245 クッパラオ国の現状
ファードの拳が従魔の顔面を殴り飛ばす。
吹っ飛んだ従魔はそれがとどめとなったようで、消えていき魔晶の六角柱が残る。
同行していた頂点会のメンバーたちもモンスターを倒して周囲の確認をしてから、ほっと息を吐いた。
皆でもう大丈夫だと、屋内で息を殺していた住民たちに声をかける。
それで住民たちは恐る恐るといった様子で外に出てきた。
本当に従魔たちがいなくなったことを理解して、わっと歓声を揚げる。
ここはクッパラオにある村で、警邏中に従魔の気配に気付いて駆けつけたのだ。
「ありがとうございます! もう駄目だと思っていたのに、助けていただいて本当に感謝してます!」
集まってきた住民たちがファードたちに頭を下げる。
「助けることができてよかった。再建までは手伝えないが、それは君たちで頑張ってほしい」
「はい。皆で協力して頑張っていきたいと思います」
「うむ、それがいい」
「あの、ところで一つお聞きしたいのですが」
「なんだね?」
「この戦いはいつまで続くのでしょうか」
「いつまでか……」
ファードもほかの者たちもその答えは持っていない。
「正直に言うとわからん。わしら冒険者や兵も魔物やモンスターを倒して数を減らしているが、各地の被害報告は減っておらん。どこかにモンスターが続々と生まれている場所があるのではと思うくらいだ」
以前ライアノックというモンスターがダンジョンを利用して数を増やした話は、ファードの耳にも届いていた。それと似たようなことが起きていないかと思うのだ。
住民たちはまだ続くという危険に肩を落とす。その表情は暗い、未来に希望が持てないのだろう。
「もう一ついいでしょうか。英雄バズストが魔物と一緒にいると噂で聞きましたが、本当なのでしょうか。本当なら我々は英雄に見捨てられたのでしょうか」
「わしらも噂で聞いたが、これまで見たことはないな。そもそも大昔の人物が本当に復活するのかと思うのだが」
「魔王を封印という大手柄を成し遂げたのだから、そういった奇跡を神もお認めになるのでは?」
「そうなのかのう。わし個人の考えとしてはただの噂にすぎないのではないかと思う」
なんの根拠もなくそんな噂が流れないだろうとファードは考えているが、不安にさせないためにも噂に過ぎないと話す。
住民たちはそうですよねと、少しだけ不安が晴れたような表情になった。
ファードたちは自分たちの馬車に乗り込んで、住民たちに見送られながら村を離れる。
そのまま警邏を続けて、一日後にクッパラオ王都に戻る。
王都の外壁そばにはテントがずらりと並ぶ。魔物などに襲われて行き場をなくした者たちが難民になっているのだ。大きな町はどこも似たようなことになっている。
彼らを見て、難民の数が出発したときよりも増えたかもしれないとファードたちは話す。
馬車を返却し、割り当てられた宿に戻って、旅の汚れを落とす。
「ではわしは報告に行ってくる。武具などのメンテナンスを頼んだ」
「お任せください」
ギルドメンバーに雑用を頼み、ファードは警邏中に書いた報告書を持って城に向かう。
門番に用件を告げると、彼らは敬意をもってファードに対応する。
クッパラオに来て魔物を倒すという成果を上げたファードたちは、敬うに値する存在なのだ。
加えて魔力循環という新技術の指導も受けているので、ありがたさもあって兵たちは感謝する対象としても見ている。
ファードの訪問を知らせるため、門番の一人が城の奥へと走っていく。
ファードは歩いて、いつも使っている応接室へと向かう。
その部屋で待つこと少々、騎士団の幹部が部屋に入ってきた。
「ファード殿、無事の帰還嬉しく思いますぞ」
「今回も大きな怪我なく帰ることができて、わしも安心しております」
幹部は対面する位置に座り、早速報告を受けていく。
今回ファードたちが警邏に出た期間は五日、王都近隣の警邏だった。ファードは指導の役割も負っているため、あまり長期間王都を留守にできないのだ。最高戦力の一人を王都に留めたいという王族や官僚たちの考えもあった。
かわりに頂点会の実力者たちは王都から離れたところを中心に活動している。
もちろん活躍しているのは頂点会だけではない。各地の強者たちもクッパラオに集まって魔物と戦っていた。
しかし戦況は優勢ではない。
「被害は減るどころか増す一方ですな。それに王都の近くにも出没してきている」
空を飛べるモンスターもいるので、まれに王都近くにモンスターが現れることはあった。だが従魔の出現は今回が初めてで、じりじりと浸食されている雰囲気がある。
「どこからあんな戦力が引っ張り出せるのか。なにか情報は入っておりますかな」
「中ダンジョンからモンスターを引っ張り出しているところを見たと、報告が入っておりますよ」
「ダンジョンからか」
本当に情報があったのかとファードは少し驚いた様子だ。
「魔物たちに対応しなければならず、ダンジョン対策は後回しになっている。ダンジョンは例年よりも増加傾向にあって、魔物たちにとって戦力を増やしやすくなっているのでしょうな」
「みかけたら潰しておきたいところですが、中ダンジョンは最下層までの移動に時間がかかる。潰して回れと簡単に命じるわけにもいかぬのであろうなぁ」
「そうですな。小ダンジョンならば片手間にやれるのでしょうが。他国から冒険者たちに集まってもらっている今でも人手が足らない。困ったものです」
幹部は溜息を吐く。
もっと人手を寄越せとはいえない。各国も自衛のための戦力は維持しないといけないとクッパラオ側もわかっているのだ。
「各地で兵や冒険者が頑張ってくれている。そんな彼らにさらに頑張れとは言えませぬ」
「現状終わりが見えない戦いですからな。いつまで続ければいいのかと気分的にも疲れが生じやすい。そんな状況で追加の作業は歓迎されぬでしょうな」
そう言うファードに幹部は深々と頷いた。
官僚からはもっと討伐速度を上げられないかと意見がでる。しかしそれは現場の休息を削ることに繋がる。終わりの見えないこの戦いで疲れを溜めるようなことは、自分たちの首を絞めることだとわかっているので、騎士団の幹部たちはできないときっぱり断っている。
官僚たちも今は納得しているが、事態が切迫してくると強行しかねない雰囲気があった。
切迫した事態で強行は悪手でしかない。士気を維持するためということをわかってもらうために、幹部たちは日々報告をしっかりと入れて、現場を理解してもらう努力をしている。
「この戦いはいつ終わるのでしょうな」
村人が発したように、騎士や官僚たちも終わりの見えない戦いには不安しかない。
それに対してファードは同じように答えるしかない。
「わからぬよ。魔物の動向がもっとはっきりすればとは思うが。せめて魔王や幹部の動きがわかれば、そこに人を向けることもできるが」
「わかるのは魔物の動きであって、魔王がいるのかどうかすらわかっていない状態ですからな」
これだけの動きをしているのだから、魔王が君臨し魔物を動かしているとは王国の上層部も推測している。しかし魔王らしき存在が戦場に現れたという報告は一切なく、魔物と戦うしかない状態だ。
「魔王でなくても、せめて幹部を倒すことができれば進展していると思えるのだが」
「記録によるとレオダーク、アンクレイン、ファルマジスじゃったか」
「レオダークとアンクレインは名前だけとはいえ、存在が確認できているでしたな?」
ファードは頷く。特にレオダークは、カルシーンとの戦いの際に得た情報なのでよく覚えている。
「一切名前の出ていないファルマジスは魔王と同じくいるのかどうかさえ不明。加えて新たに幹部が増えた可能性もある。魔王軍との戦いは昔もこのように情報が入ってこない戦いだったのでしょうか」
「さてなぁ。英雄もおらぬ戦いなのだから、以前とは違うと断言はできる。しかしどのような戦いだったのかはわからん」
ファルマジスがすでに死んでいるとはファードも幹部も知らなかった。
デッサはあまりファルマジスの名前を出すことはないが、ジケイルたちは魔晶の塊を売るときにはっきりと名前を出している。それでも倒されたと知られていないのは、その成果を疑われているからだ。
魔晶の塊という証拠はあるので魔物と戦ったことは確定しているが、それがどのような魔物なのかまではわからない。そのため成果を盛ったか酷似した別の魔物を倒したと思われているのだ。
そのためファルマジス討伐は不確定の情報という扱いになり、広まることはなかった。
ファルマジスは洞窟に入ってきた者全てを斬り捨てた。だからあそこにいたと情報が出回っていない。少しでも情報があれば、ジケイルたちの話も信じられたかもしれない。
「英雄といえば、バズストが魔物と一緒にいるという噂が広まっているようじゃの」
「ちらほらと聞きますな」
「国は本物と見ているのだろうか」
幹部は首を横に振る。
「上もどう扱ったものか迷っているようで。本物だったら、国民に大きな不安を与えることになる。偽物と思いたいがそう確定する情報も得られない。根拠のない噂としてそのうち消えてくれないかという状態ですな。バズストが向こうについている情報を流すことで、不安を煽っているのではないかという意見も最近でてきた」
「そう考えた理由はなにかあるのだろうか」
少し話がそれると一言断りを入れて幹部は続ける。
「難民が増加傾向にあることは気付いておられるかな」
「帰ってきて、増えているようだと仲間と話しましたな」
「ああいった者たちは魔物に村を破壊されて王都や大きな町に身を寄せている。その数が多いと我々は見ている」
「疑問に思うことかね? 逃げのびた者が多かったのでは?」
「そう思って聞き取り調査を起こった者がいる。その結果、魔物は二通りの行動をしていることがわかった。我らが想像しているような人を殺すような行動。もう一つは建物を壊して、畑を荒らす。人は怪我させるくらい。そういった行動をとっているようなのだ」
そうなのだろうかとファードは首を傾げる。
そんなファードに対して疑問に思っても無理はないと幹部は言う。
魔物たちは冒険者に対しては殺すのみなのだ。一般人に対して二通りの行動をとっている。
「なるほど。一般人のみなら我らが知らなくても無理はない」
そう言いながらファードは先日の戦いを思い出す。もしかするとあの村で死者がほぼいなかったのは、自分たちが間に合ったのではなく破壊行動を目的としていたかもしれないと。
「そういった行動で難民が増えている。そしてその難民は治療や炊き出しなどで各地の負担となり、難民を見た民たちは次は自分かもしれないと不安を煽られる、そしてさらに治安が悪化する。官僚の中にはいっそのこと村を全滅させてくれた方が負担が少ないと漏らす者もいた」
「その意見は感心しないが、負担の増加を狙うためわざとやっているなら悪質じゃな」
「あちこちで起きているから高確率でわざとだと思う。バズストの噂も不安を煽るための策なのだろう」
二人は厄介だと溜息を吐いた。
「厄介な連中だ。魔王軍との戦いは、ただ彼らと命をやり取りするだけだと思っていたのだが」
「私たちも同意見ですな。この流れを考え、実行した魔物はかなり念入りに計画を立てていたのだろう。英雄は復活する魔王に備えろと言い残した。しかしさすがにこの流れまでは想定していなかったのではないかと思う」
「備えを怠ったうえに、魔物の暗躍。まずい流れになっているとしか思えん」
じわじわと絞め殺すように動く魔物に、ファードと幹部は強さへの恐怖だけではなく、不気味さへの恐怖も感じる。
「国内だけではなく、他国からも悪い情報が入ってきておりますよ」
「どのようなものですかな」
「各地の教会が魔物によって襲撃されているようです。小さな教会は無事のようですが、大きな町の教会は確実に襲われているみたいですな。そのせいでポーションの生産に支障がでていると。ファード殿の故郷も大ダンジョンを擁する大きなところだとか」
「うちに関してはあまり心配しておりませんよ。たよりになる冒険者たちがいる。なによりデッサというわしとほぼ同等の若者も残っておりますからな」
「そのような強者がいるとは羨ましい」
「しかしポーションを狙ってきたか。とことんこちらの不利になるように動いておるようだ」
「ええ、次はなにをしてくるのか。襲撃以外にも考えることがあって、皆頭を悩ませてますよ。現場も大変だが、被害報告を受ける官僚たちも休みを減らして、情報をまとめて対策を練ろうと頑張っている」
「さっきも言ったが、魔王や幹部の居場所がわかれば、そこに戦力を向かわせてこの戦いが終わるように動けるのだが」
どうにかして魔王軍がわかりやすい動きを見せないかとファードたちは思う。
デッサが彼らの欲している魔王を刺激する行動をとろうとしているとわかれば、その苦労も少しは解消されるのだろう。
しかしバス森林の技術を広めないために、目立つようなことは避けるのでファードたちがデッサの動きを知ることはない。
いつまで続くのかわからない戦いに頭を悩ませる日々は、まだまだ続くことになる。
「来たか」
巨石群の中にある玉座といえる場所で、バズストの面影を感じさせるデーモンが呟いた。
視線は南西へと向けられている。
「魔王様? アンクレイン様かレオダーク様が来訪されたのでしょうか」
世話役としてアンクレインにつけられた魔物が聞き返す。
「バズストだ」
「はい?」
「出るぞ」
「お、お待ちくださいっ。アンクレイン様をお呼びしますので、どうかしばしお待ちを!」
立ち上がりかけた魔王に頼み込み、魔物は玉座の間から飛び出ていく。
魔王は一人出て行くような真似はせず、玉座に座り直す。
封印されている間、いろいろと動いてくれたアンクレインとレオダークを無視する気はなく、どちらかが来るというなら一声をかけてから出ることにしたのだ。
そう時間がかからずに、アンクレインが玉座にやってくる。
「我が主、バズストが出現したそうですが」
「ああ、この気配は間違いなくあれだ」
「以前バズストは遠くにいると聞きました。そのバズストが近くまでやってきたのですか?」
「砂漠まできている。突然気配がはっきりとしたから、転移で来たのだろう。ここから南西の位置にいる」
そうですかとアンクレインは頷く。魔王の発言を疑う様子はない。
封印によって死んだはずのバズストがいるということは復活したということになる。
以前デッサが関わったように死者蘇生の儀式はあるが、あれは死体を動かすだけに留まるものだ。
死体すらないバズストの復活は不可能というのがアンクレインの考えだが、魔王が言うなら本当に復活したのだろうと考える。その方法はわからないが、本当にバズストはいると信じた。
「バズストがいるということは狙いは我が主でしょう。無策でくるわけもないと考えます。そこで偵察を提案いたします」
じろりとアンクレインを睨む。一緒にいた魔物はその圧に縮みあがるが、アンクレインは落ち着いたまま目をそらさない。
「このままぶつかれば負けると?」
「いえ、そうならないための準備はしてきました。封印の対策もとりました。ですが予想外のことをやってくる可能性もあります。またあのような結果にしないためにも、相手の手段はすべてさらけ出させるべきです」
魔王を信じていないわけではない。同時に人間を侮ってもいない。侮った結果、封印されてしまったのだ。
魔王封印はアンクレインたちにとって痛恨の出来事だった。長く悔やみ、何度も魔王がいないところで詫びた。
またあのようなことを起こさせないためにも、慎重に行動したいのだ。
「好きにするがよい」
アンクレインの人間に対する本気が、魔王にも感じ取れて許可を出す。
「感謝いたします。すぐに偵察をします」
玉座を出たアンクレインは三体の空を飛ぶことができる魔物に南西にいる人間の討伐を命じる。
そのうち一体には離れたところから観察するように命じ、討伐に動くのは二体だ。
命令を受けた魔物たちは人間一人に複数で対応することに疑問を抱きつつも、巨石群を出て南西へと向かった。
感想ありがとうございます