本山も襲撃を受けたそうだ。といってもミストーレと違って、被害はポーション製作の建物周辺だけだったみたいだ。ほかの町でも襲撃はあって、ミストーレのように教会以外も被害を受けた町は少ないらしい。
カルシーンが雑な仕事をしたということだろう。
襲撃した魔物たちは撃退されたものは少なかったみたいだ。というか襲撃して壊したらすぐ別の町に移動したらしい。同じ魔物がいくつかの町を襲っていると情報が集まったそうだ。魔物の数が少なくて、そういった重要施設の破壊のみを命じられていたのだろうか?
運がいいと言っていいのか、狙われたのはポーションを作る建物だけで、ヒールグラスといった材料関連の場所までは狙われなかった。
素材がなければポーションを作ることができないので、そっちを狙われなくて本当によかった。
でもどうしてそっちを狙わなかったのかはわからない。ポーションの材料について知らなかったのかもしれないし、町を襲うことで不安を煽ることも兼ねていたのかもしれないとメインスは言っていた。
事実ハスファが受けている相談にも、また襲撃してこないかといったものがあるらしい。
町の再建が進んでいる間、俺は主に鍛錬と素材集めをやっていた。
それだけではなく剣のメンテナンスを頼みに行ったり、今後の相談のためバス森林にも行ったりしていた。
俺がカルシーンを斬ったことをズンゼッタさんは噂で聞いたのか、会いに行くと歓迎してくれた。
剣のメンテナンスをしながら戦いの様子を聞いてきて、それに答えているうちにあっさりとメンテナンスが終わる。
小さな傷がついているくらいで刀身の歪みなどなく、本格的なメンテナンスは必要なかったらしい。
その後バス森林に転移してもらい、一度クッパラオに行こうかと提案してみると、リューミアイオールたちも賛成した。
俺と同じく魔王の動きが不明ということが気になっていたみたいだ。
すぐに行けるというわけでもなく、バス森林の人たちで砂漠を移動する準備を整えてくれるそうだ。それまで鍛錬を続けることになった。
しばらく鍛錬を続けて、時期的にはそろそろ準備が整う頃じゃないかと思った日の夜に、バス森林から荷物が届く。
届いたのはフード付きの外套、頑丈な靴、旅鞄、箱、水筒だ。
一緒に送られてきた手紙に、これらがどういったものか説明がされていた。
鎧の上から着ることができる温度調整してくれる外套、防具としても使える砂地でも問題なく移動できる靴、中に入れれば重さも大きさも変化する鞄。鞄と同じような水筒。中に入れれば劣化を遅くしてくれる箱。
どれも魔晶の欠片を使用するもので、これらを十分に動かすため魔晶の欠片を入手してから出発してほしいと書かれていた。
外套と靴は俺のサイズに合わせて急いで作ってくれたようだ。
そして劣化を遅くしてくれる箱に、日持ちする食料がいくらか入っていた。五日分くらいかな。もっと長く滞在するなら町で購入していった方がいい。
これらのほかに砂を防ぐマスクのようなものも必要だろうと書かれていた。
最後に、準備が整ったときリューミアイオールに呼びかければ転移で送ってもらえると締めくくられている。
届いたその日はさっさと寝て、翌日からダンジョンで魔晶の欠片を集めていった。
準備には三日かけた。どれくらい魔晶の欠片が必要にあるのかわからないので多めに集めたのだ。
用事を頼まれたとルポゼの皆には伝えて、必要な物を鞄に入れて出かける。鞄と水筒と箱の魔法道具は起動済みだ。
町の外に出て周囲に人がいないことを確認して、リューミアイオールに話しかける。
「いつでもいいよ」
(飛ばすが、砂漠を移動している間に魔王に強襲される可能性もある。いつでもバズスアムルを飛ばせる準備はしておくぞ)
「了解」
そう返すと景色が一変する。
空気が乾いたものになっていて、ミストーレより気温も高い。
風の中に血の匂いはしないことから、ここら辺で戦闘が起きている様子はない。もっと戦いやすいところで冒険者たちと魔物たちの衝突は起きているのかな。
フードをかぶって日差しを遮る。
「さっさと魔法道具を起動させよう」
魔晶の欠片を取り出して、外套と靴に触れさせていく。
魔晶の欠片は溶けるように消えていった。
「これでいいんだよな?」
気温は気にならなくなり、足元も土の地面を歩いている感覚だ。
軽く走ったりしても砂に足を取られることはない。
「よし。それじゃ目的もなく歩くかなー」
ここがどこだかリューミアイオールに聞いてもないんで、どっちに進めばいいのかもさっぱりだ。
魔王の反応を確かめるためだけに来たんで、それで問題ない。
まずはここらへんの地理でも確認しようと、一番大きな砂丘を目指す。
砂地対策をしていなければ時間がかかったかもしれないけど、普通の地面のように歩けるおかげでさっさと天辺まで移動する。
そこから周囲を眺める。どこまでも砂と青空の世界だった。その中で動いているのはモンスターくらいだ。
「巨石群らしきものはないな」
モンスター以外は小さな荒地や岩の塊が見えるくらいだ。岩は高さ四メートルを超えていそうだけど、あれ一つだけなので巨石群とはいえないだろう。
ひとまず岩の塊を目指すことにしてまた歩き出す。
たまに砂の中からモンスターが襲いかかってくる。
蛇やトカゲや蠍といったモンスターで、どれもゲームやバズストの記憶で見たことがある。強さも一番強くてダンジョン四十階くらいのものだった。
奇襲にはしっかり対応できたので、苦戦することもなく一撃で斬り捨てていく。
あっさりと大岩に到着して岩の陰で休憩でもしようかなと思っていると、ダンジョンの入口を発見した。
「こんなところにもダンジョンがあるんだな。ちょうどいいし中で休もうかな」
内部なら砂を気にしなくていいだろうとダンジョンに足を踏み入れる。
ある程度進めば風で砂も入ってこないだろうと歩を進めると、死体を見つけた。
ふーん死体かと流しかけて、思わず二度見した。
「一階でモンスターに負けたのか? そんなわけないか」
こんなところだったら転送屋もいないだろうし、奥で怪我をしてここまで脱出して倒れたという感じなんだろう。
ちょっと調べてみる。腐りかけているのか近づくと臭い。
うつぶせだった死体を仰向けに動かす。
年齢は三十代くらい。身に着けている防具は革製。武器は大振りのナイフを二本。
革鎧は袈裟斬りにされていて肌まで見えている。一撃で鎧を切り裂いたようにみえる。流れた血が服を汚したようで破れた服は黒く汚れていた。斬られた際に負った怪我はポーションで治したようで、傷跡はない。
革鎧を調べてみると、それなりに良い物だとわかる。
砂漠をうろついてたモンスターだとここまでざっくり斬ることはできないくらいの品質だ。何度も攻撃してようやく切り傷をつけられるだろう。
ここが中ダンジョンだとすると、同じようにここまでの切り傷は無理だと思う。
「ということは死因はダンジョンに関係しない?」
この鎧をこんなふうに破損させられるのは、魔物だろう。
奥で負った怪我が原因という最初の予想は外れたっぽいな。外で魔物と戦って、逃げ込んで治療はしたけど血が足らずに動けなくなってそのまま衰弱という流れかな。
死体の周囲を見ても荷物はないし、着の身着のままで逃げ込んだのだと思う。
「水とか食料を持ち込めたら、もしかすると今でも生きていたかもしれない」
成仏してくれと手を合わせて、死体から離れる。
匂いがしない位置まで移動して、そこに腰を下ろす。
「あの冒険者を殺した魔物はどこかに行ったみたいだな」
大岩の周辺には魔物の気配は感じ取れなかった。
外に出たら、足跡を探してみよう。あの冒険者がどこから来たかわかれば巨石群の方向がわかるかも。もしくは人のいるところがわかるかな。
まあ風で足跡が消えてそうだから、期待はできないわな。
ついでにここで食事もしてから外に出る。
「うーん、やっぱり足跡は消えているか」
あるのは俺の足跡くらいだ。それも風の影響で砂に埋もれかけている。
大岩に登って、周辺を見てみてもヒントらしきものはない。
また高所を目的地にして歩いていく。
行商人が使っていた形跡のある荒地、木が四本ほど生えているところ、俺の腰くらいまでの小さな岩が乱立しているところ、大きな水溜まり。そんな地球にもある光景以外にも、ダンジョンや砂が噴水のように噴き出ているところもあった。
そういったものを通り過ぎてのんびりと歩いていき、日が傾き始めた。夕暮れ色に染まりだした砂漠を綺麗だなと思いつつ、どこか休みやすそうなところで夜を過ごそうと砂丘の天辺から周囲を見て、三つの岩が集まったところを見つける。
そのときなにかしらの気配が感じられ、空へと視線を移す。視線の先には二つの小さな影があった。
「こっちに向かってきてる?」
モンスターにしては気配が大きいし、魔物と仮定してマナジルクイトで魔力循環四往復分の強化をしておこう。
強化が終わる頃には、その姿ははっきりとしていた。虫の魔物だ。カマキリとカミキリムシをもとにして、大きくした感じだ。
「こいつか?」
「探して見つけたのはこいつだけだ。合っているんじゃないのか?」
俺を探していた? 魔王の命令かな。もう少し話を聞きたいけど、黙っていたら情報を垂れ流してくれるだろうか。
「アンクレイン様もめんどうな命令を出すわ」
「こっちの方にいる人間を殺せというだけではなく、もう少し詳しい情報がほしかったのは確かだ」
魔王じゃなくてアンクレインの命令か。それとここにいるのは俺と断定してないみたいだな。
「魔王様が復活したっていうのに、いつまでぐだぐだとやっているつもりなんだろうな。こんな人間一匹無視すればいいものを」
「文句を言うな、アンクレイン様にもなにか考えがあるんだろう。俺たちはさっさとこの人間を殺して戻ればいい」
「まったく命令に忠実なこって」
二体は殺気を向けてきて、これ以上は会話も聞けそうにない。
こちらも剣を抜いて待ち構える。
感想と誤字指摘ありがとうございます